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 結局マルゲリータが美味しいという飛雄の情報には勝てず、私はのこのこと飛雄くんの後ろを着いていく事となった。実際、飛雄くんの言っていたようにお店は通りを渡ったすぐそばにあって、店内で鉢合わせでもしない限り私と飛雄くんが一緒にいるところを目撃することはまず無理だと思える距離だった。
 とりあえず席に着いて注文は済ませてしまったのだから、ここはもう楽しんで美味しく食べるしかないと心を切り替えることにする。

「ええっと、今日はお疲れさまでした」
「行ったら居たんで驚きました」
「ですよね。今朝急に決まって」
「そんなことあるんすね」
「私もまさかでしたけど」

 飛雄くんがここまで周りの視線を気にしないのには驚いたけれど、後日改めてここまで来るよりは今日そのままこの店に来る方が楽だと飛雄くんは判断して私を誘ったんだと思う。もしかすると「バレーが出来ればそれでいい」という言葉通り、そういう方面は一切興味がないのかもしれない。

「名字さんて食うの好きっすよね」
「え?」
「食いもんが出てきたとき、めちゃくちゃ嬉しそうな顔するんで」

 頼んだマルゲリータが運ばれた瞬間、飛雄くんが言った。
 焦げとほんの少しの歪さを携えた丸い生地。耳の部分がところどころぷっくらと膨れており、トマトとチーズとバジルが表すトリコロールカラーが鮮やかな艶をみせている。
 焼かれた小麦の香りにお腹が鳴ってしまいそうになるのを堪えながら飛雄くんの言葉の意味を考える。

「確かに食べることは好きですけど、それは、あの、食に貪欲的な意味で……?」
「俺にはない感覚だなと思っただけです」

 なるほど……? と、意図は汲めなかったけれどとりあえず頷いてみる。
 お腹がすいている時に美味しそうな香りがしたら勝手に口元は緩んでしまうものなんじゃないだろうか。

「あの。一応、褒めてます」
「そうなんですか?」
「はい」

 私のはっきりとしない物言いに何かを感じたのか、飛雄くんはそう付け加えた。
 意図を汲めずじまいだったけれど、飛雄くんにとってはそれが褒め言葉になるのかと思うと急に可笑しくなって私はつい笑ってしまう。

「ここ笑うとこですか」
「ごめんなさい。なんか、つい」

 考えてもみれば、私は飛雄くんといる時に何かを食べてることが多い。ジェラートにティラミスにピザに。これじゃあ食べることが好きと思われても仕方がないかもしれない。

「ピザ、冷めちゃう前に食べましょう。とりあえず6等分にしちゃいますね」

 こうなったら飛雄くんにとってそういうキャラ認定されてもいいやと切ったピザを手に取って大きな口をあける。

「美味しい!」
「前に言ってましたよね本場のものが食いたいって」
「そうですね。あとはイカスミのパスタとブルスケッタと生ハムとチーズに、あとニョッキをつかった料理も食べたいです」
「普段は自炊…って言ってましたよね」
「節約もしなくちゃいけないので外食は誰かと行くくらいですね。でも食材が日本と違うので上手くいかなかったり調理器具もまだちゃんと使いこなせていないので手の込んだ料理は失敗することが多いです」

 マルゲリータが半分ほどなくなった頃、ペスカトーレと呼ばれる魚介たっぷりのピザが運ばれてくる。

「なんだかピザパーティーしているみたいで面白いです」
「ピザパーティー?」
「学生の時しなかったですか? ピザたくさん頼んでみんなで食べて飲んで、気がついたらそのまま寝ちゃったり」
「したことないです」
「そっか。じゃあセミピザパーティーということで」
「セミっすか」
「飲みすぎてそのまま寝ちゃうことはさすがにないので、セミくらいかなと」
「了解です」

 了解とかそういうことなんだ、とまた笑いそうになってしまった。
 飛雄くんの思考ってこれまで会ったどの人とも被らないから全然予想がつかないし、想定範囲外のことが返ってくるから時々ツボをつくように面白いなと思う。

 そんな風に大きなサイズの2枚のピザは雑談と共に姿を消え、そろそろお店を出ようと店員さんに会計をお願いすると、前回は私が支払いした事と今回は自分が誘った事を理由に飛雄くんが財布を取り出した。

「あの、ごちそうさまでした。改めてなんですけど、今日、楽しかったです。食事も、仕事も。一緒に仕事できる日がこんなに早く来るなんて思っていなかったからまだちょっと不思議な気分ですけど。今度はバレーを教えている飛雄くんじゃなくてバレーの試合をしている飛雄くんを見られたらいいなと思ってます」

 飛雄くんはじっと私を見ている。

「俺も、良かったです。名字さんがすぐに帰らないでいてくれて」
「あはは。本当にお店がすぐそこでびっくりしたけど、これだけ近いなら今日いってる方が楽ですもんね。うちからだと乗り換えなくちゃいけないし」

 でも帰りはどうしよう。帰る方面は一緒。ここから駅まではちょっと歩くし、時間も経ったからそこまでナーバスになる必要はないと思うけれど、そういう事への配慮って何が正解なのかわからない。

「俺、車なんで送ります」
「え、車?」
「はい。今日は車で来たんで」
「車、持ってるんですね。と言うか、免許も」
「車はクラブが貸してくれてるやつです。食い終わったら店の前に車つけるんで名字さんは座っててください」

 領収書を受け取り、飛雄くんはそう言うと一人お店を後にした。別におかしい事ではないけれど、やっぱり想定範囲外だ……と唖然としながら私は飛雄くんを待つのだった。
 
(25.3.31)