09

 楽しいから、時間が過ぎるのはあっという間だった。

「飯、あざっした」
「空港まで迎えに来てもらったお礼なので、こちらこそ」

 お店を出てすぐ飛雄くんが頭を下げる。
 
「帰りはメトロで良いですよね?」
「はい」

 外は薄暗い。テルミニ駅までは歩いて5分。それが短い距離なのか長い距離なのか、今の私には判断が下せそうにない。で

「こんなことを言うと怒られちゃうかもしれないんですけど」
「なんすか」
「飛雄くんのことは美羽さんからいろいろ聞いていて、会ったこともないのにずっと知り合いだったみたいな感覚だったんです」

 お酒は飲んでいないのに今日はやけに饒舌だ。わざと歩調を緩めながら続ける。

「だから今こうして一緒にご飯食べに行って、色々話しも出来るのがなんだか不思議で、でも凄く嬉しいんですよね。図々しいかもしれないけれど、仲良くなれたらいいなって思ってたので」
「仲良く、ですか?」
「なんというか他意なくて、知り合いから友達に昇格みたいな。……ってやっぱり図々しいですよね」

 メトロテルミニ駅に繋がる地下へ出入口が見えてくる。
 冗談めかして笑ってみたけれど、飛雄くんは私の言葉を一蹴することもなく答えた。

「全然図々しくないです」

 きっぱりと言う様に私は内心、安堵した。
 妙に心臓がくすぐったいなと思いながら改札を通ると、丁度良く乗りたい方向の車両がホームにやってきた。日本と比べると地下鉄の治安は、まあなんというか、正直良いとは言えない。地下鉄の中や細い路地なんかは、3週間経ってもまだ「スリとか怖いな」と思うけれど今日は飛雄くんがいるから普段より気が楽だ。
 私が降りる駅まではあと8駅。窓に映る、隣並んだ私と飛雄くんの姿。連絡先は知っている。何かあれば頼って良い存在だという事も。

「もし迷惑じゃなかったら、今度は飛雄くんがよく行くお店にも行ってみたいです」

 どうしてそんなことを口にしたのか自分でも分からなかった。もしかするともう既に図々しい事を言ってしまったから、感覚がおかしくなっていたのかもしれない。

「もちろん、友人として」

 飛雄くんは目を見張って、驚きと戸惑いが入り交じったような瞳で私を見ていた。

「あ、すいません。迷惑なら断ってもらって全然大丈夫なので!」
「いや……次があると思ってなかったんで」
「今日、話してて私は楽しかったんでまた話せたらいいなって思ったんですけど……」
「今日、楽しかった、んすか」

 少したどたどしく、飛雄くんはやはりどこか驚きながら聞いてくる。

「楽しかったですよ」

 そう聞いてくると言うことは、もしかすると飛雄くんは楽しくなかったのかもしれない。私だけがそう思っていて、さっきの図々しくないですって言うのも社交辞令だったのかもしれない。そう考えると、こういう距離の詰め方はかなり良くないのでは。
 この状況で、一番誤解されたくない事を考える。

「……あの、私、もしかして下心あるって思われてますか?」
「下心?」
「さっきのも含めて自分の言動を振り返ったらそう思われかねない発言だったかなって。でも決して不純な気持ちはなくて、取って食おうとかも思ってなくて、純粋に、ただただ純粋に一緒にいて楽しいと思ったからもっと仲良くなれたらもっと楽しいのかなって思っただけで……!」

 飛雄くんは、慌てて弁明する私をじっと見つめている。
 その黒い瞳の中で何を思っているのだろう。沈黙が緊張を増長させる中、車両が大きく動いたから手すりを強く握った。同時に触れた肩。ごめんなさいと言うよりも先に飛雄くんが言う。

「いいっすよ」
「え?」
「また飯行くの。店の場所も伝えます。俺も今日楽………………楽し……?」
「あ、あの、飛雄くん?」

 言葉が止まって飛雄くんは何か考えるような様子を見せた。そうして黙ったまま私を見つめる。
 その沈黙と視線になにか失態があったのかと余計な不安がうまれる。何を言われるのだろうと身構えている私をお構い無しに飛雄くんは言った。

「すいません。多分、楽しいであってます。だから大丈夫です」
「それは、良かった、です」

 とりあえず楽しいとは思ってくれていたんだと安堵した。
 飛雄くんと過ごした時間が私にとって心地良いものだったから、飛雄くんにとってもそうであると良い。

「家の前まで送ります」

 車両が降りる駅に止まる直前、飛雄くんが言った。

「え?」
「夜なんで、一応」

 確かに私の住む場所から飛雄くんの住む場所はそれほど遠くはないけれど、駅を基点にすると方向は逆になる。
 
「逆方向なのに良いんですか?」
「帰りにスーパーに寄って帰ろうと思うんで」
「なるほど」

 そう言う事なら、ちょっと遠回りさせてしまうけれど送ってもらおうかな。
 改札を出て、先ほどよりも暗くなった夜の空を見上げる。星は、今にも落ちてきそうなくらい輝いている。

「そろそろ冬になりますね」
「そうっすね」
「ローマは東京より寒いんですか?」
「同じくらいだと思います。でも宮城のほうが寒いんで」
「あ、そっか。宮城出身ですもんね。そしたら寒いの慣れっこですね」

 家までは10分くらい。私はまたちょっとだけ歩調を緩めて、短い距離なのか長い距離なのか判断が下せそうにない道のりを歩んだ。

(22.04.30)