14
美羽さんと約束したローマでの再会は、私と飛雄くんが久しぶりに顔を合わせる日でもあった。
11月中旬のローマ。黄昏時、太陽は沈みかけている。耳元をすり抜ける風はもうすっかり冬のそれだった。鮮烈に混ざり合う色彩の眩しさに目を細め、前を見据えた。
待ち合わせ場所にいたのは飛雄くんただひとり。遠目からでもわかるその出で立ちを目に入れた瞬間、心なしか私の足取りは軽くなる。目があって、緩く口角が上がる。小走りで駆け寄りその隣に並ぶと飛雄くんが小さく頭を下げた。
「……ッス」
「飛雄くん、お久しぶりです」
「久しぶりです」
「美羽さんももうすぐ着くみたいです」
肩を並べると、互いの身長差をひしひしと感じる。ああ、そうだった。私と飛雄くんの距離はこんな感じだった。そんなことを考えていたら、美羽さんがこっちに向かって歩いてきていることに気づいた。
「美羽さん!」
名前を呼び大きく手を振る。そんなことをしなくても今日は飛雄くんがいるからその身長が目印代わりになりそうだけど、今日の日を楽しみにしていた私にとって美羽さんの姿を見つけた瞬間の高揚は抑えられるものではなかった。
「名前ちゃん! 飛雄も! ごめんね、待たせた?」
「お疲れさまです。私も今来たばかりなので」
「じゃあ行こっか。お店は名前ちゃんが予約してくれたんだよね?」
「はい。この間見つけたお店で、美味しかったので美羽さんもきっと気に入ってもらえると思います」
「楽しみ。今日はお酒も飲む気で来たからね」
「じゃあ私もお付き合いします!」
「お、いいねいいね」
談笑する私と美羽さんの後ろを、まるで私たちを見守る側近のように飛雄くんが着いてくる。こうやって3人で歩くのは初めてのはずなのに、これまでにも何度かこうして歩いたことがあるかのような気分になるのが不思議だ。
「それにしても相変わらず元気そうで良かった」
「元気だけが取り柄みたいなものなので」
「飛雄もしっかり生活出来てるみたいだし」
振り返る美羽さんに倣うように私も振り向く。私たちの視線に気づいた飛雄くんが私と美羽さんを交互に見つめた。
「……バレーに集中できる暮らしはしてる、と思う」
「ただメディアに出る時はもう少し愛想良くしたほうがいいと思うけど」
「バレーに愛想は必要ないだろ」
「バレーに必要なくてもバレーを知ってもらうきっかけに必要なものの一つではあるでしょ」
「……わかった」
二人のやりとりをじっと見つめる。少しだけ雑な言葉遣い。どこか子供染みた表情。美羽さんを相手に会話をする飛雄くんは確かに私の知らない飛雄くんだった。
「飛雄くん、イケメンセッターだってよく言われていますもんね。ファンサ極めたら凄いことになりそうです」
「飛雄がファンサ極める日がきたらあたし笑っちゃうかも」
「バレーが面白いことを知ってもらえるなら、俺は別になんでもいい」
至極真面目に、淡々と飛雄くんは述べる。
きっとその『なんでもいい』は『どうでもいい』とは同意義にならなくて、その為なら何ものも惜しまないということなんだろうな。
そう言い切れる飛雄くんが羨ましいし尊敬もする。
「ごめんねー、飛雄ってばつまんない男で」
「そんなことないですよ。何事にも得手不得手とか向き不向きがあるから飛雄くんが嫌な思いをしてまでするのは違うのかなって思うんですけど、バレーを知らない誰かが飛雄くんをきっかけにバレーボールを知ってバレーボールを好きになるだけの魅力が飛雄くんにはあると思うし」
美羽さんの切れ長の目が見開いた。
「そっか、そっかぁ。名前ちゃんが飛雄の良いところちゃんと分かっててくれて姉として友人として嬉しいよ」
「み、美羽さん」
美羽さんの本音なのだろうけれど、私をからかおうとわざとらしく感動する様子に羞恥心が募る。どうにか美羽さんの視線から逃れると今度は飛雄くんと目があった。
「あざっす」
「……ど、どういたしまして」
私と飛雄くんのやりとりに、美羽さんは小さく肩を震わせていた。体の内側の火照りを早く秋風が冷ましてくれますようにと願いながら、深く呼吸を繰り返す。
「あ。そうだ。滞在中、試合観に行きたいと思ってたんだけどやってる?」
「毎週末試合はある」
「へえ。じゃあ、今週末の試合の時間教えてよ。都合よかったら行くから」
「わかった」
「名前ちゃんはどう?」
「私ですか?」
「バレーの試合、観たことある? 時間大丈夫だったら一緒に行こうよ。やっぱりスポーツ観戦は生が良いよ。迫力が違うんだよね。ほら、あたしも昔はバレーやってたからさわからないことあったら教えられるし」
「そう言えば中学までバレー部だったって言ってましたよね。バレー、一緒に観にいきたいです。私も飛雄くんをきっかけにバレーに興味を持った1人なので」
美羽さんの口角が上がる。
「じゃあ決まり。名前ちゃんもバレーボールが好きなってくれたらいいね、飛雄」
飛雄くんの背中を叩きながら美羽さんは楽しそうに言う。
なってくれたら、と美羽さんは願望を言葉にしたけれど、私はバレーボールを好きになる予感しか抱けなかった。飛雄くんの持つ魅力を、私は少しだけ知っているから。
(22.05.23)