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「いやあ、飲んだし食べたね! お腹苦しい」
「楽しかったですね」
3人での食事を終え、お店を出る頃には満天の星々が広がっていた。街中に点在する歴史的な建築物を横目に歩きながら美羽さんの宿泊しているホテルを目指す。
ローマ中央国立図書館の近くは目立った観光名所が無いとは言え、テルミニ駅に近いこともあってこの時間でも多くの人の往来がある。石畳の道を横並びに歩きながらホテルまで辿り着くと、美羽さんは私達を交互に見つめながら言った。
「今日はありがとね。来週末また連絡するから」
「こちらこそありがとうございました。試合観戦、楽しみにしてます」
「詳しいことはまた連絡するね。飛雄〜、名前ちゃんのことちゃんと送ってあげてよ」
「わかってる」
小さく手を振り、背を向けた美羽さんを見送る。その背中がドアに吸い込まれたのを確認し、私は飛雄くんを見上げた。私たちが乗るメトロはB線。テルミニ駅はすぐ近く。
「私達も帰りましょうか」
飛雄くんとはいつもこんな風にテルミニ駅を目指している気がする。
「あの、大丈夫っすか?」
「うん?」
「酒、結構飲んでたんで」
「美羽さんのペースに合わせてたらつい。ちょっと感覚がフワフワしてるんですけど、でもちゃんと歩けるし平気です」
「しんどくなったらタクシー呼ぶんで言ってください」
「ありがとうございます」
でも今は程よく酔っているからこうやって冷たい空気に包まれながらを歩くのが心地良い。
街の隙間に差し込む淡い月明かりに浮かび上がる建造物。真っ直ぐ伸びる石畳の道。道標のように空へと伸びるオベリスク。まるで映画の主人公になれるのではないかと錯覚してしまいそうなくらいにローマの街はいつもロマンティックで、心の柔らかい場所を刺激する。
「さっきのお店のリゾット、すごく美味しかったですよね。あと生ハムとチーズもすごくお酒に合ってました」
「今日、めっちゃ食ってましたね」
「恥ずかしいけど、絶対飛雄くんより食べてたと思います」
「俺は自分に制限かけてるだけで食おうと思えば名前さんより食えます」
フォローだったのか負けるまいと思ったのか。だけどそんなことはどうでも良くて、いつもと違う呼ばれ方に驚いて飛雄くんを見上げた。
「今、名前!」
「……姉の呼び方が移りました」
私の名前を呼ぶ飛雄くんの声がずっと頭の中に残る。たったこれだけのことをこんなにも嬉しいと思うのは変かな。
「嬉しい」
気持ちをそのまま口にしてしまうなんて、ほろ酔いどころかしっかり酔っ払っているのかもしれない。きっと私いま、とても締まりのない顔をしてる。
でも良いか。料理もお酒も美味しかったんだから。楽しい時間だったんだから。とりあえず今はなんでも良いか。
「これだけの事が、そんなに嬉しいんすか」
飛雄くんは驚いた様子で言った。
「だって、仲良くなれた感じがするじゃないですか」
どう呼ばれてもかわまないと言っていたくらいだから、この感覚は飛雄くんにはピンとこないかもしれない。
「仲良く……」
「や、でもこれは私の感性の問題なのでお気になさらず」
腑に落ちたのかどうかはわからない。でも飛雄くんは私の言葉を聞いて、私の気持ちを理解しようという姿勢を見せた。
「それならこれからは下の名前で呼ぶようにします」
「え?」
「そのほうが嬉しいんすよね」
「そうですね。結構嬉しいですね」
「だったらそのほうが良いと思うんで」
でも、そういうのも含めて飛雄くんらしいと私はまた一層笑顔になる。
「試合、観に行くのも楽しみです。気合い入れて応援しますね」
「あざっす」
「応援する上で気をつけたほうが良い事とかありますか?」
「気をつけ……特にないと思います」
まあ今回は美羽さんもいるし何とかなるだろう。ユニフォームとかタオルとか、応援グッズ買った方がいいかなと考えていると、飛雄くんが思い出したように言う。
「でも」
「でも?」
「たまに腹減ります。キャラメルの匂いがするんで」
「キャラメルの、匂い」
「ポップコーンだと思います」
「スポーツ観戦でポップコーンって映画みたいですね。あ、でも意外とありなのかな? 想像したらちょっと楽しそうかも。毎週試合観に行くくらいはまっちゃって、ポップコーン食べながら応援するようになったら、その時は笑ってください」
「笑っていいんですか」
「毎回なにか食べてるなって引かれるよりは笑われる方がいいです」
「名前さんがポップコーン食いながら応援席にいても引かないです。それにバレーは面白いんで、好きになってもらえたら俺は嬉しいです」
飛雄くんの口角がいつもよりも上がっている気がした。
きっと私は好きになるんだと思う。バレーボールを。飛雄くんのプレーを。それは予感に似た確信だった。
(22.05.30)