05
最寄り駅までの道を迷うことはないけれど、それでも道すがらの景色にはまだ新鮮味を覚える。
美羽さんから預かっていたお土産を渡し忘れたと気が付いたのは飛雄くんが帰ってからのこと。慌てて連絡をとり、翌々日である今日、飛雄くんと最寄り駅で待ち合わせをすることになった。
遠くからメトロの出入口に立つ飛雄くんの姿が見えて私は小走りで駆け寄る。
「飛雄くん! お待たせしました」
「どうも」
「すいません、先日は渡すのすっかり忘れちゃって。これが美羽さんからの荷物です」
「あざっす」
荷物を手渡す。飛雄くんは中身を確認することなく紙袋を自信の背負っていたリュックにしまった。
「そういえば初日に飛雄くんが教えてくれた大型スーパー行きましたよ。食材もそうなんですけどパスタの種類がたくさんあってさすがイタリアって感じでした!」
「野菜とか肉とか買えましたか。俺、最初買い方分からなかったんで」
「それが全然わからなくて困ってたら怪しまれたのか店員さんが教えてくれました。あとは物の名前がイタリア語で書かれてるのでスマホを駆使してどうにかこうにか」
「俺もイタリア語まだ全然なんで気持ちわかります」
ちょっとした雑談もしたし、待ち合わせの目的も果たせた。
わざわざ時間をつくってもらって申し訳ないけれど「せっかくだしこのまま出かけましょう」となる間柄でもない。だから、以上私と飛雄くんが一緒にいる理由はない。
見たところ練習終わりのようだし、このまま別れの挨拶を告ようとした私の視界に入ったのはジェラートを片手に話しをしている2人の女性。
「あ……」
「なんかありましたか」
「や、ジェラートが……」
「ジェラート?」
飛雄くんがオウム返しをしたことで、我に返る。
「ジェラートの店ならすぐそこっすよ。よく食べてる人見るんで多分美味いんだと思います」
「そ、そうなんですね」
しまった。別れの挨拶をするつもりだったのについジェラートに反応してしまった。
飛雄くんの有益な情報はとてもありがたいけれど、ジェラートに目がない食い意地の張った人だと思われたらどうしよう。
「あの、違うんです。食べたいとかじゃなくて、いや、食べたいんですけど、イタリアに来る前にローマの休日観て、それで、あのほら、ジェラートを食べるシーンがあるじゃないですか? 有名なシーンだから印象に残ってて、でも同じことをしたいとかじゃなくって。ただイタリアに行ったら絶対ジェラート食べようって思ってて、それで目に入ったからつい嬉しくなって、気がついたら口に出してたって言うか!」
こんなに必死になって弁明する必要なんてないのに、言葉が勝手に口から出てきてなんだか逆に墓穴を掘ってしまった気がする。
そっと隣を見上げると瞬きを繰り返す飛雄くんと目が合う。
「で、でもせっかく飛雄くんが教えてくれたので帰りがけにそのジェラート食べてみようと思います。……あっこれはその一緒に行きましょうって誘ってるわけじゃなくて、ジェラートを食べますっていう宣誓みたいなもので……」
「名字さんって元気っすね」
「げ、元気?」
想定外の言葉に今度は私が瞬きを繰り返して飛雄くんを見つめた。
これは褒められているんだろうか。それとも何か別の意味があったりするんだろうか。
「姉とは全然タイプが違うなと思ったんで」
「でも、美羽さんも結構元気だと思う、けど」
「姉は豪快な感じですけど、名字さんはなんつーか、もっと柔らかいです。あと俺よりイタリアを満喫してる気がします」
「それは、ええっと……褒めて、ます?」
「はい」
そっか。褒めてるのか。
「ジェラート、食いますか」
「え?」
「食いたいんすよね?」
「えっと、はい。うん。食べたい、です」
「俺も行きます。1回は食っとけってよく姉に言われるんすけど、名字さんがいないと食べることもないと思うんで」
力が抜けて緩い笑みがこぼれた。
ただ単に美羽さんから散々ジェラートを食べておきなさいと言われているからなのかもしれないし、私のことを頼むと言われたことからくる責任感なのかもしれない。
でも、理由はなんであれ、そう言ってくれるということは多分私の印象はそこまで悪くないのだろう。それを「良かった」と思うし「嬉しい」とも思う。
「じゃあ私、奢ります」
「自分の分は自分で払います」
「でも私の方が少し年上なので」
「関係ありますか、それ」
「それならジェラートのお店のことを教えてくれた情報料という事で」
軽く会釈をして別れるはずだった未来がなくなって、今、私たちは同じ場所を目指して歩いている。何味にしようかなぁなんて考えながら歩く道のりが私の今日を甘く彩るのだろう。
(25.03.17)