06
冷蔵ケースに並べられたジェラートはさすがイタリアと言うべきかフレーバーの種類が多くて、ただ見るだけでもテンションの上がる光景だった。
「種類たくさんあって悩みますね……」
「Puoi anche assaggiarlo.」
「え?」
「味見も出来るそうです」
「ありがとうございます。イタリア語、全然わからなくて」
「俺も日常会話くらいです」
さらりとそう言うけれど、去年イタリアに来たばかりでこんな風に日常会話が出来るなら十分凄いことだと思う。英語とスマホの通訳でなんとかなるだとうと考えていた自分がちょっと恥ずかしくなる。
「ピスタチオは絶対に食べたくて、でもせっかくだからもう一種類選びたいなと思うんですけど」
私がそう言うと、飛雄くんは店員さんとイタリア語で会話を始めた。そのやりとりを見つめているとふいに店員さんから味見用の小さなスプーンを差し出される。
「グ、グラッツェ」
口に入れた瞬間に広がるフレーバー。一口サイズのジェラートでもしっかりと素材の味が感じられる濃厚さに感動を覚える。
「飛雄くん、これすごく美味しいです」
「ヘーゼルナッツって言ってました」
飛雄くんが店員さんとの会話を再開させると再び私の目の前に味見用のスプーンが差し出されたから、それを受け取り味見をする。
そんなやり取りを4回ほど繰り返したところで、このやりとりはいつまで続くのだろうかと不安が生まれた。そろそろ注文したほうが良い気がするけど店員さんはずっとニコニコしているし、飛雄くんも特に気にする様子もなく通訳をしてくれている。
それでもこのまま試食を続けていたらジェラートを食べきれなくなってしまうかもしれないと、ちょうどお客さんがやってきて飛雄くんと店員さんの会話が途切れたタイミングで私は慌てて口を開いた。
「と、飛雄くん! 私はピスタチオとヘーゼルナッツにしようと思います」
「もう味見いいんすか」
「はい。いっぱい食べさせてもらったので。飛雄くんも好きな味好きなだけ選んでくれて大丈夫なので!」
「わかりました」
飛雄くんが注文してくれるのを見届け、2人分の支払いを済ませる。お店を出ると目の前にベンチがあったからどちらからともなく腰を下ろした。
「ピスタチオ美味いですか」
「ヘーゼルナッツと相性抜群です。飛雄くんはどうですか?」
「俺のも美味いです」
「何味ですか?」
「レモンです」
秋晴れのとても過ごしやすい気温の中、私たちは肩を並べてジェラートを食べる。
「これで美羽さんにジェラート食べたって言えますね」
「そっすね」
食べながら、飛雄くんの言うように確かに私はイタリアを満喫しているなと思った。そしてこれからもたくさん満喫するのだろう。
「飛雄くんは明日も練習ですか?」
「はい。平日は練習、休日は試合が基本です」
「休みもあるんですよね?」
「あるんすけど、オーバーワークにならない程度に自主トレはしてます。名字さんはもう仕事始まってんすか」
私がイタリアに来ることになった経緯と、ここでどんな仕事をするかは美羽さんから聞いているはずだ。
「職場への挨拶は昨日済ませて出勤は明後日からです。実際に業務をするのは週末からですね。リモートワークもあるので気楽に過ごす日も多くなりそうです」
「リモートワーク、かっけぇっすね」
「かっこいい、ですか?」
「響きがなんかこう、かっこいいです」
「あはは。もしかしたら飛雄くんの事を仕事として撮る日が来るかもしれないので、そのときはどうぞよろしくお願いします。まあ今のところ確率は低いですけど」
タイミングや実績、運や実力なんかも必要かもしれないけれどいつか、そんな日が来たら良い。
そう思いながら私はゆっくりと残りのジェラートを口に運んだ。
『え、二人でジェラート食べたの? 飛雄が女の子とそんなすぐ仲良くなるなんてちょっとびっくりなんだけど』
その夜、私はようやく美羽さんにメッセージを送った。連絡が遅くなってしまったこと、無事にローマについたことと、飛雄くんとちゃんと知り合えた事、そして美羽さんから預かった荷物を渡せたことを伝えるために。
『や、なりゆきでなんで仲良くなったかどうかはまだ全然怪しいところで。美羽さんがジェラート食べなさいってよく言れるって飛雄くんが言ってたので多分、それが理由なんじゃないかなと』
『確かに言ってる! じゃあ今度そっち行くことがあったらあたしも連れて行ってもらおうかな』
『ぜひ。味見もたくさんさせてもらえるので』
『楽しみにしとく。あと、今後も飛雄のことよろしくね』
『だいぶお世話になってる身で烏滸がましいですけど、もちろんです』
声は聞こえないけれど、顔は見えないけれど、日本で美羽さんが楽しそうに笑っている気がした。
(25.03.17)