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 テルミニ駅は今日もたくさんの人が往来している。観光大国のイタリアでは日本人の姿も珍しくはなく、遠く離れた地であるのにもかかわらず観光名所へ行けば必ずその姿を見つけることが出来る。
 四方八方に意識を向けてアジア人らしい風貌の人がいたら飛雄くんが来たかなと視線を向けるけれど全然知らない人ばかり。こんなに気張らなくても身長からすぐに判断できるかと少し肩の力を抜く。
 秋を感じさせるほのかに冷たい10月の空気。夜になるとまた少し気温は下がるだろうから温かい格好をしてきて良かった。飛雄くんからは数十分前に、今から向かうと連絡が届いたから、そろそろ姿を現してもおかしくはないんだけどな。
 私も無事に今日の仕事を終えたし、気は楽だ。あとは予約したお店を飛雄くんが気に入ってもらえれば万々歳。

「名字さん」

 ぼんやりしながら飛雄くんを待っていると、少し遠くから人混みをかき分けるように声が届いた。周りより頭一つ分高い身長。夕陽が飛雄くんの頬を赤く照らしている。

「練習、お疲れ様です」
「すみません。遅くなりました」
「いえ、時間ぴったりですよ。私の到着が早かったので。お店、この通り沿いにあるので歩きで大丈夫ですか?」
「わかりました」

 足取りは軽く、自然と口角は上がっている。

「美羽さんからポークカレーに温玉乗せたものが好きって聞いたんで探してみたんですけど見つけられなくて、職場の人が美味しいって教えてくれたお店予約しました」

 お店の場所は何度もマップを見て確認した。メトロテルミニ駅の出入口からカヴール通りを5分程進むとたどり着ける場所。

「あざっす」
「いえいえ。こちらこそ練習終わりに来てくれてありがとうございます」
「いえ。約束なんで」
「あはは。そうですよね、約束ですもんね」

 飲食店が軒を連ねる通り。事前にSNSで調べていたから、外に置かれた看板を見てすぐに目的のお店を見つけることが出来た。

「あ、ここです」
「近いっすね」

 格式高いリストランテではなくて、気軽に食事を楽しめるトラットリア。それでもちょっとドキドキしながらドアを開けるとオリーブの香りが広がった。
 予約していた名前を告げて席に案内してもらう。大衆的ではあるものの品のある店内。渡されたメニュー表に目を通しながら、職場の人から教えてもらったおすすめのメニューを思い出す。

「海老のフリットとラビオリが美味しいみたいです。あとアクアパッツァも。個別で頼むのと、色々頼んでシェアするのどっちが良いですか?」
「俺はどっちでも良いです」
「じゃあシェアしませんか?」
「わかりました」
「よかった。あ、お水も頼みますね。もちろんacqua senza gasで」
「イタリア語覚えたんすか?」
「絶賛勉強中です」

 片言のイタリア語で注文を伝えると、それからほどなくして頼んだ料理が運ばれてきた。
 メニューにはサービス料含まれているからチップは置かなくても大丈夫。中央に置かれたバゲットも自由に食べて良い。おすすめのメニューと共に教えてもらったルールを思い出す。

「いただきます」
「いただきます」

 手を合わせ、温かい料理を口に運ぶ。

「美味しい!」
「っすね」

 ラビオリの弾力と中から溢れる肉汁。濃厚なトマトの風味と酸味が広がって鼻から抜けていく。追って海老のフリットを持ってきてくれたスタッフが私達を交互に見つめ「Buono?」と笑顔で尋ねてきたから、頷きながら「ボーノ!」と返した。

「飛雄くんは自炊って聞いたけど、外食は全然しないんですか?」
「たまにチームのメンバーに誘われて行く日もあります。でもだいたい同じところ行くんで、知らない店に入ったのは久しぶりです」
「スポーツ選手って体が資本だから食べ物もかなり大切になりますよね」

 栄養学は基礎的なことしか知らないけれど、アスリートと一般人が同じ食事内容じゃないことくらいは分かる。スポーツや人によっては専属の栄養士がいるし、世界で戦うアスリートにとっては一食一食が体を作ると言っても過言ではないのだろう。

「気をつけてはいます」
「じゃあ飛雄くんは料理上手なんですね」
「見た目は気にしてないんで、多分上手ってわけじゃないです。姉にももう少し見た目どうにかならないのかって言われたこともあるし」
「あはは。どんな見た目なのかちょっと気になるけど、食べるのは自分だし見た目より味とか栄養素を重視する気持ちはわかります」

 バレーの話。美羽さんの話。仕事の話。カメラの話。最近あった面白い話とか、イタリアで受けたカルチャーショックとか。そんな他愛もない、だけど、相手の事を少し知れるような細やかな会話を繰り返す。
 そうしてメインディッシュを食べ終えると、合間を見計らって、頼んでいたティラミスが運ばれてきた。飛雄くんはいらないと言っていたから私の分だけ。

「本場のティラミス、食べてみたかったんです」
「名字さんて、甘いの好きなんすね」
「え?」
「この前の、ジェラートとか」
「確かに甘いものは好きなんですけど、それ以上に本場の食事は余すことなく堪能してみたいって言う気持ちが……ってこれだと私が食い意地張ってるみたいですね。飛雄くんは普段スイーツは食べないんですか?」
「滅多に食わないです」

 正直、まあそうだろうなと思った。
 ティラミスをそっとすくって口に運ぶ。ココアの苦味とフィンガービスケットに浸透したエスプレッソ。それを甘いマスカルポーネのクリームが優しく包んでいる。

「美味しい……」

 思わずそうこぼしてしまうほどの味。口の中で混ざり合って蕩ける味に心が躍る。むしろ私一人だけがこの味を堪能してるなんて勿体ないとすら思ってしまうけれどら甘いものを滅多に食べないという話をした手前、飛雄くんに勧める訳にもいかないし。

「あの……?」

 飛雄くんがこちらをじっと見ている事に気がついて首を傾げる。

「いや、旨そうに食うなと思って」

 飛雄くんは相変わらず淡々と言うけれど、心なしか待ち合わせの時よりも表情が柔らかくなっている気がした。

(22.04.30)