Ending

 段ボール5個分。ここに来たときと変わらない荷物を徹の車に詰め込んだ。何にも増えなかった私の荷物。だけど、増えたものはある。たった1週間。昔の彼氏の部屋に居候して、得たもの。これからの私。
 はじめはルームシェアを解消されて、怒り半分期待半分に徹にお願いして、久しぶりに会った徹と隣は相変わらず気楽で、素敵な時間を過ごせた。なんというか、幸せだなあと思ったのだ。運命と言うと言い過ぎになるけれど、私はきっと徹が一番合ってるのかなと思ったのだ。紆余曲折して、なんだかんだと、つまるところは、この人の所に戻ってくるんじゃないかなあ、と。
 だからこれから先、もっと素敵な時間を重ねるために私は行く。また彼のもとに戻ってくるために。今度はずっとずっと先まで一緒にいるために。

「ねー本当に出てっちゃうの?」
「出ていきますよ」
「連絡はしていいんだよね? 会ってもいいんだよね?」
「あったりまえじゃーん」
「じゃあする」
「待ってる。いや、私の身辺が整ったら今度は私から迎えにいくから徹は覚悟して待っててよ」
「やだなにそれ名前かっこいい」
「ふふん」

 荷物を置くのに借りていた部屋を簡単に片付ける。それほど長く居たわけではないし、元々綺麗だったから特別何かをするわけではないけれど、せめてもの感謝の気持ちだ。

「まあ私の身辺が整ったら改めて私から徹に告白するよって話だしね。来週末あたり夜ご飯行こうよ」
「⋯⋯なんか名前たくましくなったよね」
「え、そう?」
「そうそう」
「⋯⋯嫌?」
「まさか! むしろ新鮮で大歓迎!」
「なんだそれは」

 徹だって大人になったよ、とはまだ言わないでおくことにしよう。にかっと笑う彼を見る。昔とは違う私たち。だけど変わらない私たち。この人といる時間が好きだ。ありのままでいられて、気兼ねなくて、とにかく安らぐ。

「いやー、岩ちゃんになんて自慢しようかな」
「は?自慢?」
「え、しないの?」
「しないでしょ」
「俺ドヤ顔で自慢する気満々だったんだけど」

 信じられないと言いたげな眼差しが私に向く。

「嘘でしょ」
「いやまじで」
「あーでも元に戻れたのも岩泉のおかげと言えばそうだもんね。お礼にご飯奢ろ」
「俺は!? 一緒だよね!?」
「⋯⋯徹って寂しがりだよね」
「まあ俺の居ないとこで盛り上ってると寂しいよね」
「子供か」

 岩泉と話さなかったら。徹のスマホの画面が見えなかったら。素直にならなかったら。はたして私たちはどうなっていただろう。お互いの気持ちに気がつくことなく過ごしていたのだろうか。ここにしばらくお世話になって、私の求める物件が見つかって、私たちは友達に戻って、誰か違う人と寄り添うことになったのだろうか。今となっては想像できないけれど、あったかもしれない未来だ。
 だけど、思う。ぶーぶーと文句を言いながら楽しそうに笑う徹を見ていると、私は多分どんな人と出会ってもこの人が最高の人だと思うのだろう。

「ほーら、そんな風に頬っぺた膨らまして怒っても可愛いのは高校生までなんでしょ?」
「うっ⋯⋯俺が目指してんのは可愛いじゃなくてかっこいいだからいいんですー!」
「うわっ可愛くない!」

 いつだったかのやり取りを思い出して私は笑う。そしてこれはあのときの仕返しだ。だけどそうだな。模範するなら最後まで模範してやろうではないか。私は再び口を開いた。

「⋯⋯でも、まあ、徹は『可愛い』より『格好いい』だよね。目指さなくても徹はもうすでに格好いいよ」

 ちょっとくさい台詞になってしまっただろうか。

「名前⋯⋯!」

 だけど、徹がキラキラに目を輝かせて満足しているし、良しとしよう。
 最後に忘れ物を確認して私は鞄をもった。さあ、行こう。ウィークリーマンションまでは徹が送ってくれる。だけど、この部屋とはここでさよならだ。次に来るときは恋人として。

「じゃあ、お世話になりました」
「どういたしまして」
「車、お願いします」
「はーい、かしこまりました」

 見つめあって笑う。車のキーの音が現実をちゃんも連れてきてくれる。靴をはいて、ドアノブに手を伸ばす。さようならだけどお別れではない。だから私の言う台詞はただ1つ。

「いってきます」

 最終日。そうだ、ここから始まるのだ。だっていってらっしゃいの言葉があるから。

(15.10.03)