Six months later

「さて、晴れて名前の仕事も落ち着き、再度お付き合いすることになったわけですが」
「わけですが?」

 木漏れ日が降り注ぐカフェテラス。目の前に座る徹はとても絵になっていた。見た目だけを言うならば。薄手のジャケットを羽織り、シャツにはサングラスがかかっている。ありふれたファッションだが、スタイルが良い人が着るとこんなにも服が輝くのかと感嘆した。

「節目も兼ねて、そろそろ引っ越さない?」
「え?」
「名前、良いとこあるなら引っ越すって言ってたじゃん」
「あ、それね。探してはいるけどなかなかね。相変わらず」
「ふふふ。そこで!俺の隣の部屋が空いたんだけど! どうかなって!」
「無理。徹のとこ家賃高いじゃん」
「即答!」

 トロピカルスムージーなるものをおしゃれに飲んでいた私は、徹の言葉を斬ったものの、引っ越したいと思っていることは確かだった。とりあえず数ヶ月、と思って今の部屋に住んでいるけれど家賃高めだし、そろそろ安定して暮らせる部屋を見つけたいと思っていたのだ。物件探しにいくか、と思っていた時に徹からのその言葉だったのだ。

「くっそー絶対にいい案だと思ったのに」
「私の低賃金を舐めないほうがいい。昇給も春だからまだまだだし」
「⋯⋯世の中世知辛いね」

 本当にね。と思いながらも「絶対にいい案」というのには私も正直、賛同はする。どうしたものかと考えていると徹が再び口を開いた。

「一緒に暮らす?」
「はい?」
「同棲する?」

 にっこり。そんな擬音が付きそうな笑顔で徹は言い放った。

「⋯⋯しない」
「また却下とか!」
「次に徹と一緒に暮らすときは、結婚するときだって決めてるの」
「え、そーなの?」
「年齢的にもそうかなって。いや、徹とこんな話するのもおかしいけど、ちゃんと将来も考えたいから、ね」

 じっと徹が私を見つめる。なんとなく居たたまれない。妙に気恥ずかしい感じもするし。そんな想いを隠すように私は言葉を続けた。

「それに、ほら。そうは言っても付き合ってまだそんな経ってないじゃん? 長年付き合ってた過去があるとはいえ、なんかこう、急かなぁ、と」

 そっかぁ、と少し間延びした徹の返事に、私はその裏で彼が何を考えているのか分からなかった。おかしいなぁ、徹の考えてることなんて手に取るように分かると思っていたのに。

「⋯⋯まあ、そういう歳だよねぇ」
「そういう歳ですなぁ」

 トロピカルスムージーを飲む私を楽しそうに徹は見つめる。いったい何が楽しいのだろう。

「でも俺ちゃーんと結婚とかも考えてるんだよ?」
「ぶほっ⋯⋯え、ちょ、いきなりすぎるわ」
「わー名前汚い」
「誰のせいだ誰の」
「俺か」

 そりゃあ考えてくれなかったらさすがに困るなと思うけれどいきなりすぎる。むせかえってしまったのを慌てて整えるけれど、そんな私を見てやっぱり徹は楽しそうにしていた。そして、あのさ、と控えめに声を発したかと思うと私の名前を凛とした声で呼んで、瞳を向ける。愛しいものを見るような瞳に私は思わず「はい」と返事をした。

「先に言うけど、これはプロポーズじゃなくて、その1つ前だからね」
「え?」

 私の戸惑いをよそに徹は言葉を続けた。

「また一緒に暮らそうよ。そんで、二人で同じ部屋に帰ろう。俺の未来を名前にあげるから、名前の未来も俺にちょうだい?」
「⋯⋯そ、それはプロポーズとどう違うの」
「プロポーズのときはもーっとかっこいい台詞言うし、指輪もあるし、ロケーションにも凝る予定」

 言っちゃうのか。徹のくっさい言葉にドキドキしながらも内心つっこみを入れてやった。このドキドキが徹に伝わってしまわないように。徹に気付かれてニヤニヤと笑われてしまわないように。スムージーを一気に飲むと徹がまた楽しそうに笑った。

「照れてる?」
「べ、別に」
「カフェでスムージーを一気飲みする人初めて見た」
「⋯⋯一言余計だよ!」

 負けじと真っ直ぐに徹を見る。ドキドキ。ドキ、ドキ。付き合い初めの頃のような相手の一挙一動に敏感になってしまう、あの感情。若かりし頃のあの道端に咲く花のような感情が一斉に甦る。ああ、私、この人好きだなぁ。

「引っ越しする?」
「⋯⋯します」

 さあ、帰ろう。あの部屋に。大きなマンションの屋根の下で細やかに、それでいて陽だまりのように優しい愛を育もう。

(15.10.07)