Day7

 丸一日考えてみて分かったことがある。私はやっぱり怖いのだ。また徹と付き合って同じように劣等感を抱いてしまうことが。そうやっていつか徹のことを嫌になるのだけは、絶対に嫌なのだ。
 だから私は昨日自分が決意したように、徹の部屋を出ていくことにした。部屋は妥協した。もちろんすぐに入居出来るわけではなかったから、それまではウィークリーマンションの契約をした。正直、出費がかさんで痛かったけれど、私が前に進むには、きちんと徹と向き合うにはこうするしかない。その事を徹に伝えると、彼は分かりやすく狼狽した。

「え! 出てく? ちょ、なん、なんで?部屋は?」
「とりあえず家具付きの契約短いところを借りた。すぐは入れないみたいでそれまではウィークリーマンションに住む予定〜」
「⋯⋯それって俺が好きって言ったから?」

 徹は不安そうに、申し訳なさそうに言った。違うよ。そうじゃない。私も徹が好きだからちゃんとしたいんだよ。締め付けられる心臓の想いを、吐き出すように伝える。

「それはきっかけのひとつに過ぎないんだけど、だっていつまでもこんな生活できないじゃん?徹にも徹の生活があるわけだし」
「俺は平気だけど」
「私が気にする。⋯⋯てゆうか、正直に言うと⋯⋯私も徹のこと、好きだし」
「⋯⋯え?」
「いや、だから、私も別れてから徹のこと割りきれなかったの」
「待って、それ本当?」

 先程とはうって変わって、喜びに満ちた表情をする徹に私もつられてしまいそうになる。だめだめ。ちゃんと話すんだから。ちゃんと自分の気持ちを話して理解しもらって、二人で一緒に進めるようにしたいんだ。

「本当、本当。軽率に徹に頼っちゃったのは私のダメなところなんだけどさ、今回はそれが高じて徹とこうやって話せるんだから、まあそれはそれってことで。とにかく、私も徹と同じように、まだ好きなんだよ。徹が私のことまだ好きって思ってくれてるのなら、私はまた、徹と一緒に進んでいきたいよ」

 なんだろうこの緊張は。徹には何でも言えると思っていた筈なのに、口から言葉が出てくる度に徹の反応が気になって、緊張が高まっていく。社内の会議よりも緊張しちゃってるんじゃないだろうか。手にじんわりと汗が滲んでくるのを感じながら、それでも私は私の言葉で想いを伝える。

「名前もまだ、俺のこと、好きなの?」
「⋯⋯好きじゃなかったら、こんな風に一緒に居たいと思えないよ」

 再度確認するように問われる。そして徹は、喜んだ。私が部屋を出ていくことを置き去りにしまま。私をぎゅうっと強く抱き締めて嬉しいと何度も伝えてきた。ああ、懐かしいな。そうだ、想いが通じあうってこんな感じだ。溢れてくる感情を止められなくて、表現したくて、伝えたくて、醜い中で強く光る太陽みたいな感情。上から降り注ぐ徹の言葉は輝きに満ち満ちていた。痛いくらいの抱擁。

「それなら名前が出ていく必要なくない?」

 忘れてはいなかったらしい。

「いや、出ていく」
「出ていく!? なんで!」
「今度はちゃんとした私で徹と一緒にいたいから」
「ちゃんとしたって何」
「正直に言うとね、私が前に徹に別れを告げたのは徹への劣等感が原因だったんだ」
「劣等感?」
「私は徹といる自分に自信がなくて、徹といたら徹の素敵なところがいつのまにか自分への劣等感に変わってた。そんな思いを私はもうそれを繰り返したくない。それに、けじめは必要だよ。流れるままにこのままずっと一緒に暮らすのは良くない」

 私の言葉に徹が真面目な顔で見つめる。昔を思い出しているのだろうか。幸せがずっと続くと信じて疑わなかったあの日々を。相手を想っているだけで充分だと思っていたあの日々を。だけど、今ならわかる。それだけじゃダメだ。ちゃんと成長しなくては。向き合って、隣にいるだけじゃなくて、一緒に成長していける人間にならなくては。私が徹を尊敬しているように、徹に尊敬されるような人になりたいのだ。

「だから、私はここを出る。徹と別れてからそれなりに色々あったよ。この一年で後輩も出来て、任せてもらえる仕事も増えて、今は自分の仕事に誇りをもてる。今、一つ任されているプロジェクトがあるんだ。私はそれを頑張りたい。それを頑張って私の出来ることを増やして、自信に繋げたい。そうしたらきっと、私は徹と対等に、もう劣等感を抱くこともなく居られると思う。私の一方的なわがままだとは分かってるけど、徹はちゃんとしていきたいから、全部話した」

 徹は私の言葉を噛み締めるように聞いていた。言葉の通り、好き勝手言って徹を振り回している自覚はあった。だけど、それでもどうしても私は頑張って、大丈夫だって思えた時に徹の手を取りたい。そして、そこから、今度はずっと、それこそ二人が死を別つまで一緒に居たいのだ。

「⋯⋯名前は一回決めたら曲げないもんね。なんだかんだ言って、実行しちゃうんだから、今俺が何言っても無駄でしょ?名前の気持ち分かったし、もうちょっと待つことくらい、余裕だね。それに、俺だって名前が惚れ直すくらいにかっこいい男になるから期待しててよ」

 徹の優しさがじんわりと胸に染みる。ああ、だから好きなんだ。こんな風に笑う顔も、私を安心させてくれる言葉も、全部、彼だから好きなんだ。
 これはさよならではない。新しく始まる私たちの新しい一歩だ。

 避難7日目。前に進む日がやってきた。

(15.09.29)