Not special day
公園沿いの道を歩いている時に足を止めたのは1軒のセレクトショップの前だった。全面ガラス張りで、家具のお店だとすぐにわかる。見るからにオシャレで、値段は見える位置にないけれど高いんだろうなとすぐに予想がついた。
(か、可愛い〜! 新しい家具欲しい〜!)
スタイリッシュで洗練されたデザイン。こんな感じの家具が部屋にあったら絶対にテンション上がるよねと思いながら、徹に相談もなしに買えるわけもなく、私はお店を後にした。そもそも相談していいよと言われても多分あれは私のお給料だけでは買えない。
今使っているものは全て徹のもので、私が最初に徹と付き合った時から使っているものだからそれなりに年季も入っている。テーブルも棚も安物ではないからボロボロではないけれど、それでも細やかなキズはある。
「⋯⋯よし、家具を見に行こう!」
その決意に躊躇いも迷いもなかった。
「えっこの照明可愛くない?」
「まずはテーブル買うんじゃなかったの?」
次の休みは一緒に家具を見に行きたいと言えば、徹は快く受け入れてくれた。都市部から少し外れた大型店舗まで車に乗って行き、お店の中に入れば購買欲が一気に急上昇してしまう。
「そのつもりだったんだけど可愛いの見ると欲しくなるじゃん」
ああ、無意味にこのデカいぬいぐるみまで欲しくなってしまうとその肌触りを堪能すると、さすがにその大きさに徹は戸惑う顔を見せた。
「待って、買うのは良いけどせめてその4分の1の大きさにして」
「ケチ〜」
「なんで! だってどう考えてもでかすぎるじゃん!」
まあ確かにこの大きさは部屋に戻ったあと冷静になって、なんで買ったんだ? ってなるやつか。
「だからさ、ほら、違うぬいぐるみにしよ?」
「いや、ぬいぐるみはもういいや」
「切り替え早くない?」
最後にもう1度ぬいぐるみの触り心地を堪能してから今度はちゃんとテーブルの展示場に行く。ローテーブル、食卓用テーブル、サイドテーブル。一言でテーブルと言えども種類の豊富さに、私はまた目移りしてしまって、逆にこれは選べなくて買えないんじゃないかなとも思いはじめてきた。
「まあ私には徹がいるしね。ぬいぐるみはいいかなって」
「なあに、名前は俺に抱きつきたいの?」
「抱き着いたら受け止めてね」
「受け止めないわけないじゃん」
任せてよ、と徹は誇らしげに言う。
「徹はさ、こういうのが良いとかないの。私、宮があるから絶対じゃないけどベッドサイドにもテーブルあってもいいかなって思うんだけどどう? あ、さっきの照明ベッドサイドに置いたら良い感じにならないかな!?」
「あー、良いかもね。小さめの観賞用植物置いてもオシャレじゃない?」
「オシャレ〜!」
新しい家具が欲しいとは思ってたけど、一緒にいるだけで悩むこともこんなに楽しくなる。セレクトショップの前でお高い家具を見るだけでもテンションは上がったけれど、その時とは違う高揚感。
日常が彩られる。未来への期待が膨らんでいく。ここまでくると逆に悔しいなって思ってしまうくらい、私は徹と過ごす時間が好きなのだ。
「じゃあ一旦今日のところはサイドテーブルと照明買おうか」
「一旦ね、一旦」
「わかってる。どうせ名前のことだから他のも欲しくなっちゃうもんね」
「そうなんだよね、1回買うとスイッチがね⋯⋯」
「じゃあ帰ったら一緒にどれを買うか決めよ。俺も新しく買いたい家電があるから」
出費のことも一旦、置いておく。
「え〜家電まで話広げて良いなら私も新しいドライヤー欲しいんだけど」
「俺たち欲しいのばっかりじゃん」
「困ったね。吟味しないと」
いつか。一軒家に住んで家族が増えて庭にブランコを設置したり、今よりもっと大きな家具家電に買い換えようって話をしたりするのかな。
今はまだ遠い未来で想像するには輪郭がぼやけてしまうけれど、それでもそんな日が来てもまたこうやって笑っていたい。全然違うものに目移りして、何を優先して買うかお財布と相談して、そしていつかあの大きなぬいぐるみを買う日もくるかもしれない。
「まずはサイドテーブルどれが良いか一緒に指差そう」
「いいね。俺は決まってるから」
「私も決まってる」
そんな日を夢見ながらまずは、今日の目的を果たそう。
「じゃあいくよ」
「うん」
指差す先が同じでありますようにと願いながら、私達は声を重ねるのだった。
(20.12.19)