Day to report

「は? 結婚? まじで?」

 その言葉を言われたのは3度目だった。

「それもう俺が言ったから」
「俺も言った」

 岩泉とマッキーがそう言えば、まっつんは「いや言わずにはいられないでしょ」と私達の顔を交互にまじまじと見つめた。当事者ながら、まあわかると思う。
 岩泉とマッキーには先日先に結婚報告をしていたからまっつんだけが知らない状態で、にわかに信じ難い様子を見せるまっつんにマッキーは「わかるぞ」と言っていた。

「そう言うわけだから、これからは俺の奥さんってことでよろしく」

 私の肩を抱いて、自分の方に寄せた徹が嬉しそうな声を出す。目の前に座る岩泉、マッキー、まっつんが全員同じ顔をするから私は思わず笑ってしまいそうになった。
 
「まだ婚姻届出してねぇべや」
「気が早いな」
「いいじゃん後々出すんだから!」

 ずっと知っている人達に結婚の報告が出来る事は純粋に嬉しかった。高校の時にしていた私の片思いを知っているし、大学になって結ばれた時も知っているし、まあ駄目になった時も然りだけど。
 岩泉に至っては再度結ばれる時間の途中にいたし、私は皆とバレーをしていたわけじゃないけれど、これまでの時間を振り返るとやっぱりこうして対面して言えることはとても幸せだ。

「良かったな名前」
「うん。ありがとう、岩泉」
「岩ちゃん、名前には優しくない? 俺には?」
「今度はちゃんと最後まで責任持って幸せにしろよ」
「そりゃあね! するけどさ! おめでとうって言って!!」
「はいはい、めでたいめでたい」

 岩泉と徹のやりとりを横目に、ビールを飲みながら私に話しかけたのはマッキーとまっつんだった。

「にしても名前が及川さんか。て言うかダブル及川だと呼ぶとき面倒じゃん」
「及川は及川で名前は名前だからいいんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。なんも変らねーわ」
「私も実感ないし」
「結婚式どうするか決めてるの?」
「昨日ゼクツィ買った」
「及川がゼクツィ見てるとかうける」
「わかる」

 空になったジョッキがテーブルに増えてゆく。あの時はこうだったああだったなんて過去を振り返りながら、時々徹がからかわれて、決して戻らない時間を彷彿させる時間。

「親への手紙のところで及川が泣くに1万」
「俺はバージンロード歩くときにすでに泣いてるに1万」
「いやコイツは名前のウェディングドレス姿を見た瞬間に泣く」
「俺たちの結婚式をなんだと思ってんの!?」
「皆甘いな。なんなら前日にいい感じの雰囲気つくってしんみりするようなこと言って泣いちゃうと思う」
「名前も!」

 隣に座る徹が私の旦那さんになるのはすごく不思議な感じがする。いつか結婚したら何かが変わるんだろうなって思っていたのに、徹となら何も変わらない気がする。ああ、でもだから出来るんだろうな、結婚。だからしたいと思ったんだろうな。

「あとタキシードめっちゃ気合い入れそう」
「ドヤ顔決めてきそう」
「お前名前より目立つなよ」
「ねえなんで俺ばっかりこんなに言われるの?」

 喜びや幸せを抑えきれなくてニヤニヤしながら徹を見つめる。

「あ、やばい。聞き忘れてた。プロポーズの言葉は?」
「それはね、部屋でご飯を⋯⋯」
「待って言うの!?」

 少し前の事を思い出して口を開いた私を徹は慌てて止める。そう言えばこれを言ったらマッキーにダサいって言われそうって心配していたっけ。

「言われたくないなら言わないけど」
「どうせあれだろ。めっちゃロマンティックなところで言いたかったけどつい部屋で言っちゃったとかそんな感じ」
「マッキー正解〜」

 それらしく拍手をして、打ちひしがれている徹に視線を向ける。良いんだよ。ダサいって思われても。格好良くなくても。徹が言ってくれた言葉は私にとっての何よりの宝物なんだから。

「でも私は最高に幸せだったし。あ、だったじゃなくて幸せだし。て言うか私も徹を幸せにする!」
「おお」
「手綱はすでに名前が握ってんな」
「まあ前からそうだったし」
「だから、今後ともよろしくお願いします」

 優しく、柔らかく、慈しみがある瞳が並ぶ。

「及川。名前」

 岩泉が改めて私達の名前を読んだ。背筋がぴっとするような声。

「結婚、おめでとう」

 あ、違う。徹は泣くのは親への手紙でも、バージンロードでも、ウェディングドレス姿を見たときでもない。今だ。
 そっと、もう1度徹に視線を向けた。こぼすまいと溜まった涙が瞳が揺らす。愛しさが込み上げて、この人と家族になれることが誇らしいと思った。

(20.12.20)