Day1

 月末、管理会社の人が確認に来る前に徹には車で迎えに来てもらった。もう別れた私のためにそこまでしてくれて、ありがたいやら申し訳ないやらで本当に頭が上がらないなと思う。最後の確認は彼女に任せて私は徹の車に乗り込み、彼の部屋に向かう。ダンボール5個分。これを機にいらないものはきっぱりと断捨離した結果、私に残った荷物はそんなものだった。2人で2往復してダンボールを徹の部屋に運ぶ。この部屋に来るのもつき合ってた以来だから、1年ぶりくらいか。とりあえずダンボールをリビングに置かせてもらう。

「荷物置いたり着替えは玄関からすぐの部屋使っていいから」
「あ、あの部屋まだちゃんと使ってなかったんだ。とりあえず毎日必要なものはダンボール一個にまとめたから残りは封したままあの部屋に持っていこうかな」

 そう言って私と徹はダンボールを運ぶ。徹が与えてくれた部屋にダンボールを運び終えるとリビングがすっきりした。私はソファに腰掛け、疲れたなぁと身体を伸ばした。徹はキッチンのほうへ向かって何やらお茶の用意をしてくれているようだった。別れてから1年経ったとはいえ、あの頃と何ら変わらない空気感に安堵すると共にどこか不思議な気分だった。

「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「徹と同じのでいいよー」
「名前のそういうとこ変わらないね」

 徹がケトルに水を入れながら、クスクスと笑って言った。

「そういうところって?」
「俺と同じの選ぶところ」

 にやり。徹はそんな効果音がついてきそうなほどの笑みを私に向けた。もどかしいと言うか、気恥ずかしいと言うか、何とも言えない感情が渦を巻く。悶々となんだこれは、と考えていると徹が2つのコーヒーを持ってやってきた。

「なにその顔。なに考えてんの」
「別になんでもない」

 その1つを徹から受けとり、カップを口に運ぶ。ちゃんとミルクとシュガーを入れてくれるところが昔から好きだったんだよなぁ、なんて揺れる水面を見ながら思った。そこに徹が話を振る。

「名前、彼氏居なかったんだ」
「うんまあ」
「いつから?」
「徹と別れてからは誰とも」
「ふうん」

 なんだその反応は。自分から聞いてきたくせに興味なしか、と訝しげに徹を見る。こんなときの徹はポーカーフェイスがとても上手だった。澄ました顔から真意を読み解くとこが私には出来ない。

「徹は私と別れて半年後に彼女出来て3ヶ月で別れたんだよね」
「なんで知ってるの」
「だからマッキーが面白がって逐一教えてきてくれるんだって。あと岩泉も」
「あの二人⋯⋯!」

 徹が複雑そうな顔をしているのを見て少し優越感を覚えた。

「まぁ名前以上長く続いた人なんていないよ」
「そういうこと言っちゃうんだ?」
「ちょっとときめいたでしょ」
「残念ながら徹へのときめきは1年前に終えてます」

 私以上の優越感顔でそんなことを言った彼を一蹴した。何を今更、と考えるくせに悪い気はしない。けれど徹は私じゃなくても簡単にそういうことを言いそうだからなぁ、と徹に気付かれないように毒づいた。

「可愛くないなぁ、名前ちゃんは」
「はいはい。可愛くなくてごめんなさいねぇ」

 コーヒーを飲み干して、空になったカップをシンク台まで持っていく。当たり前のように居る自分が少しだけ申し訳なくなると同時に居心地の良さを感じてしまった。いかん、これはいかん。自分を戒める。

「それより、食料品そんなにないけど買い物いかない?」
「そうなの? あー、じゃあ私が居る分の食費は全部私が持つね」
「別にいいって」
「いや、こういうのはちゃんとしておこう」
「相変わらずだねぇ。少しは男に甘える術を覚えたらいいのに。そんなんだから彼氏出来ないんだよ」
「喧嘩売ってる?」

 長く付き合ったせいか、私達は思っていることを割りと素直に言える関係だった。だからって言って良いことと気を使いながら言うことがあるだろ、と思いながらも自覚は多少あったので徹の言葉に言い返すことが出来なかった。むすっとした私に気づいたのか、徹は笑いながら口を開いた。

「ごめんなさい。さ、機嫌直してよ。買い物行きたいからさ」

 徹のペースに巻き込まれてる感が否めない。私は分かりやすく頬を膨らませるけれど「そーゆー仕草がかわいいのは高校生までです」と言われたからますます機嫌が悪くなりそうな一方だった。そんな私を面白がってわかっててやるあたりが本当、なんというか、徹らしけれどやっぱり腹立つな。

「どーせ何やっても可愛くないですよ」
「そうとは言ってないじゃん」

 そっぽを向いた私に徹は苦笑いして、ほらほらと手招く。それでもツンとする私を見て、徹は肩をすくめながら「名前は今でも可愛いよ」と言うから本当、巻き込まれちゃってるなぁと思った。仕方ない、そこまで言うなら許してやろうと差し出された手をとった。まるで、昔みたいだ、なんて思ったことは絶対に言ってやらない。

 避難1日目。思ったよりは悪くない。さて、私の避難はまだ始まったばかりである。

(15.07.29)