Day2
社食でお昼ご飯を食べ終わったタイミングで私の携帯が震える。それだけがいつもと違うことだった。
『今、昼休み? ごめん。朝出ていくの分かんなかった。午後からも仕事頑張って』
及川徹からだ。たったそれだけのために連絡してくれるとは律儀な男だと思ったが、悪い気分にはならない。文章をしばらく食い入るように見つめ、午後からも頑張ります。ありがとうね。と返事を返すと共に自分へ渇を入れた。
そのお陰もあったのかどうかは定かではないが、いつもより早く上がることが出来た。少し声色が明るいのが自分でもわかる。
「だだいまぁ」
「おかえり、名前」
いつもと同じように不動産会社に寄って帰って来た私を出迎えてくれたのは、当たり前だが徹だった。一年前、半同棲のような形で一緒にいたころをなんとなく思い出す。徹はいま私がここにいることをどんな風に思っているんだろうか、なんて疑問が沸いたけれど、彼に問うことは絶対にないだろう。何事もなかったように部屋に入る。
「今日は残業もなかったから不動産会社寄ったけど、良い物件無かった」
制服のまま着替えずソファに座り込んだ私に目を向け、徹は「ふうん」と返した。
「条件緩めようかな⋯⋯」
「まぁ、部屋探しなんて全部が全部思い通りにいかないもんじゃない?」
「徹はこの部屋妥協した?」
「俺はしてないよ」
「⋯⋯してないのかい」
なんともいい加減なアドバイスと満面の笑みが帰って来たところでようやく私は着替えるために腰をあげた。リビングを出ていこうとする私に徹が声をかける。
「夜ご飯、出来てるから早めにきなよ」
徹は神様か何かか!頭の中にほかほかのご飯とおかずを思い浮かべ、ありがたやありがたやとひっそりと唱えておいた。お昼から何も食べていないからお腹は空いている。適当に部屋着を選んで本当に早めに私はリビングに戻ってやった。
「ごはん食べたい!」
「子供か」
ならばお行儀の良い子供でいてやろう。とテーブルの前で姿勢を正し、徹に輝くような視線を向けてやった。すると彼は呆れたように笑って「今持っていくよ」と言うから、まるでお母さんみたいだなぁなんて呑気なことを考えてしまった。テーブルの上に徹の作った料理が並べられる。バランスのいい和食だった。
「おいしそう! いただきます」
「はい、召し上がれ」
「なんか徹、女子力あがったねぇ」
「そりゃあ誰かさんと別れてからご飯作ってくれる人居なくなっちゃったからね」
付き合ってた頃は私がご飯を作ってあげることが多かったもんなあ。それが今じゃ一人でもこんなに上手になっちゃって。しかもちゃんと美味しいし。そんなことを思いながら満足そうに箸を進める私の様子を徹は満足そうに眺めていた。
「名前は本当美味しそうにご飯食べるよねぇ」
「まぁ実際美味しいし」
「それはどーも」
なんとなく、視線が恥ずかしい。私が咀嚼するのをしばらく見つめてから徹はやっと自分も箸に手を伸ばしたようだった。こうしてると同棲していた時みたいだよね、そう言おうかなと思ったけれど止めた。まだ自分が彼にすがっているみたいだし、よりを戻したいに聞こえるかもしれないし、それに何より、今はもう友達だし。しかし、そんな私の思いを徹は簡単にぶち破った。
「こうしてると本当、一緒に居たときのこと思い出すよね」
「⋯⋯あ、うん」
居心地の悪さ、というか居たたまれなさを感じているのは私だけだろうか。徹はなんの気なしに言ったのかもしれないけれど、私が気まずいなぁと思ってしまうには充分だった。同じようなことを考えていたから余計に。
「なにその顔」
「え、いやだってさ⋯⋯」
「今更、何言ってんの。とか思ってる?」
「⋯⋯若干?」
「ちょ、素直すぎ」
徹が笑う。何故かほっとする。いや、わかる。いつもこうだったから。徹が笑ってくれてると私も楽しかったから。なんでもいいや、なんて気楽に考えられていたから。そんな恋愛をこの人としていたから。ああ、そうか。昔を思って気まずいと言うわけではないんだ。別れた人ってどれだけ時間が経っても簡単に忘れられない人なんだな。だからついつい意識しちゃうんだろうな。恋をしていた頃とはまた違う意識の仕方を。今更だけど私は気付いた。
「⋯⋯あれだね、やっぱり仕事終わって帰って来て、おかえりって言ってくれてご飯の用意があるって良いものだね」
私の言葉に徹が「そうだね」と同調する。いま、彼は何を想っているのだろうか。居心地の良さを感じてくれていると良いのだけど。そんなことを思いながら、私たちの夕食は進んでいく。
避難2日目。彼は相変わらず優しい人だと気がついた。
(15.08.12)