Day3

 相変わらず私の新居探しは上手くいっていなかった。いや、私が条件をあれこれつけているのが原因とは分かっているのだが、それもそろそろ無理なところまできてしまった。それに何よりタイミングが悪い。今は4月半ば。この時期に空部屋なんて数少ないに決まっている。私は不動産会社から出て、深いため息をついた。いろいろな会社を回ったが、どこも似たり寄ったりだ。高給取りでもない私の希望が叶うことなんてやはりあり得ないのだ。
 あーあー、嫌になるわ。なんてことを愚痴愚痴考えていたら、ちょうど携帯に徹から連絡が入る。仕事が終わったからまだ帰ってなかったら一緒に外でご飯食べないか、という誘いだった。ここ最近バタバタしていて外食も久しぶりだ。もちろん行くに決まってる、と徹に連絡し駅で待ち合わせることになった。私はちょうど駅の側にそばにいたので、南口のカフェで待ってるね、と伝えた。徹は30分ほどでやってきた。

「ごめん、待った?」
「ちょうど本持ってたから退屈しなかったし大丈夫だよ」

 私を待たせていると思って慌てたのだろう、少し乱れた徹の髪や服装を見ていると柔らかい気分になる。私は言葉を続ける。

「そんなに慌てなくても良かったのに。あ、お仕事お疲れさまでしたー」
「名前もね。お仕事お疲れ」
「よし、じゃあ夜ご飯食べに行きますか!」

 徹と一緒にカフェから出る。何が食べたいと聞かれたので、何でもいいと答えてしまった。徹は乱れた髪を直しながら「そういうと思った」と言ってくるから、一緒にいることへの気楽さを感じた。

「じゃ俺が適当に決めちゃうよ」
「いーよー。お願いします」

 といってもわざわざスマホで調べるわけでもなく、歩いていていいな、と思ったお店に入るのが付き合っていた時の私たちの外食の仕方だった。それはどうやら今でも適応されるらしい。2人並んで人の波に乗るように前に進む。背の高い徹は私からするとはぐれても見つけやすいけれど、人並みの私の身長では人混みに紛れちゃったら徹からはとても探しにくい。だからこんな風に人が多いと、徹はちらちらと私が遠くに行ってないかを確認するのによく視線を向けてくれる。まあ、私だけじゃなくて女の子に対してはそんな風にするのかもしれないけれど、私は徹のその仕草が、親のような子のような弟のような兄のような、とにかくなんだか可愛くて結構好きだったりするのだ。こんな仕草も久しぶりだな、と思うとつい頬が緩む。

「ちょっと何笑ってんの」
「えー? いや、ごめん。気にしないでよ」

 気になるってと訝しげな徹を宥めて、私は近くにあったスペイン料理のお店を指差した。

「ほっほら、あれ! あそこ美味しそうじゃない?パエリア食べたくなった!」
「あ、本当だ。うまそう。じゃここにしよ」

 結局私が食べたいと言って決まったスペイン料理のお店に足を進める。窓側の席を案内され向い合わせに座った。パエリアとアヒージョとサラダを頼み、やって来たドリンクで乾杯する。

「じゃー、改めてお疲れ様」
「名前も」
「いやー、にしても二人で外食とか久しぶりじゃない?」
「そりゃ別れてから二人きりで会うことなかったんだし大体のこと久しぶりになるでしょ」
「えー、徹可愛くない。そこはさぁ、同意してよー」
「はいはい、ごめんなさい」

 適当にあしらわれた事に頬を膨らませようとしたが、この仕草は高校生までという徹の発言を思い出して慌てて唇を噛み締めた。滑稽である。

「それより部屋探しはどう? 順調?」
「順調ではないかな。でももうわがままも言ってられないし、条件減らして決めるかな。あとはとりあえず引っ越して1年後くらいにまた引越しするって作戦も考えてる」
「そっか」

 徹も徹なりに心配してくれているのかなぁと思ったけれど、徹としては早く居候が居なくなってくれたほうが有難いよね、と考え直した。というか徹のためには早く部屋決めないと。そう思いながらも徹の部屋の居心地のよさに勝つものはないだろうと思ってしまうあたりダメだな。こんなことは口が避けても徹には言えないけど。

「⋯⋯俺たちなんで別れちゃったんだろーね」
「えっ」
「や、別にお互い嫌いになったわけじゃないじゃん?今もこうやって楽しく話してるしさ。なんであのときは上手くいかなかったのかなーって思ってさ」

 なんでそんなこといきなり言っちゃうんだよばかやろう。しかもそんな、後悔してます、みたいな声色で。私はなんて返していいのかわからなくなって「なんでだろうね」なんて頭の悪い回答をしてしまった。せめて動揺だけは悟られませんようにと思いながら。
 だけどその言葉で私は一年前のことを思い出す。あのときはそう、徹に劣等感を感じていた。なんでも器用にこなして、尊敬できて、優しくて、それが私は好きで、だけど自分にはないもの過ぎて、苦しかった。それが劣等感に繋がって徹と一緒にいることが辛くなった。あれから自分が成長したかどうかはわからないままだ。

「まぁ昔のこと言っててもしょうがないか。こうやって一緒にごはん食べられるだけでもいいってね」
「あ、うん⋯⋯」
「名前?」
「ご、ごめんね! そうだよね! 食べよう! パエリア!」

 ぼうっと考え込んでしまった私を徹は心配そうに覗いた。慌てて元気を取り戻して、運ばれてきたパエリアを前に私はスプーンを握った。

「⋯⋯名前わかりやすすぎ」
「えっ」
「いやまあそういうとこが好きだったから俺は良いんだけど」
「な、何言って」
「動揺しすぎってこと」

 どうやら私は徹の前では隠し事が出来ないらしい。分かりやすく眉を寄せた私をみて徹が微笑むように笑う。「ほらまた」と言いながら。悔しいが、嫌ではない。だけど、これはどうなんだろう。私は、ここでまた彼を好きになったら、よりを戻したいと思ってしまったら、どうなってしまうのだろう。浮かんだ疑問をかき消した。

「意地悪すぎる⋯⋯」

 私の呟きに徹は楽しそうに笑うだけだった。

 避難3日目。あのときから私は成長しているのだろうか。それとも、まだ。

(15.09.07)