Day5

 私は今、高校の同級生かつ部活の仲間、さらには元カレ及川徹の幼馴染みである岩泉一と居酒屋へ飲みに来ている。

「いやほんと、よかった。岩泉が誘ってくれて。てゆーか予定空いてて。まあ私はいつでも暇なんですけどね。ほんと、ほんと、岩泉に話聞いてもらえるのありがたい」
「酔うの早くね?」

 とりあえず生を頼んで岩泉とお疲れさまの乾杯をした後、サワーでも飲んでおくかとカルピスサワーを頼み、喉を潤したら、気が付くと気分は高揚としていた。
 たこわさを口に運び舌鼓を打ちながらも、昨日の今日で私を飲みに誘ってくれた岩泉に改めて感謝の意を示す。

「まだ酔ってないよ! まだまだいけるよ」
「無理すんなよ」
「岩泉優しい。好きになりたい」
「はいはい。そーいや及川んとこ泊まってるんだって?」
「あーうん⋯⋯理由は昨日話した通りなんだけど⋯⋯」

 ちびっとサワーを飲んで、岩泉の一言でずどーんと一気に現実に戻される感覚を覚えた。ああそうだった。今日はそれについて相談するためにこうして会ってもらってるんだった。お酒が美味しくて危うく忘れるとこだった。現実逃避するところだった。
 
「ヨリ戻すのかよ?」
「え! いや、ない! ない、と思うけど、多分」
「なんだよ、はっきりしねぇな」
「⋯⋯そんなつもりはなかったんだけど、徹といるのが楽で付き合ってたときのこととか思い出しちゃって。あーなんかこうゆーのいいなぁって思ってたらさ、徹のスマホに女の子から、多分だけど告白されてるの見ちゃって。あ、たまたまね。偶然。目にはいっただけでわざわざは見てないからね」
「そんで?」
「そんでまぁ、徹もなんか楽しそうだったし? あー、そっかーそう思ってたのは私だけかー、さっさと部屋決めて出ていこー虚しいわ〜って感じなわけですよ」

 私の愚痴に岩泉は「ふうん」と聞いているんだか聞いていないんだかよくわからない返事をした。ま、まあいいけどね。別に解決策が欲しいわけでもないし。

「なんつーか」

 ぐいっとビールを飲んだ岩泉がふぅと息を吐く。私を見ながら、言おうか言うまいか。そんな迷った様子を見せてから「俺が言うのもあれだけど」と前置きをして彼は口を開いた。

「及川はお前以外のやつをちゃんと⋯⋯あー、本気で? 好きになることはねーよ」

 岩泉のその一言はある種の破壊力があった。しかし、岩泉には悪いけど私としては徹がそんな風に思ってるとは考えられない。高校のときだって女の子と付き合ってたし、それに私と別れてからも付き合った女の子がいたじゃないか。

「いや⋯⋯それはないと思う」

 急に酔いが覚めて、私は否定した。

「名前から見たらそうかもしんねぇけど、及川はずっとお前のことばっかだぞ」
「えー?」
「まあ及川も及川だしな。つーか、なんで別れたんだよ」
「え。聞いてないの?」
「おう」

 腑には落ちなかったが、岩泉の様子にこれ以上探ることはやめた。それならそれで私としては悪い気はしないし。まあ、そうなるとそうなるで徹の行動がぜんっぜん意味わからないんだけど。男ってよくわからんな。と思いながら私は岩泉の問いかけに答える。

「別れた理由はさー、うーん、何て言うかねぇ⋯⋯」
「なんだよ」
「劣等感」
「は?」

 枝豆を口に入れて、脳裏にあの頃を映した。今より余裕のない、あの頃の私。自分に精一杯だったまだ未熟な、何も知らない私。

「徹ってさ、器用じゃん? 立ち振舞いも上手いし、人との接し方とか。上手に生きていけるタイプでしょ。そういうところを尊敬してて、好きだったんだけど、いつのまにかそれが劣等感に変わっててね。一緒にいると私も頑張らなくちゃとか、追い付かなくちゃ、とか置いていかれないようにしなくちゃ、とか。そんなことばっかり考えて辛くなっちゃった。だから私の方から別れたいって言った。でも徹も止めなかったよ。別れるときなんてほんとあっさりだったから。だから別に徹ってそんなに私のことばかりを好きなんじゃないと思う」

 そう、だからさっき言った岩泉の言葉は多分、岩泉の気のせいなんだよ。そう思いながら私はお酒を飲んだ。
 徹は私と居てもなにも思わないし、もう他の誰かを好きなんだよ。私たちは1度だめになってしまったから、もうどうしようもないんだ。長いこと一緒にいて、長いこと恋い焦がれて、喜怒哀楽のいろんな感情を共にしてきたから分かる。
 だけど、誤算だったのは私自身の気持ちだった。きちんと彼への気持ちを精算したつもりだったのに、もう友達としてやっていけると思っていたのに、甘かった。私たちの一緒に過ごしてきた過去は、私が思っているよりも輝いていたのだ。それは眩しくて優しくて思わず寄り添ってしまいたくなるほどに。青春丸ごとをかけた恋だったからこそ、簡単には忘れられなかった。

「まぁ、だからさ、本当は私も部屋を見つけて、次の相手も見つけて、ちゃんとしなくちゃダメなんだよねー」

 私の言葉を岩泉がどんな気持ちで聞いていたのかはわからない。だけど、これは私の強がりなんかでも弱音なんかでもなくて事実なのだ。なのに胸の中に残るしこりのようなモヤモヤは岩泉に話しても消えることはなかった。

「それでも及川は、お前が好きだと思う」

 岩泉の言葉はずしんと重みを持って、丸い棘のように私の心に突き刺さってきた。

「どうかな」

 そうだったら、嬉しいけど。そう続く言葉は言えなかった。多分、怖かったんだと思う。岩泉の言葉がただの勘違いで、私の予想した通りに徹は私のことなんてもう過去の女と位置付けているのが。
 もっと、自分に自信があったら違ったのだろうか。劣等感なんて感じずにいたら、違う今があったのだろうか。今さら考えたってどうしようもないのに、別れてからずっと、私が彼のことを忘れられないせいで引っ掛かったままだ。

 避難5日目。それでも帰る場所は徹のもとだという事実が皮肉に思えて仕方なかった。

(15.09.19)