Day6+

 人生には三つの坂があるらしい。上り坂、下り坂。そして、まさか。それを親戚のスピーチで聞いたときは「⋯⋯は?」と思ったが、どうやら言い得て妙だったらしい。私は今、まさかという坂にいる。

「え? え、なに、徹、私のこと好きなの?」
「好きだよ」

 なんでそんなにあっさりと言っちゃうのか。予想だにしなかった展開に、私の酔いは一気に覚める。覚めたけど全然頭が働かない。むしろ何いってんのこいつ。ぐらいの気持ちだ。そんな私の心情を悟ったのか、徹が再び口を開く。

「名前のことが好きなんだってば」
「いや、好きって、え? いや、いや、んん?」
「落ち着いて」
「だって、ちょっと、あれ?なんで?」

 なんで?徹は私の言葉にむしろ何でそんなことを聞いてくるんだ、とでも言いたげな顔をした。いや。だって私とあっさり別れたしそのあと彼女作ってたし連絡もいっさいなかったじゃないか。ときどきみんなで集まった時も何もなかったじゃないか。

「あのね、俺はずっと、別れてからも名前のこと好きだったんだって」
「いや、他の子と付き合ってたじゃん」
「⋯⋯名前のこと忘れられるかな〜って思って」
「⋯⋯いや、そんな⋯⋯」

 なんと言えばいいのだろう、この感情を。脱力感に近いかもしれない。だけど妙に腹立たしい気分でもあるし、ちょっと嬉しいみたいな感じもあるし。さっき決めたばかりの、ここを出ていくという決意がガラガラと見事にあっさり崩れ去りつつあるあたり、私もまだまだだな、と思う。

「冷静装ってたけど、名前から連絡きたときメチャメチャ嬉しかった」
「別れを引き留めなかったじゃん」
「だって! カッコ悪いじゃん! それに名前ってこうって決めたら揺るがないじゃん。迷うそぶり見せてもなんだかんだ実行するじゃん⋯⋯」
「⋯⋯じゃあ別れてから連絡しなかった理由は?」
「名前から連絡ないかなっていう淡い期待」
「はあ?」
「怒んないでよ! 仕方ないじゃん! 俺名前のことすんごい好きでしつこくして嫌われたくなかったんだってば!」

 ごめんなさい! と徹が私に手を合わせる。いや、そこまで怒ってないけど。むしろ呆れてるに近いけど。⋯⋯なんというか、空回りしていたんだなぁ。3年付き合ってれば相手の考えてること何でもわかるつもりでいたけれど、実際は全然そうではなかったのか。考えても考えても、急な出来事に頭が対応しきれなくて、私は一時休戦を提案した。いや、戦ってないけどね。

「とりあえず、徹の気持ちは分かった。今日はもう遅いし、寝ようか?」

 徹が同意する。顔だけは洗うね、と行って洗面所にきたけれど、あれ。徹の気持ちを知って私はどうしたいのだろう。岩泉の言ったようにヨリを戻したいのだろうか。⋯⋯わからない。私だってまだ徹のことが好きだけれど、あの頃のダメなところを繰り返したくはない。私は、あの頃から成長しているのだろうか?その答えは、私の中のどこにあるのだろう。

△  ▼  △


「おはよー」
「⋯⋯おはよう」

 休みの為、いつもより遅く起きると、同じように休みの徹が、昨日のことなんて無かったかのような顔でソファに座っていた。酔ったせいであんな夢でもみてしまったか?いや、そんなことはない、昨日の出来事は本物だ。

「ご飯は?」
「あっ、いや、まだいい、かな?」
「そっか」
「⋯⋯あの」
「ん?」

 コーヒーを飲んでいた徹がこちらに顔を向ける。

「⋯⋯き、昨日の」

 ことなんだけど。どんどん小さくなっていく声で徹に訊ねた。徹はああ、とまるで今思い出しました、とでも言うような反応をして言葉を続けた。

「昨日は勢いで色々言っちゃったけど、全部本当だよ?」
「そう、なんだ」

 どうやら夢ではなかったようだ。

「名前とヨリを戻したいとかじゃなくて、いや、戻せたら最高なんだけど、名前が迷惑なら忘れてくれても構わないから。迷惑かけるのだけは嫌だからさ」

 困ったように徹が笑う。私は、どうしたいのかな。私の中にあるはずの答え。それはどこを探すと見つかるのか。

 避難6日目。好きという気持ちだけでまっすぐ走れるほどもう若くはなかった。

(15.09.27)