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「それでね、光太郎くんてば私のプリン食べちゃうの。いやそれ私へのおみやげじゃないのかいって思わずつっこんだよね。そしたらそういえば見たいな顔して食べかけのプリン渡そうとしてくるから、いやいやいや待って、と。本当に自由だよね。この間もおばさんがおいでーって言うから光太郎くんのとこ行ったんだけど……ってなんか私ばっかり話しちゃってるよね。ごめん……」

 捲し立てるように話をした自分に気付いた己を反省する姿を見ながら、赤葦は名前に微笑んだ。「いいよ、続けて」と。100面ダイスのように変わる表情が飽きなくて面白いし、感情を素直に表せるところはやっぱり似ているなぁと思う。

「私きっとまた止まらなくなっちゃうから、赤葦くんのこと教えてよ。学校のこととか聞きたい」
「学校のこと? なんかさ、俺たちの共通の知り合いは木兎さんだからつい、木兎さんのことで何かないかなって探しちゃうよね」
「わかる」

 光太郎くんのことを話すのも楽しいけれど、赤葦くん自身のことをもっとたくさん知りたい。例えば何が好きで何が嫌いとか。将来は何になりたくて、大学はどこに行くのか。なんでもいい、些細なことでもいい。少しでもいいから近づきたい。

「はい! 赤葦くんに質問、いい?」
「いいよ」
「好きな食べ物は?」
「菜の花のからし和え」
「悩みある?」
「もう少しパワーがほしいかな」
「じゃあ将来の夢は?」
「編集者」
「編集者!」
「名字さんの聞きたいこと、一問一答みたいで面白い」
「でも楽しい。赤葦くんは?」
「うん、楽しい」

 互いに顔を見合わせて微笑みあう。柔らかく刺激する感情。真正面から知っていこうとするけれどそれでもきっとまだまだ知らないのだ。そしてこれからも何度も思うのだろう、知りたいと。近づきたいと。

「テスト前で時間、大丈夫かなって思ったんだけど、赤葦くんと話ししたら逆に頑張ろうって思えた」
「名字さんは本当にいつも前向きだよね」
「そうかな?」
「前にも言ったけど、そういうところ本当に似てる。木兎さんに」
「良い意味で?」
「良い意味で」

 微笑む赤葦の顔を見つめる。整った顔。かっこいい。そんな人とこうやって話して、笑ってもらえて、褒められて。楽しくないわけがない。
 赤葦くんも少しは同じように思ってくれているだろうか。いいや、思ってくれているといい。少しだけでも特別な女の子になれていればいい。そんなわがままを隠したまま、名前は赤葦と取り留めもない会話をするのだった。


△  ▼  △


 そんな出来事かあったせいだ。名前は油断していた。いや、まさかそんなことが起こるなんて考えてもいなかったのだ。ただ現状に満足していた。不足しているものなどないと思っていた。けれど違った。その光景を目にすると、衝撃が走った。
 赤葦くんが、女の子と歩いている。
 言葉にするとただそれだけのことだ。もちろん相手との関係性も分からない。しかし、満たされていた日々を送っていた名前の心を動揺させるには十分だった。たまたま休日にきた駅ビル。そこでたまたまそんな光景を目にするなんて。
 赤葦は名前に気付くことはない。

「名前? どしたの?」
「えっ! な、なんでもない。あっちいこう、あっち」
「ええ? ちょ、いきなり何」

 冷静に頭を働かせるためには一旦ここを離れなければならない。幸い、友人と一緒に来ているおかげでこのまま相談にも乗ってもらえる。動揺だけは押さえつけようとしても名前の心臓は大きく動く。先ほどの光景が離れないのだ。だって、隣の女の子可愛かった。唇を少しだけ噛む。久しぶりに味わう恋の苦味は、あまり心地の良いものではなかった。

「え! 噂の彼が女と歩いていたの!? 二人で? それマジで本人?」
「うん。思わず二度見したから間違いじゃないよ……。制服着てたけど……」
「制服デートかな?」
「不吉なこと言わないでよ!」

 ランチのために入ったお店で始まる恋の談義がどう転ぶのかは、まだ誰にも分からない。

(16.05.03)