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 私が勝手に妄想を膨らませているだけだ。赤葦くんの隣を歩いていた女の子との関係性を。彼女じゃなかったとしても、少なくとも二人で出掛けるなんて普通の関係ではないはずだ。
 今朝、赤葦くんにそのことを聞いてみようと心に決めた。その緊張のせいかどうかは分からないけれど、朝食はほとんど喉を通らなかった。珍しく電車にも間に合うように駅に着いて、今日ばかりは反対方向の電車に乗っても良いのではないかと思ってしまう。
 けれど、いつものように電車はやってきて、私はいつものように乗り込んだ。アナウンスを聞き流して、私の視線はいつものように赤葦くんを探す。そしてやはり、いつものように赤葦は私を見て軽く手を挙げるのだ。私はいつもよりも重たい足で赤葦くんのもとに向かう。

「おはよう、名字さん」

 曖昧に笑う自分が嫌だなと思いながら返事をすることしか出来なかった。赤葦くんの隣に腰を下ろして前を向いてしまえば表情が分かりにくい。普段はそんなこと意識しないのに、今はありがたかった。
 電車が揺れて、私たちの身体も揺れる。ぶつかる肩に熱が籠る。知らない、知りたい、知った、知ってほしい。そんな事を毎朝繰り返していたはずだと思っていたのに、現実は多分、初めて会ったときからほとんど何も変わっていないのではないだろうか。

「……昨日、駅ビルにいた?」
「居たけど、どうして?」
「私もあそこにいてたまたま赤葦くん見つけたんだけど、女の子と居たから声かけるの悪いかなぁって思って」

 いつも通りを装って話す。赤葦くんは思い出したように「ああ、そうだったんだ」といつも通りに返事をした。

「昨日は部活が早く終わる日でさ、名字さんが見た隣の女の子は従姉なんだけど、その人と母親の誕生日プレゼント買いに行ってたんだよね」

 赤葦くんは平然と昨日の出来事を説明した。言葉が耳に入ってきて、ああそうなんだ。なんだそんなことなのか。と思うけれど、どこかモヤモヤとしたままだ。けれど私にはこのモヤモヤの正体は分からなくて「そうだったんだね。素敵なプレゼント見つかった?」と返すことが精一杯のいつも通りの反応だった。


△  ▼  △


 晴れない気持ちは結局、テストが終わるまで続いた。試験から解放されたと言う達成感と満足感はあったけれど、余裕が生まれてしまったせいで余計に赤葦くんのことを考えてしまう。
 今まで通りに素直に恋することを楽しめない。いや、そもそも私はちゃんと赤葦くんに恋をしていたのだろうか。これは恋なんだと錯覚していただけではないのだろうか。

「名前、大丈夫?」

 声をかけてきたのは友人だった。

「へーきへーき。テスト終わって良かったなぁって思ってるだけ」
「本当に? あの男の子のことはもう大丈夫になった?」

 本音を話すかどうかは迷ったけれど、友達の心配してくれる表情に、私は眉尻を下げた。その優しい心に甘えることにしたのだ。

「……私、いろいろ考えてたんだけど」
「うん」
「多分、って言うか絶対。私、自惚れてた」
「……え?」
「他校の男の子と仲良くなって、たまたま同じ電車で仲良くなって、それが気になる人に変わって、雰囲気だって悪くなくて、少しずつ相手を知っていって、赤葦くんも私のこと知ってくれて。……赤葦くんだって、好きとは言わないにしろ、私のこと少しは特別って思ってくれてるんじゃないかなぁって思ってた」
「話を聞いてる限りだと特別に思ってそうだけど……」

 だってその話は全部私の主観だもん。
 そう、私はそれだけが全てだと思っていたのだ。赤葦くんを知った気になっていた。本当は、私の知らない赤葦くんがたくさんあるはずなのに私は赤葦くんを知ったつもりになってしまっていたのだ。

「でもさ、別にいいんじゃない? 知らないならこれから知れば良いわけだしねぇ」
「そうなんだけど! そうなんだけど……自惚れた自分が嫌だった。自分の勝手な妄想で赤葦くん疑うって言うのかな、そんな自分も嫌だったし……」

 なりたい自分からかけ離れている気がした。それに、こんな私が赤葦くんを好きと思うのは図々しい気がした。欲張りな恋がしたいわけじゃないのに。疑う恋をしちいわけじゃないのに。ただ、素直に自分らしく恋をしたいだけなのに。それって本当は物凄く難しいことなのかもしれない。

(16.05.06)