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「名前の様子が変?」
「急によそよそしいと言うか、妙に気を使われてる感じになったと言うか……。今までそんな事なかったんで。木兎さん、何か知らないんですか」
「何かって言われても俺たちただのいとこだからそんなにお互いのこと知らないって。それに、名前に直接聞いたら教えてくれるだろ?」

 それが出来ないからこうしてあなたに聞いているんだ。と赤葦は内心、ため息を吐いた。だが木兎の言う事はもっともなのだ。名前に直接聞くのが手っ取り早いし確実だ。しかし、そう簡単に聞けないのが世の常である。そもそも彼女に何と訊ねれば良い。最近調子悪いみたいだけどなんかあったの。それはなんだか気持ち悪いと、赤葦は結局、答えが出せぬまま夏休みを目前に控えるのであった。

「はあ……まあ、そうですよね……」

 本当はまた、あの日のように帰りの電車でも会えたら良いのだけれどきっとそんな奇跡は何度も起こらない。


△  ▼  △


 赤葦は朝、自分の乗車するこの電車に名前が乗ってくる事が当たり前だと思っている。もちろん間に合わないことだって、学校を休むことだってあるかもしれないが、たいていはこの時間のこの電車に乗り込むと思っている。だから夏休みを明日に控えた、今日と言う日も赤葦はアナウンスを聞きながら名前が車内に駆け込んでくるのを待っていた。
 それが赤葦にとって朝の細やかな楽しみだったのだ。自分を見つけて笑顔になる彼女を少しそわそわと浮き足立つ気持ちで迎える朝。
 しかし、今日は違った。扉が空いて、夏の生温い不快な空気が車内にゆるりと入り込んでも、名前が駆け込んでくることはなかった。夏休み前に顔を合わせられるのは今日で最後だということを赤葦は分かってた。もちろん名前にだって都合はあるはずだ。そう思いながらも赤葦はやはり残念に思う気持ちで電車に揺られる。次に会えるのはもしかしたら夏休み明けだと思うと、残念と言うよりは物足りなさを覚えた。ヘタをしたら1ヶ月以上も会えない。その事を寂しいと思ってしまうのはきっと、彼女を特別に思っているからなのだろう。
 少し前までは慌ただしそうにしている彼女を見つけただけで良かったと思っていたはずなのに。いつしか話せることが当たり前になってしまった。いや、今となっては彼女が駆け込んで来ない日がもの寂しいとさえ思ってしまうのだ。

「そー言えば名前何か言ってたか?」

 久しぶりに一人の電車に揺られた赤葦だっが、学校に着くとやはり気持ちはすぐにバレーへと切り替わり、先ほどの物悲しさも薄れていた。朝練のために着替えをおこなっていた最中、木兎が赤葦に話しかけるまでは、こういう日があってもまあ、仕方のないことかと思うようになっていたのだ。それでも木兎のほうから彼女の話題を振ってくるのは滅多にないので、驚きながらも赤葦は名前の事を思い出して答える。

「特にはないです。朝の電車でも会えなかったんで」

 ふーん。そんな言葉を張り付けた顔で木兎は、特に興味を引かれることなく着替えを続ける。しかし、それでも自分のいとこと同じ部活の後輩が何やら事が起きているのだ。ここは身内として、そして何より先輩として力にならねばなるまい。木兎の心は珍しく奮えていた。


△  ▼  △


 昼休みに震えた携帯に名前は驚いた。誰だと思いながらも画面を見ると、木兎光太郎の文字が並んでいる。こんな時間にわざわざ連絡してくるなんて珍しい。何かあったのだろうか。普段から頻繁に連絡を取り合うわけではない人からの連絡に名前は慌てて画面を開いた。

『おーい!!』

 何か重要なことだろうか。そう心配していた名前の瞳に入ってきた文字はそれだけだった。え、これだけ? もしかして送り間違えた? だって光太郎くんがこんな連絡送ってきたことないんだけど……。名前は画面を見ながら固まり、怪訝そうに眉を寄せた。

『どうしたの?』

 木兎からの返事は早かった。

『赤葦と喧嘩でもしたのか?』

 予想していなかった返事に、お弁当の玉子焼きが喉に詰まる。友人が渡してくれたお茶を流し込み、改めてまじまじと木兎からのメッセージを見つめた。
 喧嘩って。そんなバカな。この年で男の子と喧嘩なんてしませんから。小学生かって。

「ちょっと名前大丈夫?」
「う、うん」

 赤葦くんが光太郎くんに何か言ったのかな……。やっぱり夏休み前最後の日に、電車ずらすって印象悪かったかな。いや、だって私たち付き合ってるわけでもないし、一緒に登校しようね、なんて約束をしているわけでもない。なのになんで罪悪感。
 木兎からのメッセージを前に、煮えきらない己の気持ちを困惑したまま抱えるのであった。

(16.05.08)