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『喧嘩はしてないから安心して』
『赤葦が心配してたぞ』
『最近、学校とか部活のことで忙しいんだ。心配してくれてありがとうって伝えておいて』

 嘘だ。学校とか部活のことが忙しいだなんてでっち上げだ。ただ、どんな顔して赤葦くんに会えば良いのか分からないのだ。自惚れてた自分が恥ずかしい。

「電車の彼?」
「いとこー。なんか心配してくれてるっぽいんだよね」
「へー優しいじゃん」

 うん、まあ何だかんだね。と答える前に名前の携帯が震える。

『せっかく仲良くなったんだから喧嘩すんなよ! 赤葦だって名前がいつも通りじゃないと辛いだろ?』

 そんな親から子供に言うみたいに言わないでよ、もう。そう思っても諭すような言葉に名前の感情が揺さぶられる。そうだよね、私がこんな態度していたら赤葦くんも困るよね。それに、私らしくないよね。

「……私、面の皮厚いかな?」
「ん? え、なんて? ちょっといきなりすぎて笑いそうなんだけど」
「真面目に! 赤葦くんに対して図々しいかな?」
「えー別にそうでもなくない? 気になったり好きならさ、色んなこと考えるし全部知りたいとか思っちゃうし、後から考えたらどーでも良いことでバカみたいに悩みまくってさ。でもまあ、そういうのも醍醐味じゃん? そのまま気持ちが消えてったらダメだろってなるけど、可愛くしてれば良くない? 私は恋する乙女ですって」
「そ、そうだよね……」

 勢いのある友人の台詞に一瞬怖じけそうになったが、先程の木兎の言葉も相まって、名前の心は突き動かされた。ちゃんと向き合おう。名前は手に持っていた携帯の連絡先の中から赤葦京治の文字を探す。一際目立つ気がするのはやはり、好きな相手はすぐに分かるというあれなのだろうか。

『赤葦くん久しぶり。実は赤葦くんと話したいことがあって、今日20時くらいまで駅の近くにいる予定があるんだけど、赤葦くんの部活の予定が合えばその後に少しだけ会えるかな? 無理だったら別の日で大丈夫だから!』

 名前は深い息を吐いて送信ボタンを押した。押してしまった勢いなのか、途端に気分が大きくなる。そうだ、いつまでもウジウジしていられない。私らしくもない。いつかはまた電車で合うわけだしこんなことで悩んでる暇はない。いやむしろこんなの悩んでるほうがおかしいのだ。自惚れる暇があったら少しでも行動したほうが良いじゃないか。

「なんか、強気の顔つき」
「わ、わかる? 今日の夜会えるかどうかの連絡送っちゃった」
「えっいつの間に?」
「今の間にです。こうなったらもう出たとこ勝負だよね。なるようになるもんね」
「うんうん。もう送ったし取り消せないもんね」

 何気ない友人の言葉。そう、取り消せないのだ。送信ボタンを押したことも、自惚れて避けていた事実も、出会ったことも。恋してしまったことも。

「……気持ちを全部伝えるのはすごく緊張するけど、私、頑張ってみるね」


△  ▼  △


 20時を回って、約束の時間が近づいてくると名前の心はさらにそわそわと落ち着かなくなっていった。先程、赤葦から『ごめん。少し遅れそうだけど15分くらいには着くから』と連絡があったのだ。鏡を取り出して前髪を整える。どうせすぐにまた乱れてしまうだろうにこの行為に意味はあるのか。それでも何かしらの事をしていなければ、待つ間に気持ちから負けていきそうな気がしていた。

『いま着いた。どこにいる?』

 時間より少し遅れて、赤葦からの連絡が来た。着いたということは近くにいるんだ。当たり前の事を実感して緊張する。自分の居場所を告げた名前の元に、赤葦がやってきたのはそれからすぐのことだった。
 大袈裟に言うほど久しぶりと言うわけではないのに、長く会っていなかったような気持ちになる。

「え、えっと……久しぶりだね。や、久しぶりじゃないか。一昨日ぶりだもんね、全然だよね……。そ、それよりごめん。部活で疲れてるのにいきなり呼び出して」
「……いや。俺も名字さんと話したいと思ってたから」

 互いに何かを意識しているのが空気でわかる。それは気まずさにも似ていて、けれどほんの少しの期待が入り交じっていた。

(16.06.16)