03

 電車に揺られながら、何か話したほうが良いのだろうかと名前は迷っていた。初対面ではないとは言え、気軽に話しかけられるほどの仲ではない。困ったな。そう思う名前に赤葦が声をかけた。

「この前は、すみません」
「え?」
「不躾にまじまじと見つめてしまって」
「いえ、あの、私も見たことある気がするなって、でもどこだったかなって思って。いつも電車にいるの、最初から気付いてました?」
「……俺もそう思っていて、顔を見て思い出しました。だからつい見つめてしまったんですけど、感じ悪くなっていなかったかなって少し心配で」
「あ、いや、大丈夫です、はい。全然」

 だからかと名前は納得したけれど、赤葦が一目見た瞬間から名前に気づいていた事を名前が知ることはない。

「木兎さんのいとこなんですよね」
「うん、そうです。いつも光太郎くんが迷惑かけてすみません」
「いえ、木兎さんには良くしてもらってるので」
「光太郎くんって元気だし、いや、元気すぎるっていうか、感情も分かりやすいし、でもまあ憎めないっていうか、だからきっと大変なんじゃないかなって」

 名前の言葉に赤葦が微笑む。

「そうですね。でも木兎さんあってこその梟谷バレー部です。だから木兎さんには感謝しています」

 その言葉に今度は名前が微笑んだ。身内を誉めてもらえるのは素直に嬉しい。ましてやそれが、部活のチームメイトなら尚更である。親近感がわいて、名前は尋ねた。

「何年生ですか?」
「2年です」
「私も2年! 一緒だね」
「そうですね、一緒です」
「敬語じゃなくていいですよ」
「じゃあ……名字さんも」
「名前、覚えてたの?」
「あ、いや、まあ、うん……」

 赤葦が自分の名前を覚えていたことに名前は驚いた。木兎が少し口にした名前を忘れないなんて凄いなと思う名前とは反対に、赤葦は内心焦っていた。覚えていたもなにも赤葦はずっと前から知っていたのだ。それを知られて気持ち悪いとは思われたくなかった。

「えっと……赤葦くん、だよね?」
「そう。赤葦京治」
「あ、名字名前」

 ごめん、知ってる。喜ばしげに自分の名前を伝える名前に温かい気持ちを覚えながらも赤葦はそう思うほかない。知ってる。君がいつも朝ギリギリに電車に駆け込むことも、改札を出たら反対方向に進むことも。

「なんだ。こんなことならもっと早くに知り合っていれば良かったね」
「え?」
「赤葦くん話しやすいし、同じ学年だし、それに光太郎くんのこととか色々話できるでしょ?」

 赤葦の気持も知らずに嬉々として言う名前の言葉が赤葦に刺さる。思ったことを惜しげもなく口に出したり、裏表の見えない所は木兎に似ているな、と思った。赤葦としては毎朝見ているだけで良かった存在と知り合うことになったのだから、今の段階でも十分に凄いことだと思うのだがそんな赤葦の心中を知らない名前はもの惜しそうに言うから、赤葦はくすぐったさを感じる。
 好きと言うにはまだ足りなくて知り合いと言うには寂しい。しかしそのえもいわれぬ感覚に赤葦は満足感を得ていた。

「そういうところ、似てるね」
「そういうところって?」
「名字さんも、木兎さんみたいに天真爛漫な感じがする。人に対して臆することがないところとか」
「そうかな?」

 同じ部活の赤葦が言うのなら、似ているところもあるのだろうと名前は考えた。

「赤葦くんは、ポジションどこだっけ?」
「一応、セッター」
「わかった、じゃあ次に試合観に行くときは赤葦くんにも注目するね」

 ぐっと親指を立ててみせる名前に赤葦は笑いそうになった。自分が考えていたよりもずっと明るい性格が好ましいと思う。自分とは違う。木兎と似ているとも思うけれどやはりそれも少し違うなと赤葦は思った。それよりも別の所で惹かれるものがある、と。

「かっこいいところの1つでも見せられるように頑張るかな」
「じゃあ、うん、期待してるね」

 揺られる電車はいつもよりも早く、目的の駅に着いた気がした。電車が駅に到着したことに名残惜しさを感じたが名前の「降りよ、赤葦くん」と言う元気な声に、これもこれで悪くはないと思う。

「一限目から私の苦手な物理なんだけど、なんか頑張れそう。こっち方面の電車に乗る友達居なかったんだけどね、赤葦くんと友達になれたから朝は楽しく学校行ける予感がする!」
「そこまで?」
「大げさかな?」

 赤葦が微笑む。

「いや、良いと思う。そういうの」

 クラスの男子とは違う感覚。他校の男友達が出来たのは名前にとって初めてのことだった。それが余計に彼女を舞い上がらせる。新鮮な気分だ、と。

(16.01.31)