『赤葦と仲良くなったんだって?』
名前の元に木兎から連絡がきたのは、その日の夜の事だった。仲良くなったというか、素性を知ったというか……。なんと言えばしっくりくるのだろうかと考えた名前が出した答えはこれだった。
『知り合いにはなったよ』
木兎からの返事は早い。
『部活の後、赤葦が名前のこと言ってたぞ』
『え、なんて?』
『いとこなの知らなかったって』
『いやまあ、それはね。知ってたら逆に怖いよ』
外見だけで判断するならあまり口数の多そうな人ではないと思っていたが案外違うのかな。少しの時間だったけれど電車内でした会話を思い出す。
『赤葦くんって話しやすいね』
そう。名前は自分でも不思議だった。赤葦は初対面と言えどもとても話しやすかった。それが故に距離感を間違えていないかと不安にはなるが。
赤葦くんはクラスの男子より大人っぽい気がする。でもだからと言って気を使わなくてはいけないという感じもしない。こう言うのを気が合う人というのだろうか。
考えれば考えるほどわからなくなりそうだが、名前もまた赤葦へ言葉にならぬ感情を覚えていた。知りたい。話したい。それは好奇心にも似ている感情。
『あいつすげーいいやつだから』
『うん。わかるわかる。雰囲気出てる』
もっと仲良くなりたいと名前は思っていた。試合会場で会った時は戸惑いも覚えたけれど、あの視線は決して嫌なものではなかった。
理由はわからない。しかしそれを恋と呼ぶには大袈裟な気がした。
『あんまり苦労かけちゃダメだよ』
『かけてねぇよ!』
明日もまたあの車両で彼に会える。そう思うと名前はいつもより少し心が弾むのを感じた。
△ ▼ △
「あ!」
朝、混雑気味の車内で吊革に手をかけていた赤葦を見つけた名前が彼の元へ駆け寄る。
「おはようございます、赤葦くん」
「おはようございます、名字さん」
澄んだ赤葦の声が好きだなと名前は思う。こんなこと絶対本人には言えないが耳に届く声色が心地よいなぁと。
「今日は混んでるね」
「みたいだね。あそこ空いてるけど座らなくて大丈夫?」
「話すの楽しいし、大丈夫」
平均的身長である名前に対して赤葦の身長は高い。何センチだろうとぼんやり考えながら名前は赤葦を見上げる。
「どうかした?」
「あ、ごめんね。光太郎くんもそうだけど、赤葦くんも身長高いなって思って」
慌てて視線をそらす名前に赤葦は笑った。自分をじっと見つめて何を考えているんだろうと思えば身長だったのか。
「182センチ」
「高い!」
「もっと欲しいけどね」
182もあればいろいろと丁度良さそうだけどバレーをする上ではまだ全然足りなのだろう。でも自分たら比べてどうだろう。こうやって並んでいるとデコボコしていないだろうか? そして名前は我に帰る。並んだ絵面を気にしてどうするのだ、と。
「名字さん?」
「あ、ごめんごめん。そうだよね、バレー部だもんね、もっとほしいよね。光太郎くんもあんなんなのにいつももっと身長があればって言ってるし。赤葦くん、今日も部活あるんだよね?」
「うん。あるけど、どうして?」
「ううん。頑張ってって言おうと思って」
「名字さんも」
そう言って赤葦が微笑んだのを見たとき、名前はふと妙な感覚を覚えた。あ、赤葦くんの笑い方素敵だな。喜怒哀楽が大きく顔に出るようなタイプではなさそうに感じるけれど、とても優しく笑ってくれる感じが凄く好きだ。
名前の胸にぼんやりとした明かりを灯す。やっぱり赤葦くん、なんかいいなぁ。
「うん。なんか、頑張れそうな予感」
「俺も」
その感情の根源が何であるかはなんとなくわかる。しかし今はまだ自分の中にしまっておきたかった。それはいつか、ゆっくりと育ち大きな感情となるかもしれない。でもそれは今ではない。今はただ、この穏やかな気持ちを大切にしていきたいと名前は思っていた。
(16.03.04)