07

「え、それって好きってことでしょ?」

 疑いもないほど澄んだ瞳で言い切られたことに、名前は動揺した。

「そ、それは……」
「だって毎朝一緒に通学してて、連絡も取り合ってて、その事が嬉しいんでしょ?」
「そうなんだけど、そうじゃないっていうか、それ盛られてる感じもするんだけど」

 名前は苦笑いをして答える。その反応を見つめながら、友人は変わらぬ様子で、追い討ちをかけるように、名前の核心を鋭く突いてきた。

「ただの友達だったら嬉しいなんて思わないでしょ。ましてやそれを楽しみなんてしないって」
「それは……そうだけど……」
「もー! 私たち、花の女子高生だよ? 恋の1つや2つしないと! 名前にとって、その男の子は特別なんだよね? だったらいいじゃん。恋してるってことで!」
「えー……」
「なんでぇ? 私はビビッときたら恋だと思うなぁ」

 花の女子高生。ビビッと。友人の言葉を振り返る。そりゃあこの年まで恋したことありません、なんて言うつもりはないけれど、でも人に語れるほどの恋愛をしたこともない。赤葦が他の男の子とか違う存在だということは名前自身でも解っていたが、彼女の言うように、それを恋と言い切るにはまだ、何かが足りないような気もした。

「特別……って言うかまあ他の男の子とは違う風に感じる存在なんだけど、でもね、なんていうのかなぁ。好き、じゃなくて、知りたいとか話をしたいとか、そういうね、興味? って言うのかな。そういうほうが強いんだ」

 名前の言葉を1つ1つ咀嚼するように噛み砕いて理解した友人は、ああなるほど。と納得した。つまり、そうか。

「名前にとって、その赤葦くんて男の子は"気になる人"なんだね」

 言われて名前の胸に、ストンと何かが落ちてくる。ああ、そうだ。うん、そう、まさにそんな感じ。好きと言うには少し大袈裟で、友人と言うには物足りない。赤葦くんは、私にとって気になる存在なのだ。恋の一歩手前の、あの、歯痒い感情が思い起こされる。

「そう、なのかも。ううん。そうなんだと思う。赤葦くんのこと、気になってるんだと思う私」
「そっかあ。じゃあ、好きだってところまで気持ちが大きくなるといいよね。名前からはそういう話あんまり聞かないし、私としては今の段階でも結構楽しいけれど、もっと攻めて欲しいから好きになってくれると嬉しいなぁ」
「それ完全に楽しんでるだけのパターンだよ」
「あはは。そんなことないって。いつでも相談乗るし、協力することになったら私に任せてよ。名前の恋のキューピットになったげる」

 快活な声で友人は言った。

「でも、彼女いるかどうかもわからないし……」
「いとこに聞けばいいんじゃないの? 知り合いなんでしょ?」
「えっ、私が赤葦くんに気があるってバレないかな?」
「いつも話してるから気になって〜みたいな感じでいく? そういうの鋭い人?」
「いや、どうかな……特別鋭くもないけど、鈍くもないと思う。でも変なとこで冴え渡るから怖い」

 どうしたものかと悩むが、友人の言うように木兎に聞けばすむ話だと言うことを名前も理解はしていた。だけどここで悩んでいてもなにも始まらないこともまた、名前はわかっていたのだ。

「でも、うん。そうだね。ちょっと私も頑張ってみる」
「おっ、やる気!」

 ただそれでも行動に移せない日々が続いたのは、どこかに不安があったからだ。けれど今、自分の前向きな感情に改めて気付くことが出来た名前はその不安が薄くなっていくのを感じた。
 そして不意に赤葦に会いたくなった。もっとたくさんいろんな事を話して、知りたくなった。それはもう加速するしか選択肢は残されていないような気さえする。

「赤葦くん、優しい人だから、きっとモテると思うんだ。もしかしたら彼女いるかもしれないし。でも、それでも朝会えるの嬉しいって思う気持ちはやっぱり変えられないもんね」

 会える今のうちに。この気持ちが温かいうちに。学校がある今のうちに。たとえ駆け込み乗車になってしまおうとも、乗り込もう。彼が乗車しているあの電車に。そうしておはようの挨拶から始めるのだ。芽生えたばかりの恋の芽を大切にして。そしてそれがいつか大きな花を咲かせるようになれば良いと願いながら。

(16.04.02)