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年上の女の子


『先生、ゼロはどうして喧嘩ばっかりするの?』

『見た目をからかわれるからよ』

『ふーん…私、ゼロの髪好きだけどな。太陽が当たるとキラキラしてすごく綺麗なの!』

『彼に直接言ってあげなさいよ。喜ぶわよ』

『恥ずかしいもん!それに、ゼロは私に言われたって喜ばないよ…私は嫌われてるもの』

『そうかしらね…私にはそうは見えないけど』

いつものように宮野医院に入ろうとして、聞いてしまった会話。
怪我をするたびに、手当てをしながら僕を叱ってくれていた一つ年上の女の子。

秘密の告白を聞いてしまった僕の顔は林檎のように真っ赤になり、恥ずかしさからその場を逃げ出した。
顔の熱はなかなか引かなかった。


また、あの子の夢だ。

最近、なぜか頻繁に見るこの少女の夢。
名前だけが思い出せない彼女。

「あー、くそ…」

あの薬局のみょうじ先生に指示された解熱後二日を超えた三日目である今日は、終日ポアロのシフトが入っている。

『安室さんファンの女の子たち、待ちわびてますからね!!!』

電話で梓さんの言っていた不穏な一言が気になるが、いつものように遇らえばなんとかなるだろう。
僕はシャワーを浴び、“安室透”の準備を始めた。


梓さん曰く、僕のファンだという女の子達を遇らい続けること丸一日。
外はすっかり暗くなり、時計はもう夜の八時を指そうとしていた。

ふと見た窓の外。
先日迷惑を掛けてしまったみょうじ先生が足早に通るのが見えた。

「!」

僕は慌てて店の外に出るが、彼女は僕に気づく事なく、毛利探偵事務所の階段を上っていく。

「安室さん?なにかありました?」

梓さんが不思議そうに僕に声を掛けた。

「あ、今知り合いが…すみません、今日早上がりしても構いませんか?」

「ええ、もうお客さんも少ないので大丈夫ですよ。安室さん病み上がりですし」

僕は慌てて着替え、彼女を待つ。
まさか、毛利探偵事務所に出入りする人間だったとは。杯戸町の薬局で働いているから油断していた。
僕が偽名を使ってポアロここに潜入していることがバレたらまずい。

暫く探偵事務所の路地裏で待っていると、コツコツと足音が聞こえ、みょうじ先生の姿が見える。

「みょうじ先生?」

僕はさも偶然を装って声を掛ける。

「! 降谷さん…」

「こんなところでお会いするなんて奇遇ですね…先日はご迷惑をお掛けしてすみませんでした。もう、すっかり良くなりました」

たまたまお見かけしたので声を掛けました、と言えば彼女がホッとしたように息を吐く。

「それは良かったです」

「あの、それで…もし良かったら今日は僕がお送りしますよ」

「お礼は結構ですと申したはずですが…」

「貴女…尾けられてますよ」

「え?」

こっそり耳打ちすると、みょうじ先生の顔色が変わる。
勿論、尾けられているというのは嘘で、彼女を怖がらせてしまったことは申し訳ないが、こうでもしないと僕の車に大人しく乗ってくれそうになかった。

嘘で言い包めた彼女を助手席に乗せ、僕はRX-7のアクセルをゆっくりと踏み込んだ。

「みょうじなまえさん。あなたに折り入ってお願いがあります」

車窓を、夜景が流れて行く。僕はお願いがあると言いながらも、それを言っていいものかどうか少し迷っていた。

「はい?」

僕は腹を決め、深く息を吐いてから彼女に話し掛ける。

「貴女が知る通り、僕の名前は降谷零と言います」

「………」

みょうじ先生の戸惑いを含んだ視線がこちらに注がれているのが分かる。
僕は呼吸を整えドキドキと嫌な鼓動を刻む心臓を落ち着けてから、シンプルに事実を告げた。

「そして僕は今、安室透という偽名を使ってある組織に潜入しています」

「…それで?」

「今潜入しているのはとても危険な組織で、彼らに僕の素性がバレるようなことがあってはならないんです」

「ちょっと待って。貴方は、私が誰彼構わず個人情報をペラペラ喋る奴だと思っているわけですか?」

「………」

「薬剤師には守秘義務があります。刑法第134条第1項。あなたもご存知でしょう?」

彼女は射るような鋭い目で僕を見る。事を急いて随分と怒らせてしまったようだと少し後悔したが、ここは順を追って説明した方がよさそうだと判断した。

「失礼しました…勿論、知っています。あなたがそういうタイプに見えるというわけではなく、僕の潜入先には変装のプロがいます。だから…」

「もし、そのお仲間とやらがあなたに変装して私の薬局に来たら困るから、降谷零のカルテを安室透のカルテとして保存しておいてほしい。そういうことですね?」

物分かりがいい人間は、話す内容が少なくて助かる。

「そうです」

「…わかりました」

みょうじ先生の幾分ビジネスライクな口調に物足りなさを感じながらも、僕は第二の目的のために駒を進める。

「それから」

「まだあるの?」

呆れたように彼女は息を吐いた。

「はい。僕のかかりつけ薬剤師になってください」

「は?」

「僕も、何かある度にこうやって色んな所で口止めする訳にもいかないので」

「…先に言っておきますが…用事があるなら別途アポを取ってくださいね。わざわざ処方箋をお持ち頂く必要はありません」

彼女はピシャリと言い放った。
まるで、僕の心を見透かしたかのような発言にどきりとする。

「…」

「相手の気を引こうとして自分を傷付ける人間は、自分のことを心配してくれる人間のことを考えていません…だから…腹が立ちます」

強気にそう言う彼女の声が一瞬だけ、震えた気がした。
少し愁いを帯びた横顔が、妙に僕の目に焼き付いた。

「降谷さ…じゃなくて、安室さん」

「はい」

「変更すべき個人情報を全て、明日持ってきてください。夜七時半以降だったら私しかいませんし、その時対応します」

「助かります」

「それから、ここでいいです。降ろして下さい」

「みょうじ先生の家はまだ先では?」

「ここからは歩いて帰ります。さっきの不審者の話も嘘なんでしょう?」

「…すみません」

「失礼します」

みょうじ先生はさっさと車を降り、闇の中に消えていく。

「…手強いな」

彼女が教えてくれた自宅の住所が、“レストラン コロンボ”の住所と同じであることには気づいていた。
僕に不審者がいると脅されていたのに、彼女は一切の個人情報を渡さなかったのだ。

これは…一筋縄ではいかないな。

僕はハンドルに凭れ掛かって盛大に溜息を吐いた。