
安室…もとい、降谷という男に絡まれてから約1週間。
私の疲れはピークに達していた。
帰りは遅くなるし、睡眠の質もあまり良くないようで、たびたび昔の夢を見るようになった。
「あの〜…お薬、頂けますか」
長身の男性がカウンターの前で、困り顔で処方箋を持って立っていた。今日は土曜日。高橋さんはお休みのため私一人での勤務である。
「あ、すみません!」
私は受付の椅子から弾かれたように立ち上がって処方箋を受け取った。
「沖矢さんは、こちらの薬局のご利用は初めてですね?あら…今日は自費での受診ですか?」
国民皆保険の日本では、自費での受診は労災か交通事故かくらいなので珍しい。
自分よりずいぶん背の高い男性を見上げると、彼は苦笑した。
「えぇ、実は保険証を紛失してしまいまして…再発行の手続き中なんです」
「では、再発行が済みましたらお持ちくださいね。その時に清算しますので」
男性に問診票を渡し、薬の準備をしていると、聞き覚えのある男の子の声がする。
「あれれー?昴さんだ!」
「え、コナンくん?」
「なまえ先生こんにちは!僕、杯戸デパートに用があって来てたんだけど、知り合いのお兄さんが見えたから走って来たんだ!」
コナンくんは問診票を書く沖矢さんに何やら小声で話しかけている。
沖矢さんから問診票を受け取り、内容を確認してから薬を渡すと、コナンくんが話しかけて来た。
「ねぇ先生!ゼロのお兄ちゃんのこと教えてよ!」
「え?」
「この間言ってたじゃない!初恋の人って!お話途中で終わっちゃったから、僕ずっと気になってたんだ〜」
コナンくんは目を輝かせていた。
こんな話には興味がなさそうな子だと思ったが、気のせいだろうか?
「ホォー、こんな綺麗な女性の初恋の相手とは、さぞかし格好いい男の子だったんでしょうね?」
沖矢さんまでが話に入ってくる。
“ゼロ”と言われても思い出せることは、いつも怪我をしていたことくらいで、他には何も思い出せなかった。
「ごめんなさい、それが全然覚えてないんです。喧嘩っ早くて、いつも絆創膏だらけだったのは覚えてるんですけど、それ以外は」
「…そうですか、それは残念です」
沖矢さんがスッと私の頬に手を伸ばす。
その動きは緩やかでいて、でも決して私に逃れる隙を与えてはくれなかった。
「僕はどうやら、あなたに一目惚れしてしまったようなので、できればあなたの好みを知っておきたかったのですが」
こんなイケメンに一目惚れされる筋合いはないが…
スルッと親指で頬を弄ばれ、顔に熱が集まるのが分かる。
「あ、あの…」
「す、昴さん!先生困ってるよ!」
コナンくんが慌てて沖矢さんを止めてくれる。
「そうですね。今日のところは、退散することにしましょう」
また来ます、と彼はコナンくんと一緒に出て行った。
もう来なくていい!
不覚にも赤くなってしまった頬を押さえ、私は調剤室に駆け込んだのだった。

「赤井さん」
ジキル薬局から工藤邸…つまり俺の家に戻ってから、赤井さんと向き合う。
「ボウヤ、残念だが彼女は本当に覚えていないようだ」
「そう…」
明らかに落胆した俺を見て、赤井さんはニヤリと口の端を上げた。
「フ、そうガッカリするな…まだ手がないわけじゃない。あのお嬢さんだって逃しはしないさ」
赤井さんは沖矢昴の顔のまま、碧眼を覗かせて笑った。
「彼女には、こちら側にいてもらった方が何かと都合が良さそうだ」
こえー…ホント、赤井さんが味方でよかったよ…
沖矢昴の皮を被った赤井秀一という狙撃手に狙われてしまったなまえ先生に、俺は心から同情するしかなかった。