
安室さんいわく、喫茶ポアロは毛利探偵事務所の一階にあるとのことだった。
彼の愛犬、ハロちゃんのお陰ですっかり隙を見せてしまった私は、今その彼のバイト先へと向かっている。
「あーっ!なまえ先生だー!」
「歩美ちゃん」
歩美ちゃんのお家はここから少し離れていたような気がするが…コナンくんが
「この間の薬局の姉ちゃんじゃねーか!」
「ほんとですー」
大きい男の子が元太くん、そばかすの男の子が光彦くんだったかな。
三人は顔を見合わせてヒソヒソと話した後、ニヤッと笑った。
「歩美ね、先生に紹介したい人がいるの!」
こっち来て!と歩美ちゃんに右手、元太くんと光彦くんに左手を掴まれ、早く早くと私は引っ張られていく。
それは奇しくも私が進もうと思っていた方角だが、一体どこに連れて行かれるのだろう?
「おいおめーら、おせーぞ!なにやってんだ?」
探偵事務所の階段を降りたところで、コナンくんが腕を組んで凭れかかっていた。やはり待ち合わせをしていたのだろう。時間にきっちりしていそうなこのしっかり者の少年は、腕時計を見て不服そうに彼らを見る。
「あ、コナンくん!歩美、恋のキューピッドになるの!」
「はぁ?」
呆れるコナンくんを尻目に、歩美ちゃんは私の目的地、喫茶ポアロのドアを開けた。カラン!と昔ながらのドアベルが鳴る。
「安室さーん!」
「あ、おいおめーら!」
私は彼らに引かれるがまま店内に入る。
その後ろをなぜか慌ててコナンくんが追いかけてきた。
「おはようございます…みょうじ先生?」
「あ、むろさん…」
「えーっ、二人とも知り合いなの?」
「なんだ、つまんねーの!」
「びっくりすると思ったんですが…」
歩美ちゃん達は、口々に残念そうな声を出す。
「一体どうしたんだい?」
安室さんが歩美ちゃんと視線を合わせるように屈む。
「あのね…なまえ先生、せっかく美人さんなにの恋人がいないって言ってたから、歩美がイケメンさんを紹介してあげようと思ったの!」
「ホォー、それはそれは」
安室さんがニコニコしながら私の方をちらりと見遣る。なんというか、彼とはほぼ初対面にも等しいのに、この雰囲気は嫌な予感しかしない。
「歩美ちゃん、安室さんにだって選ぶ権利くらいあるから」
私なんて、と言いかけた私の腕を安室さんが引いたので、私はバランスを崩して、彼の胸に倒れこんでしまう。
わぁーっ!と子供達が歓喜の声を上げた。
「僕は大歓迎ですが、みょうじ先生はどうでしょうね?」
がっちり肩をホールドされた状態で顔を覗き込まれ、狼狽する。
澄んだ灰青の瞳が、試すように私を捉えた。この男、先日取って食ったりしないと言ったばかりではないか。
子供たちとワンテンポ遅れて、後ろから女の子の悲鳴が聞こえた。
こんなに整った顔なのだから、ファンの一人や二人いてもおかしくないだろうとは思っていた。この後の事が頭を過ぎり、私はちょっと憂鬱な気分になる。
「あ、あの…私は、」
「来週、僕とデートしてください。先生はお嫌ですか?」
「い、やじゃ、ない、けど!近い!」
ずい、と更に迫られて、もうその整った顔を見ていられなくなって私は安室さんの顔を押し返した。“男慣れしていない幼気な女性を弄んだら有罪”とかにならないのだろうか。
「やった!決まりですね、約束ですよ」
押し返した手を掴まれ、掌にチュッとリップ音を立ててキスをされる。潜入捜査の賜物なのか物凄く軟派な彼に、私の思考回路は完全に停止した。
再び遠くの方で女の子達の、今度は発狂しそうな酷い悲鳴が聞こえたが、それどころではない私は恥ずかしくて顔が上げられずにいた。
耳まで真っ赤になって、猛獣の前に置かれた餌の小動物よろしく大人しくしていると、漸く彼の腕から解放される。
それから私は窓際の席に勧められるがまま座り、地獄のティータイムが幕開けることになったのである。