
せっかく安室さんにご馳走になったハムサンドとコーヒーだったが、ゆっくり味わえるほどの余裕はなかった。
それは、彼のファンと思しき女子高生の刺さるような視線もさることながら、私の目の前にはトラブルを引き起こした張本人、安室透が座っているからだった。
先日の沖矢昴といい、この安室透といい、一体なんなのだ。二人して揶揄いやすそうな男慣れしていないアラサー女性を弄んで楽しんでいるようにしか思えない。
そして、この2人と繋がっているというコナンくんは一体何者なのだろうか。
「みょうじ先生?お口に会いませんでしたか?」
あまり食が進まない私に、気遣わしげに安室さんが声をかける。
「いえ、あの、とても美味しいのですが…安室さん、お仕事中じゃないんですか?」
席を外してほしいと切に願うが、私の言わんとしていることが分かっているはずなのに、安室さんはお尻に根っこが生えたように椅子から動かない。
「梓さんに是非行ってこいと言われまして」
安室さんの前にもコーヒーが置かれ、カウンターの中にいる梓さんと呼ばれた彼女は、チラチラと私たちの方を気にしているようだった。唯一の救いは、女子高生のそれとは違う、他人の色恋が気になって仕方ない野次馬の視線であったことくらいで、この男に絡まれているだけの自分としては頗る居心地が悪いという事実に全く変わりはなかった。
「あの、さっきの件だけど気にしなくていいから…」
「行きましょうよ、せっかくですし」
安室さんは、テーブルの上の私の手に自分の手を重ねる。慌てて手を引こうとするが、しっかり掴まれてそれは叶わなかった。
それと同時に、“案の定”とは失礼と思うがカエルが潰れたような悲鳴が聞こえてきて、もう視線だけで殺されるんではないかと思うくらいの右側からの殺気。なんなのよあの女、と彼女らの口が動いていることくらいは横目でも分かる。
私の心が分かる眼鏡でもあればいいのになと心底思った。そうしたら“私はこの男性に興味がありません”、“迷惑しています”と彼女らに意思表示できるのにと私は溜め息を吐く。
「ハロも連れて行きますよ。ハロ、貴女のことをすごく気に入ったようですし」
「う…」
弱みを握られている。
彼の愛犬、ハロちゃんは本当に可愛らしかったのだ。人懐っこくて、フワフワして。
私がハロちゃんにもう一度会いたい、と思っていることは彼には丸わかりのようだった。