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誰もそれに気づかない


「ボウヤ、例の計画だが…」

俺は工藤邸で変装前、つまり赤井秀一の姿でボウヤと話をしていた。近々俺の死に疑問を抱き周辺を嗅ぎまわっていた喫茶店の彼…バーボンが、沖矢昴の暮らすこの工藤邸に侵入するであろう事は容易に想像できた。

「うん」

「バーボンは頭の切れる男だ…俺としては保険をかけておきたい」

「保険?どういうこと?」

「あの薬局のお嬢さん…バーボンの暴走を食い止めるのに適任だと思わないか?」

俺がニヤリと笑ってみせると、ボウヤは驚きで目を見開いた。

「赤井さん、それは…」

彼らはお互いに旧知の仲であるかも知れない事に気付いていないのにまずいんじゃないのかと言いたげである。手段を選ばない俺と違って、ボウヤは一般人である彼女を本件に巻き込む事には抵抗があるようだった。

「大丈夫、手荒な真似はしないさ。ちょっと眠ってもらうだけだ…」

俺はこのために用意したクロロホルムをテーブルの上に置く。

「分かった…なまえ先生の身の安全は保証してくれるんだよね?」

ボウヤは渋々、といった感じでお嬢さんの誘拐計画を承知してくれた。

「もちろん…王子様安室君に引き渡すまではな」

楠田陸道からくすねておいた拳銃と、革の手袋を併せてテーブルに置き、準備万端だなと俺は笑みを零したのだった。



マカデミー賞に、あの工藤優作がノミネートされたと聞いて、ミステリー愛好家としては彼の受賞をひたに祈るばかりである。

今日は仕事が半日なので、録画予約はしているが、帰ってゆっくりオンタイムで観ようと心に決めていた。

「ご機嫌ね」

私は今日は定時で上がる!と今朝から意気込んでおり、今は片付けの真っ最中。
高橋さんは私の好みを熟知しているため、今日のことはバレバレである。

「今日のマカデミー最優秀脚本賞は工藤優作が獲ったようなものですから〜」

「ミステリー好きですもんね」

「ええ」

普段より急いで店を閉め、高橋さんと別れる。
普段の帰り道を急いでいると、真っ赤なマスタングにもたれかかった長身の、目つきの悪い男性がこちらをちらりと見た。

「みょうじなまえ、君に用がある」

誰?
何故この男は私の名前を知っているのか。一体何の用があると言うのか。
危険だと頭の中で警鐘が鳴り響いていたが怖くて足が竦んでしまう。

「そんな顔をするな。悪いようにはしない」

男はニヤリと口角を上げながらじりじりと間を詰めてくる。口は笑っているのに、目は笑っていない。
私は男に薬品を嗅がされ、意識が遠退く。倒れかけた私を、男が優しい手つきで軽々と抱き上げた。
その一瞬、以前私の頬に触れた沖矢という男と同じ匂いがした。