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燃やし尽くしたい


午前7時半。
私は喫茶ポアロで透さんの特製ハムサンドを堪能した後、職場に向かっていた。
今度こそゆっくり味わえたそれは、お世辞抜きでまた食べに来ようと思うくらい美味しかった。

薬局に到着すると、先日の沖矢さんが薬局の前に立っていた。

「おはようございます」

「おはようございます。お薬ですか?」

「いいえ、あなたに会いたくなって…」

「………」

私は無言で、彼の腕を引いた。

「!」

虚を衝かれてちょっとバランスを崩した沖矢さんの耳に、私は囁いた。

「ウソつき…」

匂いで分かったのだ。
昨日私を攫った男と、この沖矢という男が同一人物だと。
どうせ昨日拉致した人質が無事かどうか、確認しにきたのだろう。
私の一言で、空気が変わるのがわかる。

「ホォー?喫茶店の彼に何か言われたか」

彼が喉の辺りに触れると、沖矢昴から声も口調も変わる。
昨日、攫われた男の声に一瞬鼓動が乱れたが、私は大きく息を吸い込んで、一息に言い切った。

「あの人は何も言ってません。ただ…私、鼻だけはいいんです。あなたがどれだけ変装の名人でも、匂いだけは変えられないから」

「………」

「私はあなたの本当の名前も知らないし、」

「赤井秀一」

「え?」

「俺の本当の名前だ…ただ、君の王子様の前では、この名前を出さない方がいい」

「じゃあ…あなたのことを黙っている代わりに」

「ホォー…一度攫われた相手に取引を持ちかけるとは、えらく気の強い眠り姫のようだ…いいだろう、聞いてやる」

「絶対に彼を傷付けないと、約束してください」

沖矢昴改め、赤井秀一と名乗った男を睨み付けると彼は驚いたように目を見開いたが、それもほんの一瞬だった。

「あぁ、約束しよう…彼は敵に回したくない男だからな…お嬢さんも今、敵に回したくない人物リストに追加されたがな」

匂いで見破られたのは初めてだと、赤井秀一は笑った。沖矢昴の顔で。

「それから、一般人の君を巻き込んだお詫びに、あのボウヤから手土産を持って行くよう言付かっている」

彼は私の前に、一冊の本を出した。

「“緋色の捜査官”初版本。マカデミー賞受賞作家、工藤優作氏のサイン入りだ」

すごく欲しい、が、この男に借りを作りたくない。

私の迷いが透けて見えたのか、頭上で彼がフ、と笑うのが聞こえた。

「そう警戒するな…これで君に貸しを作るつもりはない…今回の迷惑料だと思って素直に受け取ってくれ」

私は大人しく、その喉から手が出るほど欲しかった本を、有り難く受け取ることにした。

「あ、ありがとう…」

嬉しさで、少し頬が緩む。

「お嬢さんは笑った顔の方が可愛いな」

私の頭をひと撫でして、赤井秀一はあっという間にいなくなった。

確かに昨日、誘拐された時は本当に怖かったが、今は零がいる。
守ってくれると誓った。
だから、大丈夫。
私も、彼を守る盾でありたい。

私は、ぺちぺちと頬を叩いて気合を入れ直し、薬局の鍵を開けた。

これから、悪夢が起こるとも知らずに。