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嗅覚捜査官


「スニッファー?」

俺はソファーから身を乗り出して、赤井さんの話を聞いていた。

「それはあくまで物の例えで、そこまでなのかどうかは分からないがな」

なまえ先生のようなただの一般市民に母さん直伝の変装がバレたと赤井さんから聞いて焦ったが、彼女にそんな特技があったとは知らなかった。
もしベルモットや怪盗キッドの変装も見破れるというなら是非こちら側に引き入れたい。

まぁ、彼女が赤井さんに取引を持ちかけたと聞いた時は、その無謀さに俺は呆れ果てたのだったが。

「あのお嬢さんは少々向こう見ずなところがある…それは長所でもあり短所でもあるわけだが…特に安室くんが絡むと自らを犠牲にしかねない…」

それは先日、米花水族館で見せつけられたあの安室さんとの息の合った小芝居で俺も薄々感じてはいた。

「安室くんはお嬢さんを巻き込まないよう何も話していないだろうが…もし彼の身に危険が迫るようなことがあれば…」

「何をしでかすか分からないね…」

安室さんのようなキレ者に限ってそんなことはないと思うが、万が一の時は俺たちが保護するしかないだろう。

「笑うと可愛らしいお嬢さんなんだがな…俺の前では怖い顔ばかりだ」

赤井さんはそう言って笑った…俺が今まで見たことがないくらい優しい顔で。
まさか…まさかなまえ先生に惚れたのか?

「どうした、おかしな顔をして」

「ううん、な、なんでもない…」

俺はこれから起こり得るであろう三角関係のことを考えると、急激に頭が痛くなってきたのだった。



あれは四年前、組織の任務でバーボン、スコッチと電車に乗って移動していた時だった。

小さな追跡者の気配に気付いたのは、一度電車を乗り換えた時。

追跡者とは妹の真純のことで、流石について来られると困ると思った俺は真純を怒鳴りつけた。

帰れと怒った俺に、真純はお金もないし帰り方もわからないと我儘を言ったので、俺は苛立ちのままに切符を買ってくると言い捨て、スコッチに真純を預けて改札へ向かった。

「チッ」

券売機ではなかなか小銭が出せず苛々し、何枚かの小銭をぶちまけてしまう。その小銭を、素早く屈んで拾ってくれた女性がいた。

「あの、落としましたよ?」

可愛らしい女性だった。俺より随分年下か…と思ったが、日本人は欧米人よりかなり若く見えるというから、同じくらいの歳の可能性もあるかと、ついいつもの観察癖が出てしまう。

「すまない」

「先程怒鳴っていた女の子、妹さんですか?」

すみません、電車を降りた時に見えてしまって。そう彼女は謝りながら笑った。

「あ?あぁ…」

「あまり怒らないであげて下さいね…彼女、貴方が去った後泣きそうな顔をしていたから」

「……そう…だな…」

俺は彼女から小銭を受け取りながら、今度は少し落ち着いた気持ちで真純の切符を購入することができた。

よくよく思い起こせば、あの時の女性こそ、先日安室君に対する最後の切り札として攫った薬局のお嬢さんだったのだ。何処かで見た顔のような気がしていたが、漸く思い出せてスッキリした。

「なまえ…か…悪くない」

俺はボウヤが帰った後、ロックグラスにバーボンを注ぎ、カラカラとグラスを回す。
可愛らしさの中に芯の強さもあり、何より鼻も利く。安室君から奪い取ってFBIにスカウトするのも悪くないかもしれないな、なんてらしくないことを考えた。



「今度は東都水族館に行きませんか…リニューアルオープンらしいですよ」

すっかりポアロで朝ごはんを食べることが日課になってしまった私は、カウンター席でモーニングセットを頬張っていた。
透さん曰く、私のセットだけは愛情たっぷりのスクランブルエッグ付きらしい。

「また水族館?」

「大観覧車が出来たんですよ、二輪式の」

「へぇ、いいわね」

「いいなぁ〜美男美女カップル!癒される!!!」

梓ちゃんがカウンターでコーヒーを淹れながら私達を交互に見てニヤニヤしている。

「あの、梓ちゃん…美女ではないから…」

「何言ってるんですか!美人ですよ!安室さん、ほんっっとによかったですねぇ」

「はい、これも梓さんのおかげですよ。ありがとうございます」

透さんがあまりにサラッとお返事するものだから、私は少し眩暈がした。

「透さん、私そろそろ行くわ」

「あ、外まで送ります」

透さんはカウンターから出てきて私の荷物を持ってくれる。

「忙しそうだし気にしないで「安室さん!こちらは気にせずに行ってきてください!!」

断ろうとした私を梓ちゃんが遮り、透さんもお言葉に甘えて、なんて言いながら見送りに来る。

「じゃあ行ってきます」

透さんから荷物を受け取り、ありがとうとお礼を言って微笑む。

「お気をつけて…あ」

去り際に透さんが手を掴んだので振り向いたら、唇を掠め取るようにキスをされた。

「ちょっと!見える…!」

「大丈夫ですよ、ここは死角になってますし、防犯カメラにも僕の背中しか映ってないはずですから」

顔を真っ赤にして金魚の様に口をパクパクさせている私の頭を撫で、透さんは言った。

「週末、楽しみにしてますからね」

その約束を反故することになるとは、この時の私達は微塵も思っていなかった。