
私はマスタングの助手席から、観覧車を見上げた。
透さんは恐らくあの中にいると言って赤井さんは出て行った。
絶対に、ここを動くなと私に念を押して。
「…お願い、無事でいて…」
私は祈るように組んだ両手を、さらに強く握った。
透さんなら大丈夫だ、何かあったとしても赤井さんが絶対助けてくれると思いながらも、先程聞こえた銃声が透さんに向けられたものだったのではないかと肝を冷やした瞬間の、あの気持ちはもう二度と味わいたくないと、私は吐き出すのを忘れて溜め込んだ息を、この押しつぶされそうな不安とともに吐き出したのだった。
昔、度々米花町の薬局に来ていた刑事を思い出す。
サングラスと癖毛、ダルそうな態度が特徴的だった。
爆発物処理班から捜査一課に異動になったと愚痴った数日後、彼はあっさりいなくなってしまった。
亡くなった日の朝、出勤する彼に薬局の前で挨拶したのが最後だった。
『あ、陣平さん。おはようございます』
彼は患者様扱いされるのが嫌いで、しかも苗字ではなく名前で呼ばないと話をしてくれないちょっと面倒な人だった。
『おーなまえちゃん、おはよ。相変わらずチビだな〜』
そうだった、彼は私の事をチビチビ言っていて、そりゃあなたに比べたら小さいでしょうよ…といつも心の中で悪態吐いてたっけ。
『放っといてください!陣平さんは例の彼女に告白したの?』
『まだ早いだろ、会って1週間だぞ』
『だからって意地悪ばっかりして、小学生みたい。嫌われちゃいますよ〜』
『へーへー。今度、なまえちゃんにとびっきりのイケメン紹介してやるからよー』
『要らないったら!』
『まぁそう言うなって。警察学校の同期の奴だから、顔面偏差値は俺が保証するぜ』
『男は顔じゃないの』
『あ、俺もう行かねーと。そういえば頭痛いんだけど、こないだ貰った痛み止めって飲んでもいいか?』
『ロキソニン?いいけど…でも、続くようなら必ず受診してね』
『ありがとな、んじゃまたな〜おチビちゃん』
陣平さんは私の頭をぐりぐり撫で回して去って行った。
それが最後の会話になるなんて、あの時の私は思ってもいなかった。
その日、ニュースで観覧車の爆発事故を知ったが、殉職した刑事の名前までは報道されておらず、将来を嘱望された若い命がまた失われたのかと、他人事のようにぼんやりテレビを見つめていた。
事故から数日後、白鳥という男の刑事さんが薬局を訪ねて来て、私にクシャクシャになった薬袋を差し出した。
それは、その日の朝私が飲んでもいいと伝えた鎮痛剤が入った袋だった。
『本来、ご家族やご親戚でない方にはお伝えはしないのですが…それが彼が最期に書き残したメッセージだったようなので、彼の意を汲んでお伝えしに参りました』
“なまえちゃん 薬よく効いたぜ、ありがとな!”
走り書きだが、その筆跡には見覚えがあった。
今まで人の死は医療従事者として人並みに経験してきたはずだった。
でも、私の経験してきたそれは老人だったり、もうあまり先が長くないだろうという重い病気の方ばかりだった。
その日の朝まで元気だった人が、いきなり事故で死んだなんて初めての経験で、私は呆然としたままその薬袋を受け取った。
『わざわざ届けて下さってありがとうございます…この度は…その…ご愁傷様でした…』
白鳥さんの後ろに見えた、ショートカットの美人な女性が、恐らく陣平さんの言っていた彼女だろう。
瞼は少し赤く、腫れていた。枯れない涙を堪えるように唇を噛み締めて俯く彼女の心情を察すると、ここで私が泣くのは場違いな気がした。
あの薬袋は、未だ捨てられずに私の部屋に保管されている。
それから、観覧車を見る度に彼を思い出して少し苦しかったけれど、先日デートの誘いを受けた時、零となら乗ってもいいかなと思ったのだ。
今は、不安に押し潰されてしまいそうで、息が苦しい。
私に彼氏が出来ないとお節介にも心配してくれていた陣平さんに、お願いだから彼を助けてと祈りながら、私は夕暮れから夜に変わろうとしている空を見つめていた。

僕はコナンくんに連れられて、消火栓のところへ行く。
「どう?安室さん…」
僕は消火栓の取っ手を丁寧に外した。
うっかり彼が開けていたら、ドカンだっただろう。
「ふぅ…やっぱりトラップが仕掛けられてたんだね…」
「あぁ…安易に開けなかったのは正しい選択だったよ…」
そう話していたら、赤井が飛び降りて来た。
「赤井さん…爆弾は{emj_ip_0793}」
「やはりC-4だ…非常に上手く配置されている…全てが同時に爆発したら車軸が荷重に耐え切れず…連鎖崩壊するだろう…」
「なるほど…悩んでる暇はなさそうですね…これか…」
消火栓のホースの隙間から、爆弾が姿を現した。
「どう?解除できそう?」
コナンくんが僕の手元を覗き込む。
「問題ない…よくあるタイプだ…解除方法は分かるよ…」
「へ〜っ、爆弾に詳しいんだね安室さん…」
「警察学校時代の友人に色々教えられたんだよ…後に爆発物処理班のエースとなった男に…まぁ結局そいつは観覧車に仕掛けられた爆弾の解体中に…爆死したんだけどね…」
俺は、会えば爆弾の解体方法ばかり語っていた友人を思い出す。
「観覧車の爆弾解体で{emj_ip_0793}」
コナンくんは意外そうに声を上げた。
「心配ないよ…アイツの技術は完璧だった…それを僕が証明してみせる{emj_ip_0792}」
僕が爆弾解体に取り掛かろうとしたその時、赤井が僕にソフトケースを投げてよこした。
「これを使え…」
「{emj_ip_0793}」
「そこに工具が入っている…解体は任せたぞ…」
赤井は僕としっかり目線を合わせて言った。今は彼に反発している猶予なんかないことくらい、僕だってわかっている。
「赤井さんは!?」
「爆弾があったということは…ヤツらは必ずこの観覧車で仕掛けてくる…そしてここにある爆弾の被害に遭わず…キュラソーの奪還を実行できる唯一のルートは…」
「空から!?」
「俺は元の場所へ戻り時間を稼ぐ…なんとしても爆弾を解除してくれ!」
赤井はそう言い捨てて踵を返した。
「ふんっ…簡単に言ってくれる…」
「安室さん これを…」
コナンくんが赤井の投げ渡したソフトケースから工具の入ったポーチを渡してくれる。僕はその中からニッパーを取り出した。
「あとはコイツの解体に…どれだけ時間をもらえるかだな…」
そう独り言を言っていると、思案顔のコナンくんが、ハッと思い立ったように駆け出す。
「どうした コナンくん?」
「NOCリストを守らないと!!」
「ったく…どいつもこいつも…」
とはいえ、悪態を吐いている暇などない。
僕は警察学校時代の同期、松田陣平の厳しい指導を思い出しながら、配線を一本ずつ切っていく。
「次は確か…これを…」
いつもより手が汗ばんで、心拍数が上がっているのが自分でも分かる。
配線を切ってしまう
「おっと…危ない危ない…こいつが光ったらアウトだ…焦りこそ最大のトラップだったな…松田…」
僕はふぅと一呼吸入れてから、松田の顔を思い出しながら作業を再開した。
途中、組織の連中がおっ始めたのであろう停電や轟音が響いたが、辛くも爆弾の解体は成功した。
僕が最後の配線を切ったのと、爆弾のランプが点灯してピーと鳴ったのはほぼ同時で、僕はホッと息を吐く。
握りしめていたニッパーから手を離すと、僅かに指先が震えている事に気付き、僕は自嘲気味に笑った。なまえと付き合い始めてからの僕は、強くなったとも弱くなったとも言えるな、なんて。
その場にへたり込んだのもつかの間、恐らく爆破が失敗し癇癪を起こしたジンが命じたのであろう弾丸の雨が観覧車に降り注ぐ。
あの男は成功する確証がある大掛かりな仕掛けだけは自分で仕切りたがるくせに、それが失敗した時の荒れ方はまるで欲しいオモチャが手に入らなくて駄々をこねる幼い子供のようであった。あまりにも分かりやすい行動に僕は苦笑すると、弾丸の雨から逃れるべく、地面を蹴った。
僕は絶対に生きて帰らなければならない。なまえの為に。