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この世界はあなたの色になる



『なぁゼロ、お前に紹介したい奴がいるんだよ…美人だし、お前絶対気にいると思うぜ。会ってみるだけでも…』

『僕はいいよ、そういうのは』

今は大切な人を作る気は無い、そう言ったら彼は寂しそうに笑った。



「さっき赤井さんが言ってたけど、観覧車に爆弾が仕掛けられてたんですって?」

僕は無事に奪還したなまえを助手席に乗せ、車を走らせていた。
世界一嫌いな男の名前と言われてムカっと来たが、今日ばかりは我慢するしかないようだ。

「あぁ」

「また、観覧車…か。私呪われてるかも」

「え?」

「ううん…昔、米花町の薬局にいた時の患者さんでね…警備部機動隊上がりの刑事さんがいたのよ…」

それは、もしかして…
僕の心臓は、いつもの何倍もの速さで拍動を始める。

「刑事になって、すぐに亡くなったの…観覧車の爆発事故で」

「松田…」

「え?」

彼女の目が見開かれる。僕は、彼女が言わんとしている人物と自分が先程思い浮かべた親友が同一人物であることを確信した。

「松田陣平…」

「透さん…知り合い、だったの…?」

「知り合いどころか、警察学校時代の親友だったよ…」

「うそ…じゃあ私にしつこく紹介してやるって言ってたイケメンの警察学校時代の同期って…」

「僕のことだろうな。僕にも、紹介したい美人がいるってしつこく連絡してきていたよ…なんだ、断らなきゃよかったな…」

信号待ちでなまえの手を握れば、彼女も遠慮がちに握り返してくれた。
彼が殉職したのは、三年前の冬だったか。

「私も…陣平さんに言われた通りにしていたら、私達もっと早く会えてたかな」

「今頃、ほら見ろって天国で笑われてるな」

僕達は顔を見合わせて笑った。

「さっきね、観覧車見ながら思い出してた。あの人のこと」

「ん?」

「私にやっと出来た彼氏のこと守って、ってお願いしたの」

「僕はアイツに教わった知識で、爆弾を解体できた」

「ご利益、あったわね」

「あぁ…なまえ…今度、一緒に松田の墓参りに行こう。アイツもきっと喜ぶ」

「うん」

松田…お前に勧められた通りになったよ。

僕達は何度もすれ違って、それでも巡り会った。
もうこいつのことは離さない、そう僕は天国の松田に誓った。



一旦なまえの家に寄ってから、長い長い一日ぶりの我が家に到着した。

なまえの家でも良いと思っていたのだが、彼女にハロちゃんは?と言われて、僕は餌だけ与えて放ったらかしにしてしまった愛犬のことをやっと思い出したのだった。

「ただいま」

ドアを開けると、白い毛玉が飛びついてきた。

「アン!」

「ハロ、静かに」

「ハロちゃん、いい子にしてた?」

僕の隣から彼女が顔を出し、ハロを撫でる。
クゥーンと鳴いたハロは、一生懸命彼女に体を擦り付けている。

だいぶ傷だらけになった僕は、彼女に手当てしてもらう為に先に風呂に入ることにした。

一緒に入ればいいという僕の提案は、恥ずかしいという一言で一蹴される。

風呂から上がると、何もするなと言った僕の言いつけ通り、彼女は大人しくハロと遊んでいた。

彼女は僕の傷に薬を塗り、大きな傷には絆創膏、打撲には湿布…と手際よく処置を進めていく。

「流石だな」

「ここ二十年近く他人の手当なんかした覚えないけど、身体が覚えてたのかもね…はい、終わり」

彼女は最後の絆創膏を貼り終えると、僕の頭を撫でた。

「なまえも風呂入ってこいよ」

「そうする、ありがと」

なまえが風呂に行ったのを見届けて、僕は食事の準備をする。
有り合わせの食材で、豚の生姜焼き、具沢山の味噌汁を作って彼女を待つ。

「お風呂ありがと…って、できてる…ご飯が!」

なまえは目を瞬かせて、嬉しい、ありがとうと笑った。
僕の貸したTシャツから伸びる白く艶かしい脚が目の毒だが、後でゆっくり堪能させていただく事にしよう。

「食材を買い足していないから、残り物ばかりだけど」

彼女のために買っておいた、僕のと色違いのお茶碗にご飯をよそってやる。

「ううん!すごく美味しそう…ごめんね、疲れてるのに…」

「僕がやりたくてやってるんだ…なまえは甘やかされてればいいんだよ…ではどうぞ?お姫様」

僕が椅子を引いてなまえを座らせてやると、彼女は手を合わせて箸を取った。

「じゃあ、いただきます」

「美味しい!零すごいね」

生姜焼きを一口頬張ったなまえが、目を輝かせる。
可愛い、守りたいと心の底から思った。

「あー零といるとダメ人間になりそう…」

彼女はそう言って笑った。

「いいよ、僕がやるから」

「うん…でも、私も頑張るよ…いつもいつも疲れてる零に作らすわけにいかないし」

箸の持ち方が綺麗とか、食べ方が綺麗とか、今日は彼女の新しい面を沢山見られた気がする。

「あの…あんまり見られると食べづらいんだけど」

「箸の持ち方、綺麗だなと思ってたんだ…食べ方も」

「零も綺麗じゃない」

「そうか?」

「そうよ。男らしいけど、品があって私は好き」

彼女がいきなり好きというものだから、僕はドキドキして彼女の意図を探ろうとした。

「君は僕の理性を壊しに掛かってるのか?」

「んーん、素直になることにしたの」

「素直に?」

「そうよ…陣平さんみたいに、思いを伝えないままだといつか後悔するから」

「アイツ…彼女いたのか」

「まだ、芽生え始めた恋って感じで…ほら、あの人零と同じで好きな子に意地悪するタイプじゃない?」

「松田はそうだが、僕に関しては一言余計だぞ」

「ふふ…早く伝えろって言ったのにあんなことになっちゃったから」

聞けば、松田が彼女の薬局に訪れたのは四年前の冬だという。
松田様と言って無視され、松田さんでもダメで…と彼女は笑う。
ややこしい患者の筈が、いつの間にか出勤前に薬局の前を通ってくれるようになり、仲良くなったのだと教えてくれた。

そういえば、松田が俺に頻繁に連絡してきていたのもその頃だった。

『おいゼロ!彼女欲しくないか?』

『今はそんな余裕がない』

『その子すげー美人なんだよ…お前絶対好きだと思うんだけどな』

『…』

『会ってみるだけでも…どうだ?』

『僕らは危険な任務を任されることもある。だから、大切な人を作ればいつかその人を悲しませることになるかもしれない』

『ゼロなら大丈夫だって…それに、大切な人がいるから頑張れるかもしれねーじゃん?』

松田は、しつこいくらい僕に話を持ちかけていたなと思い出す。
僕は、当時任されていた任務でいっぱいいっぱいで、彼の話をゆっくり聞くことができなかった。

「あ、零に見せようと思って持ってきたの」

食後のティータイムに、彼女は後日刑事が持ってきてくれたというクシャクシャになった薬袋を見せてくれる。

“松田 陣平 様”という名前と、薬の名前、用法容量が記載されている。
余白に、見慣れた文字で走り書きがあった。

“なまえちゃん 薬よく効いたぜ、ありがとな!”

「最高の褒め言葉だな」

「うん…捨てられなくなっちゃった」

ベッドに座っていた僕はなまえを手招きして、脚の間に座らせて後ろから抱きしめた。

「そういえば、観覧車…誘って悪かったな。嫌だったろ?」

なまえの肩に頭を乗せれば、後ろ手によしよしと頭を撫でられる。

「ううん…零となら乗れる…というか、乗りたいと思ったから」

「じゃあいつになるか分からないけど、東都水族館の復旧が終わったら行こうか」

「そうね…零が一緒なら、あのショッピングモールの観覧車でも平気な気がするよ」

「そうか…」

なまえの体温に妙に安心して、僕はうつらうつらと居眠りを始める

「零、本当にお疲れ様。守ってくれてありがとう」

なまえが僕ごとゆっくり身体を倒し、ベッドに横になる。自分の身体で僕の腕を下敷きにしないよう気遣うのも彼女らしいなと、僕は眠気という底無し沼に引きずり込まれながらぼんやり思った。