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夏の日の2013


ある夏の日。
警察学校の同期ばかりで海に行った。

そもそもの発端は萩原と松田がナンパしに行きたいという不純な理由であったので僕は却下したのだが、折角だし俺達はのんびり酒でも飲んでようぜと伊達に宥めすかされ無理矢理連れて来られたというわけだ。

「おっ、かわいこちゃん発見!」

「どれどれ?」

萩原は女子大生と思しき女の子達のグループを指差しニヤリと笑い、松田はその女の子達のグループをしげしげと見た。

僕の目に留まったのは、ぷりっとしたお尻とキュッとくびれたウエストが特徴的な、イエローとブルーの花柄の白いビキニの女の子の後ろ姿。彼女はずっとこちらに背中を向けているので、スタイルがいいこと以外は分からない。

「どうよ?松田」

「確かに、レベルは高いけど俺のタイプじゃねぇ」

「んじゃ、俺ちょっと声掛けてくるわ」

「マジか、はえーな」

「こういうのは早いもん勝ちだ」

「へいへい」

松田に偉そうなことを言った萩原は、暫くして頭を垂れて帰ってきた。

「おう、色男。失敗か?」

伊達がからかうように笑い、萩原はハァと溜息を吐いた。

「もースペック高すぎて敵わねぇ」

「は?」

「何言ってんだお前…バカになったのか?」

落ち込んだ萩原を、松田、ヒロの順番で立て続けに追い討ちをかける。

「あの子達、東都大学の薬学部なんだと」

「うわキッツ!最高学府東都大の薬学っつったら定員四十名の狭き門じゃん」

「そうなんだよ。警察だっつってもナンパしに来るような軽い男は信用出来ないって言われるし…」

そりゃあそうだろう。
僕が女でも、警察でーす!なんてちゃらちゃら近づいてくる萩原みたいな男は信用しない。絶対にだ。
彼女達はとても賢明であったと言えるだろう。

「相手が悪い、諦めろ萩原」

あまりにも馬鹿馬鹿しいやりとりに飽きた僕は吐き捨てるようにいい、萩原はまたハァと溜息を吐いた。

「そういうゼロだって、さっきからあの花柄ビキニのおねーさん食い入るように見てんじゃん」

「な!」

観察眼だけは鋭い萩原に殺意を覚えながら、僕はその女の子を見つめていた言い訳を考えようとしたが、お尻が可愛かった以外に思い当たらず撃沈する。
僕だって一応男なのだ。そりゃあ目の前にスタイルのいい女の子がいれば目で追ってしまうことだってある。

「萩原、あんまり言ってやるなよ…ゼロはうぶなんだから…イテッ」

同情の眼差しでヒロが僕を見るので、少しムカついて彼を肘で小突いてやった。

「あの子めっちゃめちゃ可愛かったぞ!ゼロならいけるって」

萩原はしつこく僕をナンパに向かわせようとするが、そんなつもりもない僕はビーチチェアから微動だにしなかった。

「やだよ、別に海にナンパしにきたわけじゃない」

僕は後にヒロから聞かされるまで知らなかった。
僕が見ていたあの女の子が、実は一番手強かったということを。


「なまえーあんたやりすぎだって」

大学六年生の夏。
最後の思い出作り、ということで女子ばかりのグループで海に来た。

やりすぎだ、と言われたのは先程声を掛けてきたチャラそうな男が自分は警察官だと言うので大麻の主成分を答えろと聞いてやったのだった。

「あんなチャラチャラしたのが警察官なわけないでしょ」

「けどイケメンだったじゃん。五人って言ってたし人数だってちょうどよかったんじゃないの?」

「行きたいなら行ってきたら?私はパス」

「あんたの男嫌いも筋金入りね…ていうか彼氏いないのあんただけだし」

「…嫌いな訳じゃなくて」

先日、私がサークルの後輩をこっぴどく振ったと噂が立った。
付き合って欲しいと言われたのは確かだが、私にだって付き合うか付き合わないかを決める権利くらいはあってもいいはずだ。
今は研究と国家試験の勉強に専念したいと断ったら、次の日には私が彼に罵詈雑言を吐いて振ったことになっており、彼の周りの女子からは酷い嫌がらせを受けたのである。

今回、凹んでいた私を連れ出してくれた友人達には感謝するが、男は当分こりごりだった。

「はいはい、思い出の彼が忘れられないんでしょ〜?」

「幼馴染のゼロくん!」

「さっきの彼がゼロくんだったりして!」

友人達は口々に私を揶揄う。
さっきのチャラ男がゼロだったら、もう私は立ち直れないかもしれない。
思い出は綺麗なまま残しておきたい。

「ゼロはナンパなんかしないから!」

「ハイハイ…でもほら、チャラ男でもナンパしにきたってことはご利益あったよね〜その水着!なまえ最後まで渋ってたけど、スタイルいいしよく似合ってるよ」

今日の水着は友人達が選んでくれたもので、可愛すぎると渋ったが絶対似合うと言い含められて購入したのだった。
ナンパに関しては、彼女達の見目の良さが一番の原因だと思っているが。

「うん…選んでくれてありがとね」

その後、海で遊んでくると言った彼女らと別れ、私は焼きそばを買いに海の家に来ていた。
というか、全員分買ってきてとか酷すぎない?

「お姉さん、大変そうだねぇ…俺達が持ってあげよーか?」

「女の子ばっかで来てるの?俺達と遊ぼ?」

焼きそば五人前を運ぶのに苦戦していると、背後から二つの影が差した。
最悪のタイミングとはまさにこのこと。
ここは砂浜。足場が悪くて走れない上に焼きそばを持っているので、逃げようがない。

「結構です」

「じゃあお姉さんだけでもいいからさ、イイことしない?」

さりげなく触ってくる感じがまた鬱陶しい。

「しつこいなぁっ…」

「兄ちゃん達、俺のツレに用か?」

私が助けて、と叫ぼうかと思ったところで、頭上から低い声が響く。
振り向くと爪楊枝を咥えた大柄な男性がニッと笑って白い歯を見せた。
鍛え上げられた上半身は、見せ筋などではない。アスリートか何かだろうか。多分この人めちゃめちゃ強い。

「あ、いえ…焼きそば重たそうだなって〜あはは〜」

「なんだ男付きかよ」

ナンパをしてきた男二人組は、さっさと撤退していった。

「あの、助かりました…ありがとうございます」

私が男性に御礼を言うと、男性は私の手から焼きそば五人前を軽々と取り上げた。

「気にすんな。お姉さんのパラソルはどこだ?持ってってやるよ」

ナンパ男から助けてもらった上に荷物まで持たせるなんて、そんな厚かましいことできるわけがない。

「でも…」

「こういうときは甘えときな。俺は彼女いるし、ナンパしにきたわけじゃないからな…俺がいれば男避けにもなるだろ」

またその人が笑った。初めは少し年上かと思ったが、笑うとクシャッとなる顔を見ると、少し幼く見えた。もしかしたら同い年くらいかも知れない。

「じゃあ…すみません、あの赤白のパラソルです」

「おう」

その彼には、パラソルまで焼きそばを運んでもらった後、丁重に御礼を伝えて別れた。
ビールでも奢りますと伝えたのだが、彼は困っている女を助けるのは当たり前だからと頑として譲らなかった。

ゼロも、ああいう男気のある男性になっていて欲しい。

私は思い出の中の絆創膏だらけの彼に思いを馳せながら、みんなが帰ってくるまで海を眺めていた。


「伊達!遅ぇぞ!焼きそば買いに行くのにどんだけ待たせんだよ」

ナンパは悉く失敗。遂に暑さにやられた松田が、焼きそば五人前を抱えて戻ってきた伊達に八つ当たりをする。

「悪い悪い、ちょっと悪質なナンパに絡まれてるお姉ちゃん助けてた」

「はぁ?」

伊達曰く、友人の分をまとめて買いに来ていた女の子が身動きが取りづらいのをいいことにその身体をベタベタ触っていたナンパ男二人組を追い払い、彼女の焼きそばをパラソルまで運んでやったせいで少し時間を取ってしまったらしい。
伊達らしいなと思った。“男気溢れる”というのは彼のためにあるような言葉だった。

「へぇ〜どんな子だよ?」

ヒロが見飽きたらしい音楽雑誌をポイ、とビーチチェアの上に置いて、焼きそばを食べ始める。

「礼儀正しくて可愛い子だった。ちょっと背がちっこくて…青と黄色の花柄の水着だったな」

「!」

それはさっき僕が見ていたと萩原にからかわれた女の子であろうことは容易に想像がついた。

「それってさぁ…さっきゼロがガン見してた子じゃねーの?」

萩原は既にビールを飲んで出来上がっているが、そういうことだけはしっかり覚えている。全く面倒な奴だ。もう少し飲ませて酔い潰しておけばよかったと僕は後悔した。

「ガン見はしてない」

「またまた〜ほら、今から伊達の友達ですが一緒に遊びませんかって誘ってこいよ!」

そう言ったのは松田。こいつも酔っているが萩原よりはマシだ…でもこいつも潰しておけばよかったと僕は心の中で毒づく。
帰りは運転手をするからという約束で来たくせに、着くなりビールを開けたのはこいつだった。
伊達は義理堅く酒を飲まずに付き合ってくれているが、結局行きも帰りも僕が運転手になりそうだった。

「あのな!」

「まぁまぁ、揶揄うのはそれくらいにしといてやれよ。ゼロも逆ナンで疲れてんだろ…ほれ、食え」

伊達が僕に焼きそばを渡してくれる。
ヒロに“女の子ホイホイ"と不名誉なあだ名を付けられた僕は、所謂逆ナンというやつに苛まれていた。軽そうな女の子達を避ける為に俺は松田から奪ったサングラスを掛け、ヒロから奪ったキャップを被っている。

見た目だけで寄ってくるような女には興味がなかった。
もし付き合うなら、昔僕の怪我の手当てをしてくれた女の子のように、心優しくて賢い女性がいい。

僕は焼きそばを口に運びながら、ぼうっとそんなことを考えていた。