
「ハーイ、バーボン…」
僕はこの女がこういう喋り方をする時は大抵碌でもない話をする時だと分かっていた。
「何の用ですか」
「あら、つれないのね…あなた最近、可愛い子猫を飼い始めたらしいじゃない?」
「{emj_ip_0792}」
「どうして教えてくれないの?」
「組織には関係ないことでしょう…ポアロの女子高生が少々鬱陶しくなってきたので、虫除けですよ…」
「…まぁいいわ…あなた、RUMに目をつけられてるから気をつけるのね…」
本当に碌な話ではなかった。
今度、なまえに会ったらしっかり言い含めておかねば。
僕は後々、ベルモットの行動力を甘く見ていた事を後悔する。

「なまえさん」
午後8時過ぎ。
私はバーボンの変装で、彼が最近付き合い始めたというなまえに近づいた。
「あ…透さん?」
なまえは白衣のまま、勤め先の薬局から出てきたところだった。
手にゴミ袋を握っているところを見ると、ゴミステーションまでゴミ袋を捨てに行くところらしい。
「重たいでしょう…持ちますよ」
私はなまえからゴミ袋を取り上げ、少し先のゴミステーションに捨ててやる。
「ありがと…どうしたの?」
突然だからびっくりした、と彼女は私を見上げて可愛らしく笑った。
「あなたの顔が見たくなった…というのは理由になりませんか?」
私はバーボンがするようになまえの頬を撫でてやると、彼女は目を細めて私の手に擦り寄ってくる。
本当に猫みたいね…私はそう心の中で笑った。
「あぁそういえば、僕のカルテ…見せていただけませんか?住所と電話番号を書き間違えたかも知れなくて」
「あらそう?ちょっと待ってね…」
彼女は私を薬局内に招き入れ、患者ファイルから安室透のカルテを取り出した。
「はい、これ」
彼女が差し出したそれの内容と、私が記憶してきたバーボンの住所や電話番号と内容を照らし合わせたが、特に変わり映えはせず、無駄足だったかと密かに溜息をつく。
「あぁ…大丈夫でした…ありがとうございます。もう帰るところでしょう?送りますよ…」
私はカルテを返し、バーボンの顔で彼女に微笑む。
「ごめんなさい、実はその…まだお薬の配達があって」
彼女はカウンターの上に載せたビニール袋を指して申し訳なさそうに苦笑いを零す。
「そうですか…残念ですが仕方ありませんね。また今度」
残念そうに眉を下げ、去ろうとした私の腕を、彼女が掴んだ。
「ねぇ透さん…今度…いつ会える?」
「大丈夫、すぐ会えますよ…また連絡しますから」
そう耳元で囁いて、おまけに頬にキスをしてやれば、真っ赤になった彼女が頬を押さえた。
「はい…」
「ではまた」
男慣れしていないのね…バーボンなんかに引っかかって可哀想な子。
この分だと、彼の言っていた仕事の邪魔になりそうな女子高生避けとして付き合ったというのは本当らしい。
別れる時は面倒だろうが、バーボンの事だから要らなくなったら上手いこと言って捨てるのだろう。
私は気づいていなかった。
私の背後で、なまえの唇が弧を描いていた事を。

『あいたい』
シンプルな4文字が急になまえから送られてきたので、僕はポアロでの仕事を終えた後、彼女の薬局へ向かった。
自動ドアを開けると、彼女が唇の前で人差し指を立てていた。喋るな、ということらしい。
頷いてから彼女に近づくと、華奢な身体が抱きついてきて、メモを見せられる。
“透さんの偽物さんが遊びに来たので、ボディーチェックしてください。”
「!」
ベルモットだ。
しまった、と思った。朝、電話があった時点で彼女連絡しておくべきだった。
僕は苛立ちながら車から盗聴器検出キットを出し、彼女の白衣から僕のカルテまでくまなくチェックしたが、特に異常は見当たらなかった。
「何もありませんよ、大丈夫です」
僕はキットをカウンターの上に置いた。
「はぁ〜よかった」
彼女は溜息を吐いて机に突っ伏した。
「一体なにがあったんですか?」
「貴方のカルテを見て帰っただけよ…」
「それにしてもよくわかりましたね、僕じゃないって」
あのベルモットの変装は完璧だ。
見破られることはまずないと言っていい。
「匂いが…違ったから」
「え?」
僕は娘に臭いと言われたお父さんよろしく、自分の服を匂うが、柔軟剤の匂いが僅かにするだけで、特に変わった匂いはしない…はずだ。
なまえは、匂いだけで僕ではないと判別したというのか?
「臭くはないわよ」
クス、と彼女が笑う。
「じゃあ…なんで…」
「透さんの匂いがしなかったのと、ドーランの匂いが少し…それに…」
「それに?」
言ってから、なまえはしまったという顔をした。
「…ナイショ」
是が非でも確認しておきたい僕は、なまえを腕の中に閉じ込める。
自動ドアの電源は先程こっそり切っておいたので、誰かが入ってくる心配もないだろう。
「教えてくれないと、このまま悪戯しますよ?」
僕が耳に息を吹きかけると、なまえは僕の胸を全力で押し返した。
生憎、そんな華奢な腕に押し返されるほど僕もヤワではない。
「白衣を着たままだと何だかイケナイ事してるみたいでドキドキしますね?」
「〜〜ッ!言う、言うから!」
“白衣のお姉さん”とか、良い響きだなぁと思っていたのになまえがアッサリ観念したので少し残念な気持ちになる。
「言ってからじゃないと離しません」
「さ、触られても…ドキドキしなかった、から…」
消えそうな声でなまえがそう言って、僕は不意打ちでキュンとした胸の痛みを押さえ込むように彼女をさらに強く抱き込んだ。
「ちょっと、約束が違う…!」
「気が変わりました…すみません、僕がもっと早く連絡しておけば」
身体を離してなまえの頬に触れる。
少し悪かった気がする顔色も、今はすっかり元通りである。
「大丈夫、可哀想な子を見るような目で見てたから」
二度と来ないよ、となまえは苦笑した。
「どういうことですか?」
「ウザい女の子のふりをしたから、すぐ捨てられるんじゃないかと思ったはず」
なまえ曰く、次はいつ会える?なんて腕を引いたらしい。なんだそれ羨ましいじゃないか…とは思ったが、それは僕が彼女にベタ惚れしているからであって、ポアロの女子高生避けで付き合っただけの女性なら、仕事の邪魔にもなるしちょっと鬱陶しいなと思うであろうことは明白だった。
「本当になまえさんが無事でよかった…それに、上手く遇らってくれてありがとうございます」
「私はこんなことしか出来ないけど…もし捨てられた設定必要なら言って、うわ」
捨てるなんて、演技だってするもんか。なまえは僕のことをなんだと思ってるんだ。
僕はムスッとして彼女を再度腕の中に閉じ込める。
「それだけは…絶対にありえません」
不確かなことは言わない僕の口から、“絶対に”という言葉が出た事に彼女は驚いたようだったが、少しはにかんだような顔でありがとうと言った。
「ところで…さっき言っていたウザい女の子のふりとやら、後学のために僕も体験させていただきたいのですが?」
ニコニコと営業用のキラースマイルで微笑むと、なまえが仕方ないなと笑って、僕の服の裾を掴み、上目遣いで僕をチラリと見て彼女は言った。
「ねぇ透さん…今度…いつ会える?」
「貴女が望むのなら毎日でも」
僕はそのままなまえの頤を捕まえてその唇に口付けを落とす。
耳まで真っ赤になった彼女が唇をガードするように両の手で覆い、信じらんない、騙された!と後ろを向いてしまったのが可愛くて、僕はまた彼女を抱きしめた。