
「いやぁ〜悪いな俺まで!」
「おじさまは運転手だからね〜」
「よろこんで!」
おっちゃんの顔には“ピチピチテニスギャル”と書いてある。
俺達は園子の別荘にテニスの特訓に向かっていた。
先日、なまえ先生があの帝丹高校のテニスの妖精だと蘭にうっかり口を滑らせたせいで、それはすぐに園子に伝わり、テニスのコーチをして欲しいと言い出したのだった。
世良はテニスをしないからパス。
なまえ先生が来るということは、もれなく安室さんが付いてくるということでまず間違いないだろうと俺は溜息を吐いた。
園子に誘われてテニス、安室さんも一緒となるといい思い出がない。とりあえず、もう誰かにラケットだけはぶつけられねーようにしねーと…
「なまえ先生、ジャージしかないって言ってたね」
残念、と蘭がぽそりと呟いた。
「それなら大丈夫だよ…安室さん、ポアロでテニスウエアのカタログ物色してたから…」
俺が口を挟むと、車内は一気に色めき立つ。
「やっぱり安室さん来るのね!」
「どんな色のウエアにしたんだろう?」
「なまえ先生なら…ピンクとか?」
「私はブルーだと思うなぁ」
園子と蘭はきゃあきゃあと楽しそうに話している。
蘭に関しては安室さんとなまえ先生が付き合い始めたと梓さんに聞いてからは更に“お近づきになりたい”と思い始めたようであった。

「だから!なんであるのよ」
「まぁまぁ…着てくださいよ…折角ですから」
僕の手には水色のポロシャツと白いスコート。
スコートはちゃんと短パンが付いているものを選んだ。
なまえがジャージを引っ張り出しているのを見て、慌てて購入したのである。折角のテニスデートの機会にジャージなんて。どうせならスコート姿をちゃんと拝みたいとポアロでカタログを物色する僕をコナンくんが冷たい目で見ていたから、僕が付いて来ることくらいは彼にはバレているだろう。
「ジャージのつもりだったのに」
「見たいんです!」
「…」
笑顔で押し切ると、なまえは渋々といった表情でウエアを受け取り、更衣室へ向かって行った。
「ねぇ…短くない?」
暫くして出てきたなまえは、落ち着かないといった様子でスコートの裾を掴んでいる。スラリと伸びた白い脚は目眩がするほどの美しさであった。
「よく似合ってますよ…さぁ、始めましょうか」
預かっている間にグリップテープを巻いたラケットをなまえに渡す。
「はいはい…」
サービスは譲ってくれるというので、僕は渾身のサーブを打つ。
女性にはキツいと思われるサーブも、なまえは難なく打ち返した。
「流石」
「もう辞めて随分経つから、もうちょっと優しくしてくれるのかと思ったけど」
そう言いながらもしっかり重い球を打ち返す彼女。これはだいぶ強敵である。
ラリーは随分と長く続き、僕の隙を突いてスライスが返ってきた。
「!」
打ち返し損ねて高く上がったボールを、なまえは大きく跳んで思い切りラケットを振り下ろす。
風切り音と共に、僕の隣をボールが抜けて行った。
「負けてられませんね…」
僕は数を打てるわけではない先程のサーブではなく、ごくごく普通のサーブを打った。
当然、なまえはそれを打ち返し、再びラリーが続く。
いつの間にか僕達のコートの周りには人だかりが出来ていた。
結局、僕のサービスゲームはなまえに奪取されてしまい、彼女のサービスゲームを迎える。
彼女はすうっと息を吸い、少し膝を折ってボールを投げ上げると、ラケットを振り抜いた。
先程のスマッシュとは比べ物にならない勢いで球が僕の隣を抜けていった。
「透さん、今打ち返す気なかったでしょ?」
呆れたようになまえが言う。
確かに野球の最初の一球と同じで、僕は様子見をするつもりでいたのだが、しっかり見抜かれていた。しかしこれは女子平均の時速百四十キロなんて余裕で超えている。十二年も前にテニスを辞めたとは思えない。
「すみません…貴女のサーブ、ちゃんと見ておきたくて」
「まだ本調子じゃないのよ…このサーブ」
なまえはボールを二度ほどつくと、再び強烈なサーブを打ち込んできた。
今度こそ本当に打ち返せずに立ち尽くした僕であったが、ギャ!という小さな悲鳴で僕は我に返る。
「コナンくん!」
なまえはラケットを捨て、僕の背後にいたコナンくんに駆け寄る。
僕が打ち返せなかった彼女のサーブは、ワンバウンドしてから見事にコナンくんの頭に激突したらしかった。
「いてて、だ、大丈夫だよ…」
前回のように脳震盪は起こさなかったものの、後頭部には大きなたんこぶ。
「ごめんね…気持ち悪いとかはない?」
なまえはさっきまでの気迫が嘘のようにしょんぼりと項垂れている。
コナンくんは大丈夫、たんこぶだけだよと彼女を慰めていた。
「なまえ先生、すっごーい!」
園子さんが目をキラキラさせながらこちらへ駆けてきて、なまえの肩を叩く。
「まだ勘が戻ってないから…コナンくんに当てちゃって…」
本当にごめんね、となまえは凍らせた飲み物をタオルで包み、ベンチに座らせたコナンくんのたんこぶを冷やした。
「ガキンチョは頑丈だから大丈夫よ」
「コナンくん!大丈夫?」
少し遅れて、コナンくんのたんこぶを見て全てを察したらしい蘭さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫、ボールが当たっただけ。おじさんのゲンコツより痛くないから!」
「あぁん?」
毛利先生はカチンときたようでコナンくんを睨みつけるが、お父さん!と蘭さんに一喝されて大人しく黙り込む。
「もし体調悪くなったらすぐ言うのよ?いい?」
蘭さんがコナンくんに諭すように言うと、彼は大人しく頷いた。
「ガキンチョは蘭に任せて、なまえ先生と安室さんはほら、続き!」
園子さんに背中を押されて、僕らはコートに入る。なまえは戦意喪失、といった感じであったので、僕は試合を続けることに少し抵抗を覚えていた。
「なまえさん、やめておきますか?」
「透さん、楽しみにしてたんでしょう?」
「ええ、まぁ…張り切って貴女のユニフォームを買う程度には」
「じゃあ…やろっか」
「へ?あ…ハイ」
ケロっとなまえが言い、僕は拍子抜けした。
もし、先程と様子が違うようなら僕から止めようと決めて、僕はラケットをグッと握る。
フー、と息を吐いた彼女の瞳は、完全にアスリートのスイッチが入っていた。
しなやかな身体から繰り出される強烈なサーブ。
僕はなんとか打ち返したものの、それはお世辞にもコントロールが良いとは言えないレシーブであった。
「よっ、と」
なまえは強烈な回転をかけたカットで返してくる。
「容赦ないですね…」
先程の二の舞はするまいと僕はなんとか喰らい付き、ボールを返す。
「私、体力ないから…こういうのは考えてやらないと…ね!」
「!」
なまえはラケットを左手に持ち替え、僕が、バックハンドになるように打ち返した球を、まさかのフォアハンドで打ち返した。
ポコ、と軽い音がしたそれは、ネットに引っかかって僕のコートにポトリと落ちる。
「
普段の穏やかななまえのせいですっかり忘れていた。彼女が恐ろしく負けず嫌いであることを。
そういえば、少し抱き心地が変わったなとは思っていた。ストイックな彼女のことだからトレーニングでかなり身体を絞ったのだろうが、まさかこの為だったとは思いもよらなかった。
「透さん、行くよー」
僕がぼけっとしているのに気づいたなまえが、ボールを持って手を振っていた。
「どうぞ」
なまえはあのサーブを打ってくると踏んでいたが、予想外に彼女は緩いサーブを打ってきた。
調子が悪いのかと思って観察していたが、特に変わった様子はなさそうだ。
「優しいですね、なまえさんは」
僕が全力で振り抜いたボールは、なまえの右側を抜けた。
「どうして…」
「もう少し透さんとテニスしてたいから…かな」
そんな可愛いことを言ったってなまえは僕という獲物を狙う肉食獣のようだった。僕はまるで猛禽類に狙われた小動物のような気分になる。
くるくると器用にラケットを回した彼女は僕にニコッと笑うと軽いサーブを打ってきた。
これは長引きそうだな…
僕は口角を上げて甘く入った球を打ち返した。