
まさか一度ならず二度までも、テニスコートで何かをぶつけられるとは思っていなかった。このままではテニスが嫌いになりそうである。
まぁ、今回はなまえ先生の強烈なサーブがワンバウンドした後にぶつかったくらいで、たんこぶはできてしまったが前回のようにラケットが激突し脳震盪を起こす…といったトラブルは免れたのでまだテニスを楽しむ余裕はある。
安室さんとなまえ先生のラリーは、彼女の方が圧倒的有利に見えた。
しかし彼女は途中でサーブを緩やかなものに変え、安室さんのあの手この手の攻め方を愉しんでいるようだった。
「なまえ先生、ズバッと決めちゃえばいいのに」
たんこぶを凍ったペットボトルで冷やす俺の二つ隣では、園子が手に汗握る…といった状態で試合に見入っていた。
隣に座る蘭も、種類は違えど同じ“スポーツを嗜む女子”としてなまえ先生を応援しているようだった。
「どこか痛めたのかなぁ?」
蘭が心配そうに言うので、俺はボソッと呟いた。
「大丈夫。なまえ先生、安室さんとラリーを楽しみたいだけみたいだから…ホラ、別に何処も庇ってる感じしないし…それに、怪我してたら安室さんが真っ先に気付くだろうし」
あのなまえ先生にだけ向けられるストーカー紛いの観察眼なら、真っ先に異変に気付くだろうしそんな事態になろうものならすぐに試合は中止する筈だ。
蘭と園子は妙に納得し、今度はいいなぁラブラブでと話が別の方向に転がっていく。女子の話ってコロコロ変わるからついていけねー…と俺は呆れ顔で試合の続きを眺めていた。
「しかしすっげぇなぁ〜コントロールはアレなのかもしんねーけど、未だにあの強烈なサーブは健在だもんなぁ〜」
ピチピチテニスギャルを諦めたらしいおっちゃんは煙草を蒸しながら、12年ぶりのなまえ先生の試合を堪能している。最初は下心から短パン付きのスコートにブツブツ言っていたが、すっかり彼女のプレイの虜になっていた。
「あ!」
園子が呟いたのと同時に、なまえ先生があの強烈なサーブを繰り出し、安室さんの横を抜けた。
「お父さん、今アドバンテージなまえ先生だったよね?」
「おー…ま、お遊びは終わりってとこか?」
おっちゃんは煙草を揉み消し、大きく伸びをした。
「すみません、試合に夢中になってしまって」
安室さんとなまえ先生は、タオルで汗を拭きながら俺たちが座るベンチに戻ってきた。
「安室さんもなまえ先生も凄かったです!」
園子は興奮冷めやらぬ、といった感じである。
「残念ながら負けちゃいましたけどね」
安室さんは苦笑いしながら、眉を下げる。負けたのに嬉しそうなのは、敢えて突っ込むまい。
「本当に凄かったです…あのなまえ先生のテクニック」
蘭がなまえ先生にスポーツドリンクを手渡し、彼女はそれを礼を言って受け取った。
「そんなことないわ、コナンくんにもぶつけちゃうし…ごめんね、頭痛くない?大丈夫?」
「ほんとに大丈夫だから気にしないで!僕にもテニス教えてよ」
「ありがと、コナンくん」
なまえ先生は俺の頭を撫でた。温かい手に懐いて、思わず高校生であることを忘れそうになる。
もし自分に姉がいたらこんな感じだったろうか。ふと妄想したものの、安室さんの顔が過ってブンブンと首を振った。
「コナンくん?どうかしたかい?」
「ううん、なんでもない!僕ちょっとトイレ!」
安室さんの声に過剰反応してしまい少ししどろもどろになった俺は、慌ててトイレに駆け込んだ。

「なまえ先生のスコート、可愛い!」
某有名スポーツメーカーの少しふわっとしたタイプのスコートは、動きやすくひらひらするスカートも邪魔にはならない。
しかしピチピチの女子高生二人を前にして、三十路の私が着るのもおかしな話である。
「安室さんが選んだって本当ですか?」
彼女らの専らの関心は、スコートよりも透さんが私にウエアを買い与えたことであるようで、蘭ちゃんは透さんに詰め寄る。
「えぇ…ジャージで行くと言い出したので慌てて」
「折角のデートだもん!当然よね」
「はい」
透さんは園子ちゃんのその言葉に嬉しそうにニコニコと微笑む。
まぁ、この顔が見たいから着たんだけど。
園子ちゃんは彼氏とのテニスデートの為に上手くなっておきたいようであった。彼女は一応テニス部ということで、フォームの修正だけでなんとかなるだろう。
蘭ちゃんはテニスは園子ちゃんと嗜む程度だと言っていたが、空手をやっていることと、持ち前の運動神経の良さから、彼女はパワープレイも可能だろうなと透さんの恥ずかしい彼女自慢を聞き流しながら考えた。
「なまえさん?」
「わ、」
透さんに顔を覗き込まれ、びっくりして思わず仰反った。
「大丈夫ですか?ぼうっとして…疲れましたか?」
どれだけ見ても、この整った顔だけは見慣れることはないだろう。
「違うの、時間も勿体ないしどう教えようかなって」
そう言うと透さんは納得したように頷いた。
「なるほど…そうですね、それじゃ早速始めましょうか」
「とりあえず、怪我しないように準備運動からね」
そう言って園子ちゃん達を見ると、三人ともはーい!と可愛く返事をしてくれた。毛利さんはテニスウエアを着ているものの動く気配は全くなく、煙草をふかしている。
私の読み通り、園子ちゃんはフォームの修正、蘭ちゃんは力の入れ方など園子ちゃんより少し基礎の部分から教えれば二人ともすぐに上達した。
園子ちゃんはあのパワーサーブを教えて欲しいと言ったが、ラリーを続けたければまずは基本のフォームの修正だよと宥め賺したのである。
「なまえ先生…」
休憩中、蘭ちゃんがおずおずと声をかけて来た。
「どうしたの?」
「あの…今度、テニス教えて欲しい奴がいて…」
「いいわよ。今日は都合が悪かったのかしら」
「あ、いえ…今厄介な事件抱え込んでるみたいで…その、いつ帰ってくるか分からなくて」
「事件?」
「高校生探偵の工藤新一ってご存知ないですか?あいつ…私の幼馴染なんですけど」
蘭ちゃんは頬を赤くした。これは、彼氏かな?なんて私は変な勘ぐりをしてしまう。
「あぁ、最近新聞で見なくなったと思ってたけど…蘭ちゃん付き合ってるんだ〜へぇ〜」
初々しい蘭ちゃんが可愛くてつい頬が緩む。
「まだそんなんじゃ…!」
「まだ…ね。そっかそっか〜若いって羨ましいわ」
「なまえさん嬉しそうですね。どうしたんですか?」
透さんが、園子ちゃんとコナンくんと一緒にベンチに戻って来て不思議そうに私と蘭ちゃんを交互に見た。
「内緒〜」
「らーん?さてはダンナの話だな?」
「園子!」
私の様子から、すべてを悟ったらしい園子ちゃんがニヤニヤと嬉しそうに蘭ちゃんをからかい、何故かコナンくんは顔を真っ赤にして俯いている。
「みんな可愛いなぁ」
私と透さんはそんな三人を微笑ましく見ていた。
「僕は、なまえさんが一番可愛いですけどね」
「もう、そういうことサラッと言わないで」
本当に、公安警察だとか黒の組織に潜入しているとか、そんな殺伐とした現実がまるでなかったかのような長閑な一日であった。
この時、私は思ってもみなかった。
"事件ホイホイ"がコナンくんだけではなかったことを。