
『その必要はない、依頼は受けよう。悪いが今日のところはこれで』
「ふふ、相変わらずの変人っぷり」
私はタブレット端末に釘付けになっていた。最近見始めた海外ドラマで、現代版のホームズとワトソンがNY市警の顧問として活躍するというお話だ。
「何を観てるんだ?」
不思議そうに零がタブレット端末を覗き込んできた。
今日は久しぶりに二人の休日が重なっていたため、零は昨晩仕事を終えてから私の家に泊まりに来ていた。
折角涼しくなってきたのでハロちゃんを連れて広いドッグランのある公園へと連れて行ってあげようかと計画を立てていたのに、明け方の雨音に二人して目覚め、急遽お家でゆっくり過ごすことにしたのであった。ハロちゃんはペット用ベッドで気持ちよさそうに眠っている。
「最近、友達に勧められて海外ドラマを見始めたの。現代版シャーロック・ホームズよ」
ほら、と私は零が見やすいようにタブレット端末を傾けた。
「へぇ、舞台はアメリカか?」
「ええ。彼らはNY市警の捜査顧問になるんだけど…」
「FBIも出てくるのか?」
今、私NY市警って言ったよね?そう思いながら零を振り返ると、少し微妙な顔をしていた。
「え?」
「あの手柄欲しさに事件現場に出ばってきて…ドヤ顔で操作を引っかき回し地元警察に煙たがられて、視聴者をイラつかせる捜査官…」
ちょっと零の目の色が変わった気がした。ダメだ、これは赤井さんのことを思い出しているに違いない。私は心の中で頭を抱え込んだ。
「このドラマでは、みんなホームズにやり込められてるわよ」
「現実でもそうあって欲しいね」
零の口調がいつもよりきつく感じられて、私は"赤井"という名前を心の奥底に封じ込めることにした。
「嫌いなの?FBI」
「…好きではないな」
「あら残念…よかったら一緒に観ようかと思ったのに」
「他のを観よう…事件は現実だけで懲り懲りだよ」
「そうよね、ごめん」
何観ようか、と言いながらタブレットをテレビに繋ごうとソファから立ち上がると、後ろに肩を引かれてぼすっと再び沈み込んだ。
先程と違うのは、背中に温かい体温があること。
「タブレットでいいよ、ここで一緒に観よう」
今日も思い切り甘やかしてくれる日らしい。
後ろから零に抱きしめられる格好になった私は、目一杯彼に体重を預けて映画を探した。
「どんなのが好き?」
「アクション映画は好きかな」
「うーん…どうしようかなぁ…スパイものも懲り懲り?」
そう言って顔だけ振り向くと零がそんなことないと首を振ったので、有名なスパイ映画を一緒に観ることにした。
私がさっき海外ドラマに夢中になっているうちにちゃっかりサイドテーブルに飲み物と軽食を準備していた彼は流石のスパダリっぷりである。
時刻は午前十一時を少し回った頃。
この様子なら、沢山映画を観ることができそうであった。
映画はアメリカの秘密諜報組織に属するスパイの男が、次々と不可能な任務をこなしていく…という内容で、彼を助ける女スパイも出てくる。
「私も、こんな風に器用だったらなぁ」
思わず口からポロリと本音が漏れた。不可能な任務をギリギリのところでやり遂げる主人公に、零を重ねたのかも知れない。私はいつも守られてばかりで、零に何もしてあげられていない。この映画の女スパイのように…とまではいかないが、彼女の何分の一かくらいでも器用だったら、なんて叶わない願いが頭を過った。
「なまえはそのままでいいんだよ」
私の気持ちを察してか、零が私のお腹に回した腕に少し力を込めた。彼の癖っ毛が首に触れてくすぐったい。
「どうして?」
「僕は、スパイじゃなくて君を守る
「それじゃ私、ただのお荷物だよ」
自分でも笑えるくらい情けない声だった。零はふ、と笑って私の頭を撫でる。
「なまえは少し…いやだいぶ勘違いしてる。今の僕の原動力は君なんだから…君がいないとなんにもできない」
「あのなんでもこなすトリプルフェイスが?」
「そうだよ、だから…これからもずっと僕に守られててくれよ」
するりと零の暖かい手が私の手に触れた。彼の顔を見ると、眉尻を下げて"へにゃり"という擬音が似合いそうな顔で笑っている。幼い頃は絶対に見せなかった顔だ。
私はこの幼馴染がどうしようもなく愛おしくなって、身体ごと振り向いて彼に抱きついた。タブレットが私の膝からソファの上に滑り落ち、ぼふ、と鈍い音を立てる。
「今日は積極的だな」
「今、しみじみと零のこと好きだなぁって思って」
「それは嬉しい話だな」
零はにやりと笑うと、長い手でタブレットを拾い、テーブルの上に置く。
程なくして視界がくるりと反転して、いつの間にか零の頭越しに天井が見える。
「ちょっと、」
私が文句を言うより前に、キスの雨。
「今日は君をとことん甘やかす日だ。今決めた」
「それ、いつもじゃない」
「君を甘やかすことで、僕も少なからず癒されてるんだよ」
零は私の額にこつん、と自分のそれを当てた。
ペットか、私は…
一瞬そんな考えが頭を過ったが、零の蕩けるような甘い顔を見た途端どうでも良くなってしまう。
先程のスパイ映画の結末は、当分お預けになるだろうな…などと考えながら、私は零の腕に身を委ねるのだった。