
五月の抜けるような青空の日、歩美ちゃんが杯戸町の薬局に行きたいと言い出した。
どうやら彼女が世話になっていたベイカ薬局にいた薬剤師のお姉さんがいつの間にか杯戸町に移動になっていたらしく、そのお姉さんに錠剤が飲めるようになったと報告したいという話だった。
「えっとぉ〜この辺なんだけどなぁ…」
歩美ちゃんが、先程の薬局で描いてもらった地図を、少年探偵団のメンバーが覗き込む。
「あれじゃない?」
灰原が“ジキル薬局”と書かれた看板を指差した。
「ほんとだー!行こ行こ!」
「早く行こうぜ!」
「楽しみですね!」
歩美ちゃん、元太、光彦が駆け出し、灰原と俺はその後ろをゆっくり歩く。
「杯戸町に、ジキル薬局…ね」
灰原は呆れたように呟いた。
「ハハ、ギャグみてーな名前だよな」
明らかにロバート・ルイス・スティーヴンソンの“ジキル博士とハイド氏”を意識した名前に、俺も苦笑いするしかなかった。
「なまえせんせー!」
歩美ちゃんは自動ドアを開け、カウンターに噛り付いた。
「あら、歩美ちゃんじゃない。どうしたの?」
奥から、綺麗な黒髪をひとつに結わえた女の人が出てくる。
猫のような上がった目尻が特徴的な、人好きのする顔立ちの美人だった。
「先生あのね、歩美、錠剤が飲めるようになったんだよ!」
なまえ先生は虚を突かれたような顔をした後、にこりと微笑んだ。
「わざわざ私に教えに来てくれたの?ありがとうね」
「うん!」
「錠剤飲めるようになったんだ。歩美ちゃんお姉さんだね」
「えへへ」
歩美ちゃんは得意げに笑った。
なまえ先生は歩美ちゃんの頭を撫でながら、俺たちの方に目を向けた。
「今日はお友達と来たの?」
「うん!元太くんとー、光彦くんとー、コナンくんとー、哀ちゃん!」
歩美ちゃんは俺たちを一人一人指差してお姉さんに教えている。
「あら、貴女…」
なまえ先生の目が、灰原に釘付けになる。
「っ、」
灰原は俺の後ろに隠れようとするが、なまえ先生が彼女の目の前に来る方が先だった。
「あ、怖がらせてごめんなさいね…貴女の髪の色が昔お世話になった女医さんによく似ていたから」
「へ?」
灰原はポカンとしてなまえ先生を見た。
「すごく綺麗な色だったのよ…憧れの人だったから、大学生の時真似してみたんだけど…私の髪じゃあの色にはならなくて。貴女の髪も、素敵な色ね」
昔を懐かしむようななまえ先生の瞳は、とても嘘をついているようには思えなかった。
「………あ、ありがとう…」
消え入りそうな声で灰原は呟くと、顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れてしまった。相変わらず褒められるのには弱いらしい。
「先生あのね、歩美達、今からみんなでサッカーしに行くんだよ!」
「そっか、車には気をつけるのよ」
「うん!」
「早く行きましょう!」
「コナン!灰原!置いてっちまうぞ!」
いってきまーす!と子供達は元気よく外に出て行った。
「なまえ先生、お仕事の邪魔してごめんね」
俺は一応なまえ先生に謝って、薬局の自動ドアをくぐった。
「いいのよ、気にしないで。いってらっしゃい」
なまえ先生は俺達の目線まで屈み、手を振ってくれた。
彼女が見えなくなってから、俺は灰原に声をかける。
「おい灰原、あの人が言ってた女医って…」
「ええ、多分ね…組織に入る前だろうけど」
この時は俺も灰原も気づかなかった。
なまえ先生が、今後俺たちに関わるキーパーソンとなることを。