9話 お上りさん拉致される


 白い霧の向こうに懐かしい何かを思い出した気がした。
 名を呼ばれて白昼夢を見たのだと、私ナナコは理解し抱えていた書類が落ちそうになったところで慌てて抱え直す。
「ちょっとこっちに来てくれ」
「はい、何でしょう?」
 ボンヤリしてちゃいけない、給金分は働かねば。気を取り直し、白いクリーンルームの中にいる上司の下へ近づく。
「この書類を第二支部に送ってくれ、メールだとハックされるから証拠として保持しておきたい」
「兄貴、雑用に試験体使うな。まだ今日のデータ取ってないんだ。終わってからにしろ。あと名前!クローンでもないんだから名前で呼べって何度も言ってるだろ!」
 巨大な画面に釘付けでコントロールを叩きまくるもう一人の若い研究者に兄はウンザリした顔を向ける。見慣れてしまった光景だが意見の相違があるだけで二人とも私を一人の立派な人間として敬ってくれているのも私は知っていた。
 弟の庇う物言いに齟齬が起きてはと慌てて取りなした。
「お気になさらず私も気にしていないので。
 あの△△様?再三申し上げたように私書類仕事苦手でして、家事炊事ならなんとか」
「人格を考慮した結果運搬なら可能かと用事を任せようとすればこれか……」
「うう、申し訳ありません」
「人格を考慮して頼むのがそれの兄貴がおかしいって。気にすんな、ナナコはよく頑張ってるよ。
 ⋯⋯さっ、マッドサイエンティストは置いといて大事なテストに取りかかろうぜ。まずは酸素濃度一割減らした環境で活動できるかどうかのテストを」
「お前の方がよほどマッドだよ」
 心から同意するが彼等との付き合いは短くない。何に耐えられどれぐらい持つかよく知っている。親しい身内の軽いジョブだ。
「大丈夫です。〇〇さんもお兄さんの△△様にも良くして頂いてますから、多少のことならへこたれません」
「昨日耐えられないって泣いてたのは誰だったかな〜?」
「怠惰で頭一杯の誰かさんが焦って調整ミスったせいじゃないですかね?」
「……こんにゃろ、倍加重掛けてやる」
「非人道的行為労基に訴えられてもいいんならどうぞ?自称スーパーハッカーさんの最後が法令違反で投獄なんて知ったらお身内も悲しまれるんじゃないですか?」
「オレは構わんな。付けあがった弟には良い薬になる」
「そこは構ってほしかったな兄貴!」
「いい加減くだらない口喧嘩止めないと二人とも叩き出すぞ。報酬はもちろんないが構わないな?」
「「真面目に働きま〜す」」
 何をしているか細部までは知らないが必要だからしていることなんだろうと私は納得していた。
 靄掛かる意識の向こう、しばらくして自動扉が開き、ワンピースの活発な少女がバスケットを携えごきげんで入ってくる。
「こんにちは皆、遊びに来たよ!」
「おうチイちゃん、こんにちわ」
「こんにちは、元気にしてた?」
「いつも通りだよ。てか元気でない私なんてありえないしっ!」
「ホノカさんが居ないのも珍しいな、仕事か?」
 はいお父さん♪と壮年の研究者に籠を渡し礼を言う父に今日は自信作だよと彼女は胸を張った。弾む男の問いに少女は頷く。
「そうなの、だから退屈しちゃって暇つぶしに来たよ。さあ持てなして!美味しいお菓子も作ってきたから一緒に食べよう!」
「嬉しいです、食べましょう食べましょう!」
「当分は脳の栄養だからな、休憩休憩っと」
 怠けようとする私達に男が説教を垂れ娘が取りなし諦めがついたのが、白いデスクに取り皿や色鮮やかな食べ物が並べられ、ようやく穏やかな軽食が始まった。



 ……はっきりした記憶はそこで途絶えている。気づけば朧気な視界は黒に覆われていて開いた眼に写る景色は霞ががかって朧気だ。夢の内容はどういう意味を持つか考えかけて、余計な枷になりそうだから考えるのを止めた。

 肌を刺す冷たさと静けさに夜の気配を感じて辺りを見回せば景色がふよふよ動いていた。というか、私の体が宙に浮いている。
 おそらくは外なんだろう、裏通りの細い路地の壁がふよふよと浮かんで見えたのだ。
 え、私死んだ!と思いきや揺れが若干気持ち悪いうえに肌を撫でる風の感触に実態はあると理解できた。でも何この状況……夢?夢だよね、誰かそうだと言って。てか降ろして、気持ち悪いから。
 願い空しく景色は二転三転と変わっていく。朧気な意識に活を打ち、走る速度に流れる景色の横をなんとか見れば見知った姿の二人を見つけた。私の両側に寄り添うように並び走るのは、クジュウリでハク達に保護された際に出会った双子達だ。
「「……」」
 今日も頭から外套をすっぽり被り一言も話さず連れ立っている。この状況はおそらく彼女たちの仕業だろう。
「どこへ行くの?」
 オシュトルが心配してるかも、迷惑をかけてはいけないから止まるよう尋ねたり行き先を聞くけれどあいにく返事はなかった。
「……」
 考えてみれば双子は聖上、帝の巫だ。双子が動くのは主か帝の要請がないとこの次点では動かないから、もしかしたら私に用があって強制的に帝の元へ運んでいるのかもしれない。
 同族とはいえ未来を予見した手紙は不審すぎたかもしれない。帝に徒成す存在として処刑するために連れ去ったた可能性も考えられるけれど、人知れず消すにしては忍びすぎていた。
 何か確認するために問答無用で連れ去ったと推測する方が自然だろう。これが見知らぬ第三者なら私は全力で抗うけれど、双子が動くときは帝の意思と決まっている。この國の最高権力者にたてつく度胸も理由もないので私は大人しくそのまま運ばれた。運ばれてるうちにしんどくなってまた意識が薄れていく。仕方ない、せめて体よ帝に会うまで持ってくれ、死体を運んだ咎で誰かを罰する人ではないと思いたいが、命を受けて運んだだけで双子が罰せられる展開は日和見主義者の私でも御免被りたい。
 やだ、物言いが古風でらしくない。オシュトルの影響で真面目口調になっちゃってる。変なの、変といえばさっきの夢も変だった。旧人類のハク達と滅亡前に接点なんてないはずなのになんであんな夢、もしかして私もハクと同じように記憶の欠損が、だとしたら私は帝にとってどの程度親しい間柄だったんだろう。違う違う、実は知らない間に記憶操作受けて誰かの記憶を植え付けられた可能性を考慮すべきだかも。今後のためにもそこのところ詳しく思い出しておかなきゃと思うのに……ダメ。もう意識が朧気で何も考えられな、ハク、皆。オシュトル……

 なんて昏倒したはずが、また意識が浮上して私は我に返る。今度は室内にいるらしく至る所にコードらしき括りが束になって散乱していた。泡がこぽこぽと下から浮かび上空に消えていく。ガラス張りの向こうに誰かのシルエットが見えて見えない目を細めるが、思ったよりも見える目に驚いた。おかしい、だって私さっきまで姿形しか判別できないぐらい弱っていたのに。
「その者か」
 ふいの言葉に物思いに没頭していた思考がはじける。
「死にかけておるな」
 私のことを指していると気づき声の方を見下ろせば、ガラスの向こうに佇む人が誰なのかようやく馬鹿な私でも理解できた。
 豪奢な車椅子に乗り華美でなく品の良い出で立ちの布で顔を隠した人物など、この世に該当する者は一人しかいない。現に傍らには平民では会うことも不可能な大宮司が控えている。
「お伝え、聖上にお伝えしたいことが」
 話そうと口を開けばとたんに泡がこぽこぽ出て驚きから目を見張った。宙に浮かんでいると思われた体は液体の中を漂っていたようだ。某かの調節がされているのか浮かびもしないし沈みもせずちょうど中間辺りに浮かんでいる。青い筒状の景色は私を覆っていたもので上から下まで何かの溶液で満たされた大きな試験管にこの身は浮かんでいたらしい。私は観察されていたようで、うんざりとした口調で帝が、初めて私に呼びかけた。
「話さずともよい。手紙が届いた、余はそれに目を通しておる。みなまで言わずとも理解できるわ」
 なぜと混乱し慌てふためく脳内を威厳ある声が一掃し私は大人しく出方をうかがった。
「神代文字は読むだけでも重罪だ。それをよりによって余に送りつけるとはどういうことか理解していたのか」
「……」
「ヤマトを統べる頂点、現人神たる余は絶対だ。余の決めた条例もしかり、只ですむと浮かれるほど其方の頭は湧いてはおるまい」
 ごめん湧いてるわ、湧いてなかったら右近衛大将口説かないから、過大評価されすぎじゃない?なんかゴメン。
「其方の言をただの妄言と切り捨てるのは容易だが信じるにも証拠がない。如何にして余の信を得るつもりだったのか余は知りたいのだ」
「弟君が傍におられます。記憶を取り戻せば直に信じてもらえると」
 静寂を、高笑いが切り裂いていく。
 合間視線で周囲を探ればここは帝都のどんな場所にも似つかない様相だった。鉄の壁にガラスケースその向こうはハイレベルな端子の群れで溢れていて、帝都の情緒在る趣は欠片もない。ここは聖廟だ、原作終盤にようやく訪れる人類の遺産のただ中で、私はこの身を敵か味方も分からない権力者に弄られていたらしい。しかもマッパ。さすがマッドサイエンティスト、身内以外の人権に配慮する気は欠片もないらしく、楽しげに笑った後でも顔を背ける素振りも見せない。人権なんてこの世界では最も私には縁遠いものなんでしょうよ。弟君の優しさの半分をぶちこんでやりたい。
 笑い終えた帝は頷き会話を再開させる。
「そうか、あやつの事まで知っておるか。知った上で連れてきたとは、弟を人質に交渉すると見られても仕方ないと思わなんだか」
 ……口調が穏やかじゃない。警戒されている。それもそうか、私は確かに怪しい。目覚めてすぐ手紙よこすわ内容は嫌に具体的な予知だもんね。冷凍睡眠の影響で未来視できました、別のパターンは知りませんがこのままだとヤマト滅亡します宣言は怪しまれて当然だと私も思う。
 知己だと打ち明け信用を得たいが外れていた場合が怖い。実験対象とはいえ記憶が事実ならもっと砕けた言い方をしているはずだ。なら私が夢に見た映像は誤りと思った方が賢明かもしれない。別のパターンで表面上の付き合いだけだったとか裏で気に入られてなかっただとかも考えられるけど……再開して仲良しこよしで万事解決パターンする可能性は皆無と判断しとこう。
 それにしても、弟を人質扱いしてるってのは心外だな。人質にするならもっと脅迫めいた文面でしたためるっつーの。このままだと弟さん死ぬよって書き続けてたからそう解釈されるのも当然だけどさ。ぐうの音も出ません!
 帝の言葉は弟を案じる思いで一杯だった。それもまた当然だろう、唯一の肉親を何百年ずっと諦めずに探し続けていたんだから。その孤独は相当のものだったはずだ。損ねれば縁者もただでは済まさないと影で脅し狙いは何だとこちらを伺ってきているのが伺える。
 当然の反応だね、想定しなかったわけじゃない。帝に疑われ切り捨てられる可能性は低くはなかった。それでも、それでも私には、帝に訴える手段しか道はなかったんだ。
「それしか、私には方法がなかったのです」
 力なく肯定すれば溜息を零される。
「……そうじゃろうな。直接願い出なかったのは関係者に咎が行くのを厭うてじゃろうが、其方は弱い。虚弱で脆くこの世界の全てに耐性がない。信を得るため周りから足場を固めても、志半ばで潰えるのは目に見えておる。其方も分かっているはずだ。全てが其方にとって毒なのだということを」
 ……肯定はしなかった。頷けばそれは親切にしてくれた人の好意を踏みにじるものだと思ったからだ。弱れば労られ滋養に良いものを食べさせて背負ってくれた人達を、ついには情までかけてくれたあの人達を詰る真似はしたくなかった。
 少しの間を経て尋ねられる。
「弟がなぜ其方のようにならないか、知っておるか」
「いいえ、でも予測は付きます。私は旧世界の記憶を一部持っていますが眠る記憶がありません。おそらく私は、弟君が受けられた人体実験を受けていない。だから耐性が付かなかったのではないかと推測を立てました」
「そうではあるがそうでもない」
 感慨深げに頷いた帝は一拍の間を置いて、こちらを見据える。
「其方を余は知っておる。人類が地下に潜る以前、混乱期に実験体として冷凍睡眠された化石、それが其方だ。
 弟に実験を施す前に試験体として使わせてもらった。問題視する遺族もなく誰も文句を言わない便利な道具、とても役にはたった」
 ……そうだったんだ。どうりで合点がいった。怯えても怖がってもタタリ化しないのは人体実験を知らないうちに受けていたからなんだね。知らない間にどうこうされるのは嫌だけどハク達の役に立てたなら良かったよ。おかげで、皆と会えたわけだし。
 細部全く覚えてないのが辛いところだけどさ。
「それなりに不具合が出て改良点を見つけおかげで弟は滞りなく実験を終えることが出来た。その点は感謝している、だが」
「弟が戻ったならばそれで良い。蘇った旧人類など知ったことかと捨て置かれる可能性を考えなかったわけではあるまい」
「はい。でも構いませんでした、本当なら私の命はとうに尽きていましたから」
 まず雪山でしょ、ボロギギリ遭遇でしょ。その次はタタリにオルケに山賊に……危機を数えればキリがないほど命を脅かされて幸運が重なりここまで来れたのだ。体も動くほどガタがきていつぽっくり言ってもおかしくない。
 皆の好意でなんとかここまで来た。どこで死んでも良いよう手紙を書き双子に託し……好きな人と思いを遂げて未来を語って、ついには目的の帝に会えた。
 僥倖だ。私にしては過ぎるぐらい幸運な道行きだったと思う。
 私は思いの丈を込め、淡々と語る。
「誰かに知ってもらいたかった。危機が迫っていることを。帝にお伝えできたならそれはほぼ避けたも同然です。
 大乱を誘発する侵略戦争を賢明な聖上が飲むとは思えない。なぜならマスターキーが眠る地は救済ではなく滅びにしかならないと理解されるから。
 万に一幸運にも鍵を手にしてウォシスに渡せば帝に代わりタタリを救わんとしてヤマトが壊滅する、もちろんタタリはに戻らず民がノロイという化け物に変じるだけ。弟君に渡せば植物に輪廻転生させて貴方の本懐は遂げられない。タタリ救済を諦めきれない貴方が至る未来を受け入れるとも思えなかったのです」
「ゆえに死を受け入れると言うか」
 あれ、ちょっと勘違いしてない?
「死にたくないです。私は死にたくないですよ。打つ手がないから出来る手がこの一手だったんです。この状況は大変誤算でしたけど」
「ならば何故帝都に来た」
「離れがたかったんです。私に合う治療薬が見つかるやもとの保護者の勧めも在りましたけど、大好きな人達の傍に最後までいたかった。そして一目、この目で帝都も見てみたかった。たった一人生き残った同輩が作り上げた大国です。貴方の町がいかほどの凄さか、この目で確かめたかったんです。
 ……お気持ちお察し申し上げます。私の慰めなど不要でしょうが、これほどの國を作り維持した苦労は相当なものだったでしょう。ありがとうございました。おかげで私は目覚めたとき寂しくなかった、親切な方達を育む基盤も作って頂きありがとうございました。これからも生きたいと願うほど未練が出来てしまった。本当に素晴らしい國をありがとう、貴方の苦労が後の世でも報われるよう祈るばかりです」
「やめよ、慰めがほしくて作ったわけではない。世辞は腐るほど受けた、余にはもう要らぬものだ」
「そうですか……」
 ううむ、本心だったけど流されてしまった。はあと溜息をつく声がする。項垂れていた顔を上げれば少しだけ俯く帝が目に入った。ぽつりと呟かれる。
「其方は何がしたいのだ」
「戦争を止めたいです。特にトゥスクル侵略するの、あの戦いで貴方は暗殺されヤマトが真っ二つに分かれ大好きな人達が死にまくるので。あ、個人的には元気になって死ぬまで大好きな人達と一緒でしたって結末が一番ですけれど」
「後者が叶えば前は不要か……戦争で死ぬ者達はどうする、このまま死なせるか」
 首を振り否定する。
「戦争が起こらなければ彼らは損なわれません。ずっと今が続き安泰です。ご子息の説得が叶えばどうとでも成ります、弟君も健在で家族仲良くずっと一緒に入られる。
 万々歳じゃないですか。何が気になる点でもお有りですか?」
「生きたくはないのか」
 直接聞かれてやっと私は帝が聞きたい答えを返していないと気づいた。死にかけをどんな形であれ止めてくれたのだ、無償の奉仕の理由を知りたいんだろう。恩には報いるべきだ、でなければどこにも救いはない。
 数秒考え、口を開く。
「生きたいです、でも叶わない願いに身を焦がすほど私は若くも望みもありません。
 痛いのも辛いのももう沢山です。生きてるだけで燃えているようです、好意で飲ませてくれた薬湯が喉を焼いて辛いです、大好きな人に触れられるたび肌が引きつって体内から毒に溶かされるようで悲しくて……ごめんなさい、余計でした」
「構わぬ、続けよ」
「本音は生きたいです、家族も知り合いもいませんが、優しくしてくれた方達とずっとこの地で生きていたいと願っております」
「だが証拠がない。其方の弁は達者だが確たる証拠はつづられた書の文字だけだ」
「でも貴方は二度も過ちは起こさない、起こすのを許せない。やっと見つけた弟君を損なう未来だけは受け入れられないと私は想いました。その確信に掛けた、読みは当たった」
「なぜ確信を持てる。余は何も言っておらぬだろう」
「証拠は私です。限られた者しか入れない聖廟に身元不明の人物を右近衛大将の邸宅から連れ去りひき入れた。そのうえ古の機材を用いてでも真意を探ろうと接触した、それが証拠です。貴方はデコイの治世に興味はないが、世を乱す行為を積極的に受け入れる性質でもないでしょう。むしろ辟易しているはず、世が乱れるほどタタリ解放の研究が進まないから」
「……」
「その貴方が帝都の治安を預かる右近衛府トップが匿う者を問答無用で連れ去るなんて前代未聞でしょう。戯言と切り捨てる方が現実的です、でも貴方はそう思えなかった。当人に尋ねなければならないほど真に迫っていた、だから確かめようと私に接触したのではと当たりを付けました。
 あ、ぶっちゃけ外れでもいいです。当たろうと当たるまいと貴方が私に接触した。
それが答えになるかと」
 へらへらと笑う私と対照的に帝はだんまりだった。長い口上を終えるとまた溜息を、長い吐息を帝が零す。そしてこちらを伺うばかりだった雰囲気が急に変わった。
ガラス越しでも分かる、不快感を滲ませた視線がこちらへと向けられた。

「まあよう喋る事よ。デコイもそうだ、よく喋りこちらの機微を伺ってばかり。鬱陶しくて叶わん」
「絶対権力者のご機嫌ぐらい伺いますよ。人間でもそうしますって。可愛いもんじゃないですか。敵対されるよりはマシでしょう」
 媚びへつらおうと相づちを打った途端の話題転換に私は答えに窮した。なんと答えれば正解かわからない。わかるのは、私の行動いかんで周囲に危機が及びかねない状況を作ってしまったことだ。
「余の忠臣を誑かすとはさすがオンヴィタイヤカン。なるほど、抱かれた名残が旧人類の証拠とも言えるだろう。奴らは旧人類の命令に逆らえぬ。たとえ命令した意図がなくとも旧人類の訴えは余に忠誠を誓う物ほど抗えないくさびとなる」
「彼は忠臣です。誓いに欠片も嘘はない、ただ私の真意を計ろうと接触し、自分の体を餌に情報を引きずり出そうとした。それだけです」
「それでも成果はなかったと。籠絡されおって軟弱者が。何度目だ、其方が抱かれるのは」
「黙秘致します。詰るより褒めては如何ですか?彼は滅私奉公の鏡ですよ。せめてなりふり構わぬ振る舞いを諫める程度の情を見せるべきかと」
「同輩とて口うるさいのは目障りだ。デコイを落とし自信が付いたか、それで次は誰を落とす」
「……誰も。欲しいのは皆が生きる未来だけです」
「ふむ……」
 オシュトルと結婚したいのは事実だけど緊迫した雰囲気に爆弾投じる度胸私にはない。
 帝が嬲る響きに私は身を竦(すく)ませた。体を整える前にここに来てしまった。いたのはオシュトルの屋敷、どう言いつくろっても帝がオシュトルに抱いた不信感は拭えない。やぶ蛇だ、これ以上竜が出てほしくない。これ以上不興を買いたくなくて口をつぐむが、帝にはこちらの事情など知ったことじゃない。思うままに不快感を露わにして、問うてくる。
「愚かにも同士討ちで滅び去った人類が生きていただけでも腹正しいのに、浅ましく実験動物に媚びを売る者の弁をなぜ信じねばならぬのか」
「何がお望みです、私を詰り溜飲を下げるのが貴方の望みではないでしょう?」
 私の問いに答えはせず、顔を隠す布を帝は手で払い頭上へとなでつける。初めて見る顔はどうみても好々爺だ。人の良い笑みを浮かべて黒さを感じないのが逆に不気味、人外じみた威厳を感じる。
「余裕がなくなったな、オシュトルは其方の弱点か」
 降参降参と私は手を上げた。何から何までご存じの様子に私は敵対の意思はないとおどけてみせた。
「そうです貴方様の仰るとおりです。まさに急所そのものです、ご当人はそうでないでしょうけど。お尋ねになられたら如何でしょう?きっとびっくりして思いっきり曲解して別れを告げに来ますよあの人」
 そうなったら悲しいなあ、別れるのはずっと後が良いなあと嘆息するが本題はここにないようで。
「其方と余の臣下の事などどうでもよい」
 冷や汗をかく私にぴしゃりと言い切り脱線した話を帝は戻した。
「其方なら推測できるだろう。余が心から望むのは人類の復権だ、旧人類ではない。
 哀れにも前触れなくタタリに変じてしまった罪のない一般人の復活を余は渇望しておる」
 私は項垂れる……ごめんそれ無理、とは言えなかった。だって手紙にはもう書いている。理由もこうなった経緯をしたためてもなお帝の妄執は払えなかったと言うことか……まあそりゃそうでしょうよ。目の前で身内を理由なく化け物に変えられて何百年も孤独に耐え研究に専念した人の覚悟を、ぽっとでの人間に否定されてはいそうですか、と納得する者はいないでしょうよ。
 傲慢な物言いをしたくせに帝は力なく俯き自嘲の弁を零した。
「わかってはおるのじゃよ、どだい無理だとな。だがそれでも、それでも諦めきれぬのじゃ……」
「我が君……」
 傍に立つホノカさんが肩を抱く。わかるわあ、同じ立場なら心から共感するわあ。
辛いよねえ嫌だよねえ、なんとかしたいって思う気持ちはゲームをプレイしてても思ったもん、正直めっちゃ名乗り上げて帝の力になりたかったわあ。でもそう簡単に身分明かせる状況じゃないから見守るしかない現状が歯がゆかったなあ。
 ……ハクかなあ、やっぱりハクが頑張らないといけないのかなあ。やだなあ、彼には人としての生を全うしてほしかったのに。好きな人と結婚して家庭を築かせて幸せな生を幕切れさせるのが私の目標だったのに。だってさあ、最高の最後が誰かに成り代わって魂削って奮闘して、神様になって永のお別れって辛かったんだもん。本人はやりきっただろうし、常世で親友と再会って悪くない結末だけど、生きて皆と幸せになってほしかったんだよ。
 一プレーヤーの意見押しつけて申し訳ないけどさ。関わったからにははいそうですかってキツい人生歩むのを見送るだけなんていやじゃん、幸せになってほしいじゃん。
 できる限り助力して改善せねばとがんばって見ようとしたけれど、やっぱ諸悪の根源タタリ救済諦めさせる計画は無理だったかあ。フタハクでは納得させれたけど血縁という強みは私にないからなあ。はああ……無念だ、私は無力。当然か、ただの一般人でしかないのだから。

 長い沈黙のあと顔を上げる。気を取り直すのを待っていたのだろう、帝が淡々と言葉を繋いだ。
「協力をする気になった其方とみて構わぬか?」
「関係者諸系を巻き込まないと明言されるなら、快く引き受けます」
「証拠を揃えれば其方の弁も聞こう。余を頷かせるに足るものを持ってくれば、其方の縁者に手はださん。加えてトゥスクルを悪戯に侵攻は住まいと約束しても構わんよ」
 おおう!願ってもない要望に心が躍る。あの戦さえ防げばそれなりに悲劇を防げるやもしれない。
「何を求めておられるのでしょうか?」
 気になる単語に気を取り直し、尋ねる。
「マスターキーだ。其方がオンヴィタイヤカンならば資格がある。おのずと手に入るだろう。其方が手紙にしたためた墓所、此度の災厄を起こした神が眠る地に赴き鍵を探して参れ。弟と同等の存在ならばできるはずだ」
 できるわけねえだろうがよ!誰が、誰が持ってると思って、あのウィツなんとかさんだよ!旧人類タタリ化させて、確か今も進化のためとかで各地に戦乱の火種を巻きまくってる、あの真っ黒神様だろうがよ!封印されてるし、白ウィッツさんえん罪で申し訳ないがうろ覚え知識でいなせる奴じゃないのは明白やん。くっそう、ヤマトを離れられないからってむちゃを仰るなこの狸じじいは!
「脚がありません」
 ついでに言えば常識もないし今はマッパですわ。とりあえず冷静になってと私はつらつら客観的な状態を語った。
「金も武器も体力もない。ないないづくしで行って帰れる訳がありません」
 留めに手をぷらぷら振ってみせる。おまけに死にかけてたし……まあそれはどうにかしてくれるんだろうけどさ。痣だらけの皮膚はすっかり治って腕の爛れも関知していた。まるでこの世界に現れたときのように体も軽い。未来の科学力って凄かったんだなあ、本当潰えたのが惜しいわあとキレイになった肌を見て密かに帝の嘆きに同意した。身内が生きていれば、彼の孤独の深さも少しは違ったんだろうか……
 当人は私の同情を知らず不安に思う必要はないと補足した。
「護衛を付けよう、伴も巫が二人、誘導はそちらに任せよ。其方を守るにはそれで足りる。無事マスターキーを手にすれば其方を我が眷属と認めようではないか」
「眷属とはどういう意味でしょうか?何を意味します、貴方のお付きのような立場を与えると言うことでしょうか?身分を与え政治の場に参加しても良いという許可でしょうか?」
「聖廟への自由な立ち入りを許す。大貴族でも官僚でも望む身分を与えよう。立場にあった仕事をこなすという条件付きだが、何を望むのも其方の自由だ」
「眷属というのは勘弁願いたいですが……」
「魅力的じゃろう?」
 有り難い申し出だった。オシュトルと釣り合いたい私には喉から手が出るほど欲しい援助だ。だが権利には義務が付きもの、相応の身分を用意されても生かす知識が私にはない……足を引っ張らない立ち回りが出来る自信もない。愛情で乗り越えられると夢見る年はとっくに過ぎた。気持ち一つで覆せなら誰も苦労なんてしない。私は今のままで充分だ。彼は言ってくれた、愛しているが守れる立場にないから日陰でいろと。私はそれでいい。表情に出ていたんだろう。
「相応に働けば其方が望む者とも釣り合いが取れよう」
 ああああ!こちらの弱み完全に把握されてるじゃん!そうだよ身分だよ、それなりの身分と後ろ盾があれば囲い者にするよりも娶る方が得策と考え直すかもよ?って提案してるのよねこの腹黒。面倒だなあ、聖上が一言そいつ娶ってくれない?とでも言えば帝命のオシュトルは二つ返事で受け入れるだろうに。後ろ盾だって帝のお墨付きでなんの遠慮も……ん?ああ待て、弊害の方が大きいか?それで大人しく娶られてもオシュトルには敵が多いから仮に浚われて傷つけば責任問題に発展して、オシュトルも割り切れる性格じゃないから責任とって切腹!とかしかねないし。
 そもそも上から言われて人身売買に近いやいりとりを将軍にさせたら聖上がやったからいいじゃんって面倒な奴を嫌がる部下に押しつける悪習ができかねんもんね、やっぱ正攻法かな。それ以外に彼と釣り合う方法はないのかやっぱ。うん、囲い者で構わんよ、面倒だし。はああ〜、どんな手を使ってもと覚悟決めても私ってこういうとこで優柔不断なんだよなあ〜。
「後ろ盾になって頂けるなら有り難いですが、別に私は今のままでも」
 怖々提案する途中で遮られ帝はつらつらと語られる。
「其方を市井に放逐するなどあってはならん事態だ。デコイが大いなる父に従うよう作られたのは其方も知っておろう。好きに動かせ勝手に増えてみよ、反乱の火種になるのは必定、見過ごせば後の遺恨になる。其方が遠慮する必要はない、こちらの都合というやつだ」
 おおう……反乱の火種ですか、大きく出ましたね。あいにくこちらに逆らう気は欠片もないんですけど。ヤマト全土対私、考えるだけで死にたくなる状況は願い下げです。逆らう前から死ぬしかない展開っすよ。なので絶対服従しますからと私は訴えた。訴えついでにこのままがいいとも念も押す。
「私、まだ皆といたいです!何も恩返しできてないし好きな人と離れたくありません」
 だって何も言ってないのだ。何も言わずにお別れなんて不義理したくない。
 なのに帝は苦笑して、我が儘なお孫さんに言い聞かせるように優しげに諭してくる。
「何も今すぐではない。其方が目的を果たし満足する程度の年月は余も見過ごそうと言うておるのだ。焦るな、静かにその日まで市井で穏やかに過ごせばよい」
 よ、よかった……あまりに安堵する様子が大業過ぎたのか、帝がほっほっほと声を出して笑った。初めて見る人のような感情の発露に感慨深く見入ってしまう。こほんと咳払いをして気を取りなした帝が威厳ある声で猶予を告げる。
「一月はもつよう調整した。今の其方なら己が目で見て走ることもできよう。良き結果を期待している」
 話はそこで終わったんだろう。控えていた大宮司、ホノカさんが前へ出て話を引き継いだ。
「一晩お休みして頂いた後はオシュトル様の邸宅にお戻り頂きます。後は自由にお過ごし下さい。トゥスクルに行かれるもよし、この話をなかったことにして過ごされるのも構いません。
 その場合御身が窮しようと我らはお救い致しませんがご了承下さいませ。我が君が所望するものを探す手助けを成されるならば助力は惜しみません。どうぞご随意にお過ごし下さい」
 うん、選択肢一つしかないよね、それ。
「お送りは私の娘達が致します。この話はどうかご内密で。漏らせばただで済まないのは貴方様もご承知の筈。私はお見送りはできませんが、これからの貴方様の道行きが健やかなものであるようお祈りしております」
 そう言ってホノカさんは頭を垂れ、車椅子を押ししずしずとガラス越しのモニターから二人はいなくなった。
 別に一族に迎えてもらわんでもいいんだけど、畏れ多いし。懇切丁寧に説明してくれた二人の手前愚痴を言う気にはならず、誰もいない空間に静寂が訪れる。

 それからしばらくは何もなかった。何をしても良いと言われたので後は静かに過ごした。どこまで上れるか試そうと泳いで上に昇りタッチ、ユーたんをして今度は最下層まで泳ぐのを繰り返してみる。人魚になった気分で楽しくなるがすぐにむなしくなり、後は大人しくぷかぷか中程に浮いていた。

 しばらくするとガコンと音がして、振動音と共に容器の中の水位が下がり始めた。
 水を抜いているらしい、ガラス管も下がってきて同時に私がいた位置も中程から下り続けやがて地に足が付く。水位が自分の顔まで来ると急に酸素が入ったためかむせた。耳からも満たしていた液体が出てきてなんだか気持ち悪い。ガラスが鉄製の地面に吸い込まれるともう一度ガコンと音がして振動音も消える。
 壁にあった扉が自動で開きバスタオルと着替えを持った双子が佇んでいた。
「帰宅」
「お体も癒えたようなのでお帰り下さい」
 そういって持っていた物を差し出す。断る理由もないので礼を言って受け取った。
「ありがとう。あの、私に姿を見せても大丈夫なの?」
「内部」
「人目がなければ構いません。貴方様は聖上のご同輩ですから神の御前で偽るのは無礼かと存じあげます」
「いや神様って、確かに定義で言えばそうかもだけど、弱いしぽっとでだし一緒くたされるの違和感が」
「事実」
「抵抗を感じるのでしょうが受け入れるべきと提案致します。己を律する理由になりますから」
 参った。とりあえず気を付けるから神様扱いはやめてと注意したけれど、過去に確証持てないから身の振り方が決まらなくて困っているのは事実だ。
「現状」
「今はまだ公に主様にお目通りが叶わないお立場ですので我等が外で行動するさいは布を被り沈黙します。
 主様以外に肌を晒さぬようにとの聖上のお言葉がありますから」
「そっか、大変だね」
 主様絶対は一緒なんだなあと体を拭き用意して貰った替えに袖を通す。洗ってしかもアイロンもかけてくれたようにぴしっとして気持ちが良い。ありがとうと再度言えばお気になさらずとそれぞれが応えてくれた。抱えていた大きな布を被り、手を両側から差し出される。
「帯同」
「オシュトル様のご自宅までご案内致します。どうぞお楽に」
「重ね重ね、ありがとう」
 差し出された手を取り少し早足で鉄製の廊下を行く。自動ドアにエレベーターが点在し今の私ではどう扱うかもわからない施設をそこかしこに目にしてああやはりココは聖廟なんだとどこか他人事のような感想が浮かんだ。
 なんにしろ道は決まった、今はトゥスクル目指して行くしかない。でも道なんて私は知らないし旅費はどこから出るんだろうか、護衛を付けると言ったがその人に全負担?うわあヤダわあめっちゃ気が引ける……想いは様々だが懐は寒くどうクオン達に納得できる説明するかも思いつかないので私は考えるのをやめた。悲劇を防ぐためにとりあえずは前進あるのみ……思考放棄なのは自分がよくわかってる。

 聖廟を出て広がる青空を眩しく感じた。人目を避けるためにまやかしの術をかけているのか、内裏を行き交う人達は庶民の私を素通りしていく。町中ではみない品のある色彩でそれでも髪型や装身具で各々お洒落に着飾る様を見るのは面白かった。体調も良い、引かれるままに歩くが体はどこも痛くないし足取りも軽やかで、ちょっと楽しい行進だった。


 内裏を過ぎ閑静な武家屋敷を進めばやがて目的の家が見えてきた。久しぶりに動いて筋肉痛を心配していた頃合いだったので見知った家屋にやっと休めると安堵した。
 入り口には門衛とウコンに扮したオシュトルがいて、馬と小さな車も傍にある。どこかに出かける用事でもあるのかな?まさか同行はしないよね、忙しい人だしなあ。門衛が職業上いかめしい顔をするのは当然だが珍しくウコンは渋い表情だ。いぶかしむけど、双子が術を解いたのだろう、こちらに気づいたウコンは表情をいつものそれに、戻してようっ!と軽く手を上げて向かってきたので、疑問を湧きにやり答える。
「ただいま、急にいなくなってごめんね」
「ああいいよ、連絡は受けてる。巫(かんなぎ)方、ナナコ殿を送っていただきありがとうございました」
 どんな連絡だよどんな。
「「……」」
 ええ……いきなり何?双子は一礼し私の頭を数回撫でて何事もなかったように車に乗り込んでいく。ぽかんとそれを見送るがもちろん理由なんて知るはずもなかった。
「そんで嬢ちゃんに聞きたいんだがよ」
 おう、何々?
「なんかお偉いさんから護衛を任されたんだが嬢ちゃんであってるか?」
 懐からウコンは巻物を取り出し結ぶ糸を解いたかと思うと勢いよくビット私の眼前に広げてみる。勢いこっわ。達筆だけど神代文字じゃないんで読めない私にはさっぱりだった。
「そうだけど、何か問題でもあった?あとそれ、なにが書いてあるの?」
 問題だらけって顔をして深い溜息をついたウコンは懐に広げた巻物を包んで仕舞う。
「そうか、文字読めねえんだったな……ここじゃなんだし……悪いが留守を頼むぜ」
「承りました。ご武運お祈りしております」
「おう、さあ乗った乗った!」
 私は困惑する。有無を言わさず車に押しやられ、控えていた双子にも引っ張られ抵抗むなしく車に乗る運びとなった。選択肢どこ行った。
「え、クオンに挨拶は?ハクにも事情を説明しないと」
 私が乗ったとたん御者台に飛び乗ったウコンが手綱を引き馬がいななきをあげて車が進み始めた。ゆっくりだけど何も知らない私はどう動くべきか混乱の真っ只中。双子は両隣に座って膝を抱えてるしウコンはがははと笑って私が迷う様を楽しんでいる。腹立つ。とりあえず座ろう。
「あんちゃん達に言っても止められるからよ、正直には明かしてねえんだわ。心配すんな、クオンの姉ちゃんには新薬の投与でしばらく留守にする。光に当てないよう静養に務めるよう医者の指示を受けたって文送っといたからあんちゃんもそれで納得すんだろ。ネコネにも説明したらしっかり休んで二度と帰ってくるなと激励してたぞ」
 それ激励じゃない、追い出しに掛かってるわ。耳が妹馬鹿だと全てフィルター掛かって聞こえるんだろうか。私も笑えないけどさ。
「ちなみにオシュトル様は密命な、俺達とは違う場所への遠征だ。口説けなくて残念だったな」
「護衛ってウコンのこと?」
「おう、正確にはオシュトル様な。出仕した先で直々に勅命が下った」
 あ、なんかやばそうな雰囲気。
「……ここなら誰も聞いてねえし、いいか。ええっと、これな、こう書いてあんだよ。
 ……トゥスクルの彼の地へナナコを護衛せよ。彼の地に着くまでその者に逆らわず目的を遂げた暁には我が元へ必ず連れて参れ、生死は問わぬ」
 う〜わ〜。全部筒抜けかあ。てかすでに行く前提なのね。選択肢は元からなかったと。いいけどさ、行く気だったし。
 苦笑いで頷くがウコンは多少思うところもあるのだろう、真面目な顔で問いかけてきた。
「……嬢ちゃん、なんかしたか?ちなみにこれ、直接聖上からの手渡しで受けた任務だぜ。んなもんオシュトル様も数えるほどしかねえって驚愕してたわ。何やらかした」
「やってないやってない!覚えてないけど、うんまあ多分めっちゃ恨まれてるのは事実だろうけど、私じゃない。多分だけど、遠い遠い縁者のやらかしきっとそう」
 恨まれる謂われはないが、ご先祖と同年代かもって考えると恨まれるのも当然かもしれない。環境汚染や戦争やらで地上で暮らせないのがタタリ化の発端なのは確かだから。
 リサイクル守ってたんだけどなあ。こんな未来を迎えるならもっとちゃんといろんな問題を利益度外視で取り組めばマシになれたんじゃ、と思わないでもないけれど。それにしてもだ、偶然見つけたご先祖に怨みをぶつけるのは筋違いってもんだろう?って都合よく考えちゃうけど、立場が逆ならきっと同じように私も恨んだのかもしれない。

 考え込む私に何か感じるものがあったのか、淡々とウコンが言葉を重ねた。
「謀反か造反か、よほどの虐殺非道か知らねえが、嬢ちゃんも気の毒に。だが気をつけて損はねえ。ちょっと聞いとけ。ヤマトじゃ帝のご意志に逆らえば命はねえ、帝は簡単に消えろなんて言わねえが、視野の狭い狂信者は山のようにいるからよ、気いつけなよ嬢ちゃん」
「オシュトルも?」
「オシュトル様もだ」
 これはよほど危ないと思われたのか、おどけるのを止めて姿勢を正し神妙に頷いた。
「身を以て思い知らされてる真っ最中です、今」
「念のための確認だけどな、応えられなくても構わねえから聞いとくぜ。嬢ちゃんはどこかのお貴族様なのか?昔名門だが抗って放逐され落ちぶれた出じゃねえだろうな」
「期待させて悪いけど、ど庶民ですわ。貴族様ならねえ、後ろ盾があれば添い遂げられたかもしれないのに、残念だよねえ」
「……まあそういう事にしとくぜ」
 私の求愛をなんなく交わし尋ねたい要点を終えたウコンは視線を外し前へ向き直った。車の揺れは穏やかだ。人の走る速さと変わらない速度にふと疑問が湧く。急ぐ旅なのは確かだがそれにしてはゆっくり過ぎる。体を気遣ってくれたんだろうか。
「ウコン」
「おう?どうした腹すいたか」
「もっと急いでいいよ。ここに来るまで私走って来れたんだ、体だいぶ治ったから多少は無茶できる。見て、痣も元通り」
 腕を掲げ袖をめくり傷一つない肌をウコンに晒した。驚いたのか目が少し大きくなるが、すぐに細めて眩しいものを見るようにウコンが呟く。
「……そっか、良かったな」
「うん。目も見えるようになった。空が青くて町がキレイだね、ウコンもとても格好いいや」
「だはは、最後は余計だ……これから楽しいもんいっぱい見せてやる、ヤマトは広いぞ、寝ぼけて見過ごすなよ」
「うん!」
 んじゃ飛ばすか、転ばないようしっかり捕まっとけと早速ウコンは手綱を打つ。構えたつもりの私は早速バランスを崩し床に転倒、慌てるウコンに私は苦笑い。目的の割に旅は和やかに始まった。



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風と行く