12話 昔の話
ややあって、白一色の景色に少しずつ色が戻り起動音が止まるとぼやけた視界がはっきりした。どうやら転送機は正常に動いてくれたらしい、鉄でない白い風景は暗く煤けた埃っぽいものに一変している。
閑散とした床に降り鍵に所在地を尋ねればクジュウリの遺跡と返答が返り、双子も深く頷いたことから鍵の正当性も確認できた。
ウコンは圧倒されて凄えなあと呟くのみだ。褒められるのは嬉しいがここが正しくクジュウリか確認しないとと馬を引き閑静な廊下を歩いた。非常灯らしき光源もなく暗い道を行けば開いた扉を見つけて外に出る。一面の銀世界に黒々生い茂る森は確かに前見た景色によく似ている。ここは山頂らしい、多くの峰と森が広がっていた。
よく見なくとも遅い時間らしく空には煌々と星が雲の合間から瞬いている。おまけに寒い。山頂の澄み切った空だから余計星が綺麗だった。
そういえばと今はここにいない人の言葉が脳裏に浮かんだ。
旧人類は星々を船に乗って移動できたとクオンが誇らしげに語っていたっけ。帝は何も語らなかったが移住し成功した者もかつてはいたのかもしれない。あの星のどれかに今も人類がいるのだろうか、地上の混乱を知らず穏やかに日々を過ごして……くだらない夢想だ。今の私に知る術はない。神の怒りは今も健在だ。
原作で後に目覚めた遺跡の人は赤く溶けタタリになった。そのシステムに距離や年は関係ない。例え遠く離れた宇宙でも例外はないように私には思える。
嬢ちゃん。呼びかける声に思考の渦から呼び戻される。ご苦労だったなと労われ微笑んだ。
「ウコンこそ。大神と賢大僧正の禅問答長かったね、神様といえど退屈には勝てないのかな?
狼狽えてばかりで口上もちゃんとできずごめんね、変じゃなかった?」
「変じゃなかったが、ゼンモンドウってなんだ?」
「あ、流してなんでもないから」
「そっか?ならいいが……いやあなんかもの凄い会話だったよな。タタリがどうの未来がどうの、学のねえ俺にはさっぱりだわ。あ、そう言えばよ」
私よりは明らかに優秀な男が長い溜息をつく間に何か閃いたようで、掛けてくれた外套の袖を取り、落ちないようにだろうか、私の首に固結びで巻き付け得心したように頷いた。いきなり何と驚いてると寒いし妹さんが凍えてもいけねえだろと返されて困惑する。分かるわけがない、元が人間でも狂って自我なんざとっくに崩壊している。例外はない。
「光に当たると痛えんだろ?念のためだ」
「朝までまだある、大丈夫」
ちゃんとこうして胸元で零れないよう包んでるし。
「月明かりでも無事という保証はねえだろ。嬢ちゃんの妹さんは俺にとっても妹同然、大事にしないと」
「……ありがとう」
気遣いを無碍にするのは悪いと思うが正直重い、確かにこの生地の厚さなら光りを通さない、妹を守ってくれるつもりだろうが何故私まで。目の毒だからな寒いしと続いた言葉でそういや肌どころか肌も少し溶けたんだっけと今更思い出した。
途端痛みを自覚したけど我慢だ。よしっと肩を叩かれてみれば良い具合に巻かれていてまるで団子のようなのが戴けない。なんだか可笑しくなった。ゼンモンドウってなんだと首を傾げるウコンも面白かった。
自然と湧き上がる笑い声を収めようとしてか双子が背を撫でる。どうにか泣く寸前で堪えることが出来た。
膝には変わり果てた妹、空には潰えた人類の名残が燦然と輝いている。
どこに行こうと旧人類の名残をなかったことにはできない。目的を遂げたというのに心は晴れなかった。
「それにしても本当にクジュウリに付いちまうとは、さすがに驚いたぜ……」
淡々と呟くウコンにはっとして、いや間違いがあったら駄目だから確認しようと告げたけど、双子が首を振り外套を脱ぐ。え、なんで今脱いだ?このクソ寒い吹雪で脱衣なんて自殺行為だぞ。
「クジュウリ」
「この遺跡を私たちは知りませんがこの地形とこれほどの雪はクジュウリ以外にありません」
「いいの?人前に肌さらしちゃだめって聞いたけど。めっちゃ寒そうだし」
「貴方様は別」
「御身分が確定した方に偽る方が無礼かと。それに私たちは貴方様より強靱、術式により体温の上げ下げなどお手の物です」
「いやでもね」
「存在証明」
「鍵の起動により貴方様の言葉は全て真実と我らは受け取りました。ですが身分を明かすのは貴方様の意に反する故口をつぐみます。しかし内裏に参じるオシュトル様の前ならば、姿を現すのが我らの誠意と判断したうえのことですのでお見捨て下さいませ」
「ええっと、つまりどういう事?」
「見ない振り」
「見ざる言わざる聞かざるです、ナナコ様」
「ああ、それなら得意だわ」
未だウコンは当惑の色を浮かべてどういうことだ?と呟く。そういうことだからと返せばまた勝手に納得したのか、嬢ちゃんも凄いんだな、多少の危険は織り込み済みだが痛みも何もなくこうも一瞬で目的地に着けるとは思わなかったとしみじみしていた。私が凄いんじゃない、過去の技術が凄いのと釈明したけれど謙虚も過ぎると毒だぜと返されてなんとも言えない気持ちになった。後ごめん、わかった振りで流しただけ、というのは黙っとこう。
とりあえず出立するかと馬を引こうとするウコンに私は驚愕する。吹雪いてんですけど。夜だし貴方の外套は私が被ってるしそう急ぐこともないんじゃと慌てて引き留めれば今気づいたと言わんばかりの表情でウコンが狼狽える。トゥスクルの一件は彼にも相当ショックだったようだ。悪いと謝られ遺跡で一夜明かすのにどうもなと釈明されなるほどと納得する。
遺跡荒らしは重罪だ。荒らす気がなくとも無断で侵入し宿を取るのに後ろめたかったらしい。双子に視線をやれば、やむを得ない、荒らさなければ帝もお見逃しになるでしょうと太鼓判を頂いたのでウコンも納得したようだ。申し訳ないと誰にともなく謝罪して遺跡に入り野営の準備に取りかかった。
食事を取りウコンが起こした薪に当たる。
幸い双子の見立てでタタリは不在と言うのもあり食事を終えた後は思い思いに過ごし、雪中行軍に備え早々に横になった。
横になった彼が寝息を立てるのを確認してそっと席を外した。双子も互いに寄り添うように寝ているが三人ともどうせ起きてるのも私は察している、でも確認しておきたかったんだ。好きにさせてくれる気なのか声を掛けず去るのを咎められはしなかった。
最上階目指し廊下を進み、確かこの辺かとヒビの入った壁の隙間に身を寄せて壁の向こう側に抜け出た。相変わらず暗い廊下を行く。
この遺跡には見覚えがあった。弟から見せてもらったゲーム画面で、タタリの群れから逃げた先でハクが眠っていた遺跡に主人公たちがたどり着くのを私は身内に見せてもらっていたから。そろそろ近い。
何度か階段を上った先で隙間の空いた扉を見つけた。電力はここだけ生きているのか自然物でない明かりが煌々と隙間からのぞいていた。クオンが見つけた部屋かも知れない、開場と囁けば起動音がして扉が開いた。
そこだけは未だ生きていた。四方無機質な白い壁の端に置かれたのはコールドスリープの装置だろうか。円柱状に横に置かれた台は人一人分入れそうだが無人になって久しいのだろう。埃が積もったのか微かに白い。
近寄り機材に目をやれば端の装置に操作する端子がある。神代文字で書かれたソレは私でも難なく読めた。冷凍装置、横の電子版に浮かぶ文字は被験者の物だろうか、名は……
「……」
目を瞑り立っていられず蹲(はいつくば)る。二人分の名が刻まれた文字に私は相当なショックを受けたんだろう、原作では有り得ない記憶の波が脳内から飛び出てきた。
被験者ヤマト、それはわかる。わかるがもう一人が私っておかしい。
一人分の冷凍装置に二人が押しくら饅頭すればエラーぐらい出てもおかしくないだろうさ。どうしてと浮かぶ疑問にこちらの覚悟もなく記憶は関連した情報をよこしてきた。
◇
戦争で故郷を亡くした私は逃げ回っていた。一人また一人と死に生き別れ、最後に残った弟を連れ逃げて逃げて、やっとの思いで逃げ込んだ避難先で、冷凍睡眠の実験を受ければ前線から遠い避難場所に縁者を受け入れて貰えると張り紙で見たんだ。危険性は織り込み済みだが後には退けなかった。残った弟は唯一の希望、嫌がる弟を説き伏せて試験体に名乗りを上げて、末期の別れを最後に交わし私は二度と覚めない眠りに落ちたはずだった。
目を覚ましたとき、人類は更なる衰退の一途を辿っていた。
戦争こそないものの度重なる戦火や災害に免疫力ががた落ちした人類は最早地上にも出られず、地下でひっそり生きていた。
当時より科学力の発達は凄まじいものとなっていたが生まれる子供は遺伝子疾患を抱えたものばかり。無菌室を出られない、錠剤が手放せないなど可哀相な人達が多かった。
偶然目覚めた私は電力供給こそあるものの、他の化石同様もう死んでいると思われていたようで保管庫で目覚めた。
お腹が空くわ寒いわで鍵の掛かった部屋で誰か助けてとドアをガンガン叩いた物だから科学者達は飛び上がって驚いたが、当惑しつつも暖かく迎え入れてくれた。保護と自立の手助けをする名目で実験体にされたけど、切り刻まれたり痛い目には遭わなかったのでまだ良識のある人達ではあったんだろう。
投薬やらどこまで加重に耐えられるかの実験には多少ウンザリはしてたけど。
ヤマト……ハクさん達に出会ったのもその頃だ。独りぼっちの私を気の毒に思い実験継続を名目に引き取ってくれたのが彼のお兄さんだった。生き別れた弟妹の行方を知りたいというのも同情を誘ったようで、奇病に侵された可能性や万一再会が叶ったとしても直す方法はなく殺すしかないと知らされ、それでも行方を知りたいと泣き伏せる私を随分哀れんでくれてた。
研究も大詰めで試験体と動物実験の結果がどの程度リンクするかの頃私はお払い箱となった。立派な無職の誕生である。泣くぞ、知らされたとき実際泣いたけど。
私が育った時代と同じく行き場のない者は政府が最低限の生活を保障してくれるそうだが、自立とは言いがたい生活だそうで哀れんだ所長が奥さんの理解もあり、自立するまで家に置いてくれることになった。居候の爆誕である。誇れる要素が何もないから家事は当然頑張った。
家事手伝いとして引き取られた私だが、奥さんは完璧と思いきや調理だけはポンコツで私が来たのを喜んでくれたけど、家庭不和の原因になりかねないとむくれる姪御さんを見て自立せねばと奮起したのを覚えている。
一人暮らしする上で家事は大切だが科学技術が発達した世界では必要とされないのではと危惧したが、身の回りを疎かにして家事が出来なくなった人も少なくないようで彼の弟さんもそうだと聞いた。情報源はお兄さんご一家一同様である。
レーションばかり食べて、研究に缶詰になれば他を食べないのが心配でなとぼやくお兄さんに、なら私がご飯でも作りに行きましょうかと尋ねたのがきっかけだった。
訪ねれば研究室で会ったときと同じちょっとくたびれた風の人だった。理由を明かし部屋をのぞき見れば慌ててその背に隠される。なるほど、だらしないと言われるわけだ。汚部屋ほどじゃないけど隅に重なった諸々が気まずそうに言い訳をする男がいかにものぐさかを示していた。これは世話を焼かされるぞと意気込むが、私の予想に反し彼はなかなかにそつがなかった。
所長が研究分野で天才なら弟さんは万能という天才だ。
部屋は汚れどこびり付きもせず掃除がしやすい。適度には片付けているようで服の皺も伸びてないが目に余れば出前クリーニングを頼んでいるらしくアイロンを掛ければすぐに皺も取れた。ご飯も今日は客来るって聞いたから作った、食べてくか?と美味しそうな炒め物を乱雑に置かれた本をどかして装ってくれた。味も美味しかった。
見かけがものぐさなだけで彼は気遣いの出来る超人だった。めっちゃ迷惑そうだけど。聞けば在宅仕事でプログラム構築の仕事にも精通しているとのこと。ぼんやり生きてる私とは大違いだ。
私の出る幕ないやん!
憤慨するが兄貴はわかってくれないんだよなあと嘆息されて心底同意した。所長の思わぬ一面は弟馬鹿、ただし弟も相当に兄馬鹿だった。兄のお節介を愚痴られたが最終的には自慢された気がする。
帰って早々成果を奥さんに報告すれば大層喜ばれ、伝え聞いたお兄さんの許可もあり以後ヤマトさんのお宅を訪ねるのが日課となった。姪御さんには随分睨まれたけど。
関係が深まるのにそう時間は掛からない。家事に行く傍ら、職探しが上手くいかない愚痴などを適当に聞き流されながら家事をする。たまにお義兄さんの話を振り愚痴や尊敬や馴れ馴れしいのは勘弁して欲しいとお互いにだべった。姪御さんが結婚してくれるって力説してましたよと囃し立てればもうそんな年過ぎたしと嘆息され若いのに諦めちゃ駄目ですよと活を入れるが面倒だと零されて、ひそかに同意した。実は私もお見合い薦められて参っている、まだ独り立ちも出来てないし身内は行方不明のままでこう見えて結構年を食ってるからと愚痴ればお互い大変だなあとしみじみしていたっけ……弟妹のことは未だ明かせずにいたけれど。
正月(まだあの世界に正月という文化が残っていたのに驚きだが)、私が設置したコタツに互いに寝転んでゲームに興じていると、どうせならお前らそのままくっつけと珍しく仕事帰りに寄った所長に呆れながら勧められ、確かにお互い気を遣わず面倒もないなと、これでいいのかという流れでじゃっ付き合おうか!と関係は始まった。
正直嬉しかった、気負わない彼に私は出会って早々引かれていたから随分舞い上がったっけ。善は急げとご家族の薦めもあり(一名のぞく)即荷物持って引っ越して、距離を取りながら段々触れて……でも一方通行の思いはそう簡単には実らない。破局も早かったんだ。
「ごめん、起たない」
子供の欲しい私とあんまり乗り気じゃない彼。結構重荷だったぽい、始まりが始まりだし仕方ないよねと項垂れるマッパの彼にシーツをかけて同じくマッパな私は寒いからと下着を手に取った。声を掛けてくれたのは意中の人からだ。笑える、乗り気だったのは私だけなんて馬鹿みたいだ。
涙を堪えて、私はいつでもいいしあんま気乗りしないならしなくてもいい、愛の形なんてそれぞれだしと微笑むが違うそうじゃないと彼は苦しそうに首を振る。
「オレのせいだ、オレが悪い。忘れたと思ってただけだ。馬鹿なのは自分だ。ナナコは何も悪くない」
ずっと片思いをしていたのだと、顔を覆って秘めていた思いを彼は独白する。相手が誰かは明かさなかったけど見当は付いた。あの人に向ける視線だけ他の人と違うともうわかってたから。
彼は充分フォローしてくれた。ちゃんと自分には惚れていたのだ癒やされていたんだと力説し、好きなはずなのにどうしてとまた項垂れる彼を抱きしめた記憶がある。片思いの辛さ察せられないほど馬鹿じゃないから、私も充分わかっていたからそれでもいいと縋ったけれど、黙っておくとも誓ったけれど、私が血縁を欲しがっていると彼は知っていたから子供を望むならこんないい加減な相手じゃ駄目だ、別れたほうがいいそれがナナコのためだと引き離され、彼だけ別室に布団を敷いて寝たんだっけ。
翌日から酷かった。いつ引っ越すんだ、離れがたいなら自分が出てくと荷物をまとめるのを慌てて引き留め、行く当てもないだろうから兄貴のとこに行け場所分かるだろ?とせっつかれるように出て行った。
酷い男だ。好きだというのに聞いてくれない。悪いと言う彼に平手をかまして私は逃げた。謝るぐらいなら手放すな引き留めろ、でもそうさせたのは自分だ。彼は優しい、罵倒も飛んでこなかった。好きなら何が何でも追いすがるべきなのに辛くて私は逃げたんだ。
出迎えてくれたお姉さんに縋ってその日私は一日ワンワン泣いた。最低だと自分でも思う。病院で遺伝子異常の治療を受け一時帰宅となった娘さんが休んでいる日だと知っていたのに、片思いの意中の人相手に人目も憚らず泣き伏せた。
フラれちゃったね、おばちゃんと私フラれ仲間だ。背を撫でるのは小さな手で、いつもつっけんどんな娘さんもその日だけは優しかった。
以後彼の家には行ってない。やはり自立が最適と申し訳なさそうなお兄さん方の滞在要求を振り切って一人暮らしをするようになった。好待遇ではないが後ろ指を指されない仕事はそれなりにあったからこれ幸いと日々の生活に私は没頭していたのだ。
そんな普通だったある日。職場の昼休憩でちょっと外の空気に当たろうと(地下で外もないだろうが、閉塞感を和らげるため建物の外、地下の天井に空の映像を転写するサービスが居住区画で行われていた)公園に出た時訪ねてきたお兄さんと外に出た。
人類が地上に出られる研究をお兄さんが試みていたのは知っていたが弟さん自ら名乗りをあげたと当のお兄さんが教えてくれた。
私は唖然とする。動物実験を繰り返し理論上安全性が確立されてはいるが、人間が試みるのは初めての投薬実験だなんて、安全性に絶対の保証もないのにどうしてと腹立たしかった。覚悟はしてほしいと言われて何故と思わずにいられない。去る背に縋り尋ねる。どうして私に伝えたのかと。お兄さんは少し考えて弟のことを気に掛けてくれていただろう、だからだよと微笑まれた。
畳みかけるように私は尋ねる。実験は一人だけなのかと、他にもサンプルがいるんじゃないかと。どういう意味か聞かれて答える。
「私も使って下さい。サンプルは多い方が良いでしょう?」
少しでも臨床結果を欲しいだろう兄は予想に違えず、しばし迷ったが苦渋の顔で頼まれてくれるかと私の誘いに乗ってくれた。快く頷く。万に一つの可能性でも誰かに置いて行かれるのはもうゴメンだった。
実験を終え処置室の冷凍睡眠装置に体を横たえる彼の前に現れると随分驚いてくれた。聞いてないだの一人だけじゃなかったのかと憤慨する彼を無視して縁(ふち)をまたぎ彼の横に腰を下ろす。咎める声にコレ二人用だから、一人だと異常出て実験に支障が出るかもよ?と釘を刺せば黙ってくれた。どうりで無駄にデカいと思ったと彼が吐き捨てる。
「私も受けたの、強制じゃないよ名乗り出た」
「んな義理もないだろ。自分が終わってからの方が安全に受けれたろうに何でだ」
「私さ長女なのよ。下は全員行方不明でそれきり……だから、好きな人に置いてかれるのはもうゴメンなのよね」
「……聞いてないし自分に心中趣味もない」
「そりゃおまえが聞かないからな。どうせ面倒で色々後回しにしてたんだろ……後者に関してはないと断言しておこう。おまえが余計な気遣いさえみせなければ、二人とも大成功で終わるはずだ」
処置をした肉体を冷凍装置内で免疫細胞活性化の液状を散布し続ける。数日も経てば散布された定着した免疫のおかげで、地上に出ても肉体的な損傷なく動き回れる状態に強化されるとのことだ。外部から指定コードを入力すれば冷凍状態も解除されるので安全安心とお兄さんは豪語するが、ヤマトさんは慎重な性格のためか多少の不安は拭えないようだ。自分だけなら目を潰れるが第三者がなんでとまだぶつくさ言っている。
ヤマトさんは少し悩んでいたけれどちゃっちゃと終わらるのが先決と決心が付いたようで、早く横になれと囃(はや)すので私は素直に寝た。でも自然と二人体をくっつけてしまう体制だ。無性に意識してしまってなんだか気恥ずかしい。私はハグもじさんと向かい合うけれどヤマトさんはそっぽを向く。いいもん、久しぶりの共寝だしと私は嬉しくなってつい頬が綻んでしまう。
「いい加減腹をくくって結婚したらどうなんだ」
ナイス突っ込みお兄さん!
「もう成人してるんだ、一々茶々入れて来んなって。しかも別れてるからなオレら。そんな気ないし」
「離れて感じるものがあると世間様も言うだろうが。元サヤで俺は結構なんだがおまえは昔から……」
「あ〜あ〜五月蠅いなあ。耳にたこができてるって。こいつの事情も組んでやれよ、逆に断りずらいだろこの状況はさあ」
「私はこんなに大好きなんですけどね〜。ヤマトさんって本当いけず〜」
「おま、離れろって」
「きゃ〜乱暴される〜、好き〜もっとして〜」
「近づきすぎだって。疲れる、勘弁してくれ……」
「おまえが素直になればいい話だ。あんまり適当にしてると愛想尽かされるぞ。暴れるな、横になっとけ」
「いいよ付かされて。暴れてないし離れたいだけだって。ったく、もっと他に良い相手いんだろうに」
「お兄さ〜ん、弟さんこんなん言ってんですけど。私ヤマトさん一筋だったんですけど」
「不出来な弟ですまないね。ヤマト、俺は知らんからな、こういうのは大抵愛想付く前に横からかっさらわれてだな……」
「誰か〜、奇特な人が居るなら今すぐかっさらってくれませんかねえ〜」
「いい加減始めるぞ」
気持ちが切り替わったんだろう、ヤマトさんが仰向けになったところで私は身を起こし訝しむ視線の彼に口付ける。目を閉じ触れるだけの感触にすぐ離れ何か言いたげに彼の唇が動くのを見た。
「ナナコ」
唇に人差し指をあてて色のない表情を黙らせた所で微笑む。
「大好きですヤマトさん。いいです、返事はもうわかってますから。起きて一番に貴方の顔を見れたらそれでお終いにしましょうね」
それまではどうか恋人気分で眠らせて欲しい。返事は聞かず仰向けになり目を閉じた。聞かない振りをしてくれていたお兄さんが蓋を閉めるぞと声を掛ける。
「兄貴」
掌に感触を感じて見返す勇気のない私は固く握り返すに留めた。
「……愛してる」
一瞬の静けさの後、兄が答える。
「俺もだよ。弟よ」
心から同意して無言の間が数秒、兄弟の愛情を確認していた二人はもの凄いうめき声を発して気持ち悪いと吐き捨てる。おまえがさせたんだろうがと心底嫌そうなお兄さんの反応がおかしくて暖かくて、私はついくつくつと笑ってしまった。そこは堪えるところだろと二人揃って指摘されまた嬉しくなったけどさすがに悪いかと思い謝った。
「私も愛してます、お二人を心から尊敬してます」
「マッドは止めとけ」
「怠け者を好むとは君は本当に奇特だな」
「科学バカ」
「かっこつけめ」
そして二人睨み合う。仲の良い兄弟だ、本当に仲の良い兄弟だった……最後までそれだけは変わらず普遍だった。
始めるぞと緊張を取り戻した兄が告げて弟も頷く。蓋を閉じ、機材の稼働音とともに意識が遠のき、以後の記憶は私にはない。
ああ違う、暗闇で聞こえたんだ。自分も好きだって、起きたらもう一度夢見ても良いかって。頬に触れる感触に顔を寄せてくれたんだと気づいた私は返事を返そうと彼の方を向く。だが遅かったようで後は黒塗りの視界で塗り潰された。
ヤマトさん、あの人の名前はヤマトさんだった……
ヤマトさん、私も同じ夢を見ていたかった……
◇
……静寂。視界に広がる風景に人気はなく突っ伏す身には寂しさばかりが肌を刺す。和やかな兄弟の談笑はもう欠片も残っていない。傍で最後眠る間際に愛を囁いたあの人も。
立とうとして失敗し機材に取り縋る。足が震えていた。余りの情報量と失ったものの大きさに今更実感が湧いて信じたくないと体が戦いている。
空の揺りかごに涙を零した。彼は生きている、数百年の時を得て想定と違った目覚めを迎えてしまったが幸いまだ生きている。だがヤマトという人格は、おそらくすでに……
背を撫でられて見上げれば感情の見えない無表情の双子が隣に佇んでいた。主様はこちらでお眠りになっていたのですねと尋ねられ自然と頷く。俯くばかりでは未来は切り開けないと双子は重ねる。
「望郷は前に進む原動力」
「亡き方を忍び在りし姿に慰めを感じるのは悪いことでもありません」
「でも死んでない」
「たとえ記憶に残らなくても魂に刻んだ感情は消せない。戻るか変わるか決めるのは主様ご自身です。我らはただ見守るのみ」
「同胞」
「貴方もそうなのでしょう?守るためにお側にいたのでは?大好きだから離れがたかったのでしょう?」
「……そんな高尚な理由じゃない。置いてかれたくなかっただけなんだ」
それに動機は違う。オシュトルが好きだから最も関わる縁者に付きまとった、それだけだ。置いてかれるのが不安だった私が、彼を置いて行ってしまった。
「些細な問題」
「結果が全てです。実験は成功、ですが大いなる意思の介入で道は大きくずれてしまった。それでも貴方は守ろうと務めここに戻られた。
何を成されます?使命を帝から賜りはしても貴方の道行きは自由であれと保証されました。これからも貴方の道行きがあの方の意に沿った者であれと私たちは願っております」
ありがたいことだ。でも私には。
「そんな資格、ない……」
それに成したい事だって正直大してない。平穏であれば良い、そのために戦わねばと覚悟をしても平民の分際で成せる行為は多くない。
そもそもだ、最初から間違っていたんだ。私が二人で眠りたいと我が儘を言わなければ、彼はもっと早く目覚めたかも知れない。原作と違って記憶だって失わずに双子に会えて……
きっと歓迎の荒らしに戸惑ったはずだ。戸惑いつつも聖廟に入り國の問題にも気づけただろう。お兄さんと久しぶりの親睦を交わし持ち前の責任感から問題を放っておけずに奮闘し國の土台を盤石にしたにも関わらず休みたいとかぼやいてそうだ。心底嫌そうにでも内心喜んで……思い上がりかも知れないが私が関わったから原作通りの展開になる未来を呼び込んでしまったのかも知れない。関わらなければ、自分が誰かもわからず困ることだってなかったはずだ。困った風情は欠片も見せないけれど。私のせいで……なんて自己満足の慰めに没頭して道を誤る気はないけれど、そう思わずにはいられなかった。
「資格はある」
「私たちに手紙を託された。おかげで聖上は迫る危機に対処する猶予を得られた。見捨てることも出来たのに貴方はそれを良しとしなかった。理由はそれで充分でしょう」
「感謝を」
「貴方が聖上の代わりに動いてくれたおかげで、破滅への道を留まれた。感謝こそあれ責める道理はありません」
褒められてこそばゆいが、それ逆ですよ〜、治すどころか消そうとしてますだなんて言えるはずもない。立ち上がり不興を買うまいと黙る私を慰めようとしたのだろう、双子が背を撫で言いつのる。
「戻れない過去に鎮魂歌」
「救いでなくとも自己満足だろうと悼むことは出来ます。せめてもの慰めにこの地におられた方々が安らげるよう歌を捧げましょう」
「……もう居ない」
綺麗な歌声を紡ぐ双子に口を挟まずにはいられなかった。お兄さんは帝となり遙か彼方に鎮座し、弟君は気の毒にいつ切り捨てられてもおかしくない子飼いの一人に成り果てた。きっと今頃ドブさらいにヒ〜ヒ〜呻いている。
天地の差を示すが双子の意図から逸れていたらしく二人は顔を見合わせて首を振った。
「そうじゃない」
「見えずとも思念は未だご健在です。片方は私たちと共におられますが、心の半分はここに残されておられます」
思念って……また解釈に迷う問答だな。いや術に精通するお二人が言うならそうなんでしょうが環境に当てられただけじゃない?空の冷凍装置に取り縋る私だ、何か誤解して変な物を感じただけかもしれないじゃんと口を開く。
「幻覚だよそれ」
「それでも構わない」
おおう、肯定された。
「私たちはそこに真実を見ました。一緒に目覚める夢を見て共に眠った男神、そして女神を」
神ちゃうからそれ、ストーカーと末期に追いすがられて断り切れなかった気の毒な元恋人だけだから。だというのに、まるでそこに居るかのように温かい視線で二人が空の寝台を見つめる物だから私もつい目をやってしまう。
「幸せそう」
「今も二柱で身を横たえておられます。寄り添って微笑んで……手を繋ぎ、とても心安らか」
……
「もう一人」
「貴方の懐で眠る小さな妹君も安らいでおられますよ。とても、嬉しそう……」
マリカ、ヤマトさん……
言葉に在りし日の姿を連想してしまって、もう涙を止められなかった。実際見たわけでもないのに、空の棺に仕方ないなあと言いたげに微笑む彼と凄いだらしない顔で眠りこける自分の姿を思い描いてしまう。
胸元には赤ちゃんだった頃の妹がいてふいにお姉ちゃんと呼ぶ幻聴まで聞こえる始末。胸に抱き留める妹が幼稚園の服を纏い微笑む想像までしてしまった。私は結構雰囲気に流されやすい性質らしい。胸を抱いて、痛みに耐える。
何事もなく目覚めれば本当に幸せな末路だった。数日の目覚め、彼は家族に暖かく迎えられただろう。代償にヤマトは興らず地上はずっと荒廃したままだ。私としては大変宜しくない展開、でも彼らにはきっとその方が幸せだったろうに、どうしてこんな事に……
私は懐の妹を抱きしめ在りし日の残骸に突っ伏し嗚咽を零した。耐えきれない、背を撫でる双子に甘えて声を上げる。自分でもよく分からない内容だった。何故だとかどうしてだとかそんな単純な単語の羅列を心のままに訴える。
迷惑を掛けて厄介だろうに優しい双子は宥めるように静かな声で歌い始めた。意味が分からない。わかるのは労る気持ちだけだ。綺麗な声に思う。ハクに聞かせてあげたい。
きっと同じように意味が分からんとほざくんだろうけど、ヒトの心に聡い人だから真心は伝わるはずだ。絶対慰められる、現状労れて完オチした私が保証する。会いたいハク、会いたかったヤマトさん、私は望む。このまま、このままハクのままでいてくれと。
許された気になって思うまま亡き昔日を忍び私は涙に溺れた。泣いて泣いて、双子の声に耳を傾けるうちにそのまま闇に思考が沈んでいく。
気づけばゆらゆら揺れる両足が見えた。体全体も揺れている。
誰かが運んでくれてるみたいだ。お姫様だったこという奴にちょっと恥ずかしくなる。重いだろうに、礼を言わないと、でもとても眠くて後でいいかと寝ぼけ眼で外を見ようと視線を横にやれば薄闇の廊下が続いていた。通った道を戻って行るようだ。寝床に戻るつもりだろうか。妹の温もりを感じてまだ懐にあるそれにそっと手を添えた。
会いたいな、誰でも良い。懐かしい誰か……ハク。
ごめんと呟き馴染んだ体臭の胸に顔を寄せて今度こそ目を閉じた。好きだオシュトル、言葉にしたかはわからない、後はもう覚えてない。
目覚めると私は暖を取っていた場所に横になっていた。起きろ嬢ちゃんと言われて目を擦ればウコンの外套に包まれていたようで重く暖かい感触にぼうっとして壁際の朝焼けに目を細めた。
そして飛び起きる。寒いでしょ!風邪を引くと慌てればきょとんと朝食を装ってくれたウコンの視線に気恥ずかさを覚え、おずおず座りおはようと挨拶をした。嬢ちゃんほど弱くねえから心配すんなと椀を置きおはようさんと快活に笑うウコンは今日も絶好調にイケメンだ、心臓に悪い。ごめん私彼氏持ちだったけどおそらく相手はもうそんな気もないと思うので今後とも穏便なお付き合いをと申し出るのは罪悪感が強すぎて止めといた。
おはようと返し椀を受け取る。
携帯食を暖めた湯でほぐした汁物を頂いた後は簡単に片付けて馬の調子を確認し出立の準備に取りかかった。色々あったけどクジュウリ目指して進もうと外に出るがそのことなんだがなと何やらウコンの歯切れが悪い。あ〜っと言いにくそうに呻くので遺跡に戻り双子に席を外してもらった。離れたのを確認して彼に向き直る。
遠慮はいらないよと私は頷き、何が合っても貴方が大好きな気持ちは変わらないから打ち明けてくれと胸を張った。くっそ恥ずかしい。正室がすでにいるとか言うのは許さないけどと鎌を掛ければ目を見張られ、衝撃を受けた私は想定外にぶんむくれる。
ウコンは慌ててそうじゃねえ、嬢ちゃん以外に妻はいねえし悋気焼かれたのに驚いただけだと大慌てだ。え、妻?
「……私がいつ貴方の奥さんになったの?」
「ウコンのカミさんだろうがよ。祝言は挙げてねえが」
えええ〜本当に奥さん扱いしてくれてたのお……
「そ、そうなの?まさか本気だとは」
「大真面目に口説いてたつもりだがよ。嬢ちゃんは遊びのつもりだったのか?食えねえなあ」
何を言いますか。
「本気だよ!ずっと本気だった。大好きだったんだ!だから、だからっ……そこまで思ってくれていたなんて思わなくて」
「わかってくれたか?」
「うん、うん……ありがとう、嬉しい……」
涙が滲んだからかウコンはなんとも言えない表情を浮かべてしまう。
「もっと早くいや良かったな。隙ありゃ手を出しまくってたから言わずとも分かるってのは男の考えだったか。不安にさせて悪かった」
「大丈夫……それで、何だったの?貴方の口が重いって相当マズい話?」
「……マズくはねえがちょっと難しい案件でな」
「うん」
「こんな山奥に草を仕込ませる変わり者もいねえと思うから、明かすんだが」
うん。
「ウコンにしろオシュトルの旦那にしろ鉄火場は日常茶飯事だ。ウコンだと下町の気性が荒い連中とも付き合わなきゃならねえ。乱闘騒ぎやキナ臭え裏取引を探るために後ろ暗い所に出入りもする。
オシュトルの旦那だと表面上穏やかな連中との腹の探り合いから敵勢力からの刺客、暗殺未遂や毒殺騒ぎにも事欠かねえ。書類仕事は山のようにあって禄に構えねえのは間違いない。それぞれ立場を弁えて振る舞わなきゃならねえし面倒毎は山ほどある」
そこで一息ウコンは区切る。いきなり語り出されて私はびっくり。でも内容は覚悟完了済みなんでふんふん頷くと様子をうかがってたウコンが話を戻した。
「戦がありゃ出陣は避けられねえしおっ死んだだけならまだいい。遺体も戻らねえかもしれねえ。相応の備えはあるが、俺がヘマすりゃ最悪何かの責任で一族郎党連座の切腹を申し付けられる可能性だって無いわけでもねえんだ」
突然繰り出される情報網に圧倒されるが真剣な内容に引いてはいけないと余計な口を挟まず頷く。
「ナナコが俺を好きでいてくれて嬉しい。望むなら邸に囲って面倒毎から離れた生活だってさせられる。奥に座って帰りを待ってよ、子供が出来たらそいつらとのんびり待ってくれれば……って気が早いな。いや絶対欲しいって訳じゃねえんだ。欲しくても出来ない場合もあるし。単に俺がよ、子が居たら嬉しい、そう思っちまっただけなんだ」
「大丈夫、わかってるよ」
珍しく浮かない顔で項垂れるウコンを安心させたくて、彼の手を取り両手を重ね合わせて包み込んだ。まだ視線を合わせるのには気後れするけど、元気になって欲しくて一心に見つめる。
「……守ってやれる自信がねえんだ。危ない目に遭おうと己が手で助けてやれねえ事態はきっと山とある」
うん。
「それでも、オシュトルに連れ添いたいと思ってくれていると、自惚れても良いのだろうか……」
ウコンの風帯でオシュトルを覗かせたその人に縋るような視線を向けられて、当然だよと微笑んだ。
「私は最初から言ってたよ、好きだから結婚したいって。貴方が右近衛大将であろうと市井の人だろうと好きな気持ちは変わらない。ずっと連れ添うつもりだった。もちろん結婚したい、結婚してオシュトル!嘘、しなくてもいいよ。傍にいられるなら何だって嬉しいからさ」
「……ならば話は決まったな」
せっかく私が渾身の何度目か覚えてないぐらいの求婚をしたというのに破顔したオシュトルは一人納得して、では参ろうかと転身する。胸のつかえは取れたようだ。
どこに向かうか訪ねれば当初の予定に変更はないようでオーゼン殿の居城に向かうと外に向かった。結局何だったんだ、まあ元気が出たならいいか。双子達に用が済んだから行こうと声を掛け、外に出る。
遺跡を出て振り返る。多分もう一度この地には訪れるんだろう、徒歩で帝都に向かうより転送機を使った方が聖廟には早く着けるから。だから意味ない行為とわかっても言わずにはいられなかった。
「さよなら……待てなくて、ごめんなさい」
返事は当然ない、自分なりのけじめを心のどこかで付けたかっただけだ。
雪道を歩けば寒いだろとウコンが外套に迎え入れてくれた。本当おまえは恥ずかしい奴だよ、その豪胆さに救われているけどさ。にやけるウコンを無視して双子を後ろに馬を引き、二人寄り添い里を目指した。
始まりの地を辿るように山を下り一月前訪れた旅籠で宿を取る。世話になった女将はこちらを覚えていたようで忘れものを取りに来たと思われたのか、尋ねられ答えに窮すると嬢ちゃんは俺のカミさんになって今は新婚旅行の真っ最中だとウコンが惚気まくり散々冷やかされた。居心地悪かったけど生じるくすぐったい感情に悪い気はしない。怪我をしているのを見て心配した女将さんの薦めで塗り薬を貰う。事情があると組んでくれたのか聞かずにおいてくれた好意がありがたい。
クオンがまた蟲の襲撃に悩まされたときのためにと念のため置いていた傷薬を分けてくれたようで、哀れんだ眼差しが痛かった。
「クオンのネエちゃん程じゃねえが腕の良い薬師も帝都にはいるからな、帰ったら診(み)て貰おうぜ。隠す振る舞いさせて、悪いしよ」
大丈夫、聖廟の治療ポッド使えば一発で治るから、とは言えなかった。素直にありがとうと返し思い思いに過ごした。
蟲の犠牲になった男衆の墓参りや糧食の補充を済まし、夜も更(ふ)けた宿の一室で一献傾けいい感じに酔ったウコンに膝枕をしながら、そういえばとあらためて遺跡で思い出した事実を尋ねる。
「私、将来結婚しようねって誓い合った人がいたんだけど、多分相手忘れてんのよ。今更蒸し返しもしないだろうけど私の心は貴方一択だから誤解しないでね」
「初耳だがナナコ殿、相手はどこのどいつだ」
「今後の関係のためにそれは明かせません、斬るとかいうのは止めてよね」
奉行(ぶぎょう)束(たば)ねるオシュトルがまさか問答無用で切り捨てる真似はしないだろうけど念のため口を挟めば至極まっとうな返事が返ってきた。
「結婚詐欺は禁じられている、捕縛せねばならぬ」
それは私ですかねハクですかね?多分前者だけど。
「この場合捕(つか)まるのは私の方だわ。幸い相手は忘れてるから訴え起こさないでくれると願うしかないのが申し訳ないです」
オシュトル出てる引っ込めて。剣呑な雰囲気で身を起こすウコンの肩に手をやり太腿(ふともも)に頭を誘導する。
「訴えるかどうか、見当はつくか?」
「多分ないと思うけど、その場合捕まるのは私の方だからもし事が起きれば関係者に被害いかないよう便座よろしく」
「其方……」
溜息をつかれてしまった。
「忘れているとは穏やかではないな。事件に巻き込まれでもしたか?」
「それは色々事情があってさ、私も遺跡に行って思い出したぐらいだから責めるのは止めてね。事故の面が強いです。でも、旦那様には迷惑かけて心から悪いと思ってる……なので怖い顔やめてくれると嬉しい」
手を合わせてごめんねと拝(おが)めば自覚がなかったのか、ウコンは驚いて眉間(みけん)に手をやり皺(しわ)を伸ばす仕草をした。
「む、怖いか。如何(いか)ほどだ」
「だから、ウコンに戻って。子供が見たら泣いて逃げ出すぐらいおっかない」
「悪い……こうか」
「そうそう、しゅっとしてない笑顔がウコンらしいよ」
「普段はしまらねえ風に言うのは止めてくんな」
「ごめんごめん」
額(ひたい)を撫で付け、髭(ひげ)の付いた顎(あご)をくすぐる。不満げにこちらを睨(にら)んでいたウコンの眦(まなじり)が段々緩んでいく。
「……なあ、もう一度言ってみちゃくんねえか?」
「ん〜?」
「旦那様って奴だよ。俺を旦那扱いなんて一度もしなかっただろ。こう……妙に嬉しくてよ」
「ふ〜ん、自惚(うぬ)れてもいいんだ?」
「たりめえだろ! 嬢ちゃんはカミさんだ、大手奮って喚(わめ)きてえぐれえだ。俺のカミさんヤマト一可愛いってな!」
「オシュトルは?」
自慢げな表情がとたんに苦虫を噛み潰したものに変わる。真面目な面(おも)持ちに変えて膝から身を起こしたウコンが姿勢を正し向かい合った。
「おいおい準備が出来たらで申し訳ない」
「謝らないで。ごめんね、意地悪言って。ウコンと連れ添うだけでも幸せなのにね」
どうしてか、ふとした瞬間に詰(なじ)るような言葉が出てしまうのは何故だろう。先の見えない不安?誠実を絵に描いたようなヒトから置かれる不義理な状況に憤(いきどお)っている?
そうだとしても自分で選んだ道だ。当たり散らして良い訳がないのに、酷いと詰(なじ)るのは気を許す証しと言い訳しても、言われる方は堪(たま)ったもんじゃない。そう弁解する私も……我が毎ながらこうだと言い切る確証がない。あやふやの関係を続けているからだろうか、どうにも釈然としないんだ。
「其方の要求も当然だ。不甲斐ない某が悪いのだ。いずれとしか言えぬ身ですまぬ。足下を盤石に出来ぬ某が乞える立場でないのはもっともだがどうか見捨てないでくれ。思い人に後ろ髪を引かれるやもしれぬが某の傍にいて欲しい」
いやいやいや。なんで貴方がそんな必死に縋(すが)ってんの。両手握って懇願(こんがん)してさ、私の立場じゃんソレ。それに想い人って、貴方以外添いたい人はいないのに。不安に感じてくれたんだろうか、不躾を承知で申し訳ないが……嬉しい。
「戻らないよ」
「では何故急に昔の話を蒸し返したのだ」
「あっちが思い出して話が違うって怒れば面倒だなと。詰(なじ)られる前にこういう過去の人がいたと明かした方が後々起きる面倒少なくていいかなと思ったの」
「……其方は某が思う以上に雑な性分であるな」
「雑でゴメンね」
「いや構わん。離れていかぬなら何でも良い」
長い溜息をついてウコンの格好のオシュトルは肩を落とし、また私の膝に頭を乗せてきた。ご丁寧に横向きで目を閉じて、こっちの話はもう聞きません疲れたましたの体制だ。でもねウコンさん、私そろそろさ〜。
「痺(しび)れてきたから動きたいんだけど」
「退かぬ。某を惑わせた対価を払って貰わねば納(おさ)まらぬ」
「ウコンウコン、オシュトルも大好きだけど今はウコンに戻ってよ」
どこで聞かれるか分からない場所でオシュトル口調はマズいって。
「……もう一度言ってくれぬか」
そしたら戻ると横向きのままぶすくれてるのでご希望通りのお言葉を口にしてみる。
「ウコン?」
「違う」
「戻って?」
「それも違う、わかって言っておるな其方」
でへへへ〜、やっぱばれた?ウコンをからかえる機会なんて早々ないからつい意地悪しちゃったゴメンね。
「ふふっ、オシュトル大好きだよ」
得心したように頷きオシュトルがこちらを向く。
「うむ。某もナナコが大好きだ」
なんだか二人が混ざったような反応が嬉しいやら恥ずかしいやらでこそばゆい。
「ウコンに戻ってくれたら今日も一緒に寝てあげる」
雪国は寒いからと言い訳をしたけれど、早速起きた良人に横抱きにされ布団へ連れ去られる私の呟きなんて届いてはいなかったようだ。どうやら結婚詐欺は事が起きるまで見逃してくれるらしい、本当にできた人だと心から思う。
……怖かった。どこに行くにも妻だと喜々と明かす現状がとても幸せで得がたくて私は怖かった。楽しいときほど崩れたとき堪えるものだと知っていたから。私は照れながらウコンをしばき内心で幸せを失う未来に怯えていた。
風と行く