11話 トゥスクルで逆ギレ後反省
墓所は暗いが清潔に保たれ灯される松明が行く先を煌々と青く照らしている。ウコンは油断なく周囲を警戒し私も彼に習い足手纏いにならないよう気をつけながら進む。
やがて見えてきた鳥居の奥には時代がかった茅葺き屋根の建物があった。ドラマなんかで見た建物の作りそっくりで、それに関しての家族の思い出が付随してよみがえる。
リビングでテレビを何の気なしに見て団欒してた。もう戻らない昔、お母さん、お父さん……
懐が胸むねを締め付ける。ふいに背を撫でられ、いつの間にか落としていた視線を横にやれば隣を歩いていたウコンが微笑んでこちらを見つめていた。酷い顔をしていたようで目元を拭われる。泣く事なんてないのに感傷が過ぎる。自嘲して、ありがとうと微笑み差し出された手に縋り二人連れ立つ。
物思いに耽りすぎていたのだろう。ウコンの歩みが止まり引っ張られる。ごめんと顔をあげれば緊迫した表情に異常事態を察して前を向く。鳥居の麓(ふもと)に人、デコイがいた。イラストでよく見た装束だが実物はまた一段と綺麗な人だった。
「お待ちしておりました、ナナコ様ですね」
名乗ろうとするウコンの肩を叩いて止める。用があるのはウコンじゃない、オンヴィタイヤカンである私だ。代わりに前へ歩み出て膝を付き頭を垂たれた。どれだけ礼を尽くしても足りない方々だと私は知っていたから。
ここに来た理由を述べる間に、静観していた双子が膝を着くのを見てウコンもそれに習う。不興を買わないよう頭を下げたまま私は名乗りでた。
「ヤマトより参りましたナナコという者です。これ以上の名乗りは失礼でしょうが今後のために控えさせて頂いただきたいとご了承のほどお願い致します」
「構いません」
「不躾けを承知でお願いがございます。マスターキーを渡して頂いただきたい。必要なのです。私に資格があるならばどうかお譲り願いたくこうして参りました」
「承(うけたまわ)っております。ですがまずは我らの主に会ってからで構わないでしょうか。貴方の到来を我が君はとても楽しみにしておりました」
「それこそこちらとしても有り難がたく、是非お目通りが叶かなうのでしたら」
頷うなずいた巫女、アルルぅさんの案内で私は拝殿に足を踏ふみ入れた。土足で構わない、共の方もどうぞと促がされかたじけないとウコンも頭を下さげて付け髭を外し髪をなでつけ身なりを整え後ろに続いた。偉い人へのお目通りだから正したのね、本当そういう所は律儀だよねえ。双子は外套を被ったままだけどさ。咎められもしないからまあいいんだろうけれど。
「もしもの時は私を捨てて逃げてね、これ遺髪、責められたら代わりに渡して」
大神が理由なく断じる方とも思えないが不興を買った際右近衛大将を失う可能性を封じるべく声を掛かけた。最悪の場合帝の勅命、生死問わず私を持ち帰る任務を優先すべきと考えて声を掛けたがウコンの機嫌は損ねてしまったらしい。
引き抜いた髪数本を横に並んだウコンの方へ見ずに差し出すが呆れた風に溜息をつかれて受け取るどころか手を取られ、真向かいに引っ張られる。
「あのなあ、女房置いて逃げる亭主がいるかよ。俺たちは夫婦、生きるも死ぬも一蓮托生、だろ?」
なあカミさん? 合わさる視線はいつも通り楽しそうで何でもない風に言い切られ、急に馬鹿らしくなり溜息をついてそうだねと視線を前に戻す。手は固く握にぎられて当分離してくれそうもない。嬉しい、一蓮托生と胸中で反芻しそうだといいなとそっと願った。
案内された部屋は簡素だが、奥の簾(すだれ)から漏れる光りが異質な状況を示していた。姿を見せない相手に訝しがるウコンだけど原作知識でこの光りこそが大神おおかみその人だと私は知っていたから、簾の前に歩み出て腰を下ろし頭を下さげて名乗りを上げる。やっとウコンは手を離してくれた。
気を取り直し、只人と殊更(ことさら)に強調したからか。よくぞ来たと迎えてくれた神様はオンヴィタイカヤンという呼び名は使わずにいてくれた。
頭を上げるのを許された私はここに来た目的を早々そうそうに明かす。
「帝がご所望なのです。悲願を果たさんと私を使いに選ばれました。そちらを害す気はございません。マスターキーさえ頂いただければ、余計な茶々も入れずに市井の交流程度の親睦を今後も深めるつもりだと、私の拙(つたな)い所見ではお見立てしております。
無論、私個人としてはお借りするだけでも結構と考えております。そちら様が望むのでしたら、用件が済み次第お返しするとお約束いたします」
もう一度頭を下さげるころには、ウコン達も私に倣(なら)い深々と頭を下げてくれた。
もちろん私の言葉は口から出まかせだ。帝は取って来いとしか言ってない。他国の王様が欲しいからくれと言われてどうぞと差し出せるほど軽いものじゃないと私は知っている。
何某(なにがし)か見当しているのか、無言の間まもひたすら頭を下さげて考えた。
原作で一度ハクはここで断られている。同胞を消すためにと申し出て方法はないと一喝され、諦めかけたんだ。永遠に救う手立てはないのかと項垂れたところで巫女アルルさんが譲渡を申し出てなんとかなったと記憶している。なら私もハクの代わりに頭を下げればなんとかなるんじゃない? なんて思い込めるほど私の頭は能天気には出来ていない。
同胞を消すために利用すると明言しても断られた。それは巫女の家宝というのもあるが、渡せばハクのためにならないと大神が慈悲をかけたからだと私は見ている。
その点私はどうだろう? クオンの恩恵は受けたが対して慕したわれてもいないし大義どころかその日暮らしで満足するだらけた人間だ。惜しまれる要素はない。そんなどうしようもない奴がいきなり現れて上司が望んだからよこせと言われて頷く奴はいないでしょうよ。そこでハクじゃないけれど、お得意の口八丁手八丁って奴よ。
返すつもりだよ、私はね。約束したのは私だから返せない時は他の奴のせいだから怒らんといてよ! と牽制したわけね。もらえる確率ほぼゼロなのも分かっている。オンヴィタイカヤンの持ち物といってもそれは昔の話で、今は先祖代々大切にしてきた思い出の品なんだし。貰えたら大事に肌身離さずいよう、あの人油断したらすり替えても平気な顔してそうだし。当然返却約束で頂いただけたなら帝が返さなくても意地でも返すよう最善は尽くすつもりだ。思い出の品を粗略に扱うのは私でも嫌だもん。
まあ貰えなくても帝にはちゃんと報告して、同族殺す手段こっそり探して見つけ出すつもりだから貰った場合の保管方法とか使用範囲の線引きをどうするかってのを考えるのは希望的観測が過ぎた話ではある。第一持ち帰らなかった私を助けてくれるかどうか、確たる保証はないんだし。助けるとはいったけど見限らないとの宣言は受けてなかったもんな。
……タタリを滅する機会を得えれるまで、生かしてくれればいいけど希望は薄い。やっと見つけた同胞でも裏切れば消しかねない人だよね。まあ裏切れば仕返しするのは誰であろうと当然なんだけど。身内認定されれば優しくなると知ってても治したい帝と殺して苦しみから解放したい私とだと意識が逆ベクトルで理解しあえないのも当然だ。できるだけ分かり合う努力はしたかったけどさ。はあぁ、死ぬ前にハクが消える確率少しでも潰しておきたかったのに今こんな状況だしさー。
「わかった。君に譲ろう」
……一瞬何を言われたかわからず私はきっと鳩が豆鉄砲を食らった顔をしたに違いない。顔を上げると同時に、大神は私と同じ鳩が豆鉄砲食らった顔をしているなと声音こわねを綻(ほころ)ばせた。言葉を介さない理解に心を読まれていたと気づく。迂闊(うかつ)だった……思考の渦に飲まれ益体(たくたい)もないことを考えすぎた。ムカつく、直接ではないけれど縁者の仇に腹の内を探られるのは気に入らない。
首を払い思考を飛ばした。背後で訝しむ気配を感じるがおどける余裕はない。異論はないのか淡々と頷きマスターキーを譲渡すると大神おおかみは宣言した。ブラフひっかけじゃないよね? ハクが尋ねたときは手段ないってけんもほろろだったのに。
内心で私は怯えるも、大神は控える巫女に声をかけ彼女の了解のもと、巫女の手ずからマスターキーを受け取った。小ぶりの腕輪、筒状の外観はつるりとして白一色だが微かすかに見える繋ぎ目からのぞく端子からただの腕輪でないと窺(うかが)い知れた。
「確かに、目的の物に相違ないかと。渡していただき感謝致します」
本心から頭を下さげる。助かったのは事実だし……罠とかさらなる地獄への案内状じゃないと良いな。
「トゥスクルとヤマトに永の友好があらんことを切に願う」
私個人としてはお断りだけどね。関わるだけで要らぬ火の粉こが飛んできそうで嫌だわ、とは明かさずに伏して胸むねの内に秘めた。
「それを決めるのは私ではありませんが、個人的にそうであればと祈っております」
ではともう一度頭を下さげ席を立つ。立ったというのに言葉が追いかけてきた。
「恨み言はないのかね? 言いたいことの一つや二つあるとお見受けしたが」
「……不興を買うのは本意ではありません」
「なに、私はとうに隠居した身、告げ口などする性分でもないし政局に影響を与える気もない。いらぬお節介なら申し訳ないが、君は少々自分に思う所があるのではないか? 受け止めるのも元凶となった者の責務と思ったのだが、いらぬお節介ならば申し訳ない」
殊勝なことだ。だがそれは火に油を注そそぐ行為そのものだった。
「ならどうして……」
タタリを人間に戻さない。罪悪感があるというなら無実の者ぐらい助けてやってもいいじゃないか……なんて文句は喧嘩の種にしかならない。自制自制自重が大事とぐっと堪(こら)えるが願いはないのかい? 叶えてあげるよと囁(ささ)やかれ、挑発と受け取った脳内が瞬時に沸騰した。
控える巫女が大神おおかみをいさめる声も待てず抗議の声を上げてしまう。
「よくもその口でほざけるな! 願いだと叶えるだと、そうやって大勢祟ったくせにまた同じ過ちを繰り返す気かふざけんな!
願うさ叶えるさ、たとえ無理でも近づくために頑張って頑張って一歩でも近づいてやるとも! だがそれは、おまえの手によってじゃない。私の努力と皆の努力だ。禍日神(ヌグィソムカミ)に誰が頼たよってやるもんか!」
思いっきり頼ったけどな、マスターキー欲しさに頭まで下さげて。人のこと言えないよ、どっちが禍日神だっての!
「君は内面と表との剥離が凄すさまじいな。少し落ち着いたらどうだい?」
「それで状況が改善できるならすぐにでも落ち着きますがね、無理でしょ。私は動きますよ、大切な人たちを守るためにね」
「だがそれはあまりに果てがない行為だ。家族が欲しいんだろう、寂しさを一時いっときでも忘れたいんだろう? 夫が欲しい友達が欲しい弟妹が欲しい。安住できる土地を君は渇望するが永遠に安定した未来など成せる筈はずもない。少し落ち着きなさい、自問する通り君は無理をしすぎだ。今にも倒れそうじゃないか」
後ろで息をのむ誰かさんを私は丸っと無視して気遣かう大神にちゃんと休憩を取れているから大丈夫だと胸を張る。そうじゃない心労がと続く言葉に心情を被せ余計なお節介だと諫(いさ)めた。他国の神を気遣う優しい方に不誠実な対応をしたくなかったから。
「踏ん張ばらなければならない事態もあると大神ならばご承知でしょう。成せないじゃないんです、作るんです。揺れるというなら均(な)らし続ければ良いい、そうとも普遍はどこにもない。だが動かぬ限り平穏は脅やかされるだけだ」
「痛みを伴わない改革はない。悲劇があったからこそ膿も出せた。皆幸せ皆ハッピー……そのツケを後のちのヤマトが払うとしても君はその道を選ぶのかな?」
「選ぶよ私は。そんな問題起こさなければいい話だ。起こるというならそのつど潰す。先送りでも構わない、避けられないというなら後の誰かが解決するでしょうよ。私が出来るのは今後もヤマトが平安であるよう努力するだけ。その後はその人達の問題だし」
他力本願で申し訳ないがしてくれんと困る。それに私のできる範囲なんてたかが知れてる。
頑張るのは主おもに上層部さんだ。帝が自制してトゥスクルに侵略戦争ふっかけずにウォシスと和解して、アンジュを立派な後継に育ててライコウが見限らないよう民の意識を変えていけばなんとかなるんじゃない? 無理ゲー? 諦めたらそこで試合終了だよ。私は帝をせっつくだけだ。それでもどうにもならないなら動くしかないけどね。
……と担架を切れればいいんだけど、平民だし八柱将どころか市井の人も聞き耳持っちゃくれんだろうよ。
「丸投げしたねえ〜」
「全部抱かかえ込んで潰れたら意味ないし」
「確かに。私もそうでね、神の摂理を解とこうとしたが無理だった。もう外には出られないしならばと適当な後続に任せたいのだが数えるぐらいしかいないだろう? 皆自由な身でもないし、元人類救済しようにも可能性が皆無でねえ……どうしようかと思いあぐねていたのさ」
全滅してるもんな、私含め三人ほどのぞいて。おまけに資格ある大老は危険思想持ちでクローンである事実知らないし。渡してこっそりタタリ開放殲滅できませんでしたとくればヤマトが壊滅する。
「いや良かった、正当な後継者の一人が来たおかげで少なくとも憂いを晴らせると安心した」
「それは良かった。そのまま永遠に朽ちてくれれば幸いなんだけど」
「言われずともそのつもりだ。世界のために朽ちるのも上に立つ者の勤めだよ」
「……本当にこの方でよろしかったのですか?」
あんまり不穏な問答だったのか巫女みこアルルゥさんが不安そうにこちらを見てきた。あ、今になって鍵渡すの撤回とか止やめてね、泣いちゃうよ私。泣いたところで後ろではらはら見守っているウコンぐらいしか動揺してくれなさそうなのが泣けるところだけどね。
いや駄目だコイツ、帝命だから同衾した相手でもいざとなったらばっさり切り捨てられる。碌(ろく)な人材がいない! 一番碌ろくでもないのが只人代表でしかない私だけど。
「ケリもつけられない私の代わりに参ったというのだ。渡さねば君の命はないのだろう。現状求めているは彼女だけ、必要とするものがいればそのつど競わせればよい」
やめて! ハクならまだしもウォシスとなんて冠童(やたなわらべ)三人に襲われたらひとたまりもないわ! 瞬殺は必須。早く帝に渡さないと死ぬ、精神的にも物理的にも殺される前に事態を収束させねばと内心で阿鼻叫喚の地獄絵図に私は悶(もだ)えた。
意趣返しにしてはあまりに酷くないすか大神、喧嘩売った私の自業自得だけどさ。なんて内心で転げ回る本心が駄々洩れていたのかハクオロさんは楽しげに忍び笑いを漏らす。
さすがに不謹慎と思ったのか咳き払いをして冗談だと話を切り上げた。
「行くがいい、変えるというなら変えて見せよ。新たな地獄を開く決意が君にあるというのなら 」
「ないです、ないけど私はそれを選びます」
「そこは、はいと言って欲しかったな」
「ありがとうございます」
頭を下さげて謝るなら今かと口火を切れずにいた話題に思考を飛ばす。私は直接ハクホロさんを傷つけてはいないが彼から見れば憎い一族の生き残りだ。謝罪一つでどうこうなるとも思えないが、せめて謝りたくて口を開いた。しかし言葉にする前に被せるように止められてしまう。
「お互い様だよ。身内に手をかけられたがそれは君も同じだろう?」
正しくはハクの家族だけど、血縁でなくとも近い関係を家族というならそうなんだろう。謝る機会すら認められないのが悲しい。でもそれもそうだよなと納得してそれでもせめて一言と大神の言葉に返答する。
「だからといって知らんぷりはおかしいでしょう。今後詣でる機会があるとも思えません。僭越ながら代表してここに謝罪いたします」
「一族が受けた仕打ちに思うところがあるのは確かです。ですが貴方が受けた仕打ちさえなければこんな状況にもならなかった。お身内を手にかけた非情、一族に代わり謝罪申し上げます。本当に……本当に申し訳ありませんでした」
大神の返事はない。今更謝られてもと憤ったのか単にかける言葉を迷っているのかはわからない。
「打つ手なく、幾いく百願い永の月。育つ子の連れ欲す待ち人」
唐突に歌を読まれ困惑する。言葉に出来ない思いを歌で歪曲に表現したと都合よく解釈して、礼儀に返歌でも詠んだ方がいいかもと考えたが……ダメだ、怨み言しか浮かばない。
「嬢ちゃん、出来ねえなら無理って言った方がいいぜ。だんまりは失礼だ」
そっとウコンに耳打ちされ、それもそうかと迷いを断ち切り心情を含んだ歌を詠んだ。
「許そうと、道理弁(わきま)え耐え忍び、未だ潰えぬ怨み骨髄」
「逆に無礼だっての!」
あんまりな返歌にウコンにも不味いと思われたのかツッコまれてしまった。これで終わりな訳ないじゃん、らしいの用意してるしと目線で控えるよう訴え退いたところで続きを詠む。
「恩を受け、慕う友は仇の子。願う行く末幸(さち)多かれと」
嘘じゃない本心だ。思うところはあっても彼女には恩情しかない。
伝わったかやきもきするほどの沈黙の後のち、大神は答えてくれた。
「君の旅が良きものであれと、私も祈ろう」
見えない姿に一礼し、さようならと告げればもう声は聞こえなくなった。
「お帰りになる前に一度会って頂たい方がおられるのですが、よろしいでしょうか」
さて帰るかとアルルさんに頭を下さげ社から出たところで、待っていた賢大僧正が声を掛けてきた。何事かと見送りに出た巫女に視線をやれば頷かれたのでいいですよと返す。
大僧正の案内で遺跡に戻れば自然と影に隠かくれるよう身を震わせるタタリに視線をやってしまう。
「大神は傷にしかならないと仰いましたが裁量は私共に委(ゆだ)ねられました。彼の者の中にお連れ様の縁者がおられるようです。連れて行かれても構わないと許しを頂いたので、どうぞこれという方が見受けらたならばお連れになって頂きたいのです」
あのクソ野郎面と向かって言えやそういう大事なことは!
てかそう言われても誰やねんそれ。どこをどう見ても特徴ないタタリばっかで縁者言われても見当もつか……
「……」
ああ、うん。そういやいたな弟妹。覚えているといってもどう生き別れたか細部まで記憶にないからなるだけ見ない振りをしていたけれど、それはきっと思い出すのが辛かったからなのかも知れない。
「んな縁者なんざ俺にはいねえけどな。巫様方もだろ? とくりゃあ消去法は……」
「マリカ」
「ん?」
「それかコウスケ? 下したの方? 友達かな、親戚の叔父さん? 誰でもいいや、どのみちタタリは」
全員殺す気だった。帝の許ゆるしさえあればそこに個人の感傷は無視して集めて消して、後顧こうこの憂うれいを断たつつもりだった。
今目の前に過去知人だったかもしれない存在を前にしても私の決意は変わらない。でも、最善を選ぶつもりなのに名前を呼べば該当する顔を思い出して今更胸が締め付けられる。
人類が滅亡したのは大神が原因だと記憶している。妻を殺された大神が人類という種に呪いを掛け疑心暗鬼から殺し合い人間は絶えたと。常識の範囲で考えれば妹がそれに巻き込まれた可能性は皆無だ。私みたいにコールドスリープから目覚めたなら該当するがあの実験は秘密裏に行われていて妹が受けた可能性は薄い。それにもし、仮に同じ実験を妹が受けていたなら記録が残っていたはずだ。
目覚めてすぐ家族の行方を知りたがる私を哀れんで便座をはかってくれた研究所の人達が知らぬ振りをするとも思えない。となると考えられるケースは一点、生き別れた先で妹はタタリに変じたのだろう。所長が生きていた時代、奇病に侵(おか)され殺すしかない状況になった人はそれなりにいたと私は原作知識で知っている。
……期待なんてしてない、それなりの関係を築くための嘘という予測を立てながらも私はもしやの可能性を期待せずにはいられなかった。会いたい、でも会わない方が幸せだったとも分かってもいる。
「嬢ちゃん、いんのか」
肩を抱く手に自分が震えているとやっと気づき、頷く。
「いない方がお互い良かったけどね。ああ、貴方かな、縁者って……」
近寄ろうとすればタタリの群れから少し小さなスライムが体を震わせて寄ってくる。傍に行こうとしてウコンに腕を掴まれた。真剣な表情で見つめる彼に大丈夫だと微笑んで、離してとその手を振る。気遣わしげな表情を後に回して私は歩き、手の届く範囲で止まり震えるそれに、かがんでだあれ? と尋ねた。
声を発そうとしたのだろう、聞き取りにくい音だけど確かに聞こえた。お姉ちゃんと。
抱きしめたかった。頭を撫でて褒めてあげたい。今までよく頑張ったね、あの地獄をよく耐たえた、長い間彷徨ってよくここまで……寂しかったでしょう? 辛かったね、お姉ちゃんも辛かった、でも大丈夫、これからは家族一緒だよ。
そう声を掛けてあげたいのに、抱きしめたいのに、伸ばした腕は下したを向き声にならない悲鳴をあげ顔を覆おおって蹲(うずく)まる。見るに耐えない、ひどい末路だ。私がこうしたいと思った未来は全て夢想に過ぎない夢だった。なぜならタタリを戻す手段は長年研究していた帝ですら見つけられず原作通り事が進めば最悪植物に流転、だがそれはハクの犠牲あってのこと。情の湧いた今では彼を見捨てられない。でも放っておけばまた彼らは何百年と彷徨うだけ。とくればもうこの子は消してやるしか……
慰めようとしたのか、頭に触れた感触が横を撫でると同時にじゅっと奔る痛みに反射的に顔を上げる。手らしきものを伸ばした弟妹はさっと身を翻(ひるが)えし群れの中に戻っていく。
下がれと焦るウコンの声を聞き流し私はその背に縋った。痛い、体が溶けていく。抱きしめた腕の中に小さなワッペンを見た気がした。妹だ、この子は妹だったのか、可愛い幼稚園の年中さん。私より妹のほうがきっともっと辛かっただろうに。
優しい子だった。今でも覚えてる、仕事帰りの私に自分の半分こあげるおつかれさまとおやつを差し出してくれた笑顔を。
「ナナコ!」
「いやっ!」
引き離そうとしたのだろう、腰を引っ張る力に抵抗するがいとも容易たやすく引きずられ、それでもと抱えた腕は離さない。腕が、妹だった体にはまり込んでいく。
「一緒に心中する気かナナコ! 俺との約束は嘘かよ! 鍵持ったまま死んだらてめえは何のためにここに来たんだ。聖上は、アンちゃんはどうするんだよ。勝手に満足しておっ死ちんで、使命も果たさず別れも告げずって勝手すぎやしねえか!」
使命。そうだ、私にはマスターキーを持ち帰るよう言付かっていた、それもウコンにさえ託せばいいと思っていたけど私が死ねば悲しむ人は少しはいるんだ。なんで託してなかった。彼らを悲しませたくない、恩も返せてないんだ。
我に返ると同時に奔る激痛に気づく。頬と腕だけじゃない、抱きとめた胸も服どころか肌まで溶け始めている。一瞬よぎる怖(おそ)れを悟られたのか、されるがままだった妹がゆっくり離れていく。抱き留められていたのか、追いすがろうとしたが脚に力が入らず倒れる寸前でウコンに肩を抱えこまれ膝を付いた。
「待って、行かないで! お姉ちゃんを一人にしないでえっ……!」
「っ! ナナコ……」
静観の構えを取っていた賢大僧正が前に進み出る。何某かの呪文を唱えると去っていた妹の動きが止まった。妹に何をと怒気を含むまま見上げれば静かな視線と相対する。
「どうぞお連れ下ください」
「この場を離れればタタリは暴走します。自己破壊と再生による苦痛から知性を失い手当たり次第しだいに生物を襲い膨張します。光に当てぬよう封じてお連れするのが最善かと」
「お怒りはご尤も、主(あるじ)に代わり私が謝罪致しましょう」
頭を下さげられて、どうしようもない感情に俯き耐える。
「何の意味があるというの……」
絞しぼり出す言葉に大僧正はただ静かに言葉を返した。
「それを見いだすのは貴方ご自身。恨み言の類(たぐい)を受け止める覚悟は出来ております。この身は大神に捧げて久しいですが、慰めになるのでしたら如何様(いかよう)にでも扱い下さいませ」
はっと私は笑い捨て遠慮を脇に放り、恨みのこもった眼差しで彼女を嘲笑らう。
「大僧正ともなると言うことが違うね。代わりに恨みを晴らされても良いって? 八つ裂きがお好みなんて知らなかった!」
一時の苦痛で妹が受けた苦しみを償えると思うならそれこそお笑いぐさだ。
「嬢ちゃん、八つ当たりだ。良くねえ」
咎める物言いを押し止めるように大僧正が言葉を被せる。
「構いません。それが、理(ことわり)を見るしかない者のせめてもの責務です」
言葉の端々に哀れみを感じる物言いに我に返った。八つ当たりで得られるモノなんて何もない。スッキリしたところで妹が戻るわけじゃないんだ。哀れまれてたまるか。
私は鼻を鳴らし視線を床に落とす。サンドバックもいらない。惨めになるだけだ。
「やめてよ、意味ないそんなの。怨みを買うのもそれで誰かを失うのもゴメンだし」
後ろで安堵の溜息を零こぼすウコンに心の内だけで心配掛けてごめんと詫びた。
私の言葉に賢大僧正は静かに答える。
「それはないと断言致しましょう。我が君は自らの意志で御身おんみを封じられています。遠方に手を出す余力はありません」
何を根拠に信じろと言うんだ。父恋しさに彷徨う娘すら御せない死者をどう信じろと。ああ良いいとも聞き捨てよう、見て見ぬ振りが一番だ。
本来なら一番先に訪れたハクだってきっとそうするのが最良と判断するだろう、右に倣って私もそうする。
「そうですか……ご温情痛み入りまする。貴方様の悲しみが一日でも早く癒えるよう遠い空から祈りましょう」
読心術で心読むの止めて。
暗がりに目を向ければじっとして妹はぶるぶる震えていた。こうなる前は暗いの苦手な子だったのに。可哀相だなんてどの口がほざくのか。罵りは胸中に封じるが思うのだけは止められなかった。
彼が人類を憎むのも分かる、仕打ちを考えれば関係者に仕返しを試みるのは当然だ。当たり前だ、私でもそうする。でも何故なぜ彼らだった。
妹が何をした! ハクの家族が何をした! 死を怖れただけで世界中の無関係な人達を何故こうも。彼らはただ生きていただけだ、悲劇を知らずただ生きてただけだでこんな惨(むご)いことをよくもっ……
脳内でほとばしる思いは徐々にしぼみ最後は涙に呑まれてしまう。
ウコンだろうか、きゅぽんと音がして水が怪我に掛かった。思わぬ所からの衝撃にひゃっと悲鳴を上げてしまうが、ウコンは放っとけばもっと焼けるから悪いな、と袖口を破いて包帯を巻き始めた。痛い、体もそうだが心も辛かった。その服一張羅やん高い奴やん。んな無体に破いてしまって。も〜も〜適わないわあ……
こんなにいろんな方に親切にして貰ったというのに、どうして妹はそうじゃないんだ。八つ当たりだ。だから嗚咽をこらえて痛みに耐えていた。包帯を巻くかすかな音が辺あたりに響く。
「何故貴方が立たれたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
なんでそんなの気になんのよ。
「いえ、目覚めて間まもないご様子でしたのによく敵地に乗り込む気概をお持ちに成られたなと。興味本位で失礼ですが」
「……必要だと思ったからかな」
ここに来るまで関わった人達を思い返す。途中死んだ人もいるが世の中は泰平で戦争の予兆はどこにもない。今は良くても放っておけば戦果で否応なしに辛い目に遭うだろうと、私だけが知っているんだ。だからこそ止とめないとと奮(ふる)い立ったんだっけ。
「知り合いが業火に焼かれるのを見たくない、町が戦火に消えるのも嫌だ。その選択があらたな火種になると分かっても、何を排しても大切な人達を守るために動こうとして今こんな状況です」
「まさか俺も帰ってすぐ遠征に駆かり出されるとは思わなかった」
ごめんと呟けば、いんや逆に俺で良かったよとウコンは返してくれた。
包帯を巻き終わると賢大僧正は懐から小さな竹筒を出し、失礼でしょうが妹君はこちらに封印致します。このお姿のままでは何かと不便でしょうからと聞かれたので頷いとく。痛くないなら何でもいいと同意すれば彼女の術で妹だったタタリはみるみる小さくなり竹筒の中にまった。
蓋をされ布でくるまれた筒を渡される。入れ物以外重さを感じない軽さにまた涙が出そうになった。
◇◆◇
外に待たせた馬をお持ちしますと賢大僧正の言葉にウコンが怪訝な顔をしたからだろう。マスターキーを扱えるなら元来た道を戻るより早くヤマトに帰れる方法がありますからと返されて、そういや私オンヴィタイカヤンだったよな? とぼんやり思い返す。私がそうなら多分成功するから大丈夫だと不思議そうなウコンに返しといた。
……本当に大丈夫なの?
去って行く彼女を見送り内心焦あせる。オンヴィタイカヤンだよね私、本当に私人間だよね? でないとマスターキー動かせないんだけど。
懐のマスターキーにこっそり管理者権限の確認したいんだけどと囁くが返事はなかった。電力供給されず遺跡死んでるからだ、生きてる遺跡なら大丈夫なはずだ。大丈夫でなかったら、元来た道を帰ろう、そして聖上に謝って妹だけは楽に殺して貰えるよう嘆願しとこう。
ああそれにしても、しんどいなあ。
無言の中瓦礫に腰をおろせばウコンが傍に腰をおろし軟膏でも傷口に塗っとくかと尋ねてくる。無言の双子が懐からそれらしい物を取り出したところで丁重に断るとウコンが外套を掛けてくれた。前、丸見えだぜと言われて人目もないし構わないよと答えておく。
信頼されてるのは嬉うれしいんだが恥じらいをちょっとはもてよと苦笑されて、また無言の状況にそういえばと生しょうじた疑問を尋ねてみた。
「聞かないんだ?」
「無理に詮索して曝くのもなあ……話せる気分でもねえだろうし。いいぜ、その気になりゃ話してくれや」
「優しいよね、ウコン」
「おう、もっと惚れ直してくれてもいいんだぜ」
ふふっと笑えばつられて優しくしてくれたヤマトの人達の顔が脳裏をよぎった。無性に皆に会いたくなる、でも会いたくない。今の私ならきっとみっともなく泣き喚いてドン引きさせちゃう。引きずられて思い出す家族の顔に胸が締しめ付けられてまた顔を覆う。
こらえきれない嗚咽に肩をふるわせれば背を撫でる感触が二つ増えて、癒しの術まで両隣から掛けてくれた。無くしたくないぬくもりがまた増えて止まらない涙腺にしばらく難儀した。
しばらく三人に寄り添そっていると馬を連れた賢大僧正が戻ってきた。彼女の案内で廃墟を進み、通された部屋に一人ひっそり感嘆の溜息を零こぼした。
つるりとした材質に壁に照らされる明かり、ここだけは電力が生きていた。真ん中に鎮座する円形のゲートは原作で見た転送機だろうか。思ったよりも大きく目立った損傷もない。双子は外套を被かぶっているからわからないけどウコンは遺跡と同じく物珍しげに視線を左右に振っている。
「ここはどこに通じているかご存じでしょうか」
「いいえ、私どもは大神に仕えていますが詳しい扱あつかい方までは存じ上げません。ただ大神おおかみが仰るには、マスターキーを持つ人間ならば扱えると説明を受けております」
こりゃ鍵に聞いたほうが早いと懐からマスターキーを取り出した。
「マスターキーに確認。この施設はどこに通じている」
「急にどうした嬢ちゃん?」
『旧ロシア地区、現地名の検索……アップデート。現在ヤマトと呼ばれる帝都の聖廟に通じています』
「うぉっ!? なんだあ」
おおお! 解答した。端末部分生きてたのね!
いや原作でオシュトルに扮したハクが確認取ったの知ってるけど、自分で試みるとなんかこう胸に来るもんあるなあ。文明の利器凄すごい! ウコンの驚きもなんかこう自尊心くすぐられて気持ちいいわあ……冷静に見ると空(むな)しいけどね、一人悦に入って馬鹿みたい。お山の大将かっての。
「驚いた?」
「まあ多少驚きはしたが、術みたいなもんか? 仕組みがわからねえのが腑に落ちねが」
「うん、そんなもんだから。多分今後も急に喋って確認するかもだけど、頭おかしくなってる訳じゃないから流してくれると嬉しい」
「善処するぜ」
納得いかないが見ない振りに同意してくれたウコンから視線を外しもう一度鍵に尋ねてみる。
「私が管理者権限をどの程度有しているか知りたい。答えられる?」
『登録名簿に該当の声紋はありません。お名前をどうぞ』
ハ、ハイテク〜。声で識別しきべつするのねこんな小さな機械が。人類の英知に触れて嬉しいけど知識ない人達の間で独り事興じるのなんかすごい小こっ恥ぱずかしいわ。
「私はナナコ。他に開示できる情報は思い至らないけれど、私は貴方の管理者に該当する存在だろうか」
『声紋認証確認、人間と判断。管理者権限は、最終レベル五、に該当します。マスターキーを扱う対象に該当と判断。ご命令をどうぞ』
別にない。とりあえず人間と確定はされたみたいで私はほっとした。最終レベル五ならクローンでもなさそうだしウォシスと問答する際さい影響ないなら何でも良い。
懐に鍵をしまった私はあたたかく見守る賢大僧正に今までの礼と再訪した際に挨拶に伺ったほうがいいかを尋ねた。理由を聞かれて他のタタリをヤマトに連れ帰るためだと告げれば挨拶なく遺跡を訪ねても良いと返される。それ以外では相応の立場の方の許可を得えてからになりますがと申し訳なさげに目を伏せるので構わないとだけ返しておく。
目的は大神を通じてすべて知られているのだろう。タタリ殺害に大神は目をつむってくれるというわけだ、邪魔されるよりはずっといい。
礼もそこそこにそれじゃヤマトに帰ろうと転送ゲートに向かおうとしたらウコンが声を掛けてきた。
「これ、ヤマト以外に行き先変えれねえか」
「? どっかよりたい所でもあるの?」
「野暮(やぼ)用でな。急ぐなら別に良いがちょっと行きてえ場所があんのよ」
「ちょっと待って……マスターキーに確認、転送先を変えることは可能?」
『マスターキーを持つ管理者権限五の該当者なら可能です。口答で希望地を仰て下ください』
「クジュウリだ。オーゼン殿に用がある」
『……』
人間が言わんと無理なのねコレ。良くも悪くも機械よね。
「えっと旧……現在クジュウリと呼ばれる國の皇が住む城に行きたい。近くに転送できる施設はない?」
『検索中、遺跡を発見。場所は国境の山頂部。豪雪地帯です』
「そこから徒歩で城に着くにはどれぐらいかかる」
『亜人で十日、該当者なら二十日かかります。急いそげばその半分で済むかと。天気は良好、酸の雨も降っておりません』
降ってたら亜人も生きられないから! 地上の環境はこうなる前は地獄やったんやなあと意識を遠くやりながら、行く? とウコンに尋ねれば頷かれた。
「嬢ちゃんは構わねえのか」
「聖廟によるのは決定事項だからね。寄り道ぐらいどうってことないよ」
「巫方もよろしいか?」
忘れてたわゴメン。顔は見えないが二人も異論はないのだろう。互いを見合いこっくり頷いてくれた。
礼を言うウコンを促しゲートに立つ。見送る賢大僧正にお世話になりましたと頭を下げる。旧人類殲滅せんめつした元凶が住む土地だけど間違いなくここは私の故郷だ。思うところは互いにあっても親切にして貰った礼は尽くしたかった。
鍵に呼びかける。
「転送開始、向かう先はクジュウリの城近くの遺跡」
『了解しました、転送開始します』
了承と同時に視界を光りの線が走り起動音が響き始める。良き旅路をお祈りしますと頭を下さげる賢大僧正の姿は光りの波に消えて行き、完全に視界から消失した。
風と行く