18話 ミカヅチさんには心からすまないと謝罪の意向 ※腐描写あり


 お世話になりっぱなしと言うのも気は咎める物で、ついでにオシュトルに何か差し入れでもと屋台を巡っていたときだった。財布もない私を気遣って出立間際家人が持たせてくれた袋の口を何度か開けては目に付いた物を購入していた。ここは大通りの外れ、商店が軒を連ねる商店街のような作りになっている。小道には食料品に装身具、絵草子等系統別に店が連なっていてそっと覗いて冷やかすのも楽しかった。

 ふと懐かしい漢字を見た。通り過ぎるのを止めて戻り、真ん中に乙と書かれたのれんを確認し寄り道して良いかとネコネちゃんに尋ねる。少しだけならと彼女の了承もあり潜った。ここは原作で一度ハクが通った場所だと私は記憶している。
 この通りはその道が趣味の淑女達が集う密かな聖地、通称乙女小道と呼ばれる通りで別名、同人誌即売会所だ!

 オシュハクオシュハク!オシュハクはどこに売ってるの?
「な、なんなのですここは、女性しかいないうえに皆小走りで妙に興奮してます……
 な、ナナコさん?どうしました?一心不乱に絵双紙を見つめて何かお探しですか?」
 あのねオシュハク本を探してんの!貴方のお兄さんと帝弟のカップリング本どこかにない?純愛鬼畜逆行なんでもいいから取りあえず持ってきて!飢えてるの、娯楽に!
 私の琴線に触れるBL本持ってきて!なんて、義理の妹に明かすほど振り切れてはいないから思うだけだ。
 何でもないよ、気にしないでね!私のことは放ってくれていいからと首を振った。
 店に張り出されたビラを見れば他にも数多くのBL本が名を連ねている。オシュトル様の名前がどうして店に書かれてるですか?と純粋な疑問を抱くネコネちゃんに、知られるのは不味いから(この年の子供に18禁勧めたくはない)ちょっと待っててね。成人女性でないと健全でないから売ってくれないお店なのと濁した説明を見事に曲解してくれた。
 不潔なのです!ネコネは外で待ってるですからとっとと済ませるです!なんて所に連れてくるですかとぶん剥(むく)れるて出て行ってしまった。

 しめしめ、鬼の居ぬ間にと私は目を皿のようにしてピンク漂う店を散々冷やかすが、当然世間に周知されてない人物のカップリング本なんてあるわけなかった。
 あるのは今をときめく八柱将のカップリング本が最多だ。ミカオシュオシュミカミカライライミカ……ミカヅチ人気やな。うっわヴラ帝と名言はされてないけど貴人を意味する文字が左側にある本まである!隠語か、さすがに聖上の名を出せば咎められると危惧しての配慮だろうけど、見上げた妄想根性。さてオシュトル本はどこかな〜?

 ラウラウ先生もいるといいんだけどな〜?いたらついでに色々説明できて簡単にすんでいいんだけどな〜とぶらついてると、物の見事に本人にぶち当たった。
 物陰から漫画のようにぶつかり転倒。大丈夫ですかと手を差し出され、ごめんなさいと握り返し見れば黄色いめがねをかけたポニーテールのお兄さんが柔和な笑みを浮かべていた。中性的なのに長身でとても綺麗な人だった。
 驚きすぎて声が出ない私を助け起こし、ここに居られる方なら特定の組み合わせが好きな方なのでしょう?詫びと言ってはなんですが、どの組み合わせの本がお好きですか?新刊のサンプルを持っているのでよろしければ差し上げますと微笑んでくる。
「オシュハクでお願いします!」
「ああ良かった、ちょうどソレを持っていたんですよ。彼、いい素体ですよね」
 隠す気もない言動に渡されたそれを見てはっと我に返る。もし新刊が彼の秘密に関する物ならと青ざめざっと本をめくり安堵した。
 よかった、ただの純愛物だ。
「本人が忘れている事情を他人が明かしても面白くないでしょう。こういうのは見守る過程が楽しい物です」
「ありがとう。お父上はもう全部明かされました?」
「言ったでしょう、他人が明かしても面白くないと。ですが折角なのでお答えしましょうか、ええ。余計なことをしてくれてありがとうございました」
 多分手紙のことだな。暗殺計画やらなにやらが第三者の横やりで全てご破算、腹を立てていると警告に来た?いや敵対宣言か。困ったな、説得して懐柔するならライコウよりも絆されそうなこの人と目処を立ててたのに、自分で潰しちゃったか。
「……これは、随分と不興を買ってしまったようで」
「買わない方がおかしくないですか?さて暗殺にでも来るかと構えたら帝都を出奔されるし、戻ったと思ったらまあ色々動かれて把握するのに大変でしたよ」
 苦笑いで様子を見ようと構えるが、ウォシスは一歩も動かない。逃げるべきだ、気づけば店員以外に誰もいなくなっていた。人払いをされてしまったらしい、いつでも私を殺せるようにか。でも背後を取られる方が不味い気がするし、何よりこんな機会は二度もないと思えば逃げる選択肢を私は選べない。
 本来なら慌てるべき状況だが、帝に未来を告げた今さほど動揺はなかった。私の生死は大局に影響しないからだろう。オシュトルや心配してくれた皆には悪いがここで朽ちても未来があるなら仕方ないかと諦めもつく。
 あ、でもオシュハク本は見たい。デコイがどんな解釈で物語を作るか見るまでは死にたくない。
 畑も気になる、成長過程見るの楽しみだったし花が咲いて実が付く所を見たい。最初は私だけ楽しみにしてたけどオシュトルだけでなくネコネちゃんも気にしてくれてるの知ってるから。私が居ない早朝や深夜に小さい足跡ついてるの見つけちゃったし。最近は色んな人がハクやマロロが酒盛りついでに見に来てくれてるの知ってるんだ。
 未練が出来ちゃった、だから私は死なないよう待って待ってと私を殺しに来ただろう人物の注意を逸らすべく煽(あお)ってみる。
「今日は何の理由でここに?私を殺しに来たの?目障りだから」
「貴方が目障りなのは否定しませんが、残念ながら違います。殺すなと命令を受けました。今日は新刊のサンプルを店に置きに来ただけです」
 さいですか、良かったわ。帝ありがとう!
「ウォシスさん」
「今はラウラウですよ」
 知ってる、帝都一の乙女書籍売れっ子作家でその正体は八柱将をとりまとめるヤマトの重鎮大老ウォシス、本来なら聖廟を不完全に受け継ぐ予定だった帝の複製体だ。
 原作では愛されたがゆえに複製体の事実を知らされず養子に出され恨み、取り返しの付かない犠牲を払う流れになるんだっけ……
 感傷を脇にやり、ではと踵(きびす)を返す背に提案する。
「今度ちゃんと話をしたいの、いい?」
「貴方は本を探しに来たんじゃないんですか」
「目的は遂げたからもういいの、他におすすめも知らないし蓄えもそんなにない。借りたお金だからね、無駄遣いはよろしくないでしょ」
「世知辛いですねえ。強いて言えば、ほらビラに張り出している番付、結構参考になりますよ。何を重視するかによりますが歴史物に強い方、情緒的表現に優れた方様々違いますから。今は花開かぬ無名の方も探れば長所短所色々ありますし」
 自分で見つけろって事ね。はいはい、まあ良さそうなの探って見るわ。問題は、いつまで生かす気があるのかってことなんだけど……
「そうそう逢い引きの件ですが、私はこう見えて結構忙しい身ですので使いをよこします。話はその時にでも……まあ」
 生きて返す保証はありませんがそれで良ければ。
 告げる宣言にそれでいい、逢い引きだけは訂正して欲しいと返したけど返事はなく、背を向け物陰に消えた。ダメ元で後を追おうとするが通りにウォシスの姿はない。やがて人の姿が通りにぼつぼつと戻り知らぬ間に息を詰めていたんだろう、ほうっと溜息をついた。
 複製体は帝じゃないが気質を受け継ぐと私は思っている。ウォシスは真面目だ、真面目故に帝に一度会ってくれと言われて気が進まずとも私に会いに来てくれたんだろう。持ちかけた話に頷いて素知らぬふりをする人間じゃないと今は願うしかない。


 人気が戻る道を行き、気になる本を張り出した番付を参考に数冊購入した。ネコネちゃんの所に戻る道すがら、包まれた風呂敷をはぐり中身を軽く確認してついにんまり笑ってしまう。さすがラウラウ先生、参考になった。カップリング関係なく琴線に触れる点が多い物ばかり。もっともっと話をして今後の良きお腐れ仲間になりたいと願ったがまあ無理でしょう。仲良くなれたとしても、それは神のみぞ知る未来でしょうし。

「どうしたですか、足が震えてますよ」
 乙女小道前で出迎えたネコネちゃんは文句を言おうとしたのだろう、すぐに口をすぼめ心配そうに駆け寄ってきたけど本当のところなんて言えるわけもなく、神作品が山とあったのって叫べばすぐに曲解してくれて煩悩に溢れた貴方みたいな大人にはなりたくないですと吐き捨てられた。それでいい。


 足の震えが落ち着いた所で右近衛邸目指して帰路についていた時だ。
 賑やかな通りの一帯が急に静かになり人波が真ん中で割れるのを見て首を傾げる。皆一様に畏まり視線を降ろすので何だろうと見れば馬に乗った兵達が目に入った、知ってる検非違使達じゃない。妙にいかつい。
「巡邏です、左近衛大将ミカヅチ様なのです。早く脇に避けるですよ。取って食われるです」
 囁くネコネちゃんに催促されて脇に避けると人混みの中、数名の兵を連れた壮観な男が馬上から周囲を油断なく見回している。金色の長髪に右側だけ仮面の男、ミカヅチだ。
 原作ではウコンと長く親好があり途中敵対しながらもハクの意を汲みオシュトルの死を語らず敵として相対し続け、兄を亡くしてからはヤマトのために力を尽くした格好良い漢だったはず。
 性格良し清濁併せのむその覚悟良し、途中入る虐殺パートは余計だったけど良きライバルとして主人公に対峙し続けたキャラクターだ。
 問題は顔だと途中何度も説明が入ったけど、確かに不味くない顔ではあるんだ。目鼻立ちも整い顎も細くどちらかといえば美人の類いに入るのだろう。いかめしい点を除きさえすれば怖さも薄らぎはするだろうに、ミカヅチという人はどこからどう見ても怖かった。良い奴と原作知識で情報を得ていても目の当たりにする現実は相当だ、不良チンピラを超えて映画で見たヤクザの幹部みたいな怖さがあった。それが飴屋の親父に扮すればとたん顔つきが悪いだけの好々爺に見えるんだから、人の目って不思議だ。
 流れでウコンを思い出す。ウコンだけでなくオシュトルも相当酒好きの部類みたいだからとつまみを買ったけど、二人は同じ職務に励む同僚だ。部署は違えどその重責や過酷さも余人と比較できない大変なものだろう。何かねぎらえないかと、頭を下げる衆目の中手を上げて呼びかけた。
「ミカヅチ様〜!見回りお疲れ様でーす」
 労っただけだというのに注目を浴びて隊列が乱れた。え、何この空気?観客もガン見してんですけど。
「む、なんだそこの者っ」
 こちらに気づいた物々しい兵の一人が向かってくる。ネコネちゃんが飛び上がって私の後ろに回り込んだ。あ、マズったと身を竦ませるけど後の祭り。
「え、あいえ、単に労おうと思ってお声掛けただけですけど、迷惑でした?」
「はぁ?武勇名高いミカヅチ様をお止めした理由がそれだけだと?」
 いや止めてんの部下達だろ。私呼びかけただけだぞ。ミカヅチ様までなんかこっち見てない?どうしたとか聞かれて側近っぽい人がなにか囁いてるけど、周りの人達が徐々に輪になって私から離れていく現状が怖い。上司共々強面の部下の一人が気を利かせて助け船を出してくれたんだけど……
「何か困り毎か、ミカヅチ様のような恐ろしい方を呼び止めるのに理由がないなど考えられん。犯罪なら検非違使を頼れ。
 むっ、その荷はなんだ?よもや貴様ミカヅチ様を……」
 何で疑われる流れになるかなあ〜、武器まで構えられてんだけど〜。次々に寄ってきてるし部下達。
「だから余計なことをするなと言ったです〜」
 後ろでめっちゃ抗議の声をあげるネコネちゃんにごめんとしか返すしかなかった。だって思っちゃったんだもん。対応余りに酷くない?って。
 オシュトルの警邏だと民はそれはもう凄い勢いで呼びかける。アイドルもかくやという勢いで、やれ素敵だのお疲れ様やオシュトル様のおかげで今日も平和に過ごせましただの大好きだのと。やっかみこそしてないだろうが右と左でこの差はちょっと可哀相、単にそれだけの理由だ。努力は報われて然るべきだ。オシュトルだけじゃなくミカヅチにも労いの言葉一つ掛けてもいいでしょうと義憤に駆られてこの始末、はいはい余計なお世話でしたね。
 頭を下げて私は慌てて釈明した。
「ご、ごめんなさい。単にお礼を言いたかっただけなんです。いつも昼夜なく働く方々のおかげでこうして大手を奮(ふる)って歩けるから見回ってくれる方々を労いたかった、それだけなんです。邪魔をしてすみませんでした」

 では私はこれで〜。困惑する兵士達の脇をネコネちゃんを引っ張って行こうとして馬に遮られた。馬上から見下ろすのは強面の権化ミカヅチ様である。
「待て」
 な、なんですか?
「その荷はなんだ」
「く、串焼きと魚の肝です。箱には菓子が入っております」
「見せてみろ」
 えええ、献上しろとか言うんじゃないだろうな。迷っていると邪推されたのか取り囲む部下が鞘を抜きはしないものの得物に手をやり牽制してきた。野次馬達はそれぞれ勝手に私の命が取られると見越して気の毒になど手を合わせて好き勝手言うしなんなのよもう!
「ご禁制の品ではなかろうな、殊勝なことを言って我らを謀ろうとしておるなら只ではすまぬぞ。ミカヅチ様が見せるだけで良いと言っているのだ、早く開けろ」
 お前らどんだけ人気ないんだ。催促までしてくるし。
 ……う、うう。こうなったら仕方ないか。
「どうぞ、ご検分下さい」
 重箱と包みを重ねて差し出すが懐の風呂敷もだと言われ渋々部下の方にお渡しした。部下から受け取ったミカヅチは蓋を開け異常がないかを検める。
「変な匂いもしない、確かにこれは只の食い物だ。箱の裏に密書もない、そしてこちらの風呂敷は……これはっ」
「ミカヅチ様、やはり何かありましたか!」
 有るわけないじゃん乙女書ですよ〜。貴方の御同僚のカップリング本数冊、しかも貴方が攻め手受け手も混在してます〜。あああ本人に見られたくなくて隠してたのに声を掛けたばっかりにご本人に披露する事態になっちゃったよ。なんつ〜羞恥プレイだ。驚き困惑顔も一変、めちゃ疲れた顔して直接手渡しで返してくれました。
「……失礼した」
 おまけに馬から下りて頭下げて謝ってくれたぜ。部下も観衆もびっくり仰天。
「いいえ、こちらこそ誤解させて申し訳なく。妙な物までお見せしてとんだ失礼を」
「構わん、いや構うが、人の趣味はそれぞれだ。内々で楽しむ者を殊更に暴き立て蔑む道理はない。存分に謳歌するが良いし恥ずべき趣味とも思わん。もちろん内々の上での話だが」
 おおお!上に立つヒト心が広いな。きっと心の内ではげんなりしてんだろうにおくびにも出さずこっちを気遣ってくれるなんて、本当出来た人だわ。
 区切りを見て取ったのか囲んでいた部下達も得物から手を離し疑って悪かっただの滅多にないこととはいえ邪推しすぎてすまないと気の毒な言葉を掛けてきたので良いですよとだけ返しておいた。

 巡邏に戻ろうとしたところで気になったのだろう、その串はお前達が食べるものかとミカヅチ様に尋ねられる。
「半分は。もう半分は夫に。昼夜ない仕事ですので……
 あ、ちゃんと食事はあるんですよ。ただ私が何か差し入れしたいと余計なお世話を焼いただけでして、あってもあまり意味はないでしょうし」
 中身は鳥とネギの串焼きだ。おまけに滋養強壮の名目で肝をあぶった物もある。私は酒が得意じゃないから串焼き意外はオシュトルに食べて貰おうと思ってたんだけど冷めた差し入れ渡すのもどうかと思ったから、すぐ食べれるよう焼いた物と家で焼くように分けて包んで貰ったんだ。
 怪しい点はないですよあそこで買いましたと屋台を指させば、事の成り行きを見守っていた親父さんがもの凄い勢いで店じまいの支度に取りかかっていた。いらん事言ったと思う間に手前は関係ありませんからと諸々(もろもろ)抱えて聴衆の波に消えていく。
「どうせ一人でこそこそつまむと思ったらそういう事ですか。呆れて物も言えないのです」
 後ろでネコネちゃんがふんぞり返るのが気になるが今はそれどころじゃない。
「自分の妻の差し入れを喜ばない人がどこにいます。そういう事ならさっさというのですよ」
 だって家人に気を遣わせたら悪いじゃんか。帰った夫にさりげなく、当人通しでやり取りして密かな夫婦の会話って奴を楽しみたかったんだもん。ごめんねと囁けば何かを察したんだろう。見守るミカヅチが呟いた。
「新婚か」
 おお、分かる人には分かるもんなのね。良くも考えず力強く私は頷き、喜色満面で夫がいかに素晴らしいかを早口で語った。
「はい!口説いて口説いてやっと最近口説き落としたんです。優しくて誠実で度胸のあるとっても素敵な方で本当私には勿体ないぐらいの、うっ!……し、失礼を」
 膝裏にネコネちゃんのきつい一撃をくらい、喋りすぎたと口をつぐむ。
「ま、まだ用があるですか?この通り私たちはただの一般人なのですよ。文句があるなら相手になるです!この人が」
 一刻も早く離れたいからってぐいぐい押さんで、いくら女子供に優しいミカヅチ様でもこう好き勝手言われてはカチンと来るのはと困っていると、にやりと得物を目にしたように極悪な笑みを浮かばれた。きっと他意はない、そうだと信じたい。固まる私に近づいてきた。
「こ、この方は私の姉にございます!ぶ、無礼な真似はミカヅチ様といえど、いえど……」
 喧嘩をふっかけたがまさか真正面から返されるとは思わなかったんだろう。
 見るに見かねて後ろで震えていたネコネちゃんが飛び出した。
「姉だと……?む」
「あ」
 姉を身を挺して庇おうとしてくれた様だけど、押し出してるだけだから。貴方覗かせた手で猫パンチしてるだけじゃん。
「お、お姉様……!」
「大事ないか」
「ええっと、はいお陰様で。ありがとうございます」
 押し出されたところを転けたと勘違いされたのか抱き留められ私は硬直する。

 文字通り悲鳴があがった(聞く限り黄色い意味はない悲痛な声音だった)軽いなと呟くミカヅチに傾く体を直立状態に戻されて心配をかけたのだろう、よく食わせて貰っているのかと聞かれる。これでも食べれるようになった方です、元々細い方でと告げれば姉様は病弱なのですといらん合いの手をネコネちゃんがしてくれた。
 礼と言ってはなんだが貰っても構わないか?と聞かれて意味も分からず頷き包みを差し出せばそうじゃないと伸びた手が箱を指さした。言われるがまま蓋を開けて箱を差し出せば無造作に伸びて蓋を開けられる。
 ミカヅチは視線を中身に巡らせるとおもむろに摘まんだルルを口に放り込み咀嚼した。毒味ぐらいすべきじゃ?まあいいんなら良いかと思うが野次馬はそうでもなかったらしい。
 ひいいっ!と観衆の一部から悲鳴が漏れて逃げろお嬢さんだの斬り殺される前にだとか骨も拾ってやれずすまないだとか軽いパニック状態だ。あんまりな言われ様に同情してしまう。もしかして仮面って亜人に対してだけ幻惑作用働いてんのかなとぼんやり眺めているとミカヅチは眉をしかめ、だがすぐに別の菓子を手を伸ばし頬張った。飲み込むと深く頷き蓋を重箱に戻し私に差し出す。返してくれるつもりのようで受け取る……あれ、美味しかったの?
「上手い。初めて食べる味だが名は何という」
 おおお良かった!お口に合ったようだ、やったねハクとルルティエちゃん。心の内でガッツポーズを取り友人の成果に胸を張る。
「ルルとシュウにございます!」
「……俺が聞いたのは店の名だ」
 勘違い恥ずかしい。実はこれは知人の手作りなんですと私は答える。
「危なげな物は入っていないと思いますが、頂いた膳が美味しかったので余りを頼み包んで貰いました。身内は甘味が好きでないのでこれは私に。残り物ですので差し上げるには不適当かと」
「不足ない味だ、上手かったと知人に伝えておくがいい」
「お褒め戴き光栄の至り」
 凄いよハクにルルティエちゃん!左近衛大将様直々に褒めて貰ったよ!野次馬の皆さんも不味くない成り行きに足を止めてほっとしてる。身分に表面上頓着しないハクだけどこんなに褒められて嬉しいよね?この場にいたらなっ!褒められたの私で全然府に落ちんけど!
 憤懣やるかたない心情をわきにやり頭を下げると気になったのかひたりと見つめられ問いかけられた。
「お前の名は」
「ナナコ様です!私の姉様なのですっ。これ以上牽制すると酷い目に遭いますよ!
 やってやるのです、そこの姉様がっ!」
 うん。緊張が我慢の限界なんだろうけど姉を押し出すのは止めてくれやネコネちゃん。受け止められたのアンタのせいやで。不興を買えば消し炭だから、部下さんも実はああ見えてそこそこ出来るのかとか、本人が居る前で囁くの止めて。見た目通りの人間だから、貴方たち相手でも全敗必須のか弱い女でしかないから。だからいい加減興味なくして去ってくれや、なんでミカヅチは私の返事を期待して待ってるんじゃ〜。この状況、注目されすぎて辛くなってきたんですけど〜。
「ナナコと言います。結婚して日も浅いですがこの者の姉となりました。ミカヅチ様もご兄弟が?」
「馬鹿言わないで下さいです。八柱将の一人ライコウ様が兄君ですよ!ヤマトの民ならば常識です!無知蒙昧(むちもうまい)いい加減にするです!」
「義理とはいえ人前で姉をそしるのは良くないぞ」
「わ、私は悪くないです、黙ってればいいのにお姉様が、うぅ……」
「大丈夫、恥を欠かせないよう言ってくれたんだよね。ありがとう」
「……うぅ」
 苦言は感謝するけどネコネちゃんが凹んでるの見るのはやだな。ミカヅチさん、知謀で八柱将に上り詰めた原作最強の策略家、兄ライコウが屋敷で愚弟の帰りを首を長くして待っとるかもしれんぞと年を送っとく。その可能性はおそらく高くはないけどね。
「……花は好きか?」
 ……話の転換願ったのは確かだけど、なんで花?好きな方ですがと首を傾げればミカヅチ様が転身しなさった。そんで人垣の中に颯爽と突っ込んでいく。固唾を見守る観衆は巻き込まれたくないんだろう、さ〜っと人の波が割れた先で平伏する店主を無視して軒先から何本か花を見繕い始めた。ここ花屋なのね、どうりで花一杯なわけだな。それにしても長身の武人が花束ねえ、似合わないわ〜。意外性があって素敵だけど。
「店主、値段を言え」
「お構いなく、お構いなく〜」
 気の毒に、老齢の店主さんは顔を上げる気概もなくひたすら地に伏している。対して気にとめない性分なのか、店主の言葉に鼻を鳴らしたミカヅチは懐からいくらか金子を取り出し(どう見ても多い、花どころか反物も買えそうな額だった)番台に置いた。
「結婚祝いにやる」
 ええ、なんで?
 疑問が顔に出てたんだろう。
「詫びだ。腹の足しにもならぬがこれで手打ちとしてくれ」
 戻ってきてそう言い私に差し出してくるが、お礼を貰う差し入れなぞした覚えもこちらにはない。困惑し固辞しようとするが有無を言わさず重箱に花束を置かれては返す間もなく、当人も馬上に戻ってしまった。
「俺に情緒はないが兄がそういうのに詳しい。花言葉は知らんが先ほどの甘味の礼だ。おまえの夫にもよろしくな」
 仲良くしろよ。そう言って強面の、意外と気遣いの出来る左近衛大将様は部下を連れて颯爽と去って行った。


 その背を見送った後、沈黙に徹していた観衆達は息をつき生きてて良かったなだの無茶は禁物だぞだの、亭主泣かせんなよと好き勝手言って散っていった。もしかして危ない橋を渡ったのか、怖い思いさせて悪かったなとまだ震えているネコネちゃんに謝ろうと振り返れば、ちょうど後ろから私の帯を引っ張って来たネコネちゃんに睨み付けられ呻いた。今のは苦しかった。
「ナナコさんどういうつもりですか!」
「え、何が?」
「ミカヅチ様との一件です!何を軽々しく話しかけてるですか!切り捨てられてもおかしくなかったですよ!食べたのも驚きですがちょっと腹でも下せば引っ捕らえられてもおかしくなかったです。
 どういう了見で危ない真似したか説明して下さい!」
 ネコネちゃんの憤りもご尤もだ。
 いや単に気遣いたかっただけなんだよ。強面で誤解されやすいミカヅチだけど根は優しくて女子供にも親切な良い奴なんだ原作だと。見回る姿に、帝のため民のためと粉骨砕身する誰かさんを重ね見てさ、声を掛けずにはいられなかった。努力は報われて然るべきだもんね。
 いやあそれにしても、格好良かったわあ。オシュトルが精錬で耽美な格好良さならミカヅチは豪快で無骨な格好良さだね。顔さえ怖くなきゃ最高なのに。二人が双璧言われるのもわかるわ、絡ませても楽しいけど一人佇むのを見るだけでも眼福だった〜。
「ナナコさん〜!」
 おおっとぼうっとしてたか。私は慌てて弁解する。
「労いたいなと思ってね。それでつい声を掛けちゃった、ごめん」
「ごめんで済むなら検非違使はいらないのです!もう二度とこんな無茶は止めて下さいね!絶対ですよっ」
 はいは〜い……それにしても、嬉しいなあ。
「何なのです?さっきからこっち見てにやにやと気持ち悪いのです」
「ふふふ〜、ネコネちゃんに姉って呼ばれるなんて夢にも思わなかったなあ〜って」
「っ!?……意図して呼んだわけじゃないのです。条件反射なのですっ」
「はいはい、分かってるよ可愛い妹よ」
「姉ぶるなです!私が姉様と認めているのはクオン様だけなのです」
「いいよ、いつか言って貰うから」
「言いませんから!まったく厚顔無恥甚だしいのです。兄様はこんな人のどこが良かったですか、ネコネにはとんと分からないし分かりたくもないのです……」
 つっけんどんなネコネちゃんも可愛いって言ったらスネを蹴られた。痛がったら酷くしたですかごめんなさいですとしゅんとする態度も可愛らしい。
 お姉さんって呼んだら許したげるって意地悪く笑ってみると調子に乗るなですとすぐにぶんむくれて可愛い。さりげなく手を繋いで痛んだ足を気にしてくれるるのも可愛かった。
 ネコネちゃんは可愛い、可愛くて可愛くて傍にいると構い倒したくなるかわいさに私は困ってしまう。怒るのもしょんぼりするのも可愛い、可愛い尽くしで笑った顔が見たいなあって思うけど、視線をやればじと目で睨んでくる。打ち解けるにはまだまだ無理そうな関係に実妹の笑顔を思い出して、涙腺がキツくなるのは勘弁して欲しいなあとネコネちゃんを見て思った。


 邸に帰れば門衛にお帰りなさいと声を掛けられる。ただいま帰りましたと返すネコネちゃんを見て貴方もですよと水を向けられた。
 そうか帰る場所が出来たのかとじんわりしてると何呆けてるですかと可愛い妹に催促され小さくただいまと返した。誰かに聞かれても事だから声を潜めたけど門衛も出来た人でにこやかに返事をして見送ってくれた。

 溝掃除は中々の重労働なのか最近の私は全身筋肉痛で疲労困憊疲だ気味。できればもう一歩も歩きたくない、ネコネちゃんも思ったより疲れているとみてくれたのか後は休んでおくですよとオシュトルの寝所まで送ってくれた。
 布団を敷いてくれて手習いも今日はいいですからと声を掛けてくた。ありがとうと素直に好意を受け取って、後は静かに過ごす。静かになると余計なことを考えるから、買った本を読みそれに飽きると体を動かして暇を潰した。


 夜、今日は無事に仕事に区切りを付けたんだろうオシュトルが月が昇る頃に帰投した。ネコネちゃんに誘われて玄関に出迎えると顔色が少し悪かったんだろう、調子が悪ければ寝ていても良いのだぞと寝所に押し込められた。
 聞けばまだ仕事が残っているとのこと。仕事をしながら食事をすます、一区切り付いたら戻ると去る足音に縋りそうになるのを、扉に身を寄せて耐えた。

 一区切りっていつだろう。忙しい人だとは知ってるし邪魔になりたくもない、我慢が必要だ。でもその我慢って何時まですればいいんだろうか。
 構って欲しい訳じゃない、ただ傍にいたいのだ。だってこの身は何時損なわれてもおかしくない状況に陥っていたから。

 現状、聖上は私の身を保証しつつ自由に過ごすのを由としたがウォシスを御しきれるとも思えない。彼と会い説得が叶うならと願ったけれど事はそう簡単に至らず不興を買っただけで終わった。
 ウォシス、帝の複製体は亜人から言えば古の御業という機械操作にも通じていたはずだ。いくら現人神と称えられる聖上や精強誉れ高い右近衛大将が気をつけても裏を潜る技術を有する方が長じている。
 邪魔とウォシスが判断すれば私は即消されるだらう。
 死にたくない、だからといって逃げ出す選択はもう選べない。その日まで、できる限りを尽くすと決めたけど滅私奉公まで強いられた覚えはない。
 常在戦場だ、後悔のないよう私は生きたい……後悔しかしなそうな道ばかり選んでるけどさ。


 彼の立場を考えてしばらく待った。食べる時間を考慮し一休憩できるほどの間を待った。半刻が一刻二刻と過ぎて月が真ん中に掛かる頃にも彼は戻らず、しびれを切らした私は戸を開けて執務室へと続く廊下を行く。
 オシュトルと呼びかければ返事がない、もう一度確認すれば今は手が離せぬ故待たれよと珍しくうわずる声に妙な感じを覚え、だが無視して勢いよく戸を開けた。
 咎める声に、機密関係の仕事に励んでいるなら見なければいいと判断したが、甘かった。
 血溜まりに身を屈めるオシュトルに怪我の類いは見られず浴びてるのは返り血だろうか、傍に寄ろうとして強めの制止の声が飛ぶ。 
「戻られよナナコ殿、死臭が写ってはいけない」
 無視して倒れる人に視線をやる。死体を間近で見るのは二度目だ。いや、人の形をなくした彼らを含めれば相当数……止めよう、無駄な感傷だ。
 目の前に意識を戻すと幼い少年だと知れた、身分を明かすような召し物もなく分かるのはシャクコポル種族という点ぐらいか、肌つやも良くぱっと見傷がない、顔立ちが整っている点も異様だ……使い捨てるには惜しいと私でも思う。
 下がらせるのは無理と判断したのか、打ち倒した所を検分していたのだろうオシュトルが溜息をつき経緯を説明する。
「職務中に襲撃を受けてな、何者か吐かせようと捕らえたのだ。まずは部下に引き渡し尋問を行い口を割らせねばと考えていたのだが……早々に果てられた」
「一人引き倒したところで一斉に退いた。よく訓練されている。喉を一突き、敵ながらこのような所で散らせるには惜しい相手だった」
 掌には小刀が握られている。血で汚れたそれを拭い亡骸の横に置き私に向き直る。
「検非違使には家人を使いに出させた。もう間もなく右近衛府の見回りが来るであろう。某が説明せねばならぬ」
 何用があってこちらに?腹が空いたかと尋ねられ首を振る。
「妻の勤めを果たしたくて。貴方は忙しい人だけど避ける理由を知りたかった……ごめんなさい、こんな時にこんなこと」
「構わぬよ。構えぬ某を詰る資格が其方にはある」
 まずは体を休めよ、寝る気になれぬならネコネを呼ぼうかと聞かれて断った。この場に妹を呼ばないのは見せたくないからだ。今私に触れないのも血にまみれた体を疎んじてのことだろう。わざわざ事を荒立てたくない。何か出来ることはないかと尋るが、家人はこういう掃除にも長じているから其方が気負うことはないと体よく断られた。大人しく寝所に戻ったほうがいいんだろう。
 家人がオシュトル様と呼びかける声が外から聞こえる。
「其方の問いだが後日お答えする。検非違使達が来たようだ。まずはこの者の出自を明かさねば」
「明日昼過ぎには戻ろう。其方も色々気になる点があろう?時間を作る故、その時にまた話そうではないか」
「こういう事って、よくあるの?」
 私の見えない所で死線を潜る。沈黙が答えを明確に表している、もう何も言わないほうがいいと分かっていたけど、聞かずにはいれなかった。負担があるなら軽くしたい。写るのを承知で押し黙るオシュトルに近寄りそっと背を抱きしめる。ナナコ殿と咎める声に貴方の力になりたくて、なのに邪魔ばかりしてごめんなさい、それだけ言って離れた後は足早に寝所に戻った。
 追いかける声は聞こえない。残念だなんて思ってはいけない。私は武士の妻でこういうのは想定の範囲内、だから慣れないといけない。震えも動揺もそのうち収まる、慣れていく、だから大丈夫。
 自分にそう言い聞かせ、少し血で汚れた上掛けを拭い以後は大人しく身を横たえ眠れぬ夜が過ぎるのを待った。


 予想通りオシュトルは帰ってこずどうやらそのまま出仕したと明朝尋ねた家人が教えてくれた。震えは想定通り止まり見ない振りですますのにも慣れた、だから今日も私は元気でいれる、はずだ。


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風と行く