21話 溝掃除バトル


 出仕したオシュトルを見送り暇つぶしにどうかと部屋で預かった仕事に取りかかっていたときだ。
 足音もなく開いた襖の先でどこかで見た少年が膝を付き傅(かしず)いていた。名乗り自分が誰の使いか明かし、主に時間が出来たのでどうぞ到来頂きたくはせ参じましたと語る顔には覚えがある。
 聖上を介さずに来た、それはけして良い兆候じゃない。背筋を伝う汗と緊張から生じる涎を飲み込み、務めて平静に答える。
 急すぎて何の用意も出来ていないこと、供も連れずに誘いに乗るのは不安だからせめて信のおける者を連れていきたいが可能かと尋ねれば、来て頂けるなら如何様にもと待つ姿勢を見せるので、外に出て家人を呼びハクを呼んできてくれはいかと使いを頼んだ。家 人が姿を見せるときには姿を消していた少年だが、家人がいなくなるとまた床に膝を付き傅いている。会談する所はどこ?と尋ねれば主の邸宅だという。それはあまりに危険で怖いと身震いした私は、場所を他に変えれないか問うてみる。例えば白楼閣のような旅籠でも良いし茶席でも構わない、秘密が保持でき人目がある場所が望ましいんだけどと話を持ちかけるが、それは私では決めかねないので主様にお聞き下さいと流された。

 待つ間に手元の雑紙に書き置きを残そうと筆をはしらせる。知己の使いが来たので家を留守にすること、ハクを連れて行くからもしもの際は頼むと綴る。ウォシスの名を綴ろうすれば主様の名を残すのは今後のために控えた方がよろしいかと未だ部屋の外に控える少年が釘を指すので書かずにおいた。
 お茶いる?要りません逃げられては困るので。お菓子は?無用です。寒くない?座布団あるけど。お気遣いなく寒さに震える軟弱な調整はされておりません。
 取り止めないやり取りに興じていると、目的の人物が来たぞ〜とのんきにやってきた。ではご案内致しますと一息させてくれと部屋に来たのを知りながらさっさと廊下を歩くので、一息つくのはまたでお願いとうんざり顔のハクに謝りながら後に続いた。

 玄関を出れば門に車が用意されていた。私と車を心配げに見る門衛に少し留守にするからと声を掛け車に乗り込む。いってらっしゃいませと不安げが声に手を振り、乗り込んだ少年が馬に鞭を振るいどこかわからないまま進み始めた。
「どこ行くんだ?」
 不思議そうなハクにさあと答え、簾の外に目印になる物があれば目に留めとかないと視線をこらした。

 目的地は程なくして到着した。聖廟近く、右近衛邸にほど近い距離に少年の主の邸宅があるようで車が止まる。少年が降りる気配を感じ足音が途中で止まった。誰かと話をしているのか声が途切れると小さな足音がぱたぱたと遠ざかる。ほどなくしてゆっくり地を踏みしめる音と数名の足音が聞こえてきた。本命のご到着だ。
 失礼しますと掛けられた声にどうぞと答える。御簾があげられて現れたのは予想通りの美青年。
「貴方の要望に答えましょう。確かに人目もないここでは危ぶむのも無理ありません。会食の席にちょうどいい場所を知っています。ご案内するのでもうしばらくの逗留をお願い致します」
 名乗りもしないのはお互い誰かわかっているからだろうか。
「構わないよ、書き置きもしてるから今日中に帰れば問題ないし」
 それはよかったと微笑み外に出立の声を掛けた男は斜め向かいの席に腰を下ろした。車が静かに揺れこちらの視線に微笑むばかりの男に私も微笑んで視線を逸らした。

 歓迎されてない態度に疑問を感じたんだろう、壁に背を預けていたハクが眉をしかめた。
「誰だ?」
「初めまして。名乗りは相応しい席に付いてからでお願いします。時間が惜しいのでまずは案内させて下さいね」
「ああ、楽できるならなんでもいい。手短に終わらせてくれ」
 返事をするハクにもちろんですと柔和な笑みを返した男は口をつぐむ。本題は目的地に着いてから話されるんだろう、以後は外の景色を眺めて沈黙に徹した。

 危急の際は逃げ道を確保するため道筋を覚えておかないとと警戒してたけど看破されていたようで、途中どこを進んでいるか分からなくなった。さすが大老、嫌な汗をかきながら様々な通りを過ぎやがて車は目的地に到着したのか、止まったところで男が立ち上がり御簾を潜った。
「到着しましたよ、先導するのでついてきて下さいね」
 ハクを見て頷き後に続く。降りた先で視線を巡らせば周囲に怪しい点はない。小さな通り、下町のような家が建ち並ぶが整然としてごちゃついておらず下級の武家が住む家々のようだった。
 男と少年が潜った門の端に小さく店名が書いてり名を脳内で復唱し男の後に続く。

 民家の中にあるこじんまりとした品の良い料亭、第一印象に間違いはないようで出迎えた主人に何かを言伝案内されるまま廊下を進んだ先は大きくはないが日が差し庭園の見える気持ちの良い一室だった。
 席を勧められ断る理由もないので腰を下ろす。なんとなく付いてきたんだろうハクは少年が入室せず廊下に正座するのを見て、自分もここに居るべきかと尋ねてきたが万一のために同席してほしいとお願いすると嫌そうに私の隣に座った。どう考えても面道毎だもんね、嫌な気持ちよくわかるわ。

「名乗るのが遅くなりましたね。私の名前はご存じかと思いますが一応礼儀として名乗りましょう、ウォシスというものです。以後お見知りおき下さい」
 貴方はちっともお見知りおきしたくないだろうけど。
「ご丁寧にどうも。私はナナコ、今はただのナナコです」
「おや?只人が私を呼びつけるなんて聞いてませんよ。ちゃんと名乗ったら如何ですか」
「今はまだこれでご勘弁願いたい。何分色々と面倒な立場で話が漏れれば諍いがおきかねません。身分も確約されておらずそのため問題ない範囲でしか明かせないのです。
 会いたいとの要請に応えて頂き感謝はしています。今はこれでご勘弁願いたい」
「仕方ないですね、そういう事にしておきましょうか。今はまだ」
「ありがとうございます。こちらの者ですが」
 切りの良いところで横の相手に挨拶をさせようとするがハクが答える前に存じていますので大丈夫ですよとウォシスが話の腰を折る。
「それで、話というのは何でしょうか?」
 穏やかに確信を求める声に空気が張り詰める。背筋を正した私はまずは前提として要望したいことを語った。
 ハクは記憶喪失だから身の安全を脅かさないためにも話の水を向けないよう頼んだ。呼んだのは貴方ですから良いですよと口答だが保証してもらったところでハクが自分は何のために呼ばれたんだと首を傾げる。
 万一私が死んだときの保証だと証したところで運ばれた茶を飲んでいたハクが吹きそうになりすんでで堪える。最初に言っとけよなと怒り、私も茶を飲んでいたのが気になったのか大丈夫なのか?と不安げだ。多分大丈夫。聖上が私を歓待したのはウォシスにすでにバレてる……はずだ。
 理由もなく手を下し不興を買う粗忽を狡猾な彼は犯さない、と思ったけど、睡眠薬が入ってるだけですから大丈夫ですよ死にはしませんと笑顔で言われては用心が足りなかったかと湯飲みを置いた。
 アンタは危ない奴なのか?と腑に落ちないハクにウォシスに視線を戻せば、どう見ても優しげな青年にしか見えないよなと私も思う。
「人畜無害の趣味人です。悪人ではありませんよ?」
 どの口がほざくか。
「そっか、なら安心した」
 途端に足を崩すハクだがこんな詭弁で安心できるわけがない。
 男は大老ウォシス、帝の名大としてヤマトの内政に携わり八柱将のまとめ役を務める要人だ。正体は帝が没した時のために作られた複製体なのだがこれは本人も知り得ないこと。その事実を知らないばかりに、原作では帝を暗殺し皇女アンジュを傀儡にしようとしてライコウと手を組み大乱を誘発させる。
 結局作中でも彼が帝を殺めた事の首謀者かどうかの答えは出なかったが、後の作品二人の白皇ではタタリを滅して帝の跡継ぎと名乗りを上げるはずが権限がないため聖廟の施設を稼働できず、大量のタタリを解き放ち惨劇を起こしてしまうんだ。気の毒だがやらかしたことが酷すぎてフォローできない。お前さえ動かなきゃ向こう十年はオシュトルも生きてたのかも知れなのに……ダメダメ。今は目の前のことに集中しないと。
 このウォシスはどうなんだろう、自分がクローンと知っているのか否か。聖上は何が何でもこの事実を当人に知らせまいと躍起になってたけど、是か否かで後に進む道が異なるはずだから確かめておきたい。
 ハクの反応に暢気が過ぎますとねと穏やかに苦笑するウォシスには敵意こそないが油断為らないのは事実だろう。現に、敵に回せば無事に済まない程度の権力がありますよと微笑んでハク怯えてるし。
「確認したいんだけど、話が終われば無事に帰して貰えるんだよね?」
 おどけた風に片手を上げて楽しげにウォシスは答えた。
「ええ、それはもちろん保証致しますよ。宣誓しても構いません。私ウォシスは無事に右近衛大将夫人と只人としか認識していないオンヴィタイカヤン殿を無事に帰すと保証致しますとも」
「……っ」
「は?」
 いきなり牽制されるとは、思っても見なかった。
「右近衛大将を敵に回すのは私でも御免です。友好的に済ませられるならそれに越したことはありません」
 くすくす笑う男に自然と握り拳を作り罵る言葉が出そうなのを歯を噛みしめて耐える。こいつは飛んだ食わせ物だ。口ではオシュトルを怖れると言うが内情どうとでもできると言外に脅している。そもそも話し向けんなって言った側からよくもハクにオンヴィタイカヤンだなんて指摘!
 ……冷静になろう、熱くなれば相手の思うままだ。
 胸に片手を当てもう片方を掲げておどけるウォシスはあくまでもとても穏やかだ。
 ええ?と呆けるハクに私は忘れてと言い放つ。聞かなくていいし耳塞いでもいいからと告げればおう?と当惑しつつもハクは耳を塞いでくれた。
「全部筒抜けとはさすが大老、なに?監視カメラでもしかけてんの?この國の人達って機械とか科学とかさっぱりだもんね。統治後の不穏分子を始末するためには手段を選ばないってわけですか」
「お答えする義務はありませんね。くだらない問答も結構ですよ。早速話を詰めて頂きたい」
 あえての喧嘩腰にも乗る気はないと態度で示されて空回りだ。気に入らない、憤まんはとりあえず胸に納めて相手の誘導にあえて乗ってやろうかと、膝に手をやり真面目な顔を作った。

「聖廟は諦めてもらいたい」
「対価に何を差し出されます?
 おや、まさか乗るとは思ってなかった顔ですね。交渉の基本じゃないですか。
 最初に無理難題を提示し断ったところで妥当な要求、最後に提示者が譲歩した案で互いが納得できる約定を結ばせる。古典芸ですね」
 ばれてたか〜。さすが狸。小娘の戯れ言などお見通しって事っすか。こりゃ荷が重いわ、重すぎるわ〜。嘆息して私は早々にお手上げ降参とおどけて手を上げるが無視された。恥ずかしいせめて何か言えよ。
 ふざけてる場合じゃなさそうだぞと横のハクが突っ込んでくれる。優しい、いやお前は耳を塞いどけ。指摘すりゃすぐ塞いでくれる
から、そういうとこ本当優秀だよねハクって、面道毎本気で嫌だもんね。どうせ聞こえてんだろうけど。コホンと咳払いをし私はわかりきった次の提案を狸に明かす。
「分かってるなら話が早い。単調直入に言おう。事を起こさない保証が欲しい。私は貴方の計画を伝えた。帝はもう二度と貴方には近寄らない」
「何も私は企んでいませんが貴方はそう思えないのでしょうね。いいでしょう、私が企んでいる前提でお答えしましょうか……
 いいえ、そうはなりません。あの方は身内にとことん甘い。子息の要望に答えない訳がありません。現に今日も急にお邪魔したらですね、暖かく出迎えて頂けましたから」
「でも今日も後継には選ばれなかったんでしょう?」
「……」
 無言がきっと答えなんだろう。子息とコイツは言った、やはり帝は複製体と明かしてない。崩れない笑みを前に内心戦々恐々の私は畳みかける。
「そして理由も分からないから怪しいと承知で私の招きに応じこちらの要求にも応えたというわけか。お互いの手札が見えない状況でも面と向かえば何を要求されるか理解できるし対処できるもんね。
 ついでに何故自分が跡継ぎに相応しくないかの糸口でも掴めないかと」
「口の良く回る方だ」
「今だけだ、平時は大人しいもんよ。
 私は確かにオンヴィタイカヤン、聖廟に何度も訪れ右近衛大将もたらし込んだ存在だ。怪しむのも当然だろうさ。企みを抜きにしても放っておいていい存在じゃない。
 目的が読めず、急に現れ長年主君が探し求めていたマスターキーまで持ってきた。ヤマトの味方ならいざ知らず国外の権力者が裏に付いてれば厄介だ。何より聖上の足を引っ張る勢力にでも取り込まれれば遺恨になるのは避けられない。その前に、どうにか御して事の真意を確かめないとと要望に応じた、違う?」
「おおむね、正解です。それで私の本意を確かめて求めるのが企みの中断ですか。
 答えはこうです。お断り致します。私は貴方方の同類、自分のことは自分で決めますとも。デコイのように言われるまま従う存在じゃない」
 お?最後自分と亜人は違うって自尊心漏らしたな。そりゃ現人神の子息として育てられれば周りなんて同等に見えるわけないよね……帝も罪深い、何にも明かしてないなこりゃ。今ので確証持てたわ。
 帝そんなに嫌われるのが怖いんだ。完全にブーメランになっとるやん、人のこと言えないけどさ。
 説明すれば早いのよ。実子で途中まで後継として育てたけど本当は自分のクローンだとか、人格を認めて愛したから代わりを押しつけるの気が咎めて放逐しただとか説明すりゃ多少は理解してくれるだろうに。
 ああうん、納得は無理か。自分がもしウォシスの立場でいたとすれば何年もだんまりした後に打ち明けられてもふざけんな!としか思わんわ。納得なんてまず無理。下手したら逆恨みする。はああ〜、ままならんね世の中。

 断られしばらく目を瞑りどう声を掛けるか迷う。明かしたほうがいい、でも何の証拠もない、もしかしたらこの世界では本当に実子なのかも知れないし。でもそれでも黙ったままそうですかさようならと席を立つのは、出自を隠されて育った気の毒なこの人に失礼だと思ったんだ。
 おいどうしたと私の様子に異変を感じたハクが声を掛けてくる。

 辛くて涙が出ますか?断られる可能性を考えない訳でもないでしょうにと余裕綽々のウォシスに目を開けてやっと掛けられたのは。
「おまえの企みは成功しない」
 それだけだ。
 なるほど、確かに明かすのには勇気がいる。他人の私ですらこの程度、帝はさぞお辛いだろう。だが無責任だ。
「根拠のない妄言を信じろと?」
「……手紙を聖上に渡した。貴方はそれを知ってるよね?治療を受けたのも監視システムで見たなら内容も把握してるんじゃないの?」
「いいえ、よほど重要な案件は自室で確かめられますから内容までは拝見しておりません……これ内々の話ですからね、外に出回れば命はないですよ」
「ハク〜、何か聞こえた?私たちの話って今のハクにはちっとも聞こえないよねえ。だって耳塞いでるんだし〜」
 耳に手を当てこくこく力強く頷いたところでひとまず安心する。
 あ、ちなみにオシュトルにこの件を報告するのもなしだからね、何か危険な目に遭わされたとか無い限り黙秘でお願いと頼むがそれとこれとは別だろと反抗しやがったから、もう一緒に出かけたとき串焼き奢らんからなと凄めば串焼きには勝てないから黙っとくと頷いてくれた。よし!
 なんかウォシスが微笑みつつも呆れた眼差しで生暖かく見てるけど気にしない。絶対脳内でめっちゃ馬鹿にしてるのはわかってる、無視だ無視。

 ハクが耳に手をやっているのを目で確認してところでと私は話の転換を図(はか)った。
「ところでさ、最近私暇なときに文字の手習いがてら参考にしてる書籍があるんだけどね」
「折角お持ち頂いたところ申し訳ないですが弱点にはなりませんから」
 うおおおおバレてる〜〜!私が乙女書懐に持ち込んでるのもろバレてる〜。
「違くて、面白かった。趣味に合わないのもあったけどどれも重厚でとても面白い話だった。薦めてくれてありがとう、って言いたかったの。特にこの、新刊がもろ琴線に触れたこと言っておきたくてさ、続きは何時出るの?」
 おもむろに差し出した乙女書に隣のハクがひくついた声を出した。見ればすぐに視線を逸らし何の気なしに当ててた耳を塞ぐ両手を大丈夫かと言わんばかりに押し当てている。すりすりと私から離れる姿にまあそうなるよね、ごめんねと心の内で謝った。
 ハクも文字読めるようになったもんね、表紙であからさまだけどオシュハクです。ハクという名を表に出すのはウォシスも気が引けたんだろう。表に書かれた副題は右近衛大将×町の義侠の弟分、帯のキャッチコピーは身分差を超えた愛。知識さえあればあからさまにそういう本だって分かるからね、そういう反応も仕方ないでしょうよ。
 興味があると分かってくれたのかめちゃめちゃ警戒していたウォシスさんはそういう事ならと相貌を崩して答えてくれた。
 実利と趣味は別ってことかな、そういう所は話が早くてとても助かる。
「あれはスランプの時に試しに書いたモノですから気が向かないと難しいですね、と言ってましたよラウラウ先生が。私はウォシスですので本の感想は直接ラウラウ先生にお答え下さいね」
 それ以外は断固として受付んからなという牽制を脇にやり何度も頷く。書く書く!
 感想が書き手の励みになるのは趣味で書いてた二次小説に感想来て舞い上がった経験からよくわかってるよ。書き手に負担にならない程度の激励のお手紙を書かせて頂きますとも!作文以下だけどな!語彙力皆無だからおもしろかった程度の感想しか送れんのは許してね。
「でもさ〜連絡先知らないから送れないんだけど、どうすればいい?お使い誰かに頼もうにも住所の宛がないと頼めないし。あ!押しかけたりはしないからね。感想のお手紙を書きたいだけだから」
「でしたら、ちょっと失礼……ここの住所に届けて頂ければ。多忙なので返事をかけるかは明言できないのが申し訳ないですけど」
 おおう、まさかの住所ゲット!雑紙取り出してボールペンかちかちならして書き付けたと仰天する間に渡して下さったよ。ハクもボールペンか、珍しいなって呟いて何でそんなもん自分は知っててあんたが持ってんだ?と尋ねるんじゃない。
 あれでしょ、聖廟内で私的に作ってるんでしょ。出回れば産業革命起きかねんから内々でのみ使ってるとか言う怖い裏話なんでしょ。
 用心深い帝のことだから使うのは基本自分か周囲のみ、こいつがあえて今ここで見せたのは釣り餌って訳だ。外に明かさない前提で技術見せたんだよね。にこやかに微笑んでるし。んで、こんなんウォシス殿が使ってたよとうっかりばらしたら、技術流出防ぐ目的で疎ましい相手を消せると。こわ〜。
 もちろんハクにこの道具を人に聞いたら死ぬから黙っとこうねと釘を刺しといた。死にたくないから黙っとくとハクは従順に頷いてくれる。

 それにしてもウォシスの住処って乙女小道にあんのね。聖廟から遠くもなく趣味の通りが脇を連ねる通りに面したお宅なんて羨ましいなあ。右近衛邸は聖廟近くの武家屋敷が多い通りだから、大衆小説置いてる店から遠いんだよね。まあどのみちウォシス邸も本宅ではないんだろうけどさ、オシュトルだってウコンに扮した時の誤魔化しように拠点幾つか持ってるみたいだし。
 明かされたわけじゃない、なんとなくで察してるだけ。は〜寂しいなあ。
 感傷を脇にやり渡された雑紙を懐にしまって礼を言った。
「ありがとう、それでもいいよ。そうだ、試しに聞きたいんだけどね、貴方は腐ってんの?現実と妄想一緒ならいいなって思ったりする?」
「貴方はどうなのです」
「私?私は詠み専の年季が入った貴腐人です。そりゃなればいいとは思うけど最愛の推しが見初めて下さったからねえ。一番近くで眺める権利を手放す気概はないよ……
 私の居ない世界ならくっつくのは全然止めないけど、むしろくっつけと願うわ」
「そうですか、あいにくですが私のソレは趣味なだけですよ。書くのは好きですが実行に移す気はありません。なにせ同年代の同類なんて今まで居ませんでしたから」
 なんか含みのある言い方デスネ。ハクを狙うのは止めて欲しいな、ルルティエちゃんとくっつく未来を迎えさせたいし。うん、私を狙ってはないよね?そうでないと困るのよ。異性の私を巡って大老と右近衛大将が権謀術数を繰り広げる……いいわあ!
 一人の女を男二人が取り合い狭間で揺れる私……いいわあ!ただの本なら最後までお付き合いしたいけど、現実で知人がガチンコバトルするのはよろしくないのでお断り致します。てかそうなってもオシュトル選ぶし!ごめんて、そんなニコニコ見つめないで!裏で何か企んでそうでチキンハートの私はもう心臓が限界!思い上がり甚だしいと思ってるんでしょ?私も同感!
 内心恐怖からひっくり返りそうな気持ちに蓋をして、私もだよ〜と笑顔を向ける。
「そっか。良かった、鬼畜なヒトでなくて。亜人もいいよ〜、格好良いし優しい素敵な人たくさんいて超お薦め!」
「私は複雑な気分です。やっと見つけた同類が同士なうえあっという間に嫁入りするなんて思っても見なかった展開です。どうお近づきになろうか策を巡らせてた私の知謀がまったくの無駄になるなんて。
 どうしてくれるんです?ネタしか振ってきません」
「書いて書いて!その熱情を全て作品に叩きつけて私を萌えさせて!すっごい面白いから保証するわ!ちなみにカプは?私のことは気にしなくてもいいから好きに言って!」
「上司と密偵ですが?」
「オシュハクありがとうございます!推しカプです尊い!あ、私は入れんで下さい。邪魔にしかならないから」
「さすがにこれ以上夫君を題材にされるのは素っ頓狂な貴方でも嫌がるかと思いましたが、予想外の反応に驚いてます。それにしても何故貴方を登場させるのを嫌がるのですか?どろっとしてて楽しそうなんですが、好みに合いませんか?」
「少女向けと乙女書混ぜても対立しかしないでしょ。どっちの長所も殺してるやん。
 しかもモデルが自分って、嬉しい反面ドン引きだわ。これはこれ、あれはそれでお願いします。ちなみに企みの方は?」
「お断り致します」
 ちえ〜、騙されてくれないか〜。大好きなお腐れ話で懐柔できんかと試みたけど相手はさすが古狸、変わらない笑顔でばっさり断られてしまった。腐った談義で得た収穫は相手の住所とそれなりの交流ぐらい、後は意図せず絡ませられたハクが自分はノンケ自分はノンケだからと必至に耳を押さえる逃避行動を目撃できたぐらいだろう。

 交渉は決裂ですね、帰りはちゃんとお屋敷にお送りしましょうと立つ彼にお腹が空いたと鎌を掛ける。毒殺も考慮されてたでしょうから何も頼んでませんよ?と返されてまずはお近づきの印に私の取って置きをどうぞと、懐から取り出したモノを卓におく。
 ウォシスに動揺の気配はない。ただ気だるげな眼差しが一心に置かれたモノに注がれて、狙いはこれだったんだなと察した。変だと思ったんだろう、なんだソレ?とあくまで暢気なハクの声に怯える心を奮い立たせてにっこり微笑んだ。
「これは何ですか?」
 ハクと同じような問いに答える。
「企みを諦める対価だけど」
「ご冗談を」
「こんな冗談言える余裕私にはないよ。交渉毎の古典でしょう?一番に不可能を提示し二番に妥当なモノを要求し最後に譲歩案を呑ませる」
 原作で帝が、戦を仕掛けても欲したマスターキーを餌に私は交渉を試みた。

「諦めるなら譲渡する。聖上から下されたモノだけど好きに使えばいい。渡した後所有権は主張しないし文句も言わない。どこを焼いてもいいし神の視点で悦ぶのも止めはしない」
「……これを渡す意味を貴方はわかっているのですか」
 乗ると見せかけてどこかに隠していると見越していたのですがとウォシスはどこか困ったように卓の腕輪を注視していた。奪われる危険性を考えても屋敷に置く手段を私が取らなかったのは人的被害を考慮してだ。
 彼の直属の部下は三名、だが他にも多くの冠童という配下を抱えていると原作知識で得ているから、不在中に家捜しされるのはすでに見越していた。
 おそらく相当数を私の留守の間に探らせるとの予想は当たりだ。家人を危険に晒すのに憂いはあったが原作の冠童達は優秀な密偵揃い。事を起こす前に尻尾を掴ませるヘマはしないと思い、狙われているのを逆手に取り交渉毎の餌にしようともってきたって訳だ。
 ウォシスの手勢は原作の描写から見ても優秀なものがばかりだった。主の意をくみ行動し、主が打ちひしがれたときは励まそうと独断専行でハクに突貫、悉く打ち取られても壊れたマスターキーを命と引き換えに持ってきた中心ばかり。目当ての物がないからと憂さ晴らしに他人を惨殺する非道を好むとは思えない。誰彼構わず切り付ける者をウォシスが重用するとも思えなかったから、家探ししてなければ彼らは事を荒立てずすぐに去り家人の安全は守られる。下手に隠したり預ければ残った痕跡から何が何でも持ち帰らねばと焚きつけ被害が出る恐れがあった。だからこうして持ってきたって訳なのよ。
 今後の危険性を考えて後生大事に抱え込むのもありだろうが相手は大老だ。それとなく回りに聞けば要職に若くして付いてからもう十年になるという。権謀術数なんざお手の物だろう。
 下手したら邪魔になった右近衛大将を排斥する餌にされる可能性もある。そうなる前に、奪われる前に優位性を確保して交渉の席に着きたかった。博打に博打を重ねて掴んだ大当たり、この気を逃す手はない。

 危険性なんてよくわかってるよと私は話を続ける。たとえ関係が薄くとも何の罪もない人が私のせいで少しでも危うい立場に立たされる可能性を思えば嫌な気分にだってなるだろうよ。
 ああ知っているともウォシス。これは神の御業だ、知らぬモノにはただの無機質な腕輪でも、知る人が行使すればこの世にいくらでも地獄を作り出せる過去の遺物だ。
 そして私の命綱でもある。帝は私に甘いがそれは同類だからだ。ハクが見つかり鍵も手にした。聖廟での治療を試みてくれたのは長年探し求めたモノを連れてきた、あと幾つかの同情もあると思う。その同種族という共感も、タタリを滅したことでだいぶ不興を買った。情けでこれを他人に渡したと知れれば……おそらく今まで通りとはいかないだろう。
 でも知らぬ振りでいるのは嫌だった。
 ウォシスはオンヴィタイカヤンの文化に精通している。これさえあれば私が聖廟で行使したような、制限に囚われず遺跡の機能を完璧に扱えると思い込んでいる。
 彼の素姓は気の毒だ、でも取り返しが付く前に知っていたほうがいい。聖廟に戻れば即確認するんだろう、その後の諍いは親子でなんとかしてくれ。止めたいけれど今は暗殺を辞める保証が欲しいんだ。
 素知らぬ顔で私は話を続ける。
「もちろん。これを手放せば立場を保証する一切を私は無くす。聖上が身罷れば聖廟を使えなくなるし誰かの助力なくこの身を癒やすこともできない、打つ手無しだ、余命宣告をされたも同然。それを踏まえた上で提案がある」
「……どうぞ」
「これでも諦めきれないなら勝負をしよう。勝てばあげる。負ければ呑んでもらおうか、暗殺を諦めるという点のみ承服してもらいたい」
「……」
 企みを暗殺に切り替えた意味を彼は理解してくれるだろうか。
 企みとはライコウと手を組み姫殿下を傀儡としヤマトの覇権を握ることだ。暗殺が意味するのは玉体暗殺に他ならない。企みはまだ良い、直接お目通りはしていないけどアンジュはお子様で國を背負わせるのに不安があるのも理解できる。帝さえ、帝さえ生きていれば大乱は起こらない。アンジュには気の毒だけど傀儡として自覚させず裏で操り大切な人達が損なわれないなら、誰が牽制を握ろうと私は黙秘できる。
 そもそもそんな立場に立ててすらいないけどね!そうなった場合オシュトルと対立する可能性があるっていうのが懸念だけど、まあ死ぬよりはマシでしょうよ。睨まれるのは覚悟の上だ、二度と信頼されなくてもハクが死ぬ未来よりはずっといい。
 ハク、そうだハクは今の会話をどう思ったのか。見れば自分は何も知りませんって顔で耳を塞ぎ目までつぶりいかめしい顔でちょっと俯いている。可愛い、ちょっと和んじゃった。
 気持ちを切り替えて、笑みを消したウォシスにもう一度微笑んだ。
「だがどの結果になっても鍵はおまえに譲る。組んでるもう一人のことは考えなくてもいい。あれを御するのは聖上以外不可能だろうし」
「私と貴方で何を競うというのです、勝負の方法は?それを聞かないと承服できかねます」
「まずは呑んでからだ。さあ乗るか反るか、乗ってもらわないと非常に困るが阻止する手段は他にもあるから、断って貰っても構わないけれど?」
 断らんといて〜。断ってあんたら二人敵に回して勝つ算段正直一つもないから〜!
 涼しい顔だが胸中で必至に懇願した。手段さえ選ばなければ二人を退けるのは簡単だ。鍵はこの手にある、気象衛星アマテラスで二人の居場所を計測しピンポイント爆撃!物理で排除は簡単だけど被害は甚大。すごい面倒くさくなる。
 後の影響は図りしれないし絶対聖上の不興も買う。特に息子同然のウォシスを許可無く殺めたとくれば怒髪天は避けられない。そうなったさい責を問われるのは私だけじゃないわけで、穏便に済ませられるならそれに越したことはない。鍵渡そうとしてるけどな、頷いてくれなきゃ死活問題だけどな。
 必至の祈りを知らず、ウォシスはあくまで淡々と例を出して真意を探るつもりらしい。
「力尽くで奪う提案も出来ますが」
 私は鼻で笑う。
「私が聖上に駆け込めば非難されるのはおまえだ。すごく欲しそうだから譲渡すると言ったのに殺されそうになったと弁舌を振るえばいたく同情して真意を問うだろうな。狂人の類いなら帝も相手にしないが私はほぼ唯一の同類だ。袖にせず聞いてくれるだろうさ」
「到着せずとも殺せば済みます。それが叶わぬなら口がきけぬ程度に痛めつければ事は起きなかったも同然でしょう」
「駆け込む手段がないと思ったか?私は近衛大将の妻だ、聖上に直接でなくともお側付きに神聖文字の文を渡せば必ず解読のために上部に回る。手足をもぐとかわかりきったことは言うなよ?
 正気を失おうとどうなろうと夫は事の次第を探ろうと必ず血眼になる。不正が大嫌いだからな、いずれお前に行き着くだろうさ。その場合正しく事が露見する必要はない。疑念を抱けばお前は動きづらいだろうな。もし何かの折にこの歓談が露呈して公衆の面前で問われるのは私じゃない、大老だ。
 聖上は問うだろう。何故目を掛けた者に下賜したものを重鎮が奪ったと。非難されて困るのはあなたのほうじゃない?まして、私を殺す?聖上が目を掛けた私を?会ってないならいざ知らず帝は情深き御方、自分の代わりに身を削って悲願を遂げた者が殺されればさすがに黙ってはいないでしょうよ。大手を振るって誹りはしないし罰しもしないだろうけれど閑職に追いやるか遠ざけるか、あるいは幽閉で遺族の無念を抑える画策はやってのけるでしょう。
 可哀相にねえ、せっかく独力でのし上がった地位が小娘一人のせいでおじゃんなんて。でも自業自得だよねえ、だって私はちゃんと要求してるモノ渡したのに気にくわないから切るんだよ。貴族の横暴極まれりだね」
「もういいです」
 べらべら思うままに口を滑らせればストップが掛かった。穏やかな表情に呆れを乗せて、ウォシスが小さく溜息を零す。
「本当によく回る口だ……いいでしょう、乗ります」
 おおう!乗ってくれますか、ありがとう!なんて気持ちはおくびも出さず私は意地悪くにんまり余裕ぶった笑みを作って見せる。
「殺さないんだ?」
「言ったじゃないですか、近衛大将を敵に回すには時期尚早だと。
 まして自分の首を絞めるとわかったうえで悪手を踏む勇気は私にはありません。消すならもっと秘密裏に、万全の状態で取りかかります。貴方はただでは転ばない方。書き置きを残す余地を与え聖上が興味を示す同類を連れた方を損ねる愚行は致しませんよ」
 ありがと〜!ハクの正体も指摘せんでくれてありがと〜!意見が翻る前にと私は隣でうんざり顔の同胞に水を向ける。
「なら早速取りかかりたい。ハク」
「終わったか?」
 うん、あからさまにほっとした顔に素でごめんまだなのよ答えればまたうんざり顔に戻ってい待った。
「今後の予定は?」
「あ〜クオンの奴から買い出し頼まれてて終わったら戻らないといけないんだが」
「先に言ってよねそういう事は。わかった予定無いなら一緒に来て」
「……いや予定」
「来て」
「彼、予定があると言ってますが」
「この人さぼり常習犯だけど約束事の類いを破るのは気が咎める人でね、先約があれば事前に言うんだけど今回は何もなかったでしょ。さぼりたいから今適当にでっち上げた、そうだよね、ハク?」
 話の矛先を向けられたハクは更なる誤魔化しを重ねようとしてか違くてだなと言い訳を重ねようとするので、「嘘ついたらそっち行ったとき差し入れ持ってかないから。確かオ、夫が秘蔵の酒がどうこう行ってたな〜」と提示する条件にすぐに言葉を翻し卓に手を着き頭を下げた。
「嘘ですごめんなさい、関わりたくなくて適当言いました」
「はあ〜、こんなんでも凄い優秀だから頼らざるおえないのよ。わかる、私の苦労?」
「いえさっぱり、逆にお気の毒ですね」
 取り尽く島もない反応に脱力した私はどうしてか笑ってしまった。ぎょっとする二人に気づきごめんごめんと返しておく。
「とっつきにくいのはどうかと思うけど、あんまり思い切りよくてつい笑っちゃった。正直なのは好感だわ」
「あなたの共感など私は特に欲しくないのですが」
 だろうねえ。絆されてくれればと願ったけど亜人でもない同種には難しいか。
 ああなんだろ。ちょっと楽しいと思えるのは、相手が話に乗った余裕からか、それとも数少ない同種だからか。突き詰めて考えればよろしくない答えに行き着きそうでひとまずの感傷に蓋をして問題の勝負について明かさねばと口を開いた。
「話戻すけど、勝負は現場行ってからにしようか。まずはクワと襷に手拭いね、顔を覆える奴用意しないと」
「おいまさか……」
 青ざめるハクに口元に手をやりし〜内緒♪と言い含める。訝しがるウォシスを尻目にまずは白楼閣に置いてる道具を取りに行こうと席を立つ。
 控えていたお付きの従者を途中ウォシスが声を掛けて拾い、用意された車に乗りまた向かい合わせに座って白楼閣を目指した。


 降りる頃にはいつの間に現れたのか馴染みのホモ三人衆が揃っておりいつ勝負が行われるかそわそわしている。人数を聞かれるが詰め所に出れる人数をハクが確認しに行けばあいにく誰もいないらしい。クオンとネコネは薬草取りに同行で、最近白楼閣預かりになったキウルはその護衛だ。ルルティエちゃんは留守番、とくれば動ける人数は二人のみ。
 勝負に何人出るかウォシスに聞かれ二人だからそちらも二人ねと返しクワを担ぐ。
 何故クワを揃えるのか疑問符のウォシスを見る。見るからに良いところの坊ちゃんだ。さて彼はどこまで出来るのか、途中退場か最後までやり遂げるのか、貴族の坊ちゃんが庶民の仕事にどれほど耐えられるかお手並み拝見させて頂こう。

「結局コレかよ……」
 晴天の下、たすき掛けで袖をくくり顔を布巾で覆ったハクがクワを片手に愚痴をこぼす。
「さあ張り切って溝掃除に取りかかるよハク!本日は晴天なり、泥は乾くしゴミも拾いやすくて言うことないね!」
 私は大張り切りでハクと同じく溝に降りてクワを振るった。何しろ体を動かす機会なんてハク達との溝掃除以来皆無なんだ。体力仕事なんて嫌だって当面やめとくかと思っても動く機会がなければ退屈にもなる。
 日焼けも嫌だし臭いのも嫌だけど、動けば動くほど成果を目の前に出せるのって中々楽しい。堂々巡り、進展がないとハクは言うけれどルーチンワークも慣れれば面白い、淡泊というなかれ。状況によって動くのを求められる仕事は元々苦手だ、決まった動作で済む仕事は覚えりゃ楽だし退屈になれば空や通りを見て暇も潰せる。もっとも暇なんて潰せるほど余力はないけれど、通りの先で同じようにせっせとクワを振るうのはウォシスの部下冠童達だ。ハクみたいにうんざりした風もなく主の命を果たそうと一生懸命額に汗かき頑張っている。

 私たちは帝都の西通りの溝掃除に四人で励んでいた。片側はハクと私、反対側の溝はウォシス配下の冠童が担当して、お日様の照る中せっせと側道から溜まった泥を掬い上げては荷に乗せる作業を延々繰り返す真っ最中だ。
 隠密衆は結成してまだ二月、私を入れて総数六名で帝都中を綺麗にするには未だ足りず、こうして溝浚いを終えた翌日にはまたどこかの溝を浚う羽目になってるとはハクの弁だ。いいよ、やりがいあるしとフォローしたけど自分はもう勘弁願いたいと到着早々ハクは泣き言を零してたっけ。

 勝負相手の当人、ウォシスはもう一人の冠童が広げた和傘に入り今日は日差しが強いですねえと暢気に立っていた。なんてことだ、途中退場どころか貴族の坊ちゃんは汚れるのを嫌がって溝に入らず部下に任せっぱなしにしている。適材適所ですよととぼけたが、まあお偉いさんだし身分差を出されては適わないので、際ですかと私は黙認して配下達とどちらが多く溝を綺麗に出来るか競っている、というわけだ。

「そんでなんで、ご本人でなく従者が溝浚いしてんだ」
 何度目かの疑問をハクが零す。私は無視した。只人が大老に同じ場所に降りてこいと公衆の面前で言えるわけないじゃん。
「自分は綺麗な場所で高見の見物ですか、羨ましいこってすねえ〜、はああ……」
「私は文官出ですから体が弱いんですよ。鍛えてもいないし」
 陰口はよく聞こえるようで、流せば良いのにハクの愚痴を拾うんだから怖い怖い。
「腕を振って筋肉痛にでもなれば原稿が書けなくなって困ります。書類仕事に影響が出てもいけません。上の許可が下りなければ現場に響くので、代わりに臣下が頑張ってくれていると言うことでよしとして下さい。あくまで私はラウラウですけどね」
 お、色々考えて動いてるって事ね。
「ごめんね、適材適所よね。お偉いさん泥まみれにさせて本業疎かにさせちゃいけないもんね、ちょっと配慮が足りんかったわ」
 そこんところは素直に謝っとく。ウォシスは気にしないで下さいとあくまで朗らかだ。
「いえ、泥にまみれた鼻持ちならない相手を見れて私は結構楽しいですよ。気にしないで今後とも是非サンケイに身をやつして頂きたい」
「性格悪いよな、あんた」
「最近まで無職だった方に吠えられても痛くも痒くもありません」
「仕事してるから!もうちゃんとお抱えだからな!溝掃除ばっかしてるけど」
「体力つくからがんばるよ〜」
 嫌みも流してさあ頑張ろうと装った泥を脇に上げる。にしてもサンケイ、サンケイかあ……
 通りで行き交う人は楽しげに茶々を入れる私たちの話が面白いのか、サンケイって何?と首を傾げている。話が通じるのって地味に楽しい。
 にやりとほくそ笑み溝浚いに従事していると、通りの屋台で串を焼いていたおじさんが話しかけてきた。
「おうハクさんじゃねえか、精が出るねえ。今日はお連れさん方は別件かい?」
「おう、代わりに駆り出された。寒いし冷たいしで体がかじかんでキツい」
「泣き言言わなーい!愚痴ってても溝掃除は終わらないよ。ほら頑張る頑張る」
「うえ〜」
「はっはっは。新しいお仲間に早速尻に敷かれてるねえ。いつもあんがとよ、ほれ暖代わりに。空いたときにでも食っとくれ」
「お、焼きココロモ♪あんがとおっちゃん」
 いいなあ鳥串。下品と承知で自己紹介もかねて弟ばかり狡いと口をすぼめてみる。
「いいないいな、私も食べた〜い、弟のハクばっかずる〜い」
「はあ?何言ってんだおまえ?」
「く〜しやき、く〜しやき!」
「……手段選ばなさすぎだろおまえは。ほら」
「ありがと〜♪」
 はしたないのは分かっている。単なる印象づけだ、ハクには面倒な姉がいる。そう思わせれば面倒な事態に巻き込まれにくいという危機回避的なアレを狙っただけだ。
 もちろん建前だ、めっちゃ見てくるウォシスの視線が冷たいのがきつい。だが目論見は成功したようでおじさんは驚いた顔でこっちを見た。
「あんたハクさんの姉ちゃんかい。こんな可愛い嬢ちゃんが上にいるなんて羨ましい
ねまったく」
「こっちは言い様に使われてきついっつ〜の」
「はい嬢ちゃんも」
「きゃ〜ありがとうお兄さん太っ腹〜」
「はっはっは。口が上手いねえ」
「……」
 狙い通り♪喜々として頬張るけど、オンヴィタイカヤンの能力フルに使って何してるんですか、得たのが串一本ってそれでもオンヴィタイカヤンですか、屋台毎取ってこいや的な視線を感じる。
 もちろんそんなことウォシスは一言も発してないし勝手な憶測だ。いいもん、串一本でも好意は嬉しい……もしかして食べたかった?
 いくらか食べた後だけど、良かったら半分食べる?と差し出してみるが言い切る前に要りませんと切り捨てられた。美味しいのに。あ、口付けたのは下品だよねごめんねと話しかけるけどだから元から要らないんですよと嘆息までされた。
 おじさんは、ずっと突っ立ってるウォシスが仲間に見えなかったんだろう。ちょっと慌てて炭火にかざす串を一本ウォシスに差し出した。
「そっちの兄ちゃんも、良かったら」
「結構ですよ。私は監督する立場ですから」
「そうかい?だが突っ立ってるだけなのも寒いだろう。食いたくねえなら食わなくてもいいけどよ、受け取ってくれると俺も嬉しいぜ。
 兄ちゃんが食わなくてもほれ、頑張ってる小さいのにでも分けてやっとくれ」
「……そういう事でしたら」
 受け取らないのも失礼と思ったのか、近寄りウォシスは受け取ると傘を持つ冠童に串を与える。礼を言い美味しいですとほくほく食べるのを見て気が向いたんだろう、あと二本お願いしますと財布を取り出しおじさんははいよと笑顔で仕事に精を出す。
 おじさん、商売上手。

 焼けた串を部下にやり戻ったウォシスがにやにや笑う私を見て、何です?と不満そうな顔をよこす。渡す前にちょっとだけ私たちから隠れるように食べてたのを見たけどそれを指摘するのは無粋だから、別に〜と意地悪く返すだけにしといた。
 デコイとウォシスは人を見下すが波風立てず不和をよしとしない性分は私ちょっと気に入ってる。

 さてさて溝掃除はあちらの方が上手だ、不得手ながらずっと従事してたハクを見込んでこの勝負を挑んだけど、気合いと根性そして慣れだけじゃデコイの身体能力には適わないということか。徒労感はあるけれど、これで少しでもウォシスと親好を深めれたなら上々の結果だ。
 なにせ原作で彼との接触は二度しかなかったんだ。乙女小道と鎖の巫を賜る機会だけで彼の企みを阻止しろなんて無理ゲーだ。少しでも彼と多く触れあって懐柔すればハクと対立する未来を防げるはずだ、そうだと思いたい。

 ちゃんと流したというのにそれでもウォシスは不満なんだろう、口を一文字にして佇んでいたけれどふいに呟く。
「媚びを売って何が楽しいんですか」
 答えはしない、今は少しでも遅れを取り戻したい。せっせと私はクワを振るう。
「彼らはデコイです。我々とは違う。本質的に人に隷属し従属的な感情を持つよう生まれながらに調整された種族です。さも対等のように振る舞い手名付けてもけして平等ではない、そう見えてるだけなのに」
「でもとっても可愛いよ。優しくすれば好意的に振る舞ってくれるしこちらを気遣って配慮もしてくれる、人間と変わらないように私には思える」
 遅れを取り戻したいけど黙ったままでもいられず、私はほら見てと指をさす。
 指した先では友達通しなのか二人連れが小突きあったり、その向かいでは仲の良い親子が肩車をして歩いている。親も友達もいないけど、ここに来て同等の存在はできた。夫に友人、出来れば子供もそのうち持ちたいと願っている。
 私の羨望を裏腹にウォシスははっと侮蔑の混じった吐息を付く。
「あれと同等?笑えますね、支配者の奢りですか?愛着を勘違いしているだけじゃないですか」
 愛着、愛着ねえ……クワを止めて道行く人とウォシスを見比べる。愛着の勘違いと言うけど、そこに大した違いはない。
 好意的に見る感情も物への愛着も元は一種の執着だ。同類と亜人、私から見えればどちらも赤の他人でしかないのにこうも向ける感情が違うのは一種の思い込みというのは否定しないけどさ。
「博愛精神大いに結構、ですがそんなもの何の得にもならない。オ、夫君も気の毒に、こんな方が奥さんだなんて」
 そこは隠してくれるのね、不遜ぶってるけど配慮が行き届いていてる、さすがウォシス。
「だいぶ買い被ってくれてるみたいだけど違うからね。私、全員に優しいわけじゃないよ」
 視線を通りに向けたまま考える。私は皆が大切だ、だって同じ世界に生きてる人だから。でもそれは、全員自分の命に変えても守りたいって訳でもない。どう言い繕っても自分の中で優劣は存在する。それは誰しも言えることだけど。
「私は私に優しい人にだけ優しいつもり。それは人間でも亜人でも変わらない、敵対する者には容赦しないし大切な人を傷つける者を見過ごす気もない」
 逆を言えばそうでない人にはそれなりに優しいつもりだ。ウォシスをこんなに気に掛けるのも彼がそうだからだ。帝の縁者でハクの甥で策謀巡らせど未だ私は彼に傷つけられていないからこんなに暢気に構えているわけで。ちょっとでも傷つけられたら、そりゃあ過剰に反応する。
 近寄らないし知らないうちに消えてくれとも願うだろうし、周囲に被害が行くようなら手段を選ばず消す選択だってするかもしれない。そして過剰な防衛反応は私だけが選ぶ選択じゃない。
「あなただってそうでしょう?だから私の誘いに乗ったんだもんね、聖上を守るために」
「根拠のないことを当然のように振るまうんですね、あなたは。何がそこまであなたを傲慢にさせるのでしょうか。上位者の余裕ってやつですか?」
「まさか!何の後ろ盾もない私なんて誰かの不興を買えばすぐに消し炭よ。ブラフだって。鎌掛け、証拠も何もないから必至に虚勢張ってるだけだよ」
 無謀な事は誰だってしたくない。今まで私が死ななかったのは周りの人が優しいのと単に運が良かったそれだけだ。一つでも掛けてたら大老と溝掃除なんてできてない。
 そういえば……昼もまだ食べてなかったっけ。料亭に案内されて毒殺警戒してたけどこっちの意図組んでウォシス膳頼む素振りもなかったし。むむむ、空腹を意識すると近くの串焼きのいい匂いが食欲を刺激して、なんだか溝掃除に身が入らなくなってきた。

 ちらりとウォシスを見れば涼しい顔で、いや何草書取り出してんの、あメモ帳?
 炭っぽいもん取り出してなんか書いてる。時間の有効活用ですか?政務お疲れ様っす。そういうとこ素で私尊敬して……ページめくったら誰とどう組ませるかという文字が見えるんだけど、あ溝掃除ね。ウコンとオシュトルを絡ませんのね、もうやだこの大老もっとやれ!
 激励と邪魔をかねてねえねえと私はメモに勤しむウォシスに声を掛けた。
「まだお腹空いてない?食べたの串焼きだけだよね、買って。そんで私にくれ」
「何で会って間もない方に奢らないといけないんです、あなたにあげるぐらいなら部下に差しあげますとも。ちょっと、休憩しますよ」
 ちょっとは仲良くなれたかなと思ったけど一方的に喋るだけでは上手くいかない。
 ウォシスは早速部下に声を掛け串焼きの追加をおじさんに頼んでるし。じゃあハクは……
「は〜疲れたどっこいしょ」
「こらハクさぼるな〜」
「お前だってサボってるじゃねえか。いい加減自分も休ませろ!」
 溝からあがったの休むためじゃないからね。ほらこれ見える?財布だよ、お屋敷の家人さんが言付けてくれたのよ。
「頑張ってる皆に私からも差し入れしようと思ったの、悪い?」
 そういえば現金なハクは尖らせた唇をすぐに笑みを作って賢い犬のようにおかわりのポーズ取ってるし。
「全然、自分にもくれ」
「はいはい。おじさん串五本!」
「まいど〜。はいよ、一つおまけな」
「うわ〜ありがとう!……はいどうぞ」
 袋に入れてもらった串を片手に反対側側道にお行儀良く背筋を伸ばして腰掛ける二人に串を差し出せばきょとんとした顔で出迎えられた。驚かせてしまったらしい。
「え、私たちは」
 ウォシスを見れば本当何なんだこいつとでも言いたげに苦笑して許可が下りる。
「……貰っておきなさい、折角ですから」
「あ、ありがとうございます」
「そんでラウラウ先生も」
 笑顔だけど驚いたんだろう、ちょっと固まる動作がなんだが面白い。
「働いてませんが?」
「いつもヤマトのために頑張ってるでしょ、これは直接労えなかった分って事で。あと付き合ってくれてありがと。恩に感じてくれるなら一緒に溝浚いでも」
「やりません。あ、串焼きは頂きます」
「はいはい、以外と現金だね」
「貴方ほどではありませんよ」
 美形ってだけで所作一つでも洗練されたもののように見えるから不思議だ。自分にも〜とお行儀悪くのけぞるハクの側に戻りはいはいと手渡した。


 その後はもくもく溝掃除。たまにしんどいだのもう疲れただの嘆くハクの声を環境音に勤めていたが、なかなかどうして思うようにはいかないものだ。
「負けたな」
「ね〜」
「さすが私の優秀な部下達です。よく頑張りましたね」
 ウォシス達冠童が通りの溝を綺麗にしたころ私たちが掃除できたのはその半分。一通りどちらが早く掃除できるかの勝負だから文句の付けようがない、完敗だ。
 主に褒められ冠童は嬉しげで部下の成果にウォシスも鼻高々だ。
 悔しい、その高慢な鼻っ面を叩いてやりたいけど負けは負けだしそもそもそんな気概もない。勝ってウォシスを懐柔できるきっかけを掴みたかったけど現実はそう上手くいかない 仕方ない、そう言い聞かせているのに心は清々しかった。
「いいのか負けて」
 伸びをしながら答える。
「まあ能力差考えれば負けるの当然だし。同じ土俵に立てただけでも良かったと思うよ。健闘したよね私たち!次は皆連れてきてやろうね」
「やらねえから」
「私もその意見に賛同です。立ってるだけでも匂いがして辛いので辞退申し上げますとも。
 あ、近寄らないで下さい。臭い」
 ちょ勝利の栄冠授けようとしたのに鼻抑えて後ずさりやがったコイツ。
「くさって!?ま、まあいいや!思わぬ所でハクと意見があったけどラウラウ先生としてはご自分をカップリングの相手にするのはどう思われますか!」
 渡す前にちょっと質問したくてそっと尋ねてみる。同カプですか?そうでなくても同士の萌えポイントを聞いて今後の良き読書生活に役立てたいのに、ラウラウ先生は素でも冷たい。
「面白ければ見逃しますが興味本位でなら潰しますね。あ、素体のモデルはいいので彼には是非他カプで頑張って頂きたいところですが」
 オシュハクをまた書いてね!って意訳のエールを送れば自分で書かれたらどうですかと牽制された。
 以後の会話はこうだ。
 あ、お仕置きされるから嫌なんですか?ちょっとネタに頂きたいのでそこんところ詳しく教えて下さい。え〜どうしようかなあ、バレたとき揉めるの怖いからちょとね〜。秘匿します、シチェーションだけです、正直ネタ尽きそうなので是非清廉潔白殿の爛れた一面を詳しく……

 白熱する問答、ばれても大丈夫な範囲を明かし、どうせならこういう設定はどうかと提案する。意外にも食いついたウォシスは(本当にネタに詰まっいてたようだ)共同作業という形で名を明かさず著名に協力者と記すので発行しても?と提案された。
 私は乗りに乗った。傾く晴天の下ひそひそ影に隠れて推しの話は興に乗り。
「自分を、これ以上巻き込まんでくれ……」
 耐えられなかったんだろう、ハクが項垂れきった頃にようやく話題は尽き、今度の新刊も無理ない範囲で頑張ってと手を差し出せばファンの期待に応えましょうと固く握ってくれた。そこは素直に答えてくれんのね。

「は〜、楽しかった〜」
 黄味が増しあかね色に染まる空を見て、今日も気持ちよく労働が出来た喜びを噛みしめた。報酬をねだるウォシスに片付け最後までしてから渡すといなし、集積場に泥を集め掃除や用具を倉庫にしまい、後は通りを行き交う人をなんとなく見ていた。ウォシスは最初から最後まで手を出さなかったけどこちらの要望に付き合ってくれた。
「綺麗だね。やりきった後見る空はなんだか気持ちいいや」
「まあな、この後一杯あれば最高なんだが」
「男の人の意見だねえ。私はのんびりお風呂に入って美味しいご飯食べてしめにデザート食べたい。ラウラウ先生は?」
「愚問ですね、趣味一本だとお思いですか?もちろん趣味一本ですよ」
「勤労の固まりだね!読み専の私としては大歓迎だけどたまには休んで英気を養ってよ。倒れて新刊落とされるのは辛い」
「本業を疎かには致しませんって」
「一杯書いてね、あなたの作品楽しみにしてます」
「それこそ愚問ですよ」
「働くのはキツいけどさ、この空を大事な人達と見るためだと思えば報われる気がする」
「そういうのは夫に言ってやれ」
「え〜何言ってんの。義理の弟に気にくわない奴の部下、尊敬する作家兼同類、友人のために動く感情に違いなんてあるわけないよ」
 冠童意外は壁により掛かり、疲れた体を預けていたがふっとウォシスが蔑むような吐息を零しこちらを見る。
「……芝居がかった台詞ですね、歯が浮きそうだ」
「まるで違うって言いんだろうけどね、私は心からそう思ってるよ」
「仲良くなんて出来ませんよ。私と貴方では根本的に考え方が違うようですし」
「でも歩み寄ることは出来る。理解しきる必要はない、考えを知っていればそれが強みにも為る」

 懐を探り目当ての物を取り出す。随分長く付き合わせてしまった。懐柔も諦めさせもできなかったが、付き合ってくれた誠意の礼にマスターキーを差し出した。
「ウォシス大老、あなたの勝ちだ。約束通り譲ろう。あなたがヤマトに準ずる同士と見込んでこれを託す」
「粗略には扱いませんからそこは大丈夫ですよ」
「そうだと信じたい。これから私が言うことを聞いても、その大義に綻びがないよう願っている」
 受け取ろうと出された手にマスターキーを乗せる。ああこれがと感嘆の吐息を零し鍵を摩る彼に一歩近寄る。不審に思ったんだろう、さあ今度はなんだと言いたげに不適な笑みを浮かべる彼にもう一歩近寄る。
 誰かに聞かれれば事だ、意味は分からずとも彼を揺さぶる条件に気づかれてはいけない。ライコウの密偵は各地に渡り今もこうしてヤマトの安寧を脅かす物がいないかどこかで見張っているんだから。

 鬼が出るか蛇が出るか。それでも知らぬまま高見から蔑むつもりの存在がそれ以下だなんて憐れだから、怖いのを我慢して視線を外さない。
 近づきすぎたのだろう。後ろに引こうとする彼の手を取り、引き寄せる。
 主を害するとみなしたのか、冠童が主の名を呼び腰の得物に手をやった所で、ウォシスの耳元で囁いた。
「あなたは複製体だ。聖廟は継げない」
 何をと冠童の誰かが呟く。無視して、気圧される前にと言葉を繋いだ。伝えておかないと、せめて私が生きているうちに。風が吹けばヒトは死ぬ、それは誰しも例外じゃない。
「聖上が聖廟を託さないのはそのためだ。実子と育て説明もせず廃嫡したのはこの事実を知られたくなかったからだ」
「……は?」
 視線を彼に戻せば何を言われたかわからず困惑していて目線の高さに、聖上も若いときは同じぐらい身長高かったのかなとそれる思考を引き戻す。
「マスターキーに確認すればすぐにわかる。機械は嘘をつかない、ただ事実のみをつまびらかに語ってくれるだろうさ。一発ぐらい殴ってもいいと思うよ……殺すのは勘弁したげてね」
 後ろに下がりウォシスから離れる。鍵は遺跡内部でないと使えないから彼のこと、すぐに確かめに戻ると踏んだが、オンヴィタイカヤンの弁は私であっても信憑性があるのか、じわじわと困惑が焦りに、戦きに変わるのを目にして、ああやはり聖上は絶望させまいと黙ったままだったのかと不器用な愛情に胸が痛んだ。
「許しなく明かした今聖上の不興を買った私に居場所はなくなった。次も会える機会が来るといいがおそらくは無理だろう。代わりと言ってはなんだけどこのヤマトのために今後も頑張ってくれ」
 無言で狼狽えていたウォシスが私の弁に反応をする。
「何を言ってるんですか、貴方は。貴方を排斥など聖上がするはずが」
「血縁が見つかったのはご存じだろう? ……まさか、聖上はそこも説明していないのか?」
 眉を顰めたウォシスが気づいたのか、少しだけ目を見開きハクの方に視線をハクの方にやろうとした。私は体を動かし視線を遮る。大丈夫、子息ではないよ。
「弟君で、あらせられる」
 ハクに聞こえないよう潜めた声はなんとかウォシスに届いたようだ。
 狼狽え年齢がと囁く声にボロを出さないよう言葉をかぶせた。
「ならばそちらを優先するのは当然。日陰の身に不満はないし邪魔というならいっそう静かにいるだけだ」
 強く断じる私に対し、ウォシスはそうではないのですと苛立ちを見せる。
「あなたは母体だ。デコイは母系遺伝子を優先して受け継がれる。人類復権の格好の依り代をあの方が手放すはずがない」
「ああ、やっぱり私ってその程度の存在だった訳ね」
 交流があった弟の元恋人程度の横暴をよく許すなとは思っていたけど、そっか依り代か。それでもきっと濁した言葉なんだろう。固まるウォシスの動揺からある程度読み取れるものはある。

 きっと帝はこう考えた。弟とその恋人が共に目覚めて復縁し子を産めば、生まれた子供は人間だ。
 だが弟が記憶を取り戻す前にすでに配下のデコイと番(つが)うのは誤算だった。無理矢理引き離せば、配下は納得しても弟の元恋人は怨み後々遺恨になるだろう。
 人類が復権した後の火種になっては困る。ならばいっそ、愛し合う物通しを結ばせれば反抗できない奴隷のできあがりだ。亜人、デコイはオンヴィタイカヤンの命令には逆らえない。恩にきてより一層の忠誠を尽くす。夫がそうなら妻も逆らえない。子共々いいように使われる。悟らせないよう利用すれば人類復権の手駒を増やせる。
 このまま重用し人類の要素を多く受け継いだ子通しを掛け合わせ増やし栄えさせる。あるいは生まれた子に弟をそれか複製体をあてがい人工的な人類を作り出すもよし。
 私は人間を産むための胎み腹だ。なんとなく察していたし良くしてもらったから目を瞑るつもりだった。このままオシュトルと連れ合い、子にも無理強いさせないなら文句を言う気もない。好きな人の子を産んで家庭を築ける。死ぬまで連れ添えるんだ。オシュトルの意思を無視してるけどこの上ない幸運だとも思う。納得はしてるから別にいい。

 平気だと笑って見せるけど、平静を取り戻したはずのウォシスが一瞬無表情になり、だが仕方ない人だなあと言いたげな笑みを作る。
「……察してましたか。すみませんね、黙っておくよう言われたのですが」
「いいんだ、子を産む道具としか見られてなくても選ばせてくれた。好きに増えよと許してくれたし大好きな人の側にもいれる。他のヒトの子を産めなんて強制もされてない。非道な行いは一度としてされなかった、あの方には感謝してるよ。友達も可愛い弟妹も出来た。あなたと血縁はないけれど……あの人の甥っ子にも会えて嬉しかったから、思い残すことは多いけどいいんだよ」
 今にも死にそうな事を言うなと自分でも思う。ちょっと感傷が過ぎたみたい。
「ナナコさん」
 何か言いたげな声音だけど大老ウォシスは口角を上げたまま演技が過剰だと指摘してきた。
「芝居がかった態度が過ぎますよ。なんです?今度はお涙頂戴物で籠絡しようって魂胆ですか?その手には乗りませんよ、なぜなら私は」
「ラウラウ先生でしょ?新作楽しみにしてます。落としても気にしないで、今まで発行された本を呼んで萌えてますから。本当あなた作風の幅が広くてめっちゃ楽しいめっちゃ慰められてるの、やけにならずに長生きしてね」
「寂しかったんですか?」
「今も寂しいよ?」
「……複製体ですか」
 それには答えず応援してるぜとエールを送る。
「めげずに立ち直れるの、私待ってる。寂しかったら遊びに来て。白楼閣でも屋敷でもすぐにハクを連れて向かうからさ」
「だから自分を巻き込むなっての」
 静観を貫いていたハクの手を握りガッツポーズを取ると怒られた。手も振り払われてむっとしたけど今はウォシスだ。どこか力なく微笑んでいる彼に元気を出して欲しくて笑顔を作る。
「貴方は私の甥っ子になるはずだった人。おばちゃん得意なものは何もないけど話ぐらい聞くからね、泣き言も愚痴でもオールオッケイだから」
 詭弁だ。何の慰めにもならないと知っていて声を掛けた。彼がどんなに聖上に認められたかったか原作知識で知っていたから、当人はきっと徒労を感じていてもそれは無意味ではないんだと伝えておきたかった。
 聖上は貴方を愛している、ホノカさんも部下達も。そして私は愛してこそないけど彼の努力を認めている。おそらく彼の同僚も実情を知らなくても長年ヤマトを支えた功績から否定の言葉なんて出はしないだろうさ。
 だからやけっぱちに為るなと言外に込めたけど、そんな気遣い押しつけるのも失礼だから匂わせる程度にしておいた。

 案の定正しくは伝わらず、じわじわ実感の湧いたウォシスの頭が徐々に項垂れていく。
「放っておいて、頂けますか」
「一人になりたいときもあるよね。ゆっくり休んだらまた色々話そうよ」
「結構ですよ、もう何も」
 目を瞑り両手の拳を握ってどこかヤケクソ気味な呟きまで零し始めた。
「なにが聖上……なにが家族……」
 宥めようと背に手をやろうとして払われる。
 ぱんっと響く音にはっと顔を上げたウォシスに大丈夫だと叩かれた手を隠し微笑むがそれも苛立ちしか生まなかったのか、きっと睨み(珍しい!)踵を返した。帰るの?と早足の彼に続けば。
「放って置いて下さい、迷惑です」
「一発ぶん殴ってやれば?」
「他人の貴方に指図される謂(い)われはありません」
 けんもほろろ。冠童達はウォシスを慰めたり私に付いてこないで下さいと睨んだりして忙(せわ)しない。くれぐれもお父上を責めるなよ、いや責めて発散させた方がいいかと声を掛けようとしてふいに視界に入る違和感に顔を上げた。
 屋根に人影がある。通りで上を向くのは私のみなのか、冠童ですら主に掛かり切りで周囲の警戒を怠っている。誰も気づいてない?きらりと小さく光る輝きに、あ、コイツに当たったら不味いと考えるより先に体が前に出た。
 瞬間、奔る激痛に身が強ばる。いきなり野球バットで殴られたような衝撃に声も出ない。立っていられず膝から崩れ落ちた。
「な……」
「ナナコ!?おいナナコしっかりしろっ!くそ、なんだいきなり!」
 悲鳴が周囲で響き、ハクが慌ててこちらに近寄ろうとするのを来るなと叫び引き留めた。追撃の保証がない状態で彼を安全な壁際から引き離すわけには行かない。思考が痛みで散漫だ、何がどうなってる?
 痛みの元を見れば肩に……うへえ矢が刺さってる。

 キンキンと響く音は何だろう。痛みを無視して見上げれば、ウォシスにかかる追撃の矢を冠童が短刀で切り落とす姿が見えた。
「なぜ……なぜ私を庇ったりなんかっ」
 狼狽えるウォシスを守るように冠童が囲んでるけど、うん治療したり守ろうとしたりは命令がないとしてくれんのね、薄情よねと縋(すが)る眼差しを向けたけどウォシスは混乱の真っ只中でこちらの窮状を気遣う余裕はなさそうだ。安心させようとなんとか微笑んでみる。
「可愛い甥っ子……だからじゃ、ダメ?」
 正確には甥っ子予定だった赤の他人なんだけどね。驚いたのか目を見張り、ぎゅっと瞑ったと思えば厳しい視線で冠童を呼ぶ。
「リヴェルニ、シャスリカ!」
 冠童に素早く指示を出し頷いた彼らは身を翻す人影を追うためか、一気に地面を跳躍し屋根を掛け消えた。もう一人は得物を手に構えて周囲に警戒の姿勢を見せる。
 いや手当してくれや。ウォシスも何突っ立って見てるだけなの?聖廟次ぐ後継者候補ついでに消せないかなって思案してる?やめて、せめてこんな人前じゃなくて私が子孫繁栄して大往生してからにしてくれ。

 通りで見守る何人かが手当をだとか検非違使呼んでくると方々に散っていったけど、基本遠巻きに見てるだけだし。いやいいよ、呼んでくれるだけでも助かるわ。野次馬もこのまま去るのも不義理っぽくて見守ってんでしょ。いいよ、てか誰か手当てしようとしてくれんかないい加減に。
 じっと見てるだけの大衆だけど、それに比べてハクのなんと健気なこと。大慌てで袖をまくったり懐を探ってああでもないこうでもないと大騒ぎだ。
 何してんの?治療しようとして道具ないから慌ててんの?ちょっと落ち着け、見てるこっちが怖いぐらいハクは焦りまくっている。え、大丈夫なの?逆に治療しないほうがいい状況になんてならないよね?
「大丈夫だ、矢さえ抜けばすぐに手当してやるからな。誰かっ、包帯と酒持ってないか!」
 あかんてハク、失血死する。
「この場合は薬師の方が来るまで手を出さないのが賢明ですよ。矢が貫通してないのなら日陰に移動させて大人しく休ませましょう。興奮するほど血圧が上昇して失血死する可能性が高まりますので、安静が一番です」
 見かねてウォシスが口を挟んでくれたけどさすが大老博識だわ。頷こうとして激痛で私はだんまり項垂れて耐えるしかなかった。ハクは暢気にそうなのか?と言うけれど身動きできない私が不安なんだろう、大丈夫かとどう手を出せばいいか困っている。
「放っていても大丈夫ですよ。毒が含まれていたとしてもそうすぐには回りはしません。薬師が来るまで安静にしていれば持ちます」
「恩は売れなかったか〜」
 なんとか返し壁際に移動しようとするけど動きは実に緩慢だ、ずりずりまるでカタツムリみたい。そう言えばこの世界にカタツムリって居るんだろうか?あからさまにほっとしたハクだけど手負いを引きずるのに遠慮があったんだろう。固まったまま見守られ私はよいしょよいしょと壁目指して中腰でずり歩くが、苛ついたのか怪我してない方の腕をウォシスが急に引きぎゃっと叫ぶ。痛い!
 はらはら見守っていた周囲がぎょっとする気配を感じたけどウォシスは意に介さず痛い痛いと叫ぶ私をガン無視して壁際に移動させた所でようやく腕を放してくれた。
「この程度貸しの一つにもなりませんが念のため返しときました」
 要らんてそんな恩返し。痛いだけだし恩返しになるかこんなん。
 壁に背を預け、涙目で文句を言おうとした視界が急にぶれる。あれ?と思う間もなく写真のフィルムのように目の前の光景がぶつ切りにぶれた。足に妙な力が入りずるりと重心がずれて壁伝いにゆっくり仰向けに、倒れ。

 思ったほど深刻じゃない状況に顔を緩ませていたハクと平静を取り戻しにやにや私の返事を待っていたウォシスが突然の異変に表情が消える。大丈夫、ちょっと力が抜けてと取り繕いたいのに、声が出ない。
「な、ナナコさん?どうし」
 揺れ出す体、意識はしっかりあるのに全身が強ばり視線を保っていられなくなった。私何がどうして。
「痙攣!?そんな毒が、ですがこんな急に回るなどなぜ……もしや!?」
 ナナコ、ナナコしっかりと駆け寄るハクが手を握ろうとするが揺れる手を押さえられず困惑しきっていた。ウォシスがハクの肩を掴む。
「ハクさん、でしたよね!」
「お、おお?」
「懇意にしている薬師の方がおられるでしょう?問いに答える余裕はありません。彼女にお伝え下さい。すぐに手当できる準備を整えてお待ちくださいとご一報お願いします」
「呼んだ方が早いんじゃ」
「間に合わないのでこちらで処置します。峠を越えねば薬は無意味、一刻も早く、手遅れになる前に白楼閣へ」
「何でそれ」
「説明は後で!」
「あ、ああ分かった。ナナコを頼む!」
 駆け出すハクの足がもつれそうだ。待って、危ないよと手を伸ばしたいけど全身が震えて思うように動かせない。のけぞる私にウォシスが手を伸ばし襟元を緩めたのはわかったけど、痛いのと気持ち悪さで何も考えられない。口元から吹き出る泡が恥ずかしくて止めたいのに意思に反し嘔吐感が強くなりえづいた。徐々に視界が暗くなっていく。
 きっと体を押さえ治療を試みようとウォシスはしたのだろう。胸にのし掛かり緩めた襟を大きく開き片手で肩を抑えてもう片方の手で矢の柄を握るが震えで狙いが集中しないみたいだ。何度か試しついに舌打ちをついた。
 ごぼりと出た胃液、汚いだろうにウォシスは懐から取り出した布巾で拭ってくれる。
「任されたくなかったですけどね……どなたか!腕っ節が強い方はおられませんか!急いでいます!このさいごろつきでも何でも構いません。お礼はいい値で出します、手当が必要なんです、一刻を争う状況で」
 助けてくれるのかこの状況で。馬鹿だ馬鹿だとウォシスに詰られたけど貴方も相当馬鹿だよな。ああ頭が痛くてもう……
「おう、どうした。何の騒ぎだこりゃ、ラウラウ先生じゃねえですか一体……って、な、ナナコ殿!?」
 いいときに来たけど後を思えば間が悪い、最悪の人選がご登場だ。群衆からきょとんと顔を覗かせたウコンの顔から血の気が引き慌てて群がる人をかき分けて来た。後が怖い人の登場で痛い頭が更に痛くなる。
「ああ良いところに、素を引っ込めてちょっと手伝って下さい」
「これは何が、ラウラウ殿」
 吐瀉物にまみれて汚いだろうに、かすむ視界に写る彼は震える手を力尽くで抑えて私の手を握り混んだ。
「き、きたな」
「汚ねえとこなんか何もねえ!何があった、何をされた!何の理由があってナナコ殿を」
「説明は後です。まずは手当を。早くしないと死にますよ」
「っ……承知した。それで、俺は何を」
「もうこの際流します。退きますので抱きかかえて動かないように固定して……そう、貴方は見ないほうがいいですよ」
 拘束する重さが消えて身を起こされ、とたん暖かい感触と匂いに胸が一杯になるけどもうダメだ。痛みで思考がとっちらかって何を言ってるかもわからないし震えも、止まらな い。
「肩に口を開かせて当てて、歯を砕いては気の毒ですから……いきますっ!」
 そして奔る痛みに絶叫し世界が暗転、意識は潰えた。


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風と行く