22話 病み上がり監禁寸前


「ラウラウ先生後は俺が」
「助かります。武芸にはとんと疎くて、薬液が染みた箇所は出血で流れましたが裂傷の止血は知識ばかりでは難しいですね。後はゆっくりでも構いませんよ」
「手早く終わらせますとも。理由は後でちゃんと説明して頂きます」


 二人とも何を言っているのと眩しい視界に疑問を感じて目を開ければ、見慣れた天井が見えた。視線を降ろすと最近やっと慣れてきた部屋が見える。オシュトルの寝室だ。とくるとここは右近衛大将の屋敷で、あの後私は。
「お久しぶりですね、お加減は如何ですか」
 横から掛けられた声に目を向ければぼんやりする人影がこちらを気遣わしげに伺っている……ウォシス?
「目がはっきりしない」
 率直に思ったままを口にすれば打てば響く返事が返った。
「治療後すぐですからね、じきに安定します。他に違和感を感じるところはありませんか?」
「頭が痛くて手足が痺れる。体がしんどい」
「良好ですね。喋れただけでも奇跡に近い。この状態なら完治もすぐでしょう」
 ウォシスが言うならきっとそうなんだろう。彼は原作だと敵だけど情がないわけじゃない、刃向かわないなら敵の大将だろうと見逃す度量はあった。治療をしたなら何かの見返りは要求されるだろうがおそらくそれはない。根拠はマスターキーだ。対等に勝負をし負けて対価を差し出した相手に庇われて治療したから言うこと聞け、なんて傲慢さは彼にはなかったはず。無駄な嘘も好まない性質だよね、これは私の願望だけど。

 どうやら私はオシュトルの私室で寝かされていたようだ。体を包む暖かな感触には覚えがある。ふかふかの布団が心地よくてもう一眠りしたいところだけど、まずは状況を聞かないと。
 身を起こそうとして肩に走る激痛に体が強ばる。見ればまだ完治はしていないようで、いつのまにか着せられていた寝間着の袷(あわせ)から巻かれた包帯が見えた。
 寝ていなさいとウォシスが言うのに甘えてまた布団に体を戻す。知ってたなら言えよ意地悪。
「今は何日?あの後どうなったの?」
 てかなんでオシュトルの私室に大老がいんだよ、いいのそんな無警戒でとここにいない誰かさんに胸中で文句を飛ばした。私の動揺を気づいているのかいないのか、段々視力が戻ってきたのか、ウォシスはにっこり微笑みこうなった経緯を明かしてくれる。
「あれから三日経ちました。私を庇って倒れたのを覚えていますか?……そうですか。
 あの後応急処置をして聖廟にナナコさんを突っ込みましてですね、危機的状況を脱した後は白楼閣経由で夫君の屋敷に担ぎ込みこうして私自身の手で看病していたというわけ
ですよ」
 嘘やろそれ。
「最後は虚言だ、本気にされるなよ」
 襖の開く音がして仮面を被ったオシュトルが膳を両手で抱えて入ってきた。よかった、オシュトルも無事なんだね。
「軽い冗談ですよ。これぐらい流してください。聖廟に突っ込んで白楼閣に戻したのは事実じゃないですか」
「あいにく某は心が狭いので試すような振る舞いは慎んで頂きたい」
 冗談の通じない人ですねえ、まあ細君を損なわれて憤懣やるかたないお気持ちは理解できますから流しときますと懐の広さを示すしてるのか喧嘩ふっかけてるのか、わからない私はおっかなびっくりで事の成り行きを見守るしかない。なんだこの状況。
 側にウォシス、向かい合うようにオシュトルが座る。本当なんだこの状況、美形二人侍(はべ)らせて第三者なら涎垂らして私もご相伴にと全力でうらやましがる所だけど、不穏な状況だと怖さしかない。
 縮こまる私に気づいたのか、ウォシスが手早く説明しますと切り上げてくれた。
「聖廟で最後まで治療したかったのですが毒矢と溶液の組み合わせが最悪で、また副反応が出てはいけないと判断し、最悪の状況を脱した後は安全な場所で投薬や塗り薬の治療に切り替えようとお連れしました」
 そんで昏倒してる間に三日が過ぎたってわけね。
「ハクは無事?追った冠童達は大丈夫だった?」
「ええ、下手人も捕まえて戦果も上々怪我一つありません。あの人も手傷はないですよ。途中慌てすぎて転んだのかすねに傷を拵えてましたけど、それ意外に変わりありませんね。胸中がどうかは知りませんけど」
 含みのある言い方するなあ。はいはい、守れなかったと自分を責めてるかも知れませんよと言うご忠告ですね。元気になったら励ましに行きますか。もしかしたらネコネちゃんに脛(すね)でも蹴られたのかもしれないし。謝罪と酒を用意して訪ねよう。
 とりあえずハクも無事と知れて安心したわ。
「助けてくれてありがとうねウォシス。とても有り難いんだけど、どうして私を助けたか聞いてもいい?貴方に助ける道理はないでしょう?」
「どういたしまして。ええその通り、無いと言えれば良いのですが、原因が私とあれば知らんぷりで済ませる訳にもいきませんからね」
 ん?原因……?
「其方を射った者の狙いはウォシス殿だ」
 様子をうかがっていたオシュトルが口を挟む。嘆かわしいとウォシスは渋面になりすぐいつもの笑顔で息した。
「まとめ役といえど要職に逆恨みは付き物です。以前却下した仕事の件で怨みを買っていたようでして巻き込んでしまいました。ですがあなたのおかげで暗殺は失敗、首謀者はよりにもよって虎の尾を踏み全員投獄済みです。
 もっとも、トカゲの尻尾切りで目論んだ大貴族までは届きませんでしたけど」
「猶予を与えてしまった。その間に証拠を処分され本願には届かなかったのだ。其方を守れず申し訳ない」
 頭を下げられて私はそんなことないからと慌てた。守ってもらってるし!この上ないほど保護されてむしろ感謝してますだから顔を上げてと促せば、この不始末はいずれより一層職務に励み挽回させてもらうと意気込むから、いいから偶には休んで!ウコンの時は非番だったんでしょう?逆に迷惑掛けてごめんねと、心配掛けて申し訳ないと捲し立てれば迷惑などとんでもない、其方が生きていて良かった、それだけで某は報われた気になると手を握る。いつも助けられてるのはこっちだよと微笑めばナナコ殿と微笑まれ、掌が覆われて見つめ合った。オシュトルはどんなときも本当に優しくて私はつい惚れ惚れしちゃう。
「オシュトル殿、それは私が帰ってからにして頂きたいですね」
 ごめん完全に意識の外にやってたわ。慌てて掌を離しごめんねとうそぶけば飼い犬は最初の仕付けが肝心ですよといらんお世話を焼かれた。飼い犬呼ばわりされたというのに、オシュトルは怒りもせず残念そうにこちらを見ている。
 オシュトルは寛大やな!うん、上司だから怒るに怒れないってなんとなく分かるよ、それを分かってるのかウォシスはにこにこ顔。きつい上下関係だよな。
「ところでお腹が空いていませんか?三日前に市井の方から頂いた串を食べ損ねて懐にしまったままでしてね。病み上がりですが食べれないこともないでしょう。良ければどうぞ」
 え、腐ってないそれ?急に何を言うかと構えれば単なる嫌がらせに私は内心びっくりだわ。嫌がらせする原因には心当たりしかないけど、食べ物に意地汚い私でも誰かの食べ残しは勘弁願いたいんですが。オシュトルは可!
 煩悩する私の脳内を知らず、やはりあまりな言い様だったのだろう、静かだったオシュトルの表情に剣呑なものが混じりウォシスを睨む。
「ウォシス殿、いくらこの者が市井の出とはいえ無礼が過ぎます。この者は某の」
「もう公言しても大丈夫なんですか?幾ら外堀を埋めたとはいえ屋敷の安全は絶対ではないのでしょう。盗み聞かれて狙われるのは彼女ですよ?」
「……ご忠告感謝致す」
 とたんにオシュトルは怒気を納め居住まいを正した。一度暗殺未遂あったもんね。
 誰狙いかはわからなかったけど、大人しくしとくにこしたことはない。私だけどな、シャクコポル族使うなんてお前しかいないし。
「命を大切に!」
「いきなりなんです?」
「暗殺も一つの手段なのは認めるけど対話もせず子飼いを向けるのはどうなのって話!話せば簡単に解決したかも、子飼いを失わずにすんだかも。他人事でも優秀なの亡くすの国の損失だよ。手段は認めても失敗したリスク大きすぎるんだからもっと堅実に行くべきだよね?対話対話対話が一番!」
「それで解決しなければ武力で従えるのが定石です」
「否定はしない。でも道理が通らなければ遺恨が残る。精査審査、法に則(のっと)った判断で決めるのが一番信頼失わないからやっぱまずは対話だね」
「人はそれをゴリ押しと言います」
「この国の奴らが脳筋過ぎるだけだって」
 少しの間の後ウォシスはおかしそうに小さく笑った。
「確かに。失礼、面白い人ですね貴方って。朝議の場に貴方がいれば良い具合に議論が回りそうで、想像したらつい……ぷぷっ」
 なんで想像した。あれか、会議が回らずストレス溜まってるのかな。だとしたらお疲れ様だね。気晴らしぐらいしたくなるよね。でも私を出しに鬱憤晴らすのやめて。あまりに楽しそうに笑うから、偉そうな服を着た私が会議に参加する姿を妄想してみた……自己保身矛盾ダメ出し、何も決まらなさそうだわ。恥しか掛けない。
「絶対ノー参加。権力は好きだけど大きすぎるのはしんどいから知らないところで勝手に穏便にして下さい」
「連れないなあ。いつになれば公的な場で右近衛大将夫人のお顔が見られるのでしょうね?ねえ右近衛大将?」
「それは追々と考えております。某ならいざ知らず殿中で諍いの火種が起きてはなりませぬゆえ近々としか申し上げられないのが不甲斐なく……」
「夫いびるの止めてくれないかな〜?凄い不快なんで〜」
「ナナコ殿大老殿だ。気持ちは分からんでもないが抑えてくれ……」
「ダダ漏れですよ。
 でも確かに端で見ても楽しい話でもありませんね。失礼オシュトル殿、奥方をからかうのが面白いすぎて調子に乗りすぎました。気を付けますね」
「お心遣い感謝致す」
 それにしても公的な場かあ。保護者の許可を貰って大貴族の後ろ盾を得ても尚公然とした場に私を連れてかないのは、やっぱ危険性が皆無ではないからなんだろうね。忠告は素直に受け取るべきかと私も思い直す。
「贈り物ありがとうね。大老からせっかく頂いたんだし大事に食べるよ」
 食べれる状態か確認して問題がなければ頂きます!
「くれぐれもお一人で食べて下さいね」
 食べるの前提で笑顔を向けられるの怖いんだけど。え、何で一人?食中毒死でも狙って
んの?こいつの事だからそんな馬鹿な手は使わないか。やるなら一撃で仕留めるような手を使ってきそうだもんね、オシュトルえん罪とかえん罪とか。
「あれから色々考えましてね、納得は出来ませんがそういうものなら仕方ないと諦めがついてしまったんですよ」
 煩悩する私を楽しげに見たウォシスはにこにこと含みのある言い方で私を釣りに来た。
 懐から懐紙に包んだ物を取り出し包み毎私に差し出してくる。受け取るだけで済ませようするが、非礼を問いませんから中を検めて下さいと言われておまえが一人で見ろと言ったんだろうがと内心で文句を飛ばした。首を捻りつつ、それならと検分のために懐紙から取り出せば……マスターキーだ。驚いたのだろう、オシュトルが小さく息を吐いた。
 失礼と声を掛け、ざっと見れば損傷もなく細工を施した後もなさそうだ。マスターキーに私の声を認識できるか尋ねると確かな音声で認識できると返事が返った。あれ遺跡でないと動かないんではと私の疑問を察してか、聖上に頼んで貴方の音声は認識できるよう調整してもらったんですと朗らかにウォシスが微笑む。
 聞いたの?と怖々尋ねると一悶着ありましたけど元サヤに納まりましたと返る答えにほっとする。
 一発ぶん殴った?と軽口を向ければ老体でなかったら百は決めたかったですと至極残念そうに答えるので、ひとまず片が付いたなら良かったと流しておいた。帝、怨むなら私でなく我が身の不甲斐なさを怨んでくれ、私悪くない!多分……
 とりあえず礼を言わねばと、マスターキーを懐に収めて改めて礼を言う。
 ウォシスは柔和な笑みを崩さずこちらこそ、腹立つときもありましたし、実際ずっと苛立って仕方なかったですが、それなりに楽しかったですとまで言ってくれた。色々余計だっつーの。
「よければ時間の合うときにまた勝負をしませんか」
 また急に珍しいお誘いが来たな、なんだ明日は雪でも降るの?大歓迎だけどと私は喜色満面大賛成。
「いいよ、希望はある?」
「まずはナナコさんのご希望を聞きたいですね、今度は何を提示されます」
「溝掃除でお願いします」
「またですか。どうせなら茶席とか酒席がいいですね」
 おっと二人きりは要らぬ詮索を生むからノーセンキュウだわ。断ろうとするがいち早くオシュトルが待ったを掛けた。
「連れを同伴するのなら某も断りませぬ」
「辞めときます。犬に噛まれる趣味はないので」
 だから部下犬扱いやめろや。こっちのうんざり顔なんて気にも掛けず、ウォシスはそろそろ疲れたのでお暇しますねと立ち上がり背を向けた。
 襖を開け遠ざかる背に呼びかける。
「ありがとうウォシス」
 色々含んだ言葉だけど大老はさすが狸、蒸し返し肯定させ更なる親睦をと言うこちらの策に乗る気はないようで。
「お元気で叔母上、手紙楽しみに待っています」
 それだけ言って襖を閉めた。懐柔も籠絡もされてくれなかったが歩み寄ってくれたのだと思いたい。そう解釈して穏やかな気持ちで足音が消えるのを待つ。


 廊下の足音が消えたところで、さてと、静かに正座でこちらを見ていたオシュトルに向き直り両手を着く。正直動かした途端に肩が傷むから口答でもいんじゃない?って思わんでもないけど、無駄に心配かけただろうから謝りたかったんだ。
「この度は突然このような事態を招いてしまい申し訳ないと思っています」
「謝罪は良い。ハク殿から報告を受けている。手を戻されよ」
「でもちゃんと謝らないと。無駄な心配を掛けて申し訳なかった、今後はこのような事態を招かないよう努めるつもりだ」
「ナナコ」
 下げた頭に手が伸びて顎を取られた。痛くない力で押され、自然とそのまま顔を上げ身を起こせば覗き込むオシュトルの静かに揺らめく瞳と合う。
「某は怒っておらぬ。ただ憤りはしている、なぜ事前に知らせてくれぬのかと」
「ごめんなさい」
「謝罪はよい。其方が無事で良かった、震える其方を見たときは、正直もうダメかと」
 震える声は最後まで言葉にならず、たまらず私は助かった安堵から涙腺が脆くなる。
 滲む視界にオシュトルが近づき彼の白い外套に頬を寄せた。肩が痛くないよう配慮してくれているのだろう。抱き留める力は触れる程度で暖かい。
 それが余計、倒れた私を見た彼の衝撃がどれほど大きいかを示しているようで、罪悪感に胸が痛んだ。
「今後はない。努力する」
「そうしてくれ。某は其方が心配で生きた心地がしなかった」
 少しだけ拘束する腕の力が強まり傷が痛んだ。悟られないように見上げるが、こちらを見る視線は穏やかながらもどこか剣呑な色も含まれていて、どうしたの?と尋ねる言葉が喉置くに引っ込んでしまう。見つめ合い数秒、怯える私に気づいたのかふっと微笑んだオシュトルが頬を撫でて堪えていた衝動を明かしてくれた。
「何、こう考えていたのだよ。ありとあらゆる危険から其方を守りたいのにそれも出来ぬ某の弱さが口惜しいとな」
 足を撫でる感触に視線を落とせば布団をはぐられオシュトルの指が裾から覗く素足を撫でさすっている。
「何度、事前に足を切っていれば失わずに済んだと後悔したか。だがその悔いも其方を損なう前提で失うぐらいならいっそと思う我が身の浅ましさにどれだけ戦いたか。助かり僥倖だったというに眠る其方を見て足を斬ればどこにも行かぬかと未だ血迷う弱さを其方は知らぬ。
 某は、浅ましい我が身が恐ろしい」
 なんかめっちゃ怖いこと言ってるよこの人。今からでもぶった切って我が物にしたいって?オシュトルに限ってあり得ないでしょう。物騒なこと言って試してんのかな?怖いわ〜お武家さんって皆こうなの?いやこいつが特殊例なだけか。本気じゃないよね?本気でも嬉しいけど痛いのは勘弁だから血迷ったことしないよう、極力私は気をつけながら優しく微笑むオシュトルに身を寄せて肩が痛まない程度で抱きしめようとして、奔る痛みに強ばらせてしまった。
「無理せずとも良い」
「無理じゃない」
 体を布団に戻そうと抱きかかえたまま押すオシュトルに強引に抱きつく、痛い!でも今はそんなのどうでもいい。傷を案じ咎める声を出すオシュトルにやっぱりこの人は己の欲より他人を大事にする人だと私は思う。間違いを正そうと私は縋るオシュトルに声を掛けた。
「貴方は私を斬らなかった。弱くなんてないよ、優しい人だ」
「そう見せているだけだ。其方が思うほど某は高潔ではない。嫌われまいと取り繕う保身が第一の、只人と変わらぬのだ。幻滅するのも当然だ」
「するわけないじゃん、そんなの誰だって当たり前の感情だし。保身も嫌われまいと振る舞うのも普通の事じゃん。
 誰かを閉じ込めたいだとか自分だけを見てほしいとか、死なせたくないだとか皆が持つ感情なのに、どうしてそこで責めるのが自分なのよ。もっとこうぐいぐい来てもいいんだよ?だって私は貴方の家族なんですから」
 うだうだ言うのをぴしゃりと言い捨てるが不安は拭えないのだろう、微笑みながらオシュトルが告げる。
「そうだ、我らは家族となった。それでも其方を失わない保証はない。其方を失う可能性が某は恐ろしいのだ。
 ナナコ殿、口約束で良い、今後一切このような目に遭わぬよう努力すると誓ってはくれまいか?」
「できなかったら監禁するの?」
 沈黙、うっすら微笑みを浮かべているがきっと答えに窮しているだけだろう。
「いいよ。好きな人に囲われてずっと側に入れるなら何だっていい。火種をあらかた消してならご存分にどうぞ。皆に会えないのは寂しいから偶には会わせてもらいたいけど、色々手を回して私がいいよって言う条件になれたら、痛くない範囲で監禁してもらって構わないし」
 三日って長いよね。ざっと襟元から胸元覗いたけどそれらしい痕跡はないしその間この人はずっと我慢していたというわけだ。あんだけ暇さえあれば部屋に連れ込んで睦んでいた人には結構長い期間だったと思う。
「ナナコ殿、其方の怪我は完治しておらぬ。誘うような問答は傷が癒えてからにしてくれるか」
「明日の保証は誰にもないよ、特に貴方はそうでしょう?」
「確かにそうだが……」
「ね、私の看病は誰がしたの?家人の人?ネコネちゃんかな?大穴で、ウコン?」
「全員だ、もっとも数は限られる。日中某は側に居たくとも仕事でおれぬのでな、空いたときに適当にすませた」
 適当ねえ……
「夜に看病してくれた日もあったんだよね。私体のどこもスッキリしてて変に感じるところ一つもない。蒸し風呂にも入れてくれたんでしょ、綺麗にしてくれてありがとう」
「……何か含みがあるな、ナナコ殿が何を言いたいのか浅薄の某にはわからぬ。是非ご教授願いたいのだが」
 ふふ〜ん、ならご教授してあげる!できるだけ身を寄せて潤む瞳を見つめながら囁いた。
「手厚い看病で私もう大分元気になったと思うのよ。でも自分でも手当てできるように教えて欲しいなあって。看病大変だったでしょ?新婚の奥さんを脱がせて着させて。
……むらむらしなかった?自分でもしかして慰めたりしてたの?夜な夜な、私の恥ずかしいところ拭って拭いてそれだけってちょっと寂しいじゃない?掛けても良かったんだよ。だって妻なんだし。
 意識ないの入れて出すのはちょっとヤだけど、まあ知らないところで危ない目にあった私も悪いから一回ぐらいなら大目に見る。今度は入れて出してね」
 矢継ぎ早に恥ずかしいことを言い募ると挑戦的だったオシュトルは徐々に狼狽え始めた。
「ナナコ殿しばし待て、待ってくれ」
 言い切る頃には珍しく頬を染めて手を顔にやり俯いて表情が見えないのが残念だ。仮面被ってるから元々見えないんだけど。
「綺麗にしてくれて嬉しいけどさ、ちょっとはやらし〜ことしてくれても良かったのに。誠意は結構だけど手を出されないと不安になっちゃう」
「其方は本当に……」
 痛む体を無視して項垂れる彼の首に腕を回す。覗く獣の耳元にそっと囁いた。
「本当に、なに?」
「某を煽るのが上手くなったな」
 頬ずりして私の耳元で囁くと背に腕を回しのし掛かってきた。優しく柔らかい敷き布に降ろされ仮面をオシュトルが外し脇に置く。
 彼が仮面を外すのは限られた時だけだ。至極個人的な行為、例えばウコンに扮するときや身嗜みを整え就寝につく、そして閨毎だとかのあれそれこれ。
 整った顔立ちが近づき私の耳を形の良い唇で噛んだ。痛くはないくすぐったいだけだ。
 ヒトの彼らは房事に耽る際互いの獣の箇所を好んで触れるそうで、人間の私には尾も獣の耳もないけれどオシュトルも例外じゃない。高ぶらせようと耳に触れ噛まれ、臀部の彼らの尻尾があるはずの名残を押されれば求められていると嫌でも気づかされる。嫌じゃないけど、絶賛盛りに盛ってますけど。
「丁寧な看病嬉しいけど、やらし〜看病もしてほしいな」
 はしたない言葉を辿々しく口に出せば、楽しげな目元を一層細め口角があがり凶悪な色気を向けてくる。
「望むままに、ナナコ殿」

 貪るような口づけをよこす最中でもオシュトルは肩を痛めぬよう気をつけてくれていた。普段より穏やかな手つきに私はもどかしさを覚え早く早くとオシュトルの耳に吸い付く。襟元を広げ肌をすべる手は煽りにあおったためか徐々に荒々しくなりほどなく鉄壁の理性は陥落した。太ももを撫でさすられ大きく広げられ、繋ぐ頃にはもうすっかり互いに果てることしか考えられず痛みより気持ちいいのが勝った。

 私はあんあん久しぶりの淫蕩に浸りきり肩を若干痛めはしたけどすっきりしてさあ共寝をとオシュトルに促した。
 だがしかし、誠心誠意看病に努めていたオシュトルは相当溜まっていたんだろう、もう一度と言われて私は快く頷き、もう一度と乞われてまあ溜まってたのねじゃあと一度だけよと冷や汗をかき、再度の懇願はこれでお終いだからねと許したのが間違いだった。
 何度目か忘れた再再再度のお誘いは勘弁してと辞退したけど聞き入れられず、後はお察しの流れとなる。



 翌日、またも私の腰は死んだ。てか意識もなかった。多分奴は満足げに出仕したんでしょうよ。
 気づけば昼高い刻限で、見舞いと称して訪れたクオンに男は狼なんだから甘い顔しちゃダメかな!と文句と傷口そして新たに拵えた噛み痕に薬を塗り込まれ散々気をつけるかなと言い含められ帰って行くのを動けない布団から見送った。ハクはなんとも言いがたい顔でこっちを見てた。
 どうオシュトルに説明したかそれとなく聞けば、乙女書目当てに作家に近づき溝掃除に難儀していると聞いた作家が哀れんで部下を貸してくれたところこのような事態になったと釈明したらしい。
 ちょっと無茶な良いわけじゃない?乙女書好きだけどいきなり押しかける暴挙するような女じゃないよと思ったけど、作家本人が応援してくれる方を袖にするのもよろしくないと彼女の萌えトークに付き合った結果このような事態を招き申し訳なかったとオシュトルに頭まで下げたので、オシュトルも追求できなかったんだよ、と言われて戦々恐々。頭下げたんあのウォシスが、後が怖いな……
 仮にもしあったら気遣いかけて申し訳ないと謝っとこうと密かに思う。


 床につき体を休めていると夜半になり、部屋を尋ねたネコネちゃんと遅い夕食を取る。散々お小言を食らううちに夜も更けてそれぞれの床につくと帰投の声がして慌てて出迎えに奔るネコネちゃんの後を追おうとして、こけかけて止められた。
 仕方なく布団に転がり待っているとオシュトルが寝所に戻ってきたのか、今帰ったと外から聞こえる声におかえりなさいと声を掛ける。
 開けられる襖を見れば変わりない姿に自然と口角が上がる。いい子にしてたか?と言われいい子で寝付いてましたと文句をつける。誘ったのは其方だから某のせいではないと苦笑された。


 ……昼過ぎ、常日頃と同じく起きたときには体は綺麗になっていた。幾ら傍にいるのをオシュトルが許しているとはいえ妹や家人に当人の許可なく清める真似はさせないので今日もオシュトル自身の手で清めてくれたんだろう。まめな男だと思う。
 
 夜半遅く帰ってきた男に口を尖らせて休む?といい加減体を休めて英気を養えと水を向けたけど、其方を食べたいとのし掛かられては何も言えず、その夜も明け方まで淫蕩に耽った。




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風と行く