23話 監禁中のお見舞い※腐描写あり
最近ちょっと変だ。日中オシュトルの執務室で乙女書を(暇なのだ、手伝おうとしたら兄様に叱られるのは私なのですがと睨まれては何も出来ない)読む隣で書類整理に勤しむネコネちゃんに話しかけてみた。
「ねえネコネちゃん、何か私ね、監禁されてる気がするんだけど、さすがに考えすぎかなやっぱり」
「気のせいじゃないです、ようやく気づいたんですか、今更?馬鹿ですか?」
「あ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。そっかー……」
「出たいなら仰って下さい。ネコネも何度も掛け合っていますが、オシュトル様が首を立てに振らないですよ。心配も度が過ぎているのです」
倒れてから一月が経つ。大事を取り外での隠密業務はお休みと夫兼上司の許可を得て右近衛邸で寝付く日々を送っているが未だ私は屋敷から出して貰えていない。お見舞いの類(たぐい)は何度か受けてたからコレといった不満はないが何もしないでいるのは居心地が悪いんだ。
起きて一週間後には傷も塞がり多少の引き連れは残すものの痛みはほとんど無くなり腕も問題なく動かせるまで回復した。
オシュトルに事務処理ならなんなく手伝えるよと力こぶを作れば、ならば手伝いを頼むと言われて招かれたクオンが沢山の書類を持ってやってきた。見舞いがてらどこかの大店の不正に関わる会計書類の確認をするらしく、ご丁寧に茶菓子まで持参していた。
傷の様子も確認するからねとはりきっていたけれど、荷物持ちに付き合わされたハクはうんざり顔だ。ご苦労様と出迎えて、広間に赴きそれぞれが書類を広げる。
「そろそろ外に出たいんだけどね」
黙々帳簿に目を通す沈黙の中声を零すが、クオンがすかさず待ったを掛けた。
「まだ肩の肉がついてないから半年は出ないほうがいいかな」
「でも手紙を人に頼みたいし新刊が」
「大丈夫ですナナコ様!新刊は私が購入致しますしご懇意にされている絵師さん経由で直接お渡しも出来ます。ナナコ様は存分に体を癒やして下さいませ」
「ああ、うん……じゃあこれをラウラウ先生にお願いします」
承りましたとルルティエちゃんはにこにこ顔だけど、皆の雰囲気がちょっと怖い。
なんで怒ってるの?とハクにこっそり耳打ちするけど自分の胸に手を当ててよく考えろと濁された。叱られたか聞けば何かあれば一報を指摘された程度だからおまえは謝んなくて良いと牽制される。でも最後謝ったけどね。私のせいで皆に心配掛けさせたわけだし、と呟くがそういう問題でもないかなとクオンに嘆息された。
仕事を終えてこの後溝掃除らしい皆を見送る際強く言い渡された。今後は誰かを庇って怪我なんてしないように、意識無いの手当するのすっごく辛かったんだからと頬を膨らませるクオンに相当心配を掛けたんだなと申し訳なくなる。ただでさえナナコやハクは弱いんだからと苦言を零され、反論しようにもその通りだから何も言えない。今後はないように勤めます、心配掛けてごめんなさい、もうしませんと言い募れば多少鬱憤も晴れたのか仕方なさそうに仕様がない許しますと微笑んでくれた。
しばらく反省して大人しくすること!と強く言い渡され確かに怪我の治療に専念したほうがいいかと思い直したのだ。寝付くのにうんざりしてたけどここは静かに凄そうと寝所に戻ったのは記憶に新しい。
「そんで速攻来た返事をご本人が持ってくるってどうなの?」
ルルティエちゃんに渡した手紙の返事は翌日来た。手紙を持ってきたのは使いじゃなくご当人がお返事ですよと尋ねてきたので私は当惑して出迎える。
「やだなあお見舞いついでですから手間が省けてちょうどいいじゃないですか」
案内した客間でへらへら底の見えない笑顔でウォシスは楽しげにそう声を弾ませた。
ちゃんと旦那様の許可を得て訪ねてます、昨日お伝えすると聞いたのですが、聞いてないですかと疑問符を浮かべられたので濁した。
閨が終わった後で聞いた気がするけど夢うつつだから覚えてない。
「手紙以外手ぶらじゃん、どこが見舞いよ。どうせネタ提供に色々教えろとか言う魂胆なんでしょ」
「お見通しとはさすが叔母上、やらしー看病どうなんですか?毎日が爛れてどろどろなんでしょう。乾く暇もないぐらい盛りまくってるのかそれとも貴方が搾り取っているのか是非教えてください」
今後の動向についてのお話かと思ったらまさかのネタ要請かよ!?
「セクハラだから!しかも筒抜け!何盗聴してんの?怖っ、プライバシーどこ行った」
「反乱の種を積むためですから仕方ないと甘んじてください。面白いモデ、重責の方々の監視は業務の一環です。諦めて下さい」
「プライバシーの侵害やぞ!」
「バレなけば問題ありません。吹聴もしませんし」
「当たり前だからね!積むからなバレたらそれ。色々な人の人生終わるからそこは絶対気をつけとこうね!」
「貴方の場合積むどころか散々植え付けられてそうで実に愉快ですね」
「やめて〜!客が来てるときと一人の時が唯一の休憩時間なんだからこれ以上のセクハラはいやだ〜!はっ?!」
「へえ、やはりべったりですか。人目がなければ清廉潔白は独占欲が強くべたべたしていると」
うっかり口滑らせたけどなんだコイツ!見舞いじゃないの?本当にネタ集めのためだけに来たって言うの?めっちゃいい顔で笑わんといて。戸惑う私をよそにすらすらと取り出した雑紙にメモしてるし。
「しかも絶倫ですか、いいですね。はっ、ネタが来ました!一方的に片思いと思い込んでいる攻めの監禁両思いで受け陵辱狙いの薄暗い展開、相手は密偵役なんてどうでしょう。根底に愛はあります」
「美味しいですありがとうございます!次の作品も楽しみにしています!好みでなくても応援してるので頑張ってください!」
「言われずとも。ああ貴方との歓談は楽しいですね、ネタの宝庫です」
またまたうっかり応援の言葉をかけてしまったけど、出会ったときの剣呑さは感じられない。隠しているだけなのか私事に公の事情を被せる気はないのかわからないけど、少しは親しくなれたんだろうか。
落ち着いたところで、すっごい嫌そうにネコネちゃんが持ってきてくれたお茶を啜り話しの転換を試みてみる。
「喜んでくれて嬉しいけど大丈夫なの勢力争い、右近衛大将の屋敷に単身乗り込むとか余計な詮索生まない?敵対勢力に餌与えかねない状況だと思うけど」
「ご心配なく。ここに来たのはラウラウ先生ですから貴方の伴侶を貶める餌にはなりませんよ」
「ならいいけど、いや良くないけど。ウォシスは大丈夫なのかとも聞いてんだけど」
「大丈夫ですよ、この程度で揺らぐほど大老という地位は浅くないですから」
「なら良かった」
お茶菓子だけ置いてさっさと引っ込んだネコネちゃんお手製の菓子を食べる、甘くて美味しい。美味しいねと話を向ければ甘い物は格別ですねと返事をしてくれたので、これを機に仲良くしたいと私は世間話に興じた。
最近どう?ぼちぼちですな。商人かよ。作家ですよ、傷の具合は如何ですか。問題なし。監禁生活楽しそうですね。まずまずと言いたいところだけどすごく幸せ。それは良かった。
「なんで自分がここにいるかなあ」
暇だから飯たかりに来たと茶菓子を持ってきてくれたハクが後ろでぼやく。
「お仕事でしょ顔役殿」
飯たかるなんて言い訳だって知ってるんだから。
オシュトルは何故かウォシスが私に執心していると思い込んでるようで、何かあったら行けないからとお目付役でも頼んだんだろう。ウォシスが来ると家人にハクが酒をたかりに来るんだ。家人にでも呼ばせてるんだろう。証拠に肯定はないが嘆息が帰るのでやっぱりなあと色々付き合わされるハクが気の毒になる。
オシュトルがいない日は大抵隠密衆の誰かが傍にいてくれている。今日はハクが当番らしい。来て早々休もうと転がりネコネちゃんに雑事を言いつけられ、やっとの一休みに戻ってきたところお腐れ会話に巻き込まれたというわけだ。
「損な役回りご苦労様です」
「休めるのはいいけど、心が疲れるなあ……胃が痛え」
部屋の隅で胡座を組みどこか遠くを診るハクはウォシスの嘲笑もなんのその、以後静かに世間話が終わるまでだるいとあぐらをかいて座していた。
一通り世間話に興じて納得がいったのだろう、ウォシスは帰ります、これ返事です後で呼んで下さいと綺麗な花枝を封じた手紙を渡してくれた。
見送りハクと二人戻った客間でそれぞれくつろぐが(ハクはオシュトルの部屋から草書を持ち出し読んでいた。酒はオシュトルが戻ってから頼むつもりらしい)、広げた文に差し込まれた花が綺麗だと花瓶を用意して文を広げて意地の悪さに嘆息する。
ちょっとちょっとと座布団を枕に寝転がるハクを呼び手紙を見せる。
「やばいよハク、ラウラウ先生が持ってきてくれたお手紙読んでみたんだけどね、私が出した手紙の変なところ赤字で添削してよこして来やがった。文章力もっとあげて下さいって注意もある。くっそ恥ずかしいんだけど」
「恥かきたくないなら交流辞めろ」
「せっかく築いた接点無くすの惜しい。私はめげない、頑張るよ!頑張ってラウラウ先生をこちらの陣営に引き込んでみせる」
「はいはい、精々頑張って親睦を培ってくれ。んで自分を巻き込むなよ」
「?お目付け役言付けてんのオシュトルだけど」
「は〜。信頼が重いな」
「応えきれないのが辛いとこだよね」
「お前が言うな」
後はそれぞれ好き勝手に過ごした。文字の手習いに興じたり分からない箇所はハクに聞いて間違いを正す。手習いに飽きたら庭に出て日課の筋トレだ。よくやるよなあと縁側に出て眺めるハクに一緒にやる?と誘いを掛ければ疲れるから辞めとくと辞退された。怪我の調子を尋ねられ治ってるぽいけど無理は禁物と言い含められてると打ち明ければこの機に乗じてさぼりゃいいのにとほとほと呆れられた。
「なんでそんな頑張れるんだ、適当でいいだろ」
「明日同じとは限らないからね。やれるところまで頑張らないと後悔しそうで」
ナナコは努力家だな。呟く言葉にそうでもないよと返しておく。私も見えないところでサボってるし息抜きだってしてるんだ。そう告げるけど自分にはとても真似できないやとハクは淡々としてた。そういう奴だからオシュトルも良かったんだろうな、真面目で努力家、自分とは天地の差だ。
蔑む言葉にそうじゃないと私は返した。本当はね、隣に並ぶのは私なんかじゃなくてもっと相応しい人がいたはずなんだ。お前以外いんの?掛かる言葉に苦笑い、浮かぶ汗を拭って少なくとも二人はと顔役を見つめる。
物好きだなそいつら自分にゃ荷が重すぎるわと流すハクに私も重いけど降ろす気はないんだと返す。そりゃあお熱いことで、精々頑張って努力してくれ。後ろ手でひらひら手を振り室内に戻るハクを見送った。
ある日の夕方、体調を崩し寝込んでいると部屋の外で聞こえる覚えのある声に誘われてそっと廊下に出た。膳を持つのは帰ってきたオシュトルだ、隣には嬉しげに徳利を抱えたハクもいる。気づかれてよっと手を上げるので、私もよっと手を上げて近寄る。飲み?飲みだ、うまい酒が手に入ったって聞いてなと本当に嬉しげに笑うので羨ましくなる。
「いいなあハクは、ウコンと任務だけじゃなく飲みも一緒なんて。私も一緒に出てみたいなあ」
「おまえも飲みたいか?」
「飲みたい」
「オシュトル、ナナコが寂しいだとよ」
「うむ、ならば今宵は三人で飲み明かそう」
ありがとう義弟!ありがとう旦那様!ようやくの飲酒解禁に舞い上がれば現金だなあと苦笑して後は三人のんべんだらりと膳をつついた。
酒を飲んで気持ちよさそうなハクと楽しげにそれを見るオシュトルを眺めるのが無性に楽しくて、酔いが回ったのもありうつらうつら意識が浮つき始める。しんどそうに見えたのか、寝所で休めとオシュトルが言うけれど離れがたい寂しいとわめいて彼の膝に突っ伏した。そういうのは二人の時にしろやとハクが五月蠅い。ほっとけ、忙しい人だから少しでもくっつける時にくっつき時たいの。頭を置くのに良い位置を探す合間に呟けば丁度良い位置を提供され体を横向きにして目を閉じる。頭を撫でられる優しい手つきに力が抜けて、自然と意識も泥のような安寧に飲まれていった。
「まだ出さねえのか」
聞こえた声に意識が浮上する。どれぐらい経ったかわからないけど薄めで見回す室内は赤く夕刻だろうか、いつの間に運ばれたのか、オシュトルの寝所で布団にくるまれて眠っていた。
「そろそろコイツも限界だろ。何がそんなに気に掛かる」
ハク?閉じた戸の向こうで話しているのはオシュトルだろうか、どこか混じる厳しい色にどうしたのと声を掛けるには気が引けて聞き入ってしまう。
「取る馬鹿なんていねえだろ。出入りしてるお偉いさんもお前の許可無く上がり込みもしない。一々気に掛けすぎだ」
「なんか在ったのか?」
一拍の間の後でふーっと長い溜息をハクが零した。
「わかりきった事だろうが。それを分かってて手を出したんだろ、腹括って迎え入れたんなら最後まで貫き通すべきだと自分は思うぞ。あいつは最初から覚悟してる。引き入れたおまえが一々動揺してどうすんだよ……おまえの世話になっといて言うことじゃねえけどな」
何があった。別れを告げる言葉に見送ろうとするのを制し足音が離れる。少しして戸が開けられ入ってきたオシュトルが私の側に腰を下ろした。起きてたよと態度で示すのは盗み聞きをしていたようで後ろめたく、狸寝入りを続行する。
痛いほど視線を感じる。少しして頭を撫でられた。近づく気配、覆い被さるように強く抱き込まれだがすぐに離れる温もりに寂しさを感じた。去ろうとする男の袖を引く。
「オシュトル」
「起きたか。体は大事ないか?」
「私大分元気になったよ」
「それはよかった。またすぐ戻る故ゆっくり休まれるといい」
結局聞けなかった。その背を見送り戻ったオシュトルはいつも通りで変わりない日々をその日も過ごした。
また別の日だ。キウル君が所用で尋ねた折にオシュトルが席を離れたときに声を掛けた。
「キウル君お願いがあってね、オシュトルに」
「兄上に直接言って下さいね!僕は何も聞いてませんし権限もありませんから!」
「……」
逃げられた。
久しぶりに邸を尋ねたマロロがハクと共にオシュトルを待っていた夕刻。お茶請けを用意しに向かった客間の襖越しに何やら深刻そうに声を潜めて囁いている。良くないのを承知で盗み聞いてしまった。
「マロが言うのは変でおじゃるがオシュトル殿は公私共に潔白な方でおじゃる。突然の結婚に驚きはしたでおじゃるが心から嬉しかったでおじゃるに……」
「惚れたきっかけがわからないって、あいつ何バカ言ってるんだろうな?ナナコの良いところなんて自分は知らないが結婚するぐらいだから一つぐらいあるだろ。
疲れで記憶障害にでもなっちまったのかな?」
「それはどういう意味でおじゃる?」
「え?……あ〜、疲れで混乱?記憶が抜け落ちたって言った方がわかりやすいか。頭がぱ〜になったってことだな!」
「おじゃ、ハク殿じゃあるまいしその言い方はあんまりでおじゃるよ」
「……自分、おまえと親友だよな?」
「勿論でおじゃる!ハク殿は心の友でおじゃる」
楽しげに(一方的に)じゃれ合う二人の間に入るには少し時間が必要だった。惚れた理由が浮かばないのは私も同じだ。でもなかったことには出来ないししたくない。
都合の悪い話は聞かないに限る。表情を作り勢いよく襖を開けた。
「マロロ久しぶり!何か面白い文献とかあったら紹介して欲しいんだけどお薦めの本置いてる店あったら教えてほし」
「あ〜〜!ナナコ殿大変申し訳ないでおじゃるが欲しい本なら幾らでも貸すでおじゃる。貸すでおじゃるからどうかそのまま大人しくしていてほしいでおじゃるよ〜!」
「……オシュトルが何か?」
「何もないでおじゃる。何もないのが逆に怖いでおじゃ!こうウコン殿の時もオシュトル殿の時も部屋に入ったとき無表情でじっと周囲を見回して……怖いでおじゃ〜!!」
「聞いてやるなナナコ、こっちもちょっと雰囲気に当てられて参ってる」
「うん、ごめん。何が合ったかは聞いてもいい?」
それぐらいならとハクは教えてくれた。私が怪我をしてから何度か私を探ろうと周囲できな臭い動きがあったらしい。
右近衛邸は帝都の治安を預かる近衛大将の屋敷というのもあり防備に抜かりはない。一見無人でも常に配下の者の目は行き届いている。私がお茶を無人の廊下に落とすとあら大変と家人が手ぬぐい片手に飛んできた経緯から実地済みだ。怖かった。
弱味を握るため忍び込む間諜や盗人の類いは昔から枚挙がないようで、優秀な家臣団が不届き者に侵入されないよう常に周囲を見張っていると私は身を以て知っている。
その網に結構な数の不審人物が引っ掛かっているらしい。公式で明らかにはされていないが、何回かオシュトル狙いの襲撃もあったそうで、それでピリピリしてんだとげんなりした様子でハクが教えてくれた。
首謀者はとうに割れてるが証拠がなく、おびき出そうにもちょっかいしか掛けない手駒しかよこさないから焦れてるらしい。デコポン?と尋ねるとポンボだそうだ。こういうオシュトル狙いの暗殺はデコポン関係で隠密衆結成前からあるらしく、あわよくば命をとれりゃいいかな的ないい加減な奴しかよこさないから尻尾も掴めないのだと嘆かれたとも愚痴られる。
「あいつが遅れを取ることは万に一つもないが、おまえにもしもがないよう気ぃ張ってるみたいだ。悪いがもう少し外に出るの勘弁してもらえないか」
「そういう事なら構わないよ。無駄に動き回って心配掛けたくないし」
助かるとハクが零す。周囲が落ち着くまで待ったほうがいいと私も判断し後は静かに好きなことをして過ごしていた。
オシュトルが戻り宴という穏やかな報告会を終え客人が帰った後、片付けの手伝いをする傍ら確認のため尋ねてみる。
「皆を牽制してるのは私が怪我したから?」
「それもあるが某の独占欲ゆえだ」
おっと。他に含みがあるのかと揺さぶってみたけれど思わぬ所で嬉しい一面を見せてくれた。そっかと呟き重ねた膳を座布団を脇に集めたオシュトルが受け取った。気づいた家人がすぐに片付けれるように廊下に出し戸を閉じたオシュトルが神妙な面持ちでこちらを見つめた。
「出せとは言わぬのだな」
「そりゃあ危ないことした自覚があるからね」
「このまま其方を出したくない」
「出ないで済むならそれもいいよね」
「肯定するか」
「しますとも。根っからの引きこもり体質ですから」
大歓迎ですわ。でもまさかこのまま一度も外に出さないなんて事は無いよね?
ちょっと困るんですけど、聖廟で治療せず放置したら死にますわ。双子ちゃんが迎えに来ないかなと期待するけどよほどの状況じゃないと来てくれなさそうだし。そもそも主じゃないからね。偶には自由時間をくれ、お供付きでも構わんぞとふんぞり返れば腰に手をやられ顎を上向きに固定された。近寄る顔に体が強ばる。
「……其方が某の子を孕むまで出したくない」
「うひゃ〜」
「否定せぬのか」
「そりゃ連日連夜こういうことされれば何となくわかりますからね」
許可無く帯解いてくるし、せめて布団を敷いてからと分厚い胸筋押してもびくともせずいつのまに辿り着いたのか、はだけた襟元に手を入れて胸揉みしだいているし。
くっそ、イケメンは何しても様になるな!
「孕んでくれ」
「天の思し召しがあるなら喜んで!」
「其方は本当に柔軟で、手を出す某がはらはらするとはどういうことか」
淡々と嘆息するなら手を止めろや。文句は唇で塞がれて後は大変お後が宜しい展開に相成りました。まる。
深夜、夫はまたも巡邏という仕事があるそうで出て行った。見送りに出るときもあるが気を遣われるからたまに狸寝入りで静かに見送る日もある。今日はそんな日だ。
情事の名残を露と消し清廉ささえ感じさせる佇まいは正に潔白の名にふさわしい。足音もなく足早に部屋を出る夫、それに比べて私は酷い有様だ。見た目がじゃない。いや見た目も相当だけど心の内が荒れ狂っている。
オシュトルに当たるのは筋違いと分かっているからひたすら耐えるのが最善で、だから今日も私は身のうちの嵐が収まるのを待つ。
本当は聞きたい。どうして私を娶ったのと。彼は以前聞いたとおりきっと好きだからと答えてくれるんだろうな。でも私はきっと信じきれない。
聖上が言っていたじゃないか、私はオンヴィタイカヤンだと。亜人にとってオンヴィタイカヤンの言葉は絶対だ。意図しなくても再三、軽口の一環でも言い続けれれば無意識の内に命令として認識されもおかしくはない。
確かに私は以前語った。好きで一夜を共にして結婚もしたいと、家族になり子を産みたいと。
口は災いの元だ。よく考えて動くべきだったのにここまで生きられると思わなかったからこんな現状を招いてしまっている。
だからといってなかったことにはしたくないのに、今更生じる罪悪感に苛まされて私の心は低空飛行だ。
オシュトルは潔白で裏表ない性格でも必要なら嘘だって平気でつく。最初からわかっていたのに、好きだと言ってくれたあの言葉が嘘かもしれない事実に真綿で首を絞められている。
別にいい、大丈夫。ハクが無事で皆が生きているなら何も文句なんてない筈なのに、自分の所業や浅ましさを思い知らされて布団に横たわったまま私はすすり泣いた。疲れてるからそんな風に思うんだろう。時間がなかったのか、今日は身繕いもされず寝間着は腕に引っかけただけで、大きくはだけた肌には至る所にオシュトルの痕跡が残るのにほっとして自己嫌悪堂々巡りの繰り返しだ。
埒が明かない。夫が恋しくて棚から仕舞いっぱなしの花嫁衣装を取り出し汚れないようそっと抱き締めてオシュトルを思う。
好きなのに縛ってごめん。好きでないのに強制させてごめんなさい。例えきっかけが強制でもオシュトルは私を大切にしてくれている。疎まれていないならそれでいい、好かれる理由はないけれど少しでも好かれたいと私は恋に溺れている。
帰ったらまた笑おう。オシュトルが安心できる私になるから、それまでもう少しだけと私は泣き寝入った。
明朝、オシュトルが帰投する前に衣装を片付けてつつがない一日を迎えた矢先、帰宅したオシュトルが怖ず怖ず声を掛けてきた。
「寂しい思いをさせて、すまぬ」
「?なんのこと」
寝所に戻って早々頭を下げられ私はびっくり。とぼけたが目聡い旦那様に涙の後がと目元を撫でられ俯く。
「明日は非番を一日頂いたのだ。其方さえ良ければ共に街を見てみないか?」
「……ウコンと行くの?」
「ああ。某が共にゆければ良いのだが、すまぬ。気乗りせねば無理せずとも」
優しい優しい旦那様だ。いろんな方面に気を遣って疲れてるだろうに私にまで気を遣う。
私も同じぐらいこの人を労ってあげたい。
「嬉しい!どちらでも一緒にいれるなら私なんだって嬉しいよ」
「そうか……喜んでくれて某も嬉しい。では明日共に」
二人で頷き明日を楽しみに共に過ごす。急な仕事が入るのを覚悟してたけど幸い邪魔も入らずにその日を迎えた。
白楼閣から回るとの予想はまずは散策からとお勧めの甘味へ引かれて外れた。どの食べ物屋も美味しかった。甘いものの後は塩っぱいのを食べ次は景色の良い眺めをと欄干から川縁を眺める。そろそろ小腹が空いただろうと食事処に向かうのをもうお腹一杯だからと辞退して、疲れたか?と気遣われそうじゃないと首を振る。
楽しかった、初めてウコンと二人だけで回るヤマトはとても楽しい。一緒にいるだけで心が躍ってドキドキする。
そういうとウコンも嬉しそうに微笑んでくれて二人で微笑み合う。気恥ずかしく照れもあるが一層嬉しかった。
ウコンは言う。カミさんと一緒に回れて俺も嬉しいと。
そして知り合いと顔を合わせると自慢するのだ。実は結婚して今はうちのカミさんと逢い引き中だと。
歓迎され冷やかされ時には冗談交じりの恨み言をくらい最後は大いに祝福されて、ただの散策はそのうち挨拶回りもになりウコンの知人達からお祝いの品(野菜やらお菓子やらのお裾分け)を頂く羽目になった。
精のつくものを食べろだの子供は何人がお勧めだの住まいはこの辺が安心だの下町の人達はお節介ながらとても暖かく歓迎してくれた。ウコンは驚かせて悪かったなと遠慮してたけど、ああいう雰囲気嫌いじゃないからいい人達だねと返事をすればおうと頷いてくれた。
途中通りの屋台で飴を買った。白髪でいかついお爺さんをウコンは友達だと紹介する。サコンとしては一度しか会っていないのに私を覚えてくれていたようで、体の具合を心配してくれた。
治験が上手くいったこと、おかげで体調も回復しこうして好きな人と所帯を持てるようになったと説明すれば良かったのうと喜んでくれた。
ウコンは散々冷やかされた。大事にしろ、女性を労れ、仕事ばかりにかまけてたら愛想尽かされる、隠し事はほどほどに。終始気遣う言葉にウコンは言われずともわかってらあと憤慨し恋女房を大事にしねえ馬鹿はいねえよと胸を張り、よく言うのうと呆れられた。恋女房……
一瞬顔が暗くなるけど無理矢理口角を上げれば幸い気づかれず、二人は二人にしか通じない罵り合いと激励を交わしていた。
別れ際綺麗で高そうな飴を結婚祝いにどうぞとおまけで頂く。お勘定はいいらしい。ウコンもせっかくだからとギギリ飴を貰い苦いだろうにバリボリ食べてうんざりするのがおかしかった。どうしてか道すがら舐めた飴はとても甘くて美味しいはずなのに苦味しか感じない理由は、心の内が不実だからだとわかっていた。
夕暮れになり町は赤く染まりつつある。風邪を引いちゃいけねえからそろそろ休もうぜとウコンに手を引かれるが帰り道と反対方向に向かっているのが腑に落ちない。理由を聞けば今日は白楼閣に泊まる予定だと教えてくれた。
「カミさん、今まで禄に皆と付き合えてねえだろ。体調悪くて伏せってたり俺が閉じ込めたりで不憫だ。たまにはこういう機会にでも皆と遊んで貰おうかと、気を回したつもりなんだが」
「ウコン……」
「慣れないことはするもんじゃねえ。余計なお世話だったか?」
「まさか……私、私ね。皆、クオンやハク達と一緒に遊びたいなあ、仕事もしたいなあってずっと思ってた。貴方とこうなる前は、ほら一緒だったから」
特にハクには一方的に絡みはしたけど同族というのもあり相当入れこんでいる。離れていれば体調を崩していないか、仕事でヘマしてないか迷惑を掛けて凹んでないか心配してばかりだった。
後でこっそりオシュトルが教えてくれたけどハクも同じように私を心配していたらしい。似たもの通しとはいえ、怠けてばかりのハクに心配されると嬉しくはあるが下に見られたようでちょっとムッとする。
苦笑したつもりだけどウコンはそうと取らなかったようで頭を下げられた。
「寂しい思いさせてすまねえ」
「謝らないでっ!里心が出ただけだし」
慌てる私を制しウコンは言う。
「今日は思いっきりのんびりしてくれな。何悩んでるか知らねえけどよ、気の合う奴らと騒いで飲み食いすれば気負いも腫れるかもしれねえし」
励まそうと連れ出してくれたんだろう。色んな懸念を飲み込んで私を気遣うこの人に私は何も返せてない。
「……ウコン、何も言えなくてごめん私」
大いなる父の一端と明かした。だから以後何を明かそうと彼は受け入れてくれる、そう望むのは私の願望に他ならない。言うべきだ、貴方の私への感情は私が命令して生じたまやかしに過ぎない。無理に嫁として扱わなくていいと言うべきなのに、騙していたのかと糾弾されて失望されるのが怖くて私は言い切れない。
それなのに、不実な私に対してウコンはとても優しかった。
「聞かねえよ。言いたくねえもん無理矢理引き出しても辛いだけだろ。前にも言ったがよ。俺は嬢ちゃんが、俺のカミさんが元気でいてくれりゃそれだけで嬉しいんだぜ」
「ウコン……」
胸に染み入る言葉に感じ入ると照れ臭そうに頭をかき背を向けた。
「さて、あんまり待たせても俺がネエちゃん達にどやされちまう。そろそろ行こうぜ。実は白楼閣の皆には昼頃に行くって言っててよ、そろそろ行かねえと後が怖いんだわ」
そういうのは先に言ってほしかった!
二人慌てて早足になる傍ら言わずにいた理由を尋ねると。
「カミさんと二人きりで回れて、嬉しかったんだよ」
照れ臭そうに頬を染めて視線を逸らすんだからたまらない。
「ウコン、大好きだよ」
にっと微笑んで「俺も」とウコンは笑ってくれる。
夜も近い時間息せき切りながら拍楼閣を訪ねると案の定遅いかなっ!と保護者の雷が落ちた。時間厳守約束絶対信用問題に関わると激昂するクオンをハクや皆の取りなしで大目玉は程々の所で勘弁して貰う。後は近況報告という名の大宴会だ。
食べるもの余興に興じるもの、静かに過ごすもの様々で、悪乗りした誰かさんの要望で歌う羽目になり、要望に応えれば存分に盛り下がりだからいったじゃんと鼻を鳴らした。
お腹が満たされたところで、そういえばヤマトに来て早々私に歌ってほしいと言っていた一座はどうしたか恐る恐る尋ねると今も芝居小屋を出しているそうで私が快癒するのを健気に待ってくれているそうだ。可哀想になりウコンに行っても良いか尋ねると自分の我が侭で嬢ちゃんを閉じ込めてたから遠慮なく行って良いぜと許可を貰う。お供を連れてと念押しされたが渡りに船、一度客観的な場所で歌えば座長さんも冷静な観点から暗い歌を熱唱する私に見切りを付けるだろう。ちやほやされるのは嬉しいが恥はかきたくない。
食事の後はお楽しみの温泉だ。大風呂で汗を流しさて夫を労いにでもと戻れば男衆は裸踊りに興じて嘆息。呆れた女子一同はそれぞれの部屋に散っていき私もそれに続いた。情けなく名を呼ぶ夫は無視した。
夜半、当然のように二人部屋で待っていたのだがウコンが尋ねる素振りがなく、じれた私がそっと座敷を覗くと男衆に混じり半裸で転がり呻っていた。こいつ……
溜息をつき他の人に布団を掛け、そういえば明日も仕事なんじゃないかとウコンを揺り起こす。布団で寝ろと言い含めるが、謝りつつ足下が覚束ない。一人で立てなさそうだから肩を貸して部屋に運び、早速事に及ぼうと敷かれた布団に押し倒し不埒に体をまさぐるウコンの手を止めた。
「無理しなくても良いから」
「あ?無理じゃねえって……むう、俺が、俺がよ、単にカミさんとしてえだけっつーか」
「酔ってる。呂律回ってない」
「こんぐれえ朝には抜ける。今だけだ」
「明日も早いんでしょ、いいよ。ウコンの時ぐらい休んでおいて」
「……でもよお」
「嫌いになったりしないし、誰かに言いつけたりもしない。するだけが夫婦の形でもないでしょ。たまにはさ、ね?」
今みたいに互いを抱き込んで身を寄せ合うだけの日があってもいいんじゃない?
と口にして、体を揺すりウコンの腕からずり上がり胸元に頭を抱き込めば、思ったよりも酔いが回っていたんだろう。少しの間の後そうさなとウコンがない胸に頭を傾け頬を寄せる。
「たまには、なんもない日があるのも悪くはねえか」
「平和で良きかな?」
「おう!元気になったらまた付き合ってくんなよ」
「はいはい。亭主元気で留守が良い」
「聞いたことねえがひでえ文句だな」
泣くぞとウコンは口をとがらせすんすんと鼻を鳴らした。ガチムチのおっさんの泣き真似なんて可愛さ余ってドン引きなだけである。凹ます気はないから拗ねた夫を宥めに掛かった。
「亭主が元気で嬉しいって事だよ。留守は私が頑張らなくても貴方の臣下が頑張るからさ。何も心配しなくて良いからね」
「そこはあたいも頑張るだろ。カミさん」
「奥方が使用人の仕事取ったら本末転倒じゃん。なので私は今日も明日もでんと構えてあんたが安心して帰れるよう待ってるよ。
……おまえさん、明日も元気で帰ってきてね」
「あたぼうよ。恋女房が待ってんだ。槍が降ろうが雨が降ろうが元気で戻るぜ。
それにしてもなんだ。すっかり義侠人の女房の板がついてきたな。こっそり練習でもしてたか?」
ふふっと私は笑い悪戯っぽく口角を上げて跳ねた頭を撫でつける。
「風来坊の女房が様付けなんておかしいからね。そうでない時はちゃんとするさ。例えばこんな風に」
えへんと咳払いをしてシナを作る。
「旦那様、貴方はどちらの私がお好きですか?右近衛大将の奥方でしょうか、それとも義侠人につれそう誰でもない私。どちらがお好きです?」
「どちらでも構わねえナナコはナナコだ。ナナコなら俺は何だって……」
いよいよ酔いが回ってきたんだろう。ウコンは辿々(たどたど)しい口調でそれだけを言うと突っ伏した。眠りを妨げる気はない。寝息を立てる男の髪を優しく撫で言えない言葉を胸の内に封じ込める。
彼はクジュウリで誓った際オンヴィタイカヤンでも構わないと言ってくれた。だからもし私の身分が明かされても変わらない態度でいてくれると願いたい……わかってる、希望的観測でしかないのはとうにわかっていた。
聖上は私を妹と言った。血の繋がりがないとはいえヤマトで帝の言葉は絶対、帝が妹と公的な場で発言すれば私は妹として扱われるだろう。
帝を至上と敬うオシュトルのことだ。良くも悪くも公の場で以前と同じようにふるうまう確率はゼロに等しい。そもそも私はまだ公の場に妻として立たされたことはない。良くて秘匿、悪くて不敬だからと返される恐れがあった。聖上は実兄でないにしてもオンヴィタイカヤンならば同族にお返しし判断を仰ぐ。治安維持を職務とする右近衛大将ならば妥当な判断だ。
彼を心から思うなら話に乗るべきじゃなかったのに、実は私聖上と血縁はなくても妹と言われてて、なんて打ち明けるべきなのに結局今日も私は言いそびれて惰眠を貪った。
ハクを笑えない、不実でどっちつかずでだんまりという点では私はハク以上に怠惰な怠け者だ。
風と行く