25話 護衛が来る


 オシュトルの屋敷に住み隠密衆の一員兼歌姫稼業に慣れてきた頃、妹の墓をオシュトルが建ててくれた。郊外の静かでよく管理された一等地を用意するのは大変だったろうに遅くなりすまないと逆に恐縮されてしまう。
 当然納骨はない。でも代わりに妹が好きそうなお菓子や人形を用意してお墓に納めた。
 当日、いきなり私の身内を墓に納めに行こうとウコンに言われたネコネちゃんは相当動揺しただろうに、拒否もせず理由も聞かず静かに同行してくれて本当によく出来た妹さんだと思う。
「マリカって言うのですか。由来は知りませんが可愛いらしい名前ですね」
 記された名と享年を見てそう微笑んでくれたネコネちゃんに私はボロ泣きで自分が知る限りの由来を語った。
 割りきれたはずがずっと泣きっぱなし。ウコンに肩を支えられ、手配してくれたお坊さんの読経の間も初めから最後まで泣いてばかりで禄に喪主もつとめられなかった。客人なんていないけど。だって内々に済ませたいって私がオシュトルに頼んだんだし。我が侭放題だというのにその日に限ってはネコネちゃんは私を拒絶せず、良い子ちゃんでいてくれた。私の気が狂って思い切らないよう案じてくれたのかも知れない。優しい子だ。
 優しいついでに、内々に済ませたというのに、差出人不明の方とウォシスから香典と神代文字で記されたお悔やみ状が届いたのがまた泣けた。
 ヤマトは怖い国だけど折に触れて人の優しさが身に染みて堪(たま)らない。 


 一区切りがつき色々振り切れてしばらくして屋敷に私宛の客人が来た。
 芝居の仕事を終えて戻ったところウォシスの配下が護衛を聖上より賜りましてと連れてきたらしい。間違いがあってはいけないからと当人にお渡ししたいとのこと。
 オシュトルは仕事の折に伺っていたらしく、聖上の縁戚を傷つけないよう内々にお達しがあり頷くほかなかったと以前明かしてくれた。迷惑を掛けて申し訳ないと謝れば、私事で隠密衆を付けるのもどうかとと迷いはしたから渡りに船であったと微笑んでくれたから、おかげで罪悪感も軽くなったのも記憶に新しい。
 ネコネちゃんは大事を取り拍楼閣預かりだ。出迎えてくれた家人がお客様をオシュトル様が応対しておられますと教えてくれたので客間に急ぐ。

 客間にいたのは、オシュトルと、上座に座る二人のうち一人はウォシスの小姓ので確か……
「こんにちわ、リヴェルニだっけ?」
「シャスリカです」
「失礼、本日の用件は?」
「ナナコ殿まずは挨拶を」
 オシュトルの指摘でお悔やみのお礼の伝聞やらでそれぞれが挨拶したのを皮切りに(挨拶を横の子にも掛けたが無視された。決まった口上を言わない限り口を利かないよう命令されているとシャスリカ苦し紛れに言ってるけど、突っ込むのも疲れるのでそういう者なんだと流しといた)オシュトルの隣に座ると抱えていた冊子と端末らしい何か(スマホにしか見えない)をシャスリカが卓に乗せ差し出してくる。
「ウォシス殿から言伝です。これをどうぞ」
「これは?」
「火急の事態に対応できるようウォシス様から預かりました。使い方は我等も知りません。ただウォシス様が仰るには、大いなる父の一端ならば説明せずともわかるだろうと」
 さいですか。丸投げ甚だしいな。見たとおりスマホであるよう願っているよ。
「こちらは外部こんそーるとその説明書になります。聖上とホノカ様の携帯端末にあくせすが可能ですの実地で身につけて頂きたいとのことです。お渡ししたこんそーるですが太陽光が動力で食べ物も飲み物も必要ありませんともお聞きしています」
「うん大丈夫、それはわかってる。使い方は聞いてる?」
「いいえ、我らには必要ない知識ですから。神代文字で書かれていますが貴方様ならなんなく読めるでしょうとウォシス様が」
 冊子を開くと見覚えのある規約やら使い方が書かれていて使い方もめっちゃスマホだった。違うのは機能が超ハイテクってぐらい。凄い、立体ホログラムに多重会話ってリア充なら大喜びだ。リアルぽっちで文明退化しまくりの現状使う当てはないけどさ。見せびらかしても下手したら危険視されて消されそう、なので宝の持ち腐れが私の中で決定した。
「ああうん、めちゃ買い被ってくれて嬉しいし多少は読めるけどね。わからない事もあるからもしかしたら連絡するかもと伝えといて」
「畏まりました」
「無礼を承知でお尋ねする。妻の身を危うくする仕掛けはないであろうな」
 オシュトルの問いにシャスリカは困った風に首をかしげ、聞き及んでおりませんので断定は出来ませんと申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫。使い方さえ間違わなければ万能だから」
 万一がないよう部屋の隅に行き電源を押せばスマホのホーム画面がお出迎えだ。分かりやすく説明だの歴史だのがアイコンで表示されていて親切使用に危険はないと判断を下した。あ、危険だこれ。武器展開の仕方だのネタ協力アイコンがある。ウォシスが噛んでるな?盗聴には気を付けよう。
 そうでないと願っていると結ぶオシュトルに視線を戻しネタアイコンには私が読みたいシチェーションのみメモろうと決意しつつ、それでと横でだんまりの美少女は誰かを冠童に尋ねる。巫女服って事はホノカさんみたいな高性能のデコイなんだろうか?
「貴方の横、巫女服で佇んでる子ももしかして私宛だったりする?」
「はい、えっと」
 なんで戸惑う素振り見せたシャスリカ。そして横で静かに挨拶もなく座していた少女はお呼びですねついに!と初めて口を開き立ち上がる。懐からカンペ出したよこの子。
「おはようからおやすみまでお世話可能な巫術特化の戦闘型デコイです。貴方好みの調整をしているのでオシュトル殿のお相手が大変な時はこの子が変わりを務めるのも可能な、優秀なオナペット型デコイを作りました。差し上げます、とご伝言申し上げます」
「返品」
 ヒトの倫理侵して何してんだあの大老は。
「ワタクシは不要ですかご主人様?」
 笑顔で短刀出して私がびっくりしてる間に抜き身を自分の喉に当てるからヤマトの倫理に内心で私はドン引いた。
「ああうん、大丈夫だから必要だから言葉の綾だから。そんなすぐ短刀出して死のうとするの止めて」
「許可なく某の屋敷を血で汚すのは止めて頂きたい」
 ずれてんな武家の感覚って。この場合ずれてんのは私の方か。
「あの、まだ続きがあるのですが」
「うん、言わないとまた自決する気でしょ、いいよ言って、血で家を汚したくない」
「命を惜しんで頂き光栄にございます」
 や、別に惜しんでないから瞳潤ませるな。癖が強いなこの子。
「では……聞きしに勝る脆弱さに戦いた聖上の勅命で作成した一体です。厳正に厳正を重ねて調整した結果、まず守りを第一に作ったもので、一に戦闘二に戦闘、華奢な見た目に反しとても武闘派な子に仕上がりました。名は適当に付けたのでどうぞ可愛い名を付けて適当に可愛がってあげて下さい。以上です」
 適当適当可哀相だな。でもいい加減でも名付けたのは偉いぞ!できれば冠童達のように可愛らしい名前を吟味して名付けてほしかったけどさ。人にあげるからっておざなりすぎない?まあ文句を言えた立場じゃないか、安全を気にしてくれただけ由としよう。
 気を取り直して私は引きつった笑顔で場を和ませようとにこにこ顔でこちらの出方を待っている少女に話しかける。
「そちら様も一応名前があるんだね。え〜と、なんて名前か聞いても言いかな?」
「ディーワンです」
「……は?」
「ディー区画の一階級に該当する者に与えられた識別番号です」
 闇が深くてやばい単語が出てきたぞ。好意的解釈、好意的解釈が大事だとドンびく思考に叱咤して話しに食いついてみる。
「えーっと、何か、仕事に従事してたってことでいい?」
「はい、これからする予定です。貴方のおはようからおやすみまで望むままにオナペットとして振る舞えと調整され誕生」
「ちょっと待って。オナペやめて、マジきつい」
「オナペを否定されたらティーワンの存在価値は塵も同然。何を私は励みに生きれば」
「他にあるからね尊い仕事!まずはおはようからおやすみまで全うに生きる努力をし
ようよ」
「それは命令ですか?」
「そう取ってくれていいからオナペ固執するのもう止めてね」
「はいわかりました、ありがとうございますご主人様」
「ナナコ殿、おなぺとは何であるか」
「貴方が口にしてはダメ。端的に言えば高貴な者が口にしてはならない言葉だよ。乙女書のネタにしかならないから人前では言わないように」
「そうであるか、ならば二度と公言せぬよう気をつけよう」
「私はオナペです」
「……」
「……」
「オナペでなくとも私はこの言葉を授けてくれたご主人様を敬愛しております」
「では私はこれにて失礼致します」
 そこで立つのシャスリカさん!逃げようとしてない?いや逃げようとしてるよな。許可なく襖開けて出ようとする肩を引き留めれば、もう用件はすんだので彼女は如何様にでもお使い下さいと怖い単語吐いてくるし。もしかしなくても厄介払いじゃないよね?
「失敗した奴押しつけた訳じゃないよね?」
 そうだよね、そうだと言って!願い空しくシャスリカは身を強ばらせ首を振り視線
を逸らしたままだ。代わりとばかりに適当に名付けられた少女が朗らかに答えてくれる。
「私を調整したウォシス様が仰ってましたが、あ配分とちりました、が私が初めて聞いた肉声です」
 やっぱ失敗作押しつけてんじゃん!そんでこっちの隙をついてシャスリカさんは廊下を颯爽と走り去ってくし。足音もないとはさすがウォシス殿の側近、って頷き感心してる場合じゃないからねオシュトル。
 追おうとしたものの失敗した私は襖を閉じ、未だ座ったままのオシュトルの横に深く座り込む。なんか、どっと疲れた。
「ナナコ殿、この者は其方の配下と言うことでよろしいか?」
「ああうん、多分そうなんじゃない?」
 多分どころかウォシスの中では本決まりだ。護衛に特化した生命体をわざわざ作って冷やかしに回す残虐さは彼にはないと思いたい。私が拒否すれば路頭に迷うのは目に見えていた。ウォシスがもしかしたら何かに再利用するかもだけど傍付き以下の待遇なのは考えなくても察しがつく。よくて誰かの密偵か悪くて処分されるか。
 何も知らず寄こされた少女はキラキラと目を瞬きながら喜んでいた。
「ハイカ……私はご主人様の配下になるのですね。意味はわかりませんがご主人様と関われるならばなんでも嬉しいです!」
 あどけなく喜ぶ少女をじっと見る。戦闘に特化と言うが見た目はその逆だ。手を組む肌は白く細い。髪は長く亜麻色でふんわりとしてる。触れればきっと糸みたいに柔らかいんだろう。瞳は青く整った目鼻立ち。なるほど、一般的に見ても夜伽の相手としては悪くない容姿だ。ネコネほどではないが見た目だけでも年が幼すぎるのが問題点。
 ちょっと自分を客観視してみるか。生誕一日目の少女、実質ゼロ才を夫のもしもの夜伽の相手として囲う妻。右近衛大将の奥方がそれ。うん、問題しかない。

 うんざりする気配を見て取ったのか、見守っていたオシュトルが口を出してくる。
「臣下の振る舞いは上司の責任でもある。この者が粗相をせぬよう目を配らせなくてはな」
 そんでオシュトルは受け入れる気満々だし。嫌がる私の感情に気づいてるなんで話に乗っちゃうかなあ。は〜っと深い溜息をつき卓に突っ伏す。
「なんか厄介毎ばっか増えてくわ」
「自ら抱え込んだ縁だ。自分で解決せねばならぬ」
 いやだ〜。某も手伝うゆえゆるりと気負わずになって言うけど、何を手伝うと言うのよ何を。
「それはその時に考えるがよかろう」
 人はソレを無責任という。
 お客人を無視して嫌だの受け入れてやれだの言い募っていると突然ディーワン、あんまりな名前を名乗った少女ははっ!と息を吐き立ちあがる。
 ぎょっとして見る間に、急いで私の元に来た彼女はぺたぺたと顔に手をやり胸に手をやり呆然とされるがままになっていた所をオシュトルがはたき落とした。もみ上げる勢いで無遠慮に触れられ思考は真っ白である。
 そして叩いた手を彼女が下から手の甲で打ち上げる。何が起きたか分からない私を置き去りに、にらみ合い一触即発の空気の中で真っ先にオシュトルが冷静さを取り戻した。
「いきなり何をするか」
「こちらの科博です。貴様……ご主人様に何をした!額に手をやられて、何か物煩いの種に悩まされている姿を、貴様も見ただろう!」
「見たが訂正して頂く。貴様ではなくオシュトルだ」
「名などどうでもいいっ!ご主人様の近くに侍る分際でありながら私の知らぬ間にご主人様を討ち取ろうとしたな!」
 いかんこの子残念な子や。主大事で常識知らずの戦闘馬鹿、困ったときは肉体言語的な物語にありがちな超困ったちゃんだ!
「や、違うから夫だから、討つ意味ないし誤解だから。怒濤の現実に目眩がしただけだし。あと非礼だから態度引っ込めて敬語そして謝罪を」
 冷静になれと訂正の言葉をかけるけど、ウォシスがよこした護衛ちゃんは都合のいい単語しか聞こえないらしい。
「なんと夫でありながら妻を討つだと!くっ、貴様顔でたらし込んだか!羨ましいぞ」
「何言ってんの?」
「さてどうだか。剣を交わせば分かるのではないか?」
「アンタも何言ってんの!?」
 止めてよこの狭い室内で刀傷沙汰とか。どう考えても巻き添え食らうの私じゃん、せめて私が逃げるまで待ってと叫ぶけど刀に手をやりもう一人も腰の鞘に手を伸ばし完全に臨戦態勢の構えを取っている。一触即発の空気に私の緊張も臨界点を超えてもう半泣きだ。検非違使トップが生誕一日目の子供に何してんの!護衛しに来た奴が主の夫と敵対なんて無礼のどころの話じゃない。寝泊まりする家屋破壊ってどうなのと叫ぶけど両者にらみ合いひく気配はない。
 私はゼロ才ですが心は大人ですって?気構えだけじゃ現実は変わらないんだぜ。
「夫だから大事な人だから。主人ってさっきから言ってくれれるけど大事な人と喧嘩しないで!争う理由なんてないでしょう」
 なんだこの状況、とドンびいてはいるがひとまずは沈静化させないとと殺気立つ少女の説得に取りかかった。夫本人を前に大事と他者に明言するのは照れるがここまで言わないとこの子は理解してくれないと恥を忍んで説得に取りかかったのだが。
「私にはありますよ!面構えは涼やかですが、内心は手込めにしたところでご主人様の心を得れないと知り逆上、命すら我が物にしようと振り切れた狂人の類いやもしれません。どうぞ後ろに、ご主人様は私が命に代えてもお守りします!」
 うん、聞くに耐えない。
「黙って、欲しいな〜。ついでにそのビリビリした雰囲気解いて大人しく、はい椅子に座ってね☆」
 命令命令と念じて指示すればぴたりと言うがまま少女は従った。困惑した表情に意図せず従う自身に揺れる彼女の戸惑いを見る。旧人類の遺伝子操作ってまだ続いてるんだなと意図せず示した現実に、隣のオシュトルを見て深い溜息をついた。
 殺気がなくなったことでオシュトルも興が削がれたんだろう。同じように三人腰を降ろす。
「……」
「返品しようかな」
「そ、そんな……」
 クソ迷惑だ。受け入れてもいいかな、後々暗殺者の襲撃受けたとき頼りになりそうだし、実はもう何度か来てるから心強いなと傾いていた心の天秤は、やっぱ止めとこうかなの比重が大きくなる。
「少し待てナナコ殿」
 人的配慮からの仲裁か、それか奉公に出す気かとオシュトルを見ればまた別の意見を寄こしてきた。
「この者腕が立つというのは本当のようだ。某を打った一手が鋭い。鞘を手を掛けた勢いにもぶれがなかった。使いどころによっては役に立つやもしれぬ」
「え、今ので相手の実力推し量れたの?二人とも抜いてないのに?」
「その道に通じた者はおおよそではあるが相対した時点で力量がどれほどか見当が付く。中々の使い手と見た」
 は〜、生粋の武人のオシュトルが言うんだから相当の腕前を持っているんだろう。でもこの子実戦経験はないはずだよね。視線をやれば、見て実力が分かる程度で満足しているならまだまだです。ご主人様は尊き方。伸びしろも多き方だと思われますのでぼやぼやしてたら置いてかれますよとご満悦だ。何上から目線なのこの人。並び立てるのは私しかいませんとふんぞり返ってるけど、待って、伸びしろもないし将来性期待される要素もないから。
 某も置いてかれぬようにせねばな、並び立つのは某であるからしてだとか、嬉しいけど話に乗るなオシュトル!めちゃくちゃ言ってるのわかってて楽しんでるでしょ!頼むよ治安担当トップ!二人のせいで私の脳内はしっちゃかめっちゃかだわ。
 話を変えようとまた睨み合ってる二人に水を振ってみる。
「生まれてすぐだと思うけど、戦うのは得意な方なのかな?」
「はい!ディー区画の一番系列に所属していたので里の守りは完璧でした」
 おーい、生まれた日今日じゃないんかーい。まあそれなら護衛に使っても後ろめたくなくていいけどと、私はこれ幸いに畳みかける。
「ちなみに聞くけどディー区画って何を指してるの?」
「区画は担当する業務により分かれます。農作業に従事するモノ国防に従事するモノ、祭司や謀略など業務は様々です」
 色々あるんだね。それって聖廟内での区画?と聞けば亜人種がいる場でこのような話をするのは禁じられておりますが今はご主人様が我が主なのでお好きなだけお話ししますと答えてくれた。
 それって暗部ってこと?いいの、オシュトル同席してるけどと気になるが察したオシュトルが、國の重鎮、八柱将やその補佐する者達なら多少の暗部は暗黙の了解、聞いた内にはいらぬ故心配は無用、言いふらしもせぬとこちらの懸念を晴らしてくれた。
「角がある者をあまり見ないだろう。簡易的に教えておこう。
 隣国のトゥスクルに羽がある者は獣の耳を持たぬ。同じようにこのヤマトにも似たような者がいる。角の生えた一族だ。巫術に特化し帝に連なる方々だと囁かれている。血縁と明言されてはおらぬが、聖上が下す業務に勤しむ清廉な一族で、術法や祭司に携わる者も多いと聞く。実が多い食物や新しい品種の開発を行い痩せた土地にそういう植物を植えているそうだ」
「美味しいって評判だと担当した区画の者が喜んでいましたね。私は違いますけど」
 姿勢を正し彼女は薄い胸を精一杯張ってどれだけ自分が優れているかを訴える。
「私は国防担当です。侵入する外敵共から結界を張り編み目を潜る虫けらを日夜屠ってはなげ屠っては滅する生活を送った素体が元です」
「素体、素体って何?」
 なんか凄い嫌な予感しかしないけど、物語によく出てくるお察しのあれのこと?
「素体は錬成の元になったヒトです。一から作るのに三日では出来ません。貴方をお守りする任務のために志願者を募ったところ国防を担当する里から選ばれた一体を調整し私という人格が誕生しました」
 うん、押しつけられるなら一から作った方が良かったな。あまりの仕打ちに呆然としちゃったけど何その人権無視、怖すぎ。元になったヒトどうなったの?消えたの?いや肉体を利用してだから消えてないけど、意識完璧消えてるよな絶対。残ってたらこんなうきうき状態で任務待てないだろうし。本人もそうだけどご家族が気の毒だわ。
「ちょっと記憶が混在してますが大丈夫です。家族も涙を呑んで喜んでいました、なので、ご主人様が気に病まれる必要はありません!」
 ソレ違う、喜びやない悲しみの涙や。気に病むなっつーけど、気になるから。
 セールストークを続けるうちにテンションが上がってきたのか、張り切る少女はますます図に乗りついには椅子に立って胸を張った。失礼だから降りろと言うけれど聞こえてないのか声を張り上げいかに自分が優秀かを語り出す。
「守りは鉄壁、迎え撃つのもお任せ下さい。なんなら政敵の一人や二人十把一絡げに暗殺も可能ですとも。物理で千切るもよし巫術で裂くもよし豪快に爆裂させてご主人様が望むまま血の雨を帝都中に振らせることもできます!」
「やめて、それだけは本気で止めて」
「はい止めます!」
 主と定めた者の意思に抗う気はないようで、すぐに椅子に座り直す。
 なんかとんでもない子が来たな。長い溜息をつきとりあえずの気になる点を確かめようと項垂れた頭を上げた。
「あのね、お嬢さん」
「ディーワンです。戦闘区画の一系統に属する超有能なデコイです」
「えとね、そのデコイとかディーワンとか言うのも止めようか」
「所属に疑問でも? ですが私はご主人様に降るよう調整されて作られた存在です。今更区画の変更が可能かはわかりませんが上に掛け合えば書名での改竄は認められると思います」
「そうでなくてね!……名前がいると思うの」
「ディーワンです」
「それ所属名だよね。どこの系統に属するとかどんな特技持ちとかその程度の」
「その程度……ですか」
 自分の肩書きに相当自信があったのかどこか意気消沈する様子に慌てて、否定してるわけじゃないと言葉を掛ける。
「貴方が有能なのは認める。誇りを否定する気もないけど、所属名で呼びたくないのよ。何か呼ばれたい名前ってある?」
「……素体も同じです。我らに固有名はありません、精々番号程度です。それもダメだというならどうしていいかわからない」
 ううんと頭を捻る彼女は早々に考えるの放棄したようだ。
「僭越ながらお任せても宜しいでしょうか。名付けて頂きたいのです」
 ええ、いいの私が名付けても?
 困惑を見て取ったオシュトルがそうするのが懸命と少女の肩を持つ。
「この者の主人は其方だ。乞われたなら応えねばならぬ」
 滅茶苦茶お任せしたかったんですけど、まあ確かに、私の護衛に来てくれた人を面道だから帰ってだとか、経歴や思い入れから重すぎてこれ以上関わりたくないのでオシュトルの配下にどうですか?なんて他人に身の振り任せるのは非道だよなと思い直す。
 本人の意向もあるし名付けてあげるかとと腹を決めた。せっかくだから可愛くて素敵な名前を付けてあげたいと数秒頭を悩ませたけど、目の前で期待に瞳を輝かせる少女にぴったりの名前が思いつかない。エリカだとかロザンヌだとかお姫様っぽい名前も似合いそうだし、スミレやカスミ、ナデシコなんて清楚系も似合いそうだ。
 でもなあ、なんの縁も由来もないんだよなあ。縁がある名と考えて思いつくのは妹ばかり。年も違うし見た目はこっちが美少女だ。
 故人の名を付けるのは縁起悪そうとの遠慮もあるけど、私は欲求にあらがえない。
 何でもない風に提案してしまった。
「えっとね、マリカ……でどうかな?ちょっと曰くあるけど妹の名前でさ、大切な名前なんだ」
「よいのか、ナナコ殿」
「いいよ。逆にこっちがいいのって聞くべき立場だし。名乗ってくれると嬉しい」
「ご主人様から拝命されたモノを断る理由はございません。お身内の名前を付けて頂き嬉しゅうございます。それでお願い致します」
 膝に手をやり頭を下げる少女に呼びかける。
「ではマリカ」
「はいご主人様!」
「今後ともよろしく」
 顔を上げる彼女に手を差し出せば手を握り返してくれた。握手をしている。文化的交流が通じて嬉しい。
「お任せ下さい。どんな悪漢難事から貴方をお守り致しますとも!」
 頼もしい言葉に固く手を握りあう。この子はマリカじゃない、でも妹のように大事にしたいと強く思った。
「ではさっそくお役に立てるよう励みたいのでなんなりとご用立てをお申し付け下さいませ」
「や、今特にないし」
 手を話した彼女は早速己の任務を果たそうと大張り切りだ。オシュトルを見てもナナコ殿の配下を某の用件で使うわけにはいかぬ、それに暗殺を近衛府をまとめる右近衛大将が容認するわけにもいかぬので某の前での謀は遠慮して頂きたい、と斜め上の忠告まで受けた。
 主の伴侶というのもあり多少聞く気はあるのか、マリカは難しい顔をしたあと明暗を閃いたと言いたげな顔で提案してくる。
「ならば、秘密裏なら構いませんね!政敵暗殺から床のお供までこのマリカなんなりと致しますので是非ご命令を!」
「妹の名で床とか言うな。あ〜」
 こいつの素体って魚のマグロだったのかな、あれ止まったら死ぬって聞いたことあったよな。あ〜マグロ食べたいなあ、なんて現実逃避からどこか意識を飛ばしながら少しでも落ち着かせようとわざとらしい咳払いの後声を掛ける。
「……うん、喉が渇いた。お茶が飲みたいかも」
「すぐにご用立て致します!」
 もの凄い早さでマリカは襖を開けっぱなし出て行った。立ち居振る舞い礼儀作法私以下、なるほど問題児扱いされるわけだ。は〜っと嘆息して仕付けが成ってなくてごめんねとオシュトルに謝れば、賑やかで楽しいぞ、其方も最初はあんな者であったろう?気にはならぬとフォローされる。
 ちょっと待て、私はあそこまで酷くは、酷くは……酷かったよなあと過去ウコン大好きと追い回していた苦い記憶を思い出す。項垂れたまま謝罪するが賑やかで良いとオシュトルはニコニコ顔だ。まだ半年も経っていないのに随分懐かしく感じるとの言葉に同意した。

 お茶が沸くには少し掛かる。その間仕切り直そうと思ったが相手は予想以上の難敵だった。すぐに出来ましたと湯飲みを盆に置かず(手大丈夫か?)持ってきた彼女のすすめで一口。
「……」
 渋い、渋すぎる。しかも熱い。湧かしてすぐの湯で注ぎ煮出しきった味がする。お茶は適温でほどよく蒸らすのがいいとは知識で知っているけど、彼女は戦闘以外からきしのようで、やけどした手を気にもせずこちらの動向をはらはら見守っていた。
「ご主人様如何しました?ま、まさかっ、精魂つめて作った粗茶がさほど美味しくなかったのでは。くっ、一生の不覚ちょっと茶に関する記憶を転写してきます」
「待って。転写って何?初めて聞いたけど何その技術」
 オシュトルは掌の治療をした方が良いと桶に水を汲み持ってきてくれた後で軟膏を取りに廊下に出ている。感想よりもまずは治療と私は湯飲みを置き、少しでも冷やそうと彼女の手を桶に浸すとこの感触は何でしょうかと不思議そうに首を傾げている。
 本当に、戦い以外の知識は最低限しかないようだ。
 静かでいるつもりだったが彼女の思わぬ発言に食いついてしまったが、興味を持ってくれたことが嬉しいのか、おそらくは隠したほうがいい知識を彼女は喜々として語ってくれた。
「記憶の転写ですか?本人にない知識を聖廟の施設を使って脳内に植え付ける事ですよ。最初から調整されて産まれた生命体は相応の知識や技術を有していますが、後で持っていない知識が必要になる際に記憶を転写すると自己鍛錬に励まずに習得が可能になります。ゲームで言えば貯めたスキルポイントのようなものです。
 聖上が既存の遺伝子学を発展させて考案した技術なんですよ。すごいですよね」
 凄すぎ、まさに神の御業やん。
「自習よりも時間短縮できて効率的で良いのですが、すでに人格を持った人に知識を植え付けるには相応の知力を持つ人からでないと転写できないのが難点なんです。同程度の知力でないと双方無事に済まないのが難点でして、同じ遺伝子の生命体やオンヴィタイカヤンのような知識を持つ方なら理論上問題ないのですが、体の構成パターンが違うと脳内シナプスに以上が出て廃人や死ぬケースが多いのが難点なのです」
 ……
「でも聖廟内の植物園に従事している素体はディー区画よりも多いから、一人や二人潰しても問題ありませんのでご心配は無用です」
「あのさ……潰すってやばくない」
「やばくないです。似たような複製体を錬成すれば作業効率も落ちませんし、栽培作業員の数は膨大ですから一人が欠員してもその間の穴埋めは可能です。仮に植え付けた素体の人格が安定しないならまた似た構造の素体を作れば穴も埋めれます。一人が子を産むより一人の遺伝子から一気に百人錬成できるなんて効率的ですよね!」
 恐ろしいわ。語る全ての知識が人の倫理に反していておぞましい。でもそんな価値観こそ彼女たちにとっては異質なんだろう。相互理解を諦めた私は単純な興味から色々と尋ねてみる。
「そうなった場合貴方はどうなるの? ようは転写に失敗、転写に成功した後も何か問題とかあったりしない?」
「この体ですか? 失敗すれば廃棄してリサイクルします。肥料だったり配下錬成の部品になるでしょうけどまったくの無駄にならないからエコですよ? 成功しても人格の形成に問題はありません。偶に夢で転写元の記憶が現れるそうですが、精神的な負荷以外は特に問題ないと報告を受けてるみたいです」
 ……言ってることの全てがおかしい。全体主義の局地みたいなことをさも当然に語ってるけど異常すぎる。問題だらけだ。会って一刻もない相手だけどたかがお茶を上手く淹れるために無謀な掛けに挑戦させる非道は、私でもイヤだ。
 こちらの動きを少しも見逃すまいときらきら純真な眼差しを向ける少女が尋ねてくる。
 ご主人様、お茶は美味しいですか?と尋ねられ、そういや感想の一つも返していなかったと今更の事実を思い出した。もう一口のみ出来るだけの笑顔で答える。
「美味しいよ!ちょっと温度高いとは思ったけど美味しいよ!うん、きっと多分」
 だから記憶転写しに戻って死にかねない事態を起こさんでくれ。
「よかった〜!着任早々粗相をするなど巫としてあるまじき非礼、そうなったら腹をつめねばと思てったので杞憂で良かったです」
 ひええ、ひええ……そんな何でもないようにほっとされても最早言葉もない。

 マリカと名付けられた配下はオシュトルが戻るまで室内を物珍しげに見ていた。
 戻ったオシュトルに手を拭かれ軟膏を塗られてなんだかくすぐったそうにしている。
 痛覚はあるのと尋ねると痛みを感じないよう調整されているらしい。だから火傷も変だなあ程度の感覚で傷のうちに入るとは思わなかったようだ。これが火傷、これが薬。面白いですねと子供のようにころころ変わる表情に妹を重ね見て目頭が熱くなった。
 手当が終わりオシュトルにありがとうと礼を言うと、其方は手も荒れやすいから些事は某に任せよ。この程度造作もない、大切にせねばなと手を取られ頬を染める。
 いるから護衛、配下がめっちゃ興味津々でこっち見てるから恥ずかしいっつーの。
「何故ご主人様はそんなに顔を赤くしておられるのです」
 首を傾げるマリカに屋敷でどういう立場になるかオシュトルが伝え始めるが、何か考え事をしていたようで、またはっ!っと声を出し立ち上がった。今度は何だ〜。
「みなまで言わなくても大丈夫です!不肖マリカ、やっと察しがつきました。かような状況にも気づかないなんて無知の極み。今後とも精進致します。ではごゆるりと」
 なんでこの子はオシュトルが説明しているところで席を立とうとしているのか、慌てて立ち上がり待って待ってと引き留めて襖を開けるのを止める。どうしたの?と出来るだけ優しげに尋ねれば、何でもないように語ってくれた。
「はい、ご主人様ご夫婦は新婚間もない間柄とお聞きしております。上流にしては珍しく恋愛結婚だとか。知識でしか知りえませんが新婚の熱烈な恋愛を得て結ばれたとくれば一時でも長く睦み合いたい時分でしょう。組んずほぐれつ」
 ……房事に興味があるのはわかる。初日勤務で大はしゃぎなのも理解を示すけど、おまえちょっと待てや。何はしゃいどるん?説明の真っ最中だったよね、ここには、大恥を掛かせられても笑って流した夫殿がいるんだぞ。思い込みは結構、でもそれは時と状況に応じた振る舞いが出来た上での話だ。ウォシスめ、何がとちっただ。最低限の礼節ぐらい学ばせてから寄こすべきじゃないのと内心で作成者のウォシスに文句を飛ばした。
 機嫌を損ねたこちらの機微には気づかず、マリカは無邪気に最善と思う行動を取り続けていく。
「どうぞマリカのことは捨て置いて励んで頂きたく、空いた部屋にでも待機しておりますのでどうぞ子孫繁栄に勤しんで下さいませ。そうだ、オシュトル様!」
「なにか」
「今後のためにもご主人様が好むプレイ内容があれば後学のために是非ご教授お願い致します」
「其方はまず落ち着いて周りを見るべきだ。ナナコ殿の窮状が見えないか」
 私は額を抑え項垂れていた。現状が聞くのも見るにも耐えれずさっきからする頭痛と目眩でひっくり返りそうなる意識を必至に堪えていたんだ。
「ご、ご主人様!どうされました。そんなに震えて這いつくばるなんて!何か悪いモノでも?はっ、それか私が舞い上がる間にどこぞの暗殺者が魔の手を!おのれ、何故オシュトル様がいながらご主人様が損なわれているのです!いいえ返答は結構、ご主人様は私が守るっ!薬師をお呼び致します!追っ手は私が」
「下がって」
 思ったよりも冷たい響きが出てしまったけど、ヒトの機微に疎い彼女は気づかずひとまずの返事にあからさまにほっとした体で吐息を零す。
「ご主人様、ああ良かった意識はあるのですね。お体は大丈夫ですか?胸がお苦しいなら摩りましょうか」
 視線を向ければ何かを感じ取ったのだろう、見据えたままマリカは姿勢を正した。
「空いてる部屋に泊めてもらって胸に手を当てて考えて。私を主人と仰ぐならこの屋敷の主を貶めるような発言は今後一切やめて欲しい」
「?私は何も貶めてはいませんが」
 弁解を無視し厳しい言葉を口にする。
「誠心誠意結構。でも閨毎に口を出すのはとてつもない非礼だと学んで欲しい。横におられる方は本来私のような者が連れ合える方ではない。誤解なきよう言うが私が高位だからではなく逆だ。聖上が見いだされぬ限り一介の町人でしかないのが我が身だった。
 彼は貴族だ、身分も高官だ。誰が何と言おうと釣り合わぬ相手を当人の好意で側にあるのを許されている。
 周りを見ろ、状況に合う振る舞いをしろ。出来ないと言うならそれもいい、だが心しておけ。
 貴方の振るまいが品位を落とす、貴方だけじゃない。貴方自身に留まらず貴方に誠実であろうとする人達の評価も連鎖的に貶める。私を主と思うならせめて他の方にも対等に振る舞うよう申しつける」
 ややあって、吟味していたのだろう。ぼんやりした表情を引きしめて頷いた。
「承りました。主様が仰るならそうなのでしょう。オシュトル様、差し出がましい真似をしたこと謝罪致します」
「よい、済んだことだ。主を思うマリカ殿の心は伝わった。これからは振る舞いに気をつけられよ」
「はい」
「それとナナコ殿」
「なに?」
「某は良いのだ。ナナコ殿が気負う必要はないと何度言えばわかってくれるのか。本来などと申されたが突き詰めると身分違いは某の方なのだぞ」
「私にはそうは思えないだけだから、流して……マリカ、さん」
「マリカで結構でございます、ご主人様」
「守ると言ってくれたのは嬉しい。私に護衛は一人もいないから何かあったとき怖いなって思ってたの。今後ともつかず離れず適度な距離感で仲良くなれたらいいなと私は思ってる……せっかく楽しみに来てくれたのに、きついこと言ってごめん」
 ちょっと、言い過ぎたかも知れない。姿は大人に近くても生まれて初日だ。何も分からないのも当然、むしろオシュトルが買うほどの技量を持っていることをまずは称えるべきだったも。
 優しい言葉を弁解代わりにかければ彼女は文字上がり飛び上がる勢いで慌て始めた。
「っいいえ!嬉しいですっ、何事も初めてで浮かれすぎたマリカが悪いのです!ご主人様が気負うことは何もございません。到らぬ下僕で申し訳ありません、初日で失敗するなんて下僕にあるまじき粗相です。愛想を尽かされてもしようがありませんが、どうか、どうか今後とも貴方様の側に侍るのをお許し頂きたく申し上げます!」
「愛想尽かすなんてとんでもないよ。貴方は何もかも初めてなんでしょう?空を見たのはいつ?」
「今日でございます」
「そっか。綺麗だった?」
「はい、インプットされた情報と己が視覚で体感する世界はこんなにも違うのだと感嘆致しました」
 心からの言葉なんだろう、瞳を潤ませ今にも口から外への賛辞が飛び出そうな様子に自然と口角が上がる。
「よかったね、これからも楽しむといい。きっと辛いことも多いだろうけど楽しいと感じた経験は貴方の励みになる。今後ともよろしくね、マリカ」
「こ、この上ない誉れ。はい、よろしくお願いしますご主人様!」
 新しく私の護衛となったマリカはそう言って恐縮しきり頭を垂れる。挨拶もそこそこにオシュトルが住み込みならば空いてる部屋を使うといいと襖を開け家人を呼んだ。今日から私付の護衛となった者だと家人の方に紹介し、案内と雑事に疎いのでその都度助けてやってくれと言伝を頼んだ。不興を買わないためか大人しく畏まるマリカは家人に招かれるまま外に出る。去り際、しばらくお暇させて頂きますがご用の際は遠慮なく申して下さい。どこにいてもはせ参じましょうと丁寧に頭を下げて退室した。

 つ、疲れた〜。深く椅子に腰を下ろすとご苦労様であるなとオシュトルに撫でられる。オシュトルもご苦労様でしたと撫でればこれまた嬉しそうに相貌を崩す。美形の笑顔ってある意味凶器だ。
 この後また出仕だそうで、少しの時間でも其方に触れて癒やされたいと深く溜息を零す姿に疲労を見て取り頭を撫でる。本当にお疲れ様。疲れた夫を労って貰えぬかと尋ねるのでどう労えば癒やされるのかとわかりきった答えを素知らぬふりで返してみる。仮面を外したオシュトルが耳に手を伸ばし、摩られた。
 同じように彼の獣の耳先を撫でれば手を取られ首に回され抱えられる。
「寝所で、ゆっくりと」
 うっそり微笑み、歩きながら耳を食んでくるのを享受して私は夫の胸元に頬を寄せた。



 夕刻、出仕したオシュトルを見送り広間に向かう。家人が用意してくれた膳をネコネちゃんと私、マリカで頂いた。今日も今日とて美味しい品揃えだ。嫌いな物を見えないよう脇にやれば卑しいのですよと飛ぶお小言に仕方なく口に運ぶ。美味しくない、とは作ってくれた人に悪いから言わないけどさ。
 マリカは初めての食事に喜々爛々。あれも美味しいこれも美味しいと端でつつきながらついでに私の賛辞もつめてくるので妙に気恥ずかしい。
「ご主人様は素晴らしいご主人様は素敵です。厳しくもお優しくご指導下さり光栄の極み、ネコネさんはとても素晴らしい方を姉君にお持ちですね。尊き方にお仕えできて幸せです」
「この方は何か変な物でも食べたですか。さっきから壊れた絡繰りみたいなことしか言わないです」
「ああうん。そんなもんだから流しといて」
「甘い辛いしょっぱい薄味濃口それに食感、淡泊な味やとろみが実に驚きです。食事って楽しいですねご主人様!」
「美味しいって言うんだよマリカ」
「これが美味しいですか!素晴らしいです」
 生まれて初めての食事ですか、ウォシスは腹も満たさずに私に寄こしたわけですか。配下の冠童は大丈夫なんだろうか。体格から飢えさせてはないようだけど、一日三食取らせてあげないと可哀相だ。今度それとなく注意しとこう。
 いっぱい食べてねマリカと声を掛けるけど、こいつもう膳の半分は平らげてやがる。いいよ、いっぱい食べて大きくなってね!右近衛大将の懐空っぽにするまで食べないでね、大丈夫だと思うけどさ。 
「ええっとマリカさん……でしたっけ」
 淡々と食事をつついていると、ネコネちゃんの指摘にそういえば自己紹介もまだだったと思い返した。マリカをそしれない、私も失礼でした!
「はいそうです。ご主人様が付けてくれた唯一無二にして素晴らしき響き、マリカです」
「名前の件はどうでもいいのです、いえどうでもいいわけではありませんがひとまずそれは置いといてですね。誰も何も言わないから流したですけど何なのですこの方は」
 ごめん本当ごめん!てかオシュトルも妹に説明してから出仕しろや。ああうん、色々忙しくて説明できなかったんだよね。多分少しの余暇全部寝所で潰えたし。もの凄い早さで着替え済まして飛び出ていったけど玄関出たらかろうじての早歩きで平静装う姿はさすが右近衛大将様だわと見惚れたなあ。うちの旦那がオシュトル様だなんて今でも夢みたい……
「ナナコさん?」
「はっ!ごめんごめんボーっとしてた。ええっとね、今日から私に配属された護衛ちゃんです。住み込みで守ってくれるそうだよ」
「早く説明するですよ。まったくいつもいつもぼんやりして、先が思いやられるです」
「ぼんやりしているご主人様はとても可愛らしいですね」

 なんでそこでそんな呟きするかなあこの子。本心からなんだろうけど、空気読めてないよなあ。ネコネちゃんめっちゃ不機嫌になってるやん。マリカさんとネコネは咳払いをして箸を置き未だ私を見つめるマリカにお小言を言い始めた。 
「普通は上司が近しい親族と食事をする際部下の同伴は遠慮する物です。ナナコさんに下賜されて初日というのもあり目を瞑りますが、今後は主が食事を取る前か後で食べてくださいなのです。傍にいるなと言ってはいません、主の食事中は側に控え用向きを待つのが部下たるものの振る舞いだと心得て下さいです」
「ご主人様、このクソうるさい小娘はどなたですか?」
「私の夫の実妹だから!」
「ナナコさん!私はウコンの妹ですっ!大声で叫ぶななのですよ」
「ごめんなさい!」
「赤の他人がご主人様に説教とは良い度胸ですね」
 立ち上がり掌をかざすマリカ、絶対ろくな事しそうにない彼女に私は慌てて飛びかかり至近距離で端的に関係を説明する。夫の妹だけど安全のために偽っているとの言葉にマリカは頷きああどうりでと得心したところころでネコネちゃんに向き直らせて催促した。
「口調気をつけて尊大すぎ!あと敬ってネコネさんと言って。まずは謝る!武家の作法わざわざ教えてくれただけだから喧嘩売らない、頭下げて!」
「失礼しました、ネコネさん」
 平身低頭手を着く姿にむっと口を挽き結んだネコネちゃんも多少溜飲が下がったようで、これ以上の追撃はなかった。
「……主が主なら部下も部下ですね、仕付けが為ってないのです。精々たたき直しておくですよ」
 そんで私にお鉢が回るというわけですね。はいはい、気をつけますとも。処世術で聞き流す私だが、マリカは真に受けて哀れんだ目線を寄こししみじみ語った。
「親戚づきあいって大変ですね〜。主様、もし小姑の件でお困りでしたら私にそっと愚痴でも何でも教えて下さい。裏でシメときます」
「聞こえてるですよ」
 ご主人様大好きにも程がありすぎ。やめて敵を作らんでと私は戦々恐々だ。
「シメないでねやめてね、貴方本当洒落にならんから。ええっと敵対するヒトでなければそういうシメるとか言うのはなし!わかった?」
「せっかく私の腕を振るう機会が来たと思ったのに……」
「返事!」
「は〜い」
 ご主人様は子供の扱いが下手くそですねとマリカに指摘されまさかお前に言われるとはと困惑。そんな拙いやり取りを数回繰り返し少々騒々しくも和やかな夕食を楽しく終えた。
 蒸し風呂の使い方がわからないマリカに一通り指導し不安から共に入り汗を流す。
 入浴を終えて着替えおやすみと宛がわれた部屋にそれぞれ戻った。
 面倒毎が増えて疲れもそれなりだが楽しい一時だった。
 ……妹が生きてたらこんな感じだったんだろうか。やめよう、無意味だ。
 考えても仕方ないのに思考がとっちらかるのは妹の名を呼べた感慨からか、自分でもよくわからない。やるせなさから目を背け他人事を決め込む方が私には似合っている。なので、今日も私は高いびきでオシュトルを待つ。



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風と行く