28話 アイ活で得たモノ、甥と夫と弟分の馴れあい


 深夜寝室でオシュトルに背後から両腕をつかまれ淫蕩に浸っているさなか動きが止まりムッとする。じらさないで、早く頂戴。嫌がる振りをやめて体を揺らし強請るが何故かオシュトルは諫める言葉しか口にせず、腰に手をやり抜こうとする素振りまで見せた。
 ずっとイってるのに、一休み要求しても無視したくせに。
 後ろに手をやり腕を掴んで焦り止める言葉を掛けてくるオシュトルを無視した。なおも腰を振ると観念したのか強く腰を打ち付けられ、だが期待に反し果ててしまう。
 やだやだ、最後だけお預けなんて。
 意地悪しないでつきあってとはしたなく体から抜け出た男に以前教えられたとおり仰向けになり腰をあげて局部を指で見えるように広げた。
 私に散々淫らな振る舞いを仕付けた男はいつもならすぐ煽られてのし掛かるのに、今日に限っては何かを堪えるように呻き頭を振って妄念を散らした。剥(むく)れる私に向かって言いにくそうに口を開き、同時に外から声が掛けられる。
「お休みの所すみません。火急の用件で伺いました」
「ひゃっ!」
 思わず叫ぶ口元を手で覆い呻く。人が来たとは思わなかった。私は羞恥心から布団の上に突っ伏す。行為の時はしつこいオシュトルが中断した理由を気に掛けるべきだったと後悔してももう遅い。なんとも言えない表情でオシュトルは適当な慰めの言葉をかけ簡単に身支度を調え部屋を出ていってしまった。
 後悔先に立たず、嘆いても仕方ない。早く話を終えたオシュトルが付き合ってくれるのを願おう。中途半端なところで寸止めされたからひどくもどかしい。とりあえず休んどこうと皺くちゃの下衣に袖を通し布団にくるまる。
 火急とは言っても急ぎではないようで、ぼそぼそ漏れ聞こえる声は潜めているから内容まではわからない。障子を閉め話しているということは内々の話だろうか、よく聞く家人の声じゃないから知らない方がいいとわかっていても脳内はそれどころじゃなかった。恥ずかしくてたまらないんだ。
 屋敷の家人は主に似て優秀でこういう時絶対に出てこない。人払いをしていなくても気付けば近付かないよう配慮してくれるし用事かあれば足音を立ててくれるから部屋に近づくと気付いたオシュトルが飛び出て急ぎの用事だとわかる。なので二人きりで営みたい私は非常に助かっている。
 オシュトルも同意見のようだが羞恥プレイは楽しいようで私が恥ずかしがる態勢を率先して行うから困りがちだ。鏡の前とか酷いときは白楼閣の貸し切り風呂だとか。今はそれはいいや。
 家人でないなら他部署の使いか、火急の要件と申し出たが大事じゃないといいな、人死にが出る話は他人事でも気分のいい話じゃないし。
 声聞かれてないよねと悶々としているとオシュトルに呼ばれた。返事をした方がいいか迷いつつ障子に手を掛けるとそのままでよいと声が掛かる。簡単な自己紹介を受けた。
 訪ねてきた人は協力関係にある密偵の一人だそうだ。配下でないため身分を明かしたくないとの当人の希望もあり障子越しの紹介ですまぬと詫びられてしまう。礼を言い密偵さんによろしくと挨拶した所で、仕事の関係上今みたいに就寝中訪ねに来る許しを聞き覚えのある声で請われた。
 昼は姉の世話と任務で忙しいとの男の弁に、構わないこちらこそ気を遣わせて申し訳ないと頭を下げた。オウギですね、お家再興にオシュトルのお仕事協力までいつもご苦労様ですわ。
「いい時にお邪魔してすみませんね。さすがに待ちたかったのですが一向に終わる気配がないもので声を掛けさせて頂きました」
 私が煽りまくってたもんね。それは申し訳ないけれど、できればもっと早く声をかけて欲しかったな!
「某は、書き置きで済ませた方が有難いのだが」
「火急と言ったじゃありませんか。それともなんです、早く気付いて貰うために障子に石でも投げれば良かったと?」
「当然であろう」
「イヤですねえ、いくら僕でも飛び出たオシュトルさんに袈裟切りにされたら無事ではすみませんよ。奥方の声を聞いたからには生かして返すわけにはとでも……ほら怖い」
 物騒な発言の後ご子息を拝見できるの楽しみにしています失礼と声がして足音が遠ざかった。姉の元に帰ったんだろう。
 障子が開き少し疲れた風情のオシュトルが顔を覗かせる。途中退席した旨を詫び本格的に身形を整え始めたのを見て、もしかして大事?と布団の中から尋ねてみる。
 オシュトルは首を振り、だが早く済ませるに限ると外套を羽織りこちらを見ると、起き上がる私に手を伸ばしよく休めと頬を撫でた。
「頑張り屋の旦那様、帰ったらいっぱいいいことしていいからね」
 していいととあいまいな表現で許したのは疲れて戻る可能性を考えてのことだ。励ませて倒れられたら辛い、オシュトルに限っては万の一つもない事態だけれど。激励を送りたくて練習していた文句を辿々しく言うとオシュトルは軽く目を見張り、にんまり口角を上げる。
「褥が乾かぬうちに戻ろう。もっとも……」
 乾いていようとその気にさせるが。
 照れ隠しの発言は全て合わさった口内に消え、オシュトルが満足して出仕した後私はいつものように疲れ果て眠りこけた。


「全部お姉様のせいなのです」
 明朝主人不在の席で今日も騒がしくマリカが頂いた朝食に感嘆しているとネコネちゃんが不満を零した(食事に同席する理由は外に放置した方が面倒だと理解したからで彼女は放っておくと興味のあるものに猪突猛進、騒ぎ転び物を壊す経緯を経て同席した方が被害が少ないと踏んだためである)。どしたん?よく思われてないのは承知だけど理由なく愚痴る子じゃないよねネコネちゃんって。失言に気づいたんだろう、あたふたするが取り繕うのもシャクなのか憮然としつつ胸の内を明かしてくれた。
「母上が五月蠅いのです。孫はまだか孫はまだか、ちょっと前に嫁に来たというのに毎回文にしたためられてはうんざりもするですよ」
 嫁いだには語弊がある。嫁ぐまで秒読みなだけだ。
「私のとこにはそういうの来てないけど」
 精々時候の挨拶ぐらいだ。他はウォシスのネタくれ催促やハクに関しても酒の催促に行く程度のご機嫌伺いぐらいだし。
「わかれなのです。やっと来た嫁様つついて逃がす姑がどこにいるです」
 そりゃそうか。普通良心的なお姑さんは来て一年もしない嫁に孫催促はしませんわな。
「気を遣ってるですよ。息子を焚き付けてお役目が疎かになってもいけません。代わりにネコネに様子伺いが来るです。勘弁してほしいのです……」
「あ〜、ごめんね。私も望んではいるんだけどね」
 何もなくても燃え盛っているというのはお兄ちゃん子には余計な一言だろう。オシュトルを貶めるつもりはない。それと子供に関してだがこういうのは授かり物でと説明する前に、はっとしたネコネちゃんが慌てて弁解した。
「責めてないのです、そもそも責める道理もないのです。昔から子は宝と言いますし欲しいから出来るものでもありません。果報は寝て待てです、文字通りの意味なので意気込まれても困りますが」
 頬を染めつつ気まずげに視線を逸らすネコネちゃんはどうやら寝所でのあれこれを想像したらしい。照れもあるが兄とのそういう連想をしたのが若干不快なのか、眉根を寄せ尻尾が苛立ち毛羽立っている。可愛い。大丈夫、言いたいことはわかってるよと余計な口を挟まず頷いた。
「責任を、お姉様が感じる必要はないですからね」
「……ありがとうネコネちゃん」
「子宝ならば対象の種を絞り試験管で摘出した卵子に掛け合わせれば簡単に配合が可能です。培養には要素が絡みますが上に許可を頂ければすぐにでも製造工程に入れます。如何致します?」
「そういう助け船は良いから、却下で」
 残念そうな顔をしないでくれマリカ。欲しくてもできない場合には頼るかもしれないから、とりあえずその話はおいておこうよ。私は自分の手を叩き、まずは落ち着いてごはんを食べようと二人に提案し静々食事に戻った。
「この人は何言ってるですか?ランシ、シケンカンとはどのような意味を」
「隠語。わかる人にはわかるから外で淫らに口にしない方が良いよ、変な目で見られるから」
「ろくな主従じゃないです。なんで兄様はこのような人を選んだんですか……」
 嘆く様ももう見慣れた風景の一つだ。運が悪かったんだよと聞き流しさらに嘆く義妹のおかげで今日も私は寂しくない。



「それで、手駒の提案断ってまで真っ先に勤しむのが甘味巡りなんて、どうかと私は思いますよ」
 手駒扱いしないでよ、今は私の護衛なんだからねと私は茶屋の一室で向かい合うウォシスに文句を飛ばし、あんみつの上の部分、木の実の枝をつまみ皿に置く。木の実は最後にとっておく派なんですねとウォシスは自分の木の実を手に取り美味しそうに口に含んだ。
 満喫してる貴方に言われたくないんですけどと心の内で応酬し私も甘味を匙で掬い口に頬張る。甘くて口内でとろける味はなかなかだ。今度ネコネちゃんと一緒に来よう。
「真っ先じゃないよ。食事の後は畑の手入れしてるし次の劇に向けて歌の稽古も頑張ってるんだからね。行儀作法もだけどさ、あ、大分成長したんだよ見る?溝掃除だってあの人の許可があれば率先してしてるし。ハク、そうだよね?」
「おうそうだな」
 横に座るハクはだるそうに甘味を食べていた。私とウォシスはパフェみたいな奴でハクは大福だ。それだけでいいのと尋ねれば昼飯の後にそんなに入るかよとうんざりしてたので無理に進めるのはよくないと引っ込んだんだ。
 ウォシスとは結構密に連絡を取っている。連絡といってもおはようから始まりスマホの使い方やら町で何が流行っているかなどの雑談に過ぎないが嫌われてはいないのか、おはようございます情報提供ありがとうございますやオンヴィタイカヤンなのにわからないなんて遅れてますねなんて悪口に落ち着くのが腹立つ。
 聞きたいことがありウォシスにスマホから連絡を取り、昼過ぎに町で評判の甘味処で待ち合わせをした。事前にオシュトルの許可もとっているから問題はない。マリカは後ろの席で待機させている。オシュトル一派が要人と複数関わってあると周囲に知られれば面倒なのでとのウォシスの言葉もあり離れた位置に控えて貰っている。席を余分に取らせる分マリカの代金はウォシス持ちなのが有難い。上だけでなく下にも配慮して気苦労凄いですね、毎日お疲れ様です。
 溝掃除を終えたハクと落ち合い行列に並んでいると店員さんから先にお待ちですよと声をかけられた。恐々行くと個室に案内され手を振るウォシスに呼ばれて席に着いたというわけだ。並んだのと尋ねれば有名人の名を使えば簡単に譲ってもらえましたよと鼻高々である。いいのかそれ。ハクと顔を見合わせると一応対価にラウラウ先生直筆の新作を渡したから大丈夫ですと胸を張られた。交換してくれた方が同担の趣味人だそうで喜んでいたから問題はないと言い切られ、それならいいかと甘味を頼み世間話に興じていたというわけだ。
 そして現在、天気や流行り物の所見について当たり障りのない話をしていたはずが今日何があったかまでぼかして打ち明けてしまったのは何故だろう。自白剤でも使った?と聞けば薬を使えばこの程度で済むわけないだろとハクが口をはさみそれもそうかと納得する。柔和な態度とそれとない誘導からかウォシスと話すときは口が滑りがちだ、気を付けないと。
 庭に拵えた畑で話の転換を試みたがウォシスは農業に関してあまり興味がないのか素っ気ない。
「土臭い話はいいです。折角の甘味が台無しになる」
「その甘味もヤマトの民が精魂こめて育てたもんから出来てるんだろ。要職につく奴が地元の畜産物否定するのはよくないと思うぞ」
 ちゃんと聞いてたのねハク、まさしくその通りだわ。
「確かに、これは失言でしたね。ご忠告感謝します」
 素直に礼を言いウォシスは催促してきた。
「生育過程は見たいですね。拝見しても?」
 オンヴィタイカヤンが繁栄してた時代の野菜でもあると思ったのか、どこかうずうずとした眼差しに答えるべく私は懐に隠し持つスマホを取り出しこれだよと該当する画像を表示する。残念、どれもヤマト産の植物ばかりです。
「……どれ程成長したかと思えば、この程度ですか?」
 何を言いますか!植物が半年で実るわけないでしょうが!種から育てたんだから間引いたり途中で枯れたり色々あるんだよ。
「この程度じゃないよ、めちゃくちゃ育ったんだよ!私だけじゃなく皆も手伝ってくれて、一年目でここまで育てたの偉いって褒められたんだから、この程度って言うのやめてよね」
 ウォシスは適当に謝罪の言葉を述べ、誰に褒められたかを聞いてきた。
 褒めてくれたのはエンナカムイの皇子キウルだ。弓は一流なのに辺境の農業立国だからかそれなりに苦労を匂わせる言葉が居たたまれなかった。
 農業立国の皇子と明かせばキウルの立場が悪くなりそうでまるっと無視して画像を指差し出来のいいところを拡大する。
「頑張って害虫も取り除いてるから葉のつやもいいでしょ。雑草も皆で抜いてるから実を付けるのが今から楽しみなんだ」
「まさかオシュトル殿も……」
「おう、まさかだ」
 うわあって顔でこっち見ないで。一応は止めたよ。体調崩したとき代わりを買って出て水まきやら虫取りやら手を出したら勢いづいちゃったんだ。私や家人さんほど入れ込んでいないから大丈夫だと思いたい。
「酒のつまみにするって張りきってたよ。立派に大きくなってるでしょ。花もほら、蕾になりかけ」
「花だけ雑なのは食い気が勝つからですかね。多少色事に気をつけた方がいいのでは?前会ったときより丸みが増してます」
「幸せ太りだよ。あ、実が欲しい?」
「要りません」
「あげるよ。折角だから」
 それで恩着せて仲良し叔母甥ごっこがしたい、なんて願う程度には調子に乗っている。浅ましいのは自分でもわかってる。
 ウォシスは溜息を付き甘味を食べるのを再開した。器用にも会話の合間に口に放り込むから淀みないのが面白い。
「もっといいものを用意できるからいいですよ。どうせなら手伝ってくれた方々に差し上げればいいじゃないですか。貴方のことだから、屋敷の方だけではなくどこぞの姫君の助力も受けたのでしょう?」
「気にしないでって言ってくれたよ?台所預かってたから虫には慣れっこだって」
「そういうんじゃなくてだな」
「名目だけでも今のあなたは姫君だ。大勢の中の一人でも姉君になられたならそれらしくありなさい」
 行儀作法などはネコネちゃんから厳しい指導を受けている。大将の妻に相応しい振る舞いを身につけるよう日夜これでも修練に励んではいるんだが、心構えが足りないという激励だろうか? 養子に迎え入れてくれたオーゼン皇達には感謝してるし恥もかかせたくない。野菜の画像は近い人にしか見せる気はない。これからも最高まではいかなくても最善を目指すつもりだ。
 心配してくれてありがとうと礼を言い、スマホは懐にしまった。
「実は要らないようだから、必要なら花持って行ってくれていいからね。今度家に来たときあげる」
「意図が読めませんね。要らないって言ったじゃないですか。なぜ渡そうとするんです?」
「だって大事な甥っ子じゃん。気に掛けるのは当然だよ」
 花でも見て癒されてくれ。最後の言葉は照れ臭くて取り付けたのだが何某か思うところもあるのだろう、匙を置き真面目な顔で手を組みこちらを見た。
「……本題は何です」
 何のことですかね。
「貴方が私を呼びつけるなんて初めてじゃないですか。甘味にかこつけて何か確かめたいことでもあるんじゃないですか?」
「甘味だよ?」
「こいつはこういう奴だから探るだけ無駄だ。本気で甘味目当てだと思うぞ」
 すでに大福を食べ終えたハクが行儀悪く壁によりかかり牽制する。
「実は半々なんだけどちょっと聞きたいことがあってね」
「おい」
「オンヴィタイカヤンの強制権がどの程度有効か……ですね?」
 私まだ一言も言ってないんですけど。情報源はマリカか盗聴か、探る視線にウォシスは物ともせず優雅に微笑み答えてくれた。
「盗聴器を仕込ませていると以前話したでしょう?仕込むのにさしたる労力はいりません。ヒトにつければ落ちた先で動かせます。目ぼしい武将は全員監視対象ですので特権階級の責務として甘んじて下さい」
「わかってると思うけどさ、すでに何個か潰してる」
 物陰に潜む虫だの埃だの、気流無視してあからさまに怪しい動きをする物体は全力で叩き潰しているんだが。
「陽動に引っかかるなんて叔母上はお馬鹿さんですね。本命は別、ナノマシンと言えばわかって頂けますか?」
「感知できる方が怖いぞそれ」
 ハクのツッコミに全くだと頷く。プライバシーをくれ。てかその情報こんなとこで漏らしていいの?個室と言っても人払いもしてない噂大好きな女性陣が詰めかける大衆向けの茶席なんだけど。
 同じ危惧を抱いたのか焦る色を見せたハクにウォシスが微笑み懸念は無用だと言葉をつなげる。
「安心してください。皆すでに暗示をかけています。この部屋の会話は一切聞こえないと明言しましたから。聞こえても頭には残りませんよ」
 相変わらず恐ろしいチート能力にドン引きだわ。後遺症が残らないか心配するハクにウォシスが部屋を出れば解けるよう命令していますと説明して二人ほっと息をつく。巻き添えで迷惑掛けるのは忍びない。
 気を取り直したところでウォシスが再度説明に取りかかった。
「さて、オンヴィタイカヤンの強制力についてですが……未だ健在ですよ。以前実地でいくらか試したところ大いなるものの言葉にはどんな命令でも従うと実証済みです」
 エグい実証しかしてなさそうでドン引きである。多分隣のハクと同じような反応をしたのかウォシスは苦笑いの体で注釈を付けた。
「ご心配なく、実験に使ったのは死罪が確定している罪人ばかりですので誰かを犠牲にはしていません」
 命はめちゃめちゃ犠牲にしてますよ。やはり同じ疑念を抱いたハクが罪人にも守るべき人権があんだろうと眉根をしかめる。
「昔のことです。彼女と出会ってからは行っていません。恨まれる要素は省いておきたいですし……倫理的にどうかと仰りたい気持ちはわかりますが過去をどうこう言われても困ります」
「もうすんなよ」
「承服はできかねますね」
「おい」
「貴方が口にした言葉、人権などの単語も外で口にしない方がいいですよ。全ての亜人が理解を示すとも限りませんから」
「……言ってる意味はさっぱりだが忠告は素直に受け取っておく」
「結構。ついでですから恩に着なくてもいいですよ」
 そうしとくとハクが返したところで、もう散々色んな人に問いかけた疑問をウォシスに尋ねてみた。
「洗脳もしようと思えば出来るのかな?」
「ああ、劇場での一件ですか」
 本当何から何まで熟知してますね。でも私芝居小屋でウォシスを一度も見たことないんだけどなんで知ってるの?驚き間が開いたところでウォシスがおかしそうにほくそ笑みながら教えてくれた。
「あの人込みで私を見つけられないのも当然でしょうね。ええ、あの場に居ましたとも。話題の歌姫がどの程度か確かめたくなりましてね……ふふっ、貴方が脈絡なく叫んだときは何事かと思いましたがそういう理由でしたか」
 最初から最後までばっちり見た訳ね。見に来てくれてありがとうと羞恥から顔を隠すがウォシスはツボにはまったのか口元に手を当てお腹を震わせていた。
「傑作でしたね。周囲の反応に戸惑う貴方のさまは今思い出しても……くふふ」
「おまえ笑いすぎ、ちょっとは遠慮しろ」
「失礼。なかなか痛快だったものでふっ……」
 失笑殺し切れてなーい。そんなに取り乱したかな?まあいいや、楽しそうで何より。
「いやいいよ、まさかああなるなんて思いもしなかったし」
 深く考えなくてもあの騒動はすぐに脳裏に描ける。阿鼻叫喚の地獄絵図だったね。救いは全員が喜んでいたという点のみだ。なかなかの騒動だったようで非番の左近衛大将が駆り出されたと逃げ帰った屋敷で聞いたときは実に申し訳なくて、後でサコンを訪ねて詫び代わりに飴を多めに買ったんだっけ。正体を明かしていないから面と向かった非難はないけどチクチク嫌味を言われたな。左近衛府の役人大変そうじゃったって。
 サプライズは止めた方がいいと肝に銘じた出来事だった。幸い怪我人もなく無事に解散したとオシュトルから又聞き二人で話し合い歌うのを少々セーブしている。歌姫がサボりがちでも芝居小屋の人が私の歌を歌ってくれるからそこそこ好評なのが嬉しい。
「ヤマトの民は娯楽が大好きですからね。そこの方が開発したルルとシュウも町で評判ですよ」
 得意げに顔を上げるハクだがウォシスは冷静な評価を下す。
「もっとも根付くかどうかは疑問ですがね。ヤマトの民は新しいものが好きですが飽きるのも早い。なので気に病む必要はありません」
「うどんとか漫談とか帝が伝えた文化は文字毎丸々残ってるけど、それでも飽きっぽいと?」
 突っ込むとウォシスは苦笑しつつ元が違えば残る確率も低いですよとフォローしてくれた。
「もっとも、長く残る方がいいと言うのなら協力は惜しみませんが?」
 お断りだわ、協力の見返りに何を要求されるか分かりもしない人に頼りたくもない。情緒ある芝居ならともかく、ロックにアニソン民族系ごった煮のしかも私主演の劇なんて恥でしかない……ちゃんとした役者が一貫性のあるミュージカルを演じるなら残ればいいと思うけどさ。
 私が舞台に立ってから芝居関係者に相当影響があったようでパロディ作品が次々と他の芝居小屋で演じられているらしい。
 余暇に何度かクオンと芝居を見たが大抵勧善懲悪もので帝が解決しておしまいの話しがほとんど、他はドタバタ喜劇ぐらいでジャンルが狭い。皆ハッピーエンドが好きなのか異形との婚姻譚ですら特に試練もなくくっついて終わるのが逆に新鮮だった。
 乙女書が女子の間で流行るわけだ。悲劇エスエフほのぼの群像劇網羅してるんだもん、私も毎日楽しく拝見してます。
 私が生きた時代の話しをヤマトに逆輸入するのは帝の意に反さないかメールで尋ねれば太鼓判を押されたのもあり、刺激になる程度の童話パロを最近は演じているのだが、これが結構受けた。
 受けすぎて他の芝居小屋が勝手な改変を試み亜種が山とできた。なんでだ、赤ずきんとジャックの豆の木パロよく思いついたな。
 私が見ても中々に面白いのだが、客は見るなら流行りの歌姫だよねとお陰様で私が所属する芝居小屋は大盛況である。四日に一度しか立たないけど。罪悪感半端ない。客もよそで満足してほしいが、まあ確かに演目を見れば無理もない判断だと思う。桃太郎とロミジュリパロは人類でなくても敷居が高すぎる。面白かったけどさ、最後は帝が解決したし。便利だな帝。
 うんうん渋面で唸っていると柔和なウォシスが更に楽しげに微笑んだ。無駄に頭ひねらせてと馬鹿にしてるのかなと目を逸らせば多少気がそれたみたいで良かったですと呟かれる。
 ……ウォシスから見ても私は相当落ち込んでいるように見えたんだろうか? 馬鹿にしてると誤解してゴメン。胸中で謝罪して改めて視線を向けると苦笑された。
「何を悩まれているか察せないほど馬鹿ではありません。さっきから眉下がりっぱなしですよ。貴方に限っては心配しなくてもいいと思うので、ほら、しゃっきっとしてください。」
 曲がっていた背筋をウォシスが言うようにしゃきっと伸ばしてみる。バカにすると予測していたが触れずウォシスは話を続つづけた。
「命令は絶対なのは本当です。発言も言い募れば好意的解釈をされて多少の影響があるのも認めましょう。しかし刷り込みまで考慮していたら何も言えなくなりますよ」
 ……そうですね。
「疎外感でも感じているんですか?」
 首を横に振ろうとして心配してくれる相手に悪いと思い直し、正直に首を縦に振った。相手に失礼だからと補足する。
「対等でいてくれる相手に不実だと?それこそ支配者側の思い上がりだと思いますよ」
「…よく分からないの」
「誠実な相手から逃げずに真摯に立ち向かっているのでしょう。ならばそれで良いじゃありませんか」
 理屈で分かっても納得できないんだって。努力でなりあがる世界で一人だけチートスキル付与されてるってすごく卑怯じゃん。秘匿されてるけど帝に連なるものとかで敬語こそなくなったけどオシュトルにはこれでもかと大事にされている。人間は私だけじゃないと思えば心強いが、そういう人たちと自分を同列に見るのも腑(ふ)に落ちない。ウォシスやハク、帝は天才だが元から努力してる訳でして。私が第三者のモブ視点なら彼等と並び立つ姿をすごいなあ羨ましいなあって他人事でいれるけどさ、いざ自分が同列に立たされると後ろめたさマックスで引け目を感じて仕方ないのよ。
「一流のアスリートの群れにモブが混じってる気がして嫌なの。実力ないのに周りから称賛されて肩身狭い……って言えば、分かってくれる?」
 俯いていた視線を上げればウォシスは呆れた顔でこっちを見ている。
「こいつ幾ら言っても聞かないんだ、付き合うとバカ見るぞ」
「私も時間の無駄としか思えませんね」
 二人の反応を見て割り切るしかないんだよねと反芻する。三者三様思うところは違うだろうが、三人一緒に嘆息をつき顔を見合わせ失笑した。
「嫌な所で共感したな」
「ええ本当に……甘味、ぬるくなりますよ。早く食べては如何です?」
 ウォシスの指摘に確かにと頷き甘味を匙ですくって中断していた食事を再開する。
「一流にモブが混じる感覚、理解できなくはないですけどね。私は逆の立場でしたから」
 黙々食べる傍ら挟まれるぼやきにウォシスも色々あったんだなあとしみじみした。
 理解されなくてきつかった?尋ねれば、酷かったですよ、育て親が芋に見えるぐらいみんな頭悪くてと愚痴る。
 続けて、今となれば合わせるのに苦痛を感じる私の方が至らなかったと理解できますけどね。なんて殊勝な態度でどこか遠くを見る視線に物悲しさを感じてしまった。
 すぐには答えず、半分ほど食べたところで一人じゃないよと話しかけてみる。
「ウォシス、たくさん話をしようよ。貴方ほどの知識私ないけどさ、世間話なら幾らでも付き合えるし」
 肩をすくめて無視された。明確な返事はないが邪険にもされなかったのは関係が改善できているからと勝手に解釈しておく。

「貴方が元気でないとこちらも遊べないからつまらない。迷うのは結構ですがほどほどの所で割り切ってください」
 食べきりご馳走さまと手を合わせたところでエールを貰った。私は綻びせっかくだからと話に乗る。
「ネタ提供しなきゃだもんね」
「今は結構ですよ。昨日の件でいい刺激になりました」
 乗らなきゃよかった!盗聴されてないかしこたま調べたのにまだあったとは。見つける度に潰してるから恨まれてるかもと危惧してたけど後でどうとでもできるから好きにさせてたのね。笑顔が怖いわ。ハクが引きつつプライバシー侵害と加勢してくれたけどヤマトにそんな法律ありませんからご愁傷さまですと流されて轟沈してるし。なんかごめんね。
「恩に着るならその右手のマスターキーで政敵でも焼いてくれれば有難いんですがね。政務が滞って仕方がない」
 デコポンポなら私もそうしたいけど聖上の不興買う行為は駄目ですわ。遺物使うわけにもいかないしと反対の声を上げる。
「一々燃やしてたらキリないって。さすがにライコウの家燃えたら上も黙ってないでしょうし」
「……なんでそいつの名前が出てくるんだ?」
 げ。
「おや、そこまでバレてましたか。怖い方だ」
 私は慌てた。失言もそうだがウォシスとライコウが組んでいるとか実はウォシスのみ心中では敵対してるという情報は簡単にばらしていいものじゃない。このウォシスが原作と同じとは限らないのに断定する言い方は相手の機嫌を損ねる。まして帝都に密偵を張り情報取集に余念がないライコウがウォシスとの会談を盗み聞いてない保証もない。室内は大丈夫でも外部に漏(も)れていないとはウォシスは言い切らなかった。このことを知られて困るのはオシュトルだ、ついでに子飼いのハクにも飛び火する。
 知識だけで確信はないと濁すつもりが、またしても口が滑った。
「や、何も全部知ってるわけじゃないからね。裏で電気や大砲発明しててヤバいとか、あわよくば帝の保護からの脱却を目論んでるなんて思ってもないよ。いい奴なんだよ多分、説得出来なきゃ暴走して大義を為すため謀反起こすけど、ライコウ様は博識で百戦錬磨の戦略家でっ」
 尚も喋ろうとする口を両手で叩くように覆った。意識と連動してる、どうして?
「全部言ってる!また揉め事かよ勘弁してくれ!」
 ハクはパニックを起こしたのか両目をつむり耳を塞いで卓に突っ伏した。言い訳に必至だった私は混乱から笑いを必至に堪えるウォシスに助け船を要求する。
「大丈夫まだ聞かれてないから、ねえそうだよね?そうだと言ってよウォシス!」
「あいにく外は失念していました。だって外に向かってこれからこの道通るあいだのことは忘れろなんて。事故につながる可能性を考えれば軽々しく口にでは出来ませんって」
「民思いのそういうところは私も好きだよ!終わったーー!!」
 ハクに倣い突っ伏すが事態解決には当然至らない。道に飛び出て行きかう人にちょっと前の記憶忘れろと叫ぶか、本気で考え出したところで同じく伏せるハクが胡乱な目で、おまえのそういう所本気で直した方がいいと思うと忠告してきた。ハクが身分を明かせば媚び売らずにすむんですけどそれは言わない約束でしょう。ごめんと謝罪しどうするかと卓に放心する。冷たくて気持ちいい。
「で、政敵の件はどうしてくれるんですか?」
 ええ、この話まだ続けるのお? 壁厚いから大丈夫ですよと助け舟出してくれると思ったのに。私は体を起こしまっとうな政敵の排除方法に頭を巡らせる。いやなんでこれ私が考えてんだ。ハクに頼れハクに。ハクは混乱してるのかウォシスに茶を勧めて飲ませてるし。
 ひとまず頭を冷やそうとウォシスの話に乗る。
「……無難なのが一番だよ。説得篭絡とにかく懐柔を目指すべきだと思うな。話通じない相手でもないんだしキレそうならなだめて人の可能性を見せるとかで鬱憤晴らした方がいいと思う。民を刺激してなんか思いつかせてさ、ほらこんなアイデア思いついてますよ、事を起こすのは早計です、独り立ちする可能性まだ残ってますよ……こんな具合にね」
 ウォシスの声真似までして具体例出したのに当人は不服なのか、その程度で懐柔できればこちらも楽なんですがと嘆息までしてくる。それとなく実施済みですとまで補足されてやっぱりねと納得した。クローンとはいえオンヴィタイカヤンのウォシスの説得が簡単に通じる相手とは私も思っていない。思っていないが諦めたらそれまでだ。原作で帝が断じたとおりあれほど人材は数百年に二度も出はしない、まさに逸材だ。重用するにはくせ者過ぎるが切り捨てるにはあまりに惜しすぎる。私が帝なら怖すぎて速攻遠方に封じるけど、帝が存命のうちは馬車馬のように働いて国のために尽くしてほしい。電気で楽に明かりつけたいし。
 なので私はウォシスが早まった行動に出ないよう口を酸っぱくしてライコウ懐柔を続けるよう説得した。
「だってさ、あのライコウだよ。ライコウの家燃やせってマスターキーに頼んで排除は現実的じゃないのウォシスも分かるでしょ。仮に暗殺できたとしても後処理大変だしこれを機に野心ある将なんかが反目したら面倒じゃん。ミカヅチもあれで兄の理想には心酔してるから暗殺成功させたらキレるでしょうよ。敵に回したくない。毎回ぶっ殺すのもイヤだしそんな考え浮かぶ自分もイヤだ。うっかり打ち損じたら滅茶苦茶警戒されて暗殺する機会もなくなるっしょ。手負いの獣は手強いって言うし、打ち損じたら奴のことだから執念で下手人見つけ出して連座でオシュトルまでヤバくなる、なので暗殺どうこうは私には無」
 無理と言おうとした所で下の方、正確には腕輪から音声が発せられる。マスターキーだ。
『目標座標検索、照準調整』
 ……は?
「音声自動認識装置解除してないんですか!?このままだとヤマトがっ」
 慌てて立ち上がるウォシスに冗談だと思いたいがふざけてる訳じゃないのは表情で窺えた。私は動転し聞いてないんですけどと憤慨する。
 こちらの動揺など気にも掛けず機械は呟きを命令と誤認して意に沿わぬ計測をし始めた。
『照射まであと』
「だ、だめっ。中止ーーーーーーっ!」
 どっから出す気だ。アマテラスでないのを祈りつつ速攻制止の言葉を掛けるとどうやら間に合ったらしい。
『照射調整破棄。沈黙いたします』
 少し警戒していたが以後、それらしい電子音はせずほっとして深く椅子に寄りかかった。
 あ、危なかったーーーー。
「……よもや仕組みを理解していないとは思いませんでした」
 なんの説明もなかったからね!スマホに説明あるから読んでねとは言われたからざっと見したけどなかったよねその説明。主に影響ある遺跡の場所や武器展開の仕方なんて物騒な説明しか記述されてなかったよ。
「こういう機能あるって先に言って欲しかった!聞いてないしっ!」
 身の潔白を訴えるがそもそも前提からして私たちは食い違っていたらしい。
「聞かれませんでしたけど。大いなるものなら誰でも扱い方知ってるんじゃないですか?聖上からそう聞いてます」
「聞いてないよーーーー!」
 報連相はきっちりしとくべきだった。買いかぶりすぎだともう一度卓に突っ伏したところでウォシスが注意事項を補足してくれる。
「発言には気を付けてくださいね。それ音声自動認識がデフォルトです。あたり一面焼け野原にしたくないなら解除した方がいいですよ」
 うっかり寝言で辺り一帯焼き払ったら目も当てられない悲劇だ。納得した私はそれもそうだと懐の危険物に呼びかける。
「えっと……マスターキー、私が呼びかけない限り認識するのを止めといてくれる?」
『現在認証中です。的確な発言の指示をお願いします』
 曖昧な表現は苦手か。機械は便利だけど応用が聞かないのが難点だよね。はっきりした言葉で伝わるよう半分口を開けたところでハクから待ったが掛けられた。
「自動音声認識機能解除はやめとけ。位置情報と多分連結してるからなんかあったとき行動を辿れなくなる。中断はなしで、保留、セーブ状態に保っとけ」
「残念、正解を引かれましたね」
 本気で残念そうなウォシスを見て背筋が寒くなる。信頼しすぎていたんだろうか、殺意にまったく気づけなかった。それもそうか、だって私武人じゃないし。
 なんでハクがその言葉知ってるのだとかウォシスと仲良くいたかったななんて感傷は脇にやりマスターキーに呼びかける。
「……マスターキー、自動音声認識機能をセーブ状態で保持して。私がマスターキーと呼びかけるまで反応するな」
 忠実な機械は了承の言葉を述べて沈黙する。とたん静まる室内の空気が重苦しい。何か話さないとと思うのにウォシスは元の席に腰をおろすといつもの柔和な微笑みでこちらを見ている。さてどう切り出すか迷ううちにハクが話を切り出した。
「試したな」
「知らなかったのは本当ですよ。どの程度知っているか興味があったのは事実ですが。狼狽えた表情なかなか面白くてよかったです」
「……私を殺しても意味ないのよくわかってるでしょ」
 なんで試したの? 非難めいた問いかけにもウォシスは表情を崩さず飄々と答える。 
「貴方は自分に対しての評価には難がありますね。殺す気はありませんよ、今更殺して遊ぶには価値がありすぎる」
「仕返し?マスターキーの時してやられたから」
「あの程度で仕返しを目論んでいたらキリがありません」
 あの程度ですか。結構な修羅場だと思ったけど危険な立場に身を置くのはウォシスもオシュトルも変わらないんだね。しんみりした感情に胸を痛める私の心中も知らずウォシスは朗らかに彼なりの答えを返してくれる。
「上役特権で取り上げるのが早くても恨みは買いたくないですからね。単なる八つ当たりです」
 それって……
「いっそ浚えばと血迷いはしても貴方が笑わなくなると思えばね。実行に移す気はありませんよ、平時はね。隙を見つけておきたかった。ただそれだけです」
「私は……私は貴方を可愛い甥っ子だと思ってるよ」
 ようやく言えたのはそれだけだ。焦りは禁物だというのに高ぶる感情から訴えてしまう。助け合おうとする気持ちは間違いだったのかと、同族として信頼を寄せ合う感覚は私の一方的な勘違いなのかと。
「ええ叔母上。私もせめてその立場でありたいと願っています」
 眉を垂れ少し切なげに微笑むウォシスが寂しそうで、意味ないのを承知で気持ちが届けばと右手を出し彼に伸ばした。取らないと予想してたのにウォシスは腕を伸ばし手を取ってくれた。きつく握ってもいいのに触れる感触は柔らかく暖かい。針でも仕込まれていたらと心配するハクの言葉にそれもそうだと硬直し、ウォシスに警戒心がなさ過ぎですよと嘆息されて離される。意味がわからない。
 ウォシスの感情は同類への思慕で私にはもう夫がなんて口にするのは思い上がりが過ぎてないかと自分でも思う。思い違い、勘違い気の迷いだと諭したいがウォシスの思いを頭ごなしに否定するのは良くない気がする。何故ウォシスが暴走したかは脇に置いた。応えてくれたならそれでいいと判断し視線を交わして苦笑する。
「なんでこうなってるか自分は知らんがな。なんか行き違いがあると不味いから今のうちに話し合っとけよ」
 喧嘩両成敗と私とウォシスの間を手で切る真似をしたハクに疑問が浮かんだのかウォシスが問いかける。
「何か勘違いしていませんか?私達の関係は行き違いで収まる物ではありませんが」
「叔母と甥だよね?」
「それはあの方にとってでしょう。まさかこの方、我々の関係だけでなく何から何までご存じない?え、貴方ももしや説明を」
「してないよ。あの方も様子見段階、ウォシスがでてちょろちょろしても私もほったらかしで続報待ち」
 力強く肯定すればうんざりした表情に変わる。額に手をやりどう説明するかせざるべきか悩み始めたウォシスを前に首をかしげたハクは素直な疑問を口にする。
「お前ら趣味が一緒の友達だろ。なんで自分のことで話あってるんだ?」
「感情の機微については叔父上はデコイ以下ですね」
「ねー。身を守るためなんだろうけど、たまにがっくり来る時があるよ」
 互いに溜息を付く。
「毎回思うんだがなんで自分は叔父扱いされてるんだ。あとこいつも。同年代だろ、世代違うのか」
 ずれた感想を述べるハクが演技をしてるのかどうかはわからないが、ひとまずこの脳天気さが私には救いだ。
「ウォシスの方が年下なんだよ。おかしいよね、こんなに貫禄あるのに」
「よいしょされても盗聴はやめませんから。新作のためにもネタ提供今後ともよろしくお願いします」
 未だ事情を知らされない叔父に説明するのを諦めたっぽいウォシスが今度は私に矛先を向けてきた。
「そこはやめとけ」
 ハク擁護サンキュ、本当にプライバシー探るのはよくないよね。帰ったら家捜ししよ。見つけたら足で潰しておく。
「代わりといってはなんですがここの代金は私持ちということで」
「ちょっとぐらい良いんじゃないか?」
「この裏切者め!」
 オシュトル派からウォシス派に願えるハクの言葉を皮切りに重苦しい空気も解けた。話は雑談に戻る。ついでにライコウに関しての企みはまだオシュトルには言わないで欲しいとハクに頼んだ。事が起きる振りがなければ隠密集は動けないから心には留めとくと流されてありがたく思う。ライコウの企みをハクが知るのはフタハク終盤だ。可能なら恨みは買いたくない。起こさせもしないけど。
 デザートを終えた後の予定は私にはない。指導してくれるネコネちゃんがハクが同席するなら休みを許可してくれたんだ。たまの休みも必要だなんて随分丸くなってくれて自称姉は嬉しい。
 聞けばウォシスも長丁場になると見越して午後の予定は開けてくれたそうで、となると暇人三人のできあがりだ。用事は済ませたしじゃあ帰るかと立ち上がるハクを引き留めせっかくだから記念に三人で写真を撮ろうと呼びかける。
 取る理由がないと渋るウォシスに無理矢理くっついて(ハクは酒で釣った)年甲斐もなく女子高生みたいな乗りで写真を撮った。顔が不細工とうるさいウォシスに写真付与したメールを送るがいたく気に入ったのか悪口を言いつつ見入っているから面白い。
 花をあげると押しつけ宣言したのにウォシスは礼をしなければならないと何故か頑なに去るのを嫌がった。なら花を貰う礼にと、ハクが酒好きと公言したのもありそのまま二次会に向かう流れになる。そして当然のように席を立ったところで店の物陰から冠童が五人ほどゾロゾロ後を付いてきて、指摘すれば護衛ですよと悪びれず言うんだから怖い。
 一人じゃなかったの?尋ねれば聞かれませんでしたしと惚けるのでハクに散々付き合い考えろよと警告された。
「今は危害加える気ないみたいだし危なそうなら考える」
「だからそれを直せって言ってるのに」
「叔母上達は本当に甘ちゃんで、ネタに欠かなくて面白い」
 この日何度目かのハクの嘆息を聞き流し店の外に出た。

 幸い甘味屋で話を盗み聞いた人はおらず念のためウォシスが外、私達が面していた壁際の路地に向かって先ほどの会話は忘れるようにと叫んだからたいした騒動にもならなかったと思っておく。大いなる父の命令は怖い。通りを行く人達は命令されたことにも気付いていなかった。
「この力を遣えば何にでもなれるのに、お二方は謙虚ですね」
「自分面倒なのごめんなんでな、そういうのは偉い奴に任せるわ」
「私もー。肩の荷重すぎて潰れるから向上心ある奴に任せるわー」
 大乱誘発させる気ならしゃしゃり出るけどね、何の力もないけどさ。
 もったいないと呟くウォシスに連れられやって来たのは大通りから少し外れた酒場だった。敵対する意図はないのか、昼日中でもそれなりに客がいて和やかな雰囲気のいい店だった。
 暖簾をくぐると冠童達は店の中まで付いてくる気はないのか雑踏に散っていく。用意周到恐ろしいな。
 男二人に女二人、間違いがあってはいけないので昼から明いてる大衆居酒屋を選んだらしい。ウォシスの注文でハク好みの酒とつまみを先払いで振る舞われた。
 三人長椅子に座り、マリカは後ろの椅子に座り適当なつまみを食べさせてハクが注文した皿からいくらか頂戴した。酒よりはツマミが口に合い、品がないとこき下ろしつつしっかり頂くウォシスに今勉強してるところのここがわからないとまた口が滑った。弱み大好きなラウラウ先生に扮したウォシスが(黄色い眼鏡を掛けただけなのに偉い人が通っても気付かないのは認識をずらす術でも働いているのかもしれない。気をつけよう)これ幸いイヤミ付きの長ったらしい講釈を垂れ始めた。
 なんてことだ。わかりやすいようにかみ砕いてくれてすっと頭に入ってくる。実に勉強になった。ふんふん聞いて礼を言い頭を下げてお終いにしようと顔を上げたのだが。
 なんと対価を要求された。何が欲しいか聞けば私を指さされてハクが引いた。しつこいな、甥っ子にしか思えないから無理とさすがに断り、では歌をと望まれそれぐらいならと快諾した。本当はこっちが本命だったのかもしれない。人類の知識を独学で学んでも目の前で歌われるのは初めてだからだろうか? 隠しきれない好奇心でウォシスはちょっとそわそわしている。
 迷惑にならないか辺りを見回して改めて思う。小さな大衆酒場だ。奥の方では昼時でも宴会の乗りで楽しげに囁き時には調子に乗った客が自慢の歌を披露して拍手を送られていた。時には顰蹙も飛びはしたがいい雰囲気で若干あたりの空気に呑まれていた私は例え下手でも聞き流されると見越して、ウォシスのリクエストに応えるべく自慢の一曲を披露した。

 ダメ出しされた、しかも途中で当人に。選曲が下手くそだそうだ。じゃあこれはと歌い始めるもやはりダメだしを食らう。仕方ないじゃん、ダウナーな曲が好きで他の曲禄に覚えてないんだし。場の雰囲気に合う曲をチョイスしただけマシだと思ってほしい。あんまり下手だの神経を疑うだのこき下ろされ神妙に嵐が過ぎるのを待っていると、周りの客が加勢してきた。頑張ってるのにこき下ろしてばかりじゃねえか兄ちゃんと。こういう場合引くのが無難に事を納めれるのにウォシスは引かず更に私をこけ降ろす。助け船を求めて隣を見ればハクは卓に突っ伏し気持ち良く潰れていた。ダメじゃん。
 一歩も引かない両者、擁護していた飲んだくれは一方的に熱を上げていきそれを見て観客が私の歌が飲みの席に相応しいかどうか確かめようと煽った。それはいいですねと私が恥をかくのを好むウォシスは諸手で歓迎し、あれよあれよという間に急遽拵えたお立ち台、もとい飲食の卓に立ち歌う流れになる。
 内心はドン引きだ。早く帰りたい。もう負けでいいから早く返せとぼそぼそ歌い始めるとウォシスから声が小さいとヤジが飛ぶ。
「そんなのではヤマト一の歌姫にはなれませんよ!もっと腹から声をお出しなさい」
 おまえはプロデユーサーか!成れなくていいのにまさにどうしてこうなった!
 もうヤケクソで一番上手いと自負するアニソンを絶唱する。
 観客が増えた。もっと聞きたいとアンコールが飛ぶ。ウォシスのダメ出しが擦(かす)れて聞こえない。
 観客が店に収まりきらない。事故を起こさないためにマリカに引っ張られ外に出れば取り囲まれて再アンコール要請を食らった。ちなみにハクはマリカに抱えられて夢の中だ。二次会なんてするんじゃなかった。
 帰りたい帰りたい、訴えればあと一曲だけと皆が言うからじゃあ仕方ないと店の人が持ってきた卓を重ねて立ち上がる。歌姫だとバレて芝居小屋の人達に迷惑を掛けてはいけないから雰囲気を出すためにひょっとこの仮面をかぶった。台無しである。通りすがり立ち止まる人の中には滑稽な姿に吹く人、そして何をするか見届けるために足を止めてる人も出てきたし。
 テンション上げてせめて恥ずかしくない歌をと自棄糞で歌う内、通りが人で埋め尽くされた。なんでだ。

 飛ぶおひねり、拍手喝采涙の嵐、終わらないアンコールに何故か最前列で爆笑してるウォシスが憎らしい。
「さすが叔母上、私の想像もつかない流れを作りますね。そこに痺れるけれど憧れませんプクク……」
 ネットスラング言われても歌に必死で応える余裕がない。声が届かないと知るとウォシスは最前列に陣取り堪えきれない笑いを殺そうとして口元を抑えている。誰のせいでこんな事になったと思ってるんだよ!?憤りは軽く口車に乗った私のせいとの自問自答で抗議する意欲もしぼんだ。
 帰りたいと思うのに帰れない。歌いきるとアンコールを要請され人が壁のように沸き立ちそしてまた再アンコールを要請される。絶え間なく湧くアンコールに十までは答えたど正確な数は覚えていない。喉が疲れた、誰か変わってと願ってもゲリラライブに沸き立つ人達は視線を向ければこっちを見たとはしゃぎ連れと手を取り合う。仲良しでようござんすね。呆れる私を気遣って途中途中でマリカがぬるめのお茶をくれるのが有難いが、横で適当な踊りを披露して場を和ませてるハクをどっか連れてってくれないかな?あれは無理です?ごめんね!
「わーたくさん人が店にいるなあ、なんでだ?」
「なんでだろね私もわかんないや」
 歌って踊る私の心中はほぼ死んでいる。ハクと手を取りこうなりゃ自棄だと自前の踊りを踊ればできあがっているハクは実に楽しげに覚束ない足取りで踊ってくれる。

 ハクと踊る切っ掛けは偶然だった。急ごしらえで観客が作った舞台に人並みに押されたマリカが取り落としたハクを寝かせるわけにもいかず抱き上げて、さも舞台に協力してる一般人を装ううちに意識を取り戻したハクが完全にできあがった頭でよし踊るかと手を取り、二人輪の中で歌って踊っていた。

 酔いが抜け始めているなら僥倖だ。人混みの中に見知った誰かがいないかと助けを求めて視線をやるがいない、がっかりである。ついでに迷惑を掛けてないかと目ぼしいものを探るが幸い不快に思う人はいないようでアイドルオタみたいに絶叫してる人がほとんどなのが嘆かわしい。
 好きな系統の曲は歌いきりヤケクソで童話唱歌ロックにボカロを客の熱が覚めるのを期待して歌うのだがどれも大ウケなのが酷い。
 居酒屋の店主達も迷惑がるどころか福の神と私を称え、率先しておひねりを広い卓に放り投げ、ついでに手間賃をいただくと何割か懐に収めているのが実に商魂たくましくていいと思う。
 いつ終わるんだこれ。そしてウォシスは無駄にニコニコして手を叩いたり拳を作っているのが不信だ。何故あけすけに喜んでいるんだろと見ているとご機嫌なハクが近付きそっと耳打ちをしてきた。
「茶に自白剤入ってたぞ。おまえさっきそれ呑んで思ったまま言うようになっちまったんだろ」
 素面かよ!いや覚めたのか?このさいどっちでもいい、真意を聞きたくて踊る合間に会話を交わす。
「……すり替えたの?」
「フェアじゃねえからな。おまえは抜けたみたいで良かったよ」
「倒れたりしない?」
「心配すんな、効果薄い味だからたいした副作用もないだろ」
 私の影に回るハクが背中合わせに推測を述べる。味が薄いって……自白剤経験済みってこと?オシュトルとの鍛錬の一環だと思いたいが聞ける勇気は私にはなかった。
「敵が多いってぼやいてたし単純におまえの真意が知りたかっただけかもしれない。だが警戒するに超したことはない、気をつけろよ。親しい奴に許可なく薬盛るなんて相当だぞ」
「もう抜けてる?」
「まだっぽいな。なんか聞きたいことあったら聞いとけ。本音なんか知らない方がいいと思うから薦めはしないがな」
「私のこと、好きですかーー?」
 おいと嘆息するハクを丸っと無視して大衆に語りかければ皆口々に好意的な言葉を掛けてくれた。
「愛しています、ナナコさん」
 原作で描写のない展開が来ると困る。純真な好意のみを口にして真摯にこちらを見つめるから自白剤はまだ抜けてないとみた。聞かなかった振りも出来るが冗談の仮面をかなぐり捨てた告白を面と向かって振るのも遺恨が残りそう。なので大衆に向けた振りでウォシスに返事をした。
「ありがとうーーー。気持ちだけは受け取っておくねーーー!応援してくれる皆のこと、私も、友達として大好きだよーーーーっ」
 手を振れば皆それぞれの方法で手を返してくれた。振り返すもの、拝むもの、聞き入り涙を浮かべるもの。ウォシスは笑みを浮かべるだけだ。老若男女問わず好意的に受け取られて嬉しいがやはり思う。
「どう見てもただ事じゃないよねコレ」
 集団催眠か薬でもキメたかのようなお祭り騒ぎに内心はさっきからドン引きだ。
「まあ範疇には収まるだろ。これが暴動や反乱ならしょっ引かれるのは確実だけどな」
 誰とは言わないハクを見て体は大丈夫か歌う合間に尋ねる。自白剤の影響は抜けたとハクはとぼけるが聞きたいのはそこじゃない。自白剤と気づけるほどハクが毒物になれている点だ。
「強制されてるなら言って。上司でもやっちゃいけないことはあるってガツンと言ってやるから」
 いざという時は聖上を頼る。
「ないない。お仕事の一環で気づけるよう毒味しただけだ。おまえが危惧するようなことはねえから心配すんな」
 ならいいけどと返し、手を合わせて一回転。あがる歓声、どこからか舞い降りる紙吹雪が夕暮れの波に消えていく。
「そんで質問なんだが、自分達はいつになれば帰れるんだ?」
「私もわかんない……」
 アンコールは鳴り響く。ウンザリ顔のハクと同じく私もきっと消沈していた。対照的にウォシスはとても楽しげに歓声に紛れヤジを飛ばす。このまま国盗りいっちゃえばどうですか、だと?破滅フラグはお断りだ。
 帰りたいよと叫べばもう一曲とアンコールが湧き、頭を抱えるハクに命令すれば確実に帰れると進言するが不味い事態になりそうだからと却下された。なので延々歌っている。

 突発的なゲリラライブは凄まじい熱狂で盛り上がり盛況の内に幕を閉じた。

 閉じたきっかけはあの人の到来である。
 そこをどけと衛士の声が上がり人混みが波を割るように避け馬に乗る右近衛大将のご登場だ。平時と同じく麗しい出で立ちで何の動揺もありませんと涼しい眼差しで見下げるのが今は怖い、余計怖い。謝罪か土下座か馬の足音だけがする静寂のなか迷っていると、ハクが手を叩き静けさを打ち払う。
「やあやあみなさん、楽しんで頂けましたか? こちらにおわすのは町で評判の歌姫にございます。芝居に興味のない方々にも歌がどの程度を通じるか判断してもらいたいとの歌姫たっての頼みで、ご迷惑を承知でこちらの店で歌わせて頂きました」
 さすがハク宣伝にしてしまった。大変申し訳ありませんでしたと頭を下げハクの話に乗ると、良かったぞと群衆から声が上がった。口々に称賛批評が湧き上がるが私を好意的に受け止めるものが多い。中には五月蠅いだの事前に通達が欲しいとの声が含まれたが仕方ない評価だとも思う。
「騒動に巻き込んでしまった方々には大変申し訳ない。今後このような騒ぎは起こさないと誓うのでどうか平にご容赦を。
 ご清聴頂き大変ありがとうございました。またお聞きしたい方はどうぞ大通りから曲がった小路、緑の旗を目印に歌姫の歌を聞きに来て頂ければ幸いです」
「沢山頑張るので是非ご来場下さいませ」
「行きはよいよい帰りもよいよい。遠出は家に帰るまでが遠出です。どうぞ落ち着いて怪我無くご安全にお戻りください。それではまたのご来場を」
「「ありがとうございましたー」」
 二人そろって深々と頭を下げる。観衆の大半は納得して家路に帰り始めた。数人はオシュトルたちが気になるのか留まり心配そうに私と衛視達に視線を向けている。ウォシスは涙目で口元を押えて後ろの方に後退してた。何を耐えているかは知らないけれど滅茶苦茶馬鹿にしているのは分かっているから見ないふりをする。
 自分はしがない歌の宣伝です。迷惑を掛ける気はありませんでしたこれで徴収しますと態度で示したが、それで誤魔化されるほど右近衛府の面々はお花畑ではなかった。

 頭を上げると観客があらかた去ったあとで、一直線に粛々やって来た衛士の方々が目の前で立ち止まる。中にはしょっぱい顔をした人が数名いて、極秘裏の任務に準じる隠密衆が先んじて動けるよう信用できる配下に多少事情を打ち明けてたいるのがうかがい知れた。配慮無駄にしてごめんなさい。
 一早く再度頭を下げ謝罪と言い訳を並べ始めたハクが、おまえももう一回下げろと頭に手をやり強制的に謝罪の体を取らされた。ハクと一緒に謝罪の言葉を口にする。実にすみませんでした。
「民衆を扇動し往来の妨害、商いの営業を滞る事態を招いたその方等に何か言い訳はあるか」
「ありません……」
「一字一句、その通りです……」
 頭下げて見逃してくれるほど右近衛大将様は甘くなかった。まあ仕方ない。
「結構。話を詳しく聞きたい。奉行所へご同行願おう」
 そんで逃げたら周りで控える配下が取り押さえるんですね。逆らう意図もないので来いと衛士達にせかされ歩き始めたオシュトルたちの後について歩き出す。
 見てるだけのウォシスは他人の振りで最後は腹を抱え笑いを堪えるのに苦労していたようだ。他人事だと楽しそうですね、私も同じ立場なら見えないところで同じ反応してるけどさ。ああ恨めしい。自業自得だけど。
「ハク、なんか迷惑掛けてごめんね」
「気にするな。いつものことさ、もう慣れっこだよ」
 隠密行で目立たないの鉄則なのに注目に晒してしまったけど大丈夫なんだろうか。危惧が顔に出ていたのか上手くやってくれるのを願うしかねえだろと他力本願である。私もだけどさ。
 連行される際罪に問われるのを危惧したんだろう、見守っていた観客は口々に弁護の言葉を述べ罪に問わないでくれと庇ってくれた。店の人に至っては逆にこちらが潤ったから罪なんて犯してないですと擁護してくれたのが有難かった。
 オシュトルは罪を決めるのは御上の法であると取り合わず心配げに観衆から見送られて(マリカは勝手に付いてきた。世間をよく勉強しているようでお邪魔にならないところまで同行しますと張りきっている)実に居たたまれなかった。

 時代劇でしか見たことがない、奉行所に辿り着きオシュトルやハクと別れる。ハクの処遇を心配するが、どうせ上手く収めるから(オシュトルが)気にすんな、むしろ心配なのはお前の方だろと嘆息された。性的な折檻ならバリバリオーケーよ。ふふんと去り際鼻を鳴らせば元気が出たなら何よりだと手を振られる。何を言いますか、私はいつも元気ですよ。
 案内された個室で椅子に座りどんな沙汰と責めを負うか呻いていると、ほどなくして断りなく扉が開きオシュトルが登場する。
 謝ろうと腰を上げたところを片手でいなされ椅子に腰を掛け卓を間に向かい合う。表情にはなんの感情も見えず狼狽えた私は小さくなり謝罪の言葉を掛けるしかなかった。返事はない。目をつむり腕を組むオシュトルはややあってやっと口角を上げてくれた。
「肝が冷えたぞ」
「そ、そうだよね。本当にごめんなさい。そのっ、言い訳になるけど」
「よい。ウォシス殿から連絡を受けている」
「あ、そうなんだ」
 いい風に報告してくれてると有難いんだが、オシュトルの態度から見ても好意的な擁護じゃなかったのは伺えた。知らんぷりしたいけど、オシュトルに誤解されて齟齬が生まれたら嫌だなと碌な情報じゃないのを見越して尋ねてみる。
「……どんな連絡をあの人が寄こしてきたか聞いてもいい?」
「歌合戦をしたと」
「は?なにそれ」
「多才なウォシス殿に嫉妬し勝負を挑み返り討ちに遭ったと某は聞いている」
「あの人一度も歌ってないんだけど」
「其方の歌を批評しあのような事態を招いたと伺ったがそれも真実ではないと?」
 真実です。
「ごめんなさい」
「よい。まさかああも盛り上がるとは某も思わなんだ。今後気安い者と語らうときは個室を用意した方がよいだろう。注意せよ」
 個室は用意してくれてたんですけどね。気が緩んで挑んだ二次会で大惨事ですわ。気を付けますとしみじみ答え、途中引っかかった単語を聞き返した。
「気安い風に見える?」
「?ああ。あの方がああもあけすけに振る舞われたのは初めてであった故に」
 はたから見ても仲良く見えるぐらい親睦を深めれたと……嬉しいな。今までの交流は無駄ではなかったと示されたみたいで自然と頬が綻んでしまった。
 用件はそれで終わったようで、叱責も済んだから出てよいと許可される。試しに席を立ってもお咎めがなく扉の前に進んだところで尋ねる。
「取り調べとかないの?」
 今後のために形ばかりの尋問が一つ二つあると覚悟してたのだが、思ったよりも簡単にオシュトルは責はないよと首を振る。
「混乱を誘発させたとはいえ諍いの報告もない。軒下で歌い、まして歌うよう仕向けられていたものを罰する理由は触れにはない……罰せられたいか?」
 望めば張り手の一つでも簡単に振舞いそうな、危うい微笑みに臆して話の転換を試みた。
「ハクは大丈夫?」
「ああ、ナナコ殿を心配していた。外で待っておられる。ゆるりと戻られよ。某の屋敷に」
 よかった無事なんだとほっとして付け加えた言葉にん?と首をかしげる。
「白楼閣に行く予定聞いてないし戻るつもりだけど、どうしたの?」
「書類が五枚増えたのだ。関係各位に通達もせねばならぬ」
 私のせいですね。お仕事増やして申し訳ありませんね。謝罪を口にするのも聞き飽きただろうから出来ることはないかと尋ねた。
「詮議とか情報がいる?私のせいで仕事増やしちゃったし何か協力することがあればだけど」
 溝掃除とか書類仕事の整理ぐらいだけどね。特に役に立てなくてごめんよ。
「それは今宵閨で行えばよい」
 断られるのは承知してたけど、さらりと剛速球で想定外の言葉をぶつけられて硬直してしまう。私の反応にオシュトルは苦笑し、だが笑みを絶やさず話を続けた。
「憂さ晴らしに妻を使うのは某とて遠慮がある。付き合ってくれぬか?少々腹に溜まっていてな。是非妻の其方に同席願いたいのだが」
 断ったらどうなるんだろう。無理やりはオシュトルも好まないからではまた後日と引き下がるんだろうか。その後日に断りなく酷い目に合わされるのも実地済みだから当然断る考えは私には無い。後に回すほどこういうのって尾を引くから速攻方をつけときたいな。問題は、最近好むのが羞恥プレイだの無理矢理風な上昨夜オシュトルを私が煽りに煽りまくった後と言う点かな!
「ほ、他の人の前はイヤ」
 外で露出プレイは嫌だと匂わせればさすがにその考えはなかったのか憤慨された。
「当たり前であろう。褥には二人いれば事足りる。乾いた方がよかったか?」
 足が遠のくのも辛い。首を横に何度も振るとご機嫌を損ねずに済んだようだ。
「ならば家で待たれよ。体に応えてはならぬ故某が戻るまで十分休むように……こら、頬を赤らめるな。仕置きにならぬではないか」
 情が細かいのも考え物だ。情熱的過ぎてちっとも心が落ち着かない。私はオシュトルのもとに駆け寄り家で待ってると返事をした。
「無理はしないでね」
「当然心得ている」
 寄り添うだけの距離はオシュトルに抱き寄せられて縮まり、熱を少し分け合った後離れた。
 待ちぼうけを食らわされたハクに合流し文句に謝りつつ家路を急ぐ。

 そのあとはいつも通りだった。オシュトルを待ち、帰ってそのっ、そういう流れになり一緒に寝た。多少無茶した気がしなくもないけど腰が死ぬほどじゃなかったのは手加減してくれたからだと前向きに解釈しておく。恥ずかしくて体調が悪いせいにして翌日の行儀見習いはお休みさせてもらった。理解のある義妹で大変助かります。


 七日後、ヤマトの通りを突然ジャックした歌姫の騒動は民に好意的に受け取られ芝居小屋に訪れる客が増えたらしい。御上からのお叱りも……その、出向いた役人が二三注意するひやりとした一場面はあったそうだが誰かがしょっ引かれる騒ぎもなく皆変わりなく芸事に勤しんでいるとウコンから又聞きした。
 注意のみで営業停止などもなかったのは本当に運がいいだけだったと自分でも思う。
 後で一座の方に詫びた。皆気にしないでと逆に労わせたのが申し訳ない。
 多少私も反省して、あの時のような失態を起こさないよう気をつけねばと出歩く頻度を抑えた。ウォシスも何かしら思うところがあるのかスマホでの連絡を覗けば接触する機会もなくなり平穏そのものである。
 メールのやり取りは変わらず頻繁にある。この前は私も生き物を育てるのにチャレンジしてみましたと、滅茶苦茶怖い化け物の画像送ってたりするから内心私はビクついてる。大丈夫かなあの人。とりあえず真っ当な道を歩んで欲しくて、塩に返しなさい、どのみちハクに処分される運命だから真っ当な道を生きようと返したんだ。返事は(*^^)vオーケイ。安直だが聞き入れてくれると思いたい。悪乗りが酷すぎるが話を聞いてくれるだけマシだと思っている。

 どう更生させようか困りつつしっかりスマホで遊ぶ私を見て何を勘違いしたのか、元気がないと誤解したオシュトルが心配して宴会でもどうかと個室を貸し切りちょっとした仕切り直しを取り計らってくれた。参加者は最小限に絞ったためウコンとハクにウォシス、そして私。
 なんつーメンバーだ。そうそうたる顔ぶれに怖い物見たさでうっかり了承しまだハクの返事もないのにオシュトルから打診を受けたウォシスが二つ返事で参加を表明したのにも怯えた。ウォシスの魂胆に怯えながら赴けば、意外にも宴は終始穏やかだった。
 乾杯の音頭を主催したウコンが行い、後は料理に舌鼓。時折仕事はどうなんて普通の会話を交わし互いの苦労を労い合う。
 真っ当な会合に面食らうが考えてみればウォシスは対立しがちな政治の取りまとめ役に従事しているわけで、そつなくこなせるのも当然かと偏った見方をした自分を恥じた。
「叔母上、オシュトル殿に飽きたら私の元に来て頂いてもいいですからね。乙女書で培った技で天国を見せて差し上げますよ」
「あー考えとくわ」
 前言撤回、まではいかなくても突然微笑みながら火種をまき散らすのは勘弁して欲しい。酔いに呑まれるにはまだ早いペースだ。何がいいのかきっぱり断ったのに度々ウォシスはこうして私に告るようになっている。自白剤のんで色々吹っ切れてしまったんだろうか。キレすぎだろ、なんで帝の血縁は決めたらこうも突っ走るのか理解できない。
 胸元から次の新作らしきサンプルをちら見せしてるのも抜け目ない。右近衛大将×じつは皇子の密偵……気になる。
「ラウラウ先生、俺のカミサンに手ぇだすのは勘弁して貰えませかね」
 上司の手前どやしつけるわけにもいかず諫めるウコンの口調は弱い。
 ウォシスは調子に乗り自分のところに来ればいかに楽できるかを語るが断りモードを継続するのも中々にしんどい相手だ。貴方は嫌いじゃない、こっちと一緒になりたいだけと明言し神絵師の新作は正規の値段で買わせて頂きますと宣言する。形にこだわりますねえとウォシスは苦笑するがそちらこそ形にこだわっているように思う。
「乙女書好きだけど今日みたいに色んなモノ出汁にして関わらなくてもいいよ。前みたいに気軽に来てくれると嬉しい。私もウォシスと話すの楽しいし」
 好意的に話してもウォシスは私は楽しくないです、なんてひねくれた返事をして、でもいずれまたお言葉に甘えてと微笑み流すんだから素直じゃないなあと思う。
 ハクはウンザリ顔でおまえのそういう無自覚な所ってマジで罪作りだと思うとほざいた。
 いいじゃん、関わりたくなければ引っ込むでしょ。引っ込んでも追いかけるけど。ウォシスとは色々苦悩した通し仲良しでいたいんだ。

 親睦を深める交流会は上々の内に幕を下ろし、嬉しいことに私を除いて時折開催するようになった。三人で会ったり時には二人、たまに潰れたウォシスをウコンが苦笑いで家に連れ帰る日もあった。再戦を意気込み返り討ちに遭ったのか、二日酔いで屋敷に寝床を借りていたウォシスがまだ酒も抜けきらないのにハクを巻き添えにウコンを連れ飲み屋に突撃。無事全員潰れて迷惑そうに冠童達が連れ帰った時はさすがに吹いたけど。
 大人の会合のはずが飲み友達と潰れてきた風で面白い。大の大人が三人そろって何やってるですかと憤慨するネコネちゃんに各各が言い訳や謝罪を繰り広げ最後は責任の擦り付けをするのが端で見ていて可笑しかった。
 だが相手は大老だ。油断して言い相手じゃないもの事実。

 右近衛大将の内情を探るのが目的の交流と見ていたが何か仕掛ける気配もない。私は様子見を決め込むがウォシスなりに線引きはあるのか隠密衆との接触もない。
 なので隙を突かせる形でルルティエちゃんを連れて甘味所に行く際聞けば、やはり政敵の歓心を買わないよう交流に制限を掛けているとのことだった。
 ライコウの目に留まると不都合があるの?と尋ねれば頷かれる。
「多少信用されてますからね。腹の内は知りませんけど、乙女所のモデルに怪しまれるのは今後のためによろしくないんです」
「下手に刺激しないよう注意しないとね」
 危機感もたれて暴走されたらヤマトが真っ二つになりかねんし。帝が死ぬまでは大丈夫だと思うけど。
 ちなみにルルティエちゃんは前後の会話が聞こえていない。席を立つまで話の内容が頭に残らないようにとウォシスに命令されているからだ。楽しそうに、というか必死に用意された甘味が美味しいだの店の内装が素晴らしいだの賛辞を送っていて実に申し訳なかった。中身の分からない会話について行こう懸命になっている。敵対したわけじゃなく同担の士だから酷いことはしないと見越して連れてきたのに可哀相なことをしてしまった。非難する私にウォシスは後遺症も残らないし話しが漏れるよりはマシとの言葉に不承不承頷き、さっきから秘密の会話に私達は勤しんでいた。
「ええ。なので貴方との交流も秘密にしておいてくださいね。私がオシュトル殿たちと関わるのはいざという時の弱みを探るため、ですから」
「乙女書のモデルはついでだもんね」
「ついでの理由が大半です」
「そこは否定しようよ国のために」
「今の私はラウラウ先生ですから国は知りません。ほら食べましょう、時間は有限です。食べ終えたら情報提供した礼に次に書く予定の話見て頂けませんか?客観的な意見を聞きたいんです」
 超穿った意見しかできないけどウォシスの作品大好きだから大歓迎だよ!
「神絵師の神作品見れて超嬉しい!神様、幾らでも見せて!オシュハク推しだけど!」
「ふふふ、オンヴィタイカヤンに神扱いされるのは悪い気はしませんね。今後ともどうぞよしなに」
 そして出されたサンプルはライハクだった。懐広すぎでしょ大老。
 まあ読むけど?
 ……普通に神だったけど?私の推しは違うから出来れはこれは好みの方の意見を聞いた方がいいよと意見する。そうですかと袖に戻すウォシスがちょっとがっかりしていたから面白かったよと太鼓判を押しといた。ついでに好みのカプって沢山ある?と尋ねると面白ければ何でもいいと回答が帰る。大老の懐広すぎ。
 話しの区切りに軽く席を立ちルルティエに声を掛けるとあからさまにほっとされた。気の毒な目に遭わせた礼も兼ねてウォシスの許可を取り新刊をかざすとたちまちとろけるような笑顔を見せてくれて安堵した。推しじゃなくても同担の趣味人がいると思うと気は休まる。意味は分からないだろうけど迷惑掛けてごめんとルルティエちゃんに謝り、案の定目を白黒させる彼女に進めて私ももう一度彼女とライハクを堪能する。
 三人並んで(冠童とマリカは除く)でホクホク新刊の感想を言い合う道中は中々に楽しかった。

 ◇

 男三人集まる頻度が徐々に増えてきた。あまりに頻繁に交流をしているから、触れてはならない後ろ暗い話題でもあるのかと聞かずにいたけどついに我慢できず、男同士何を話すのか個別に聞けば、答えは三者三様じつにしょうもなくて気が抜ける。
 オシュトルは仕事一辺倒でハクは食事や出入りする賭場の勝率について。ウォシスは世間話が主で、たまにオシュトルに理解できない言葉の解説をしてるそうだ。意外に真面目な内容にホモ話で嫌がらせしてるとの予測は外れた訳で、今後のために失礼な想像をしていたのを詫びる言葉は胸の内に秘めておく。
 これを言えば奥方も多少は貴方に興味を持つのではと煽ればすまし顔で興味を持たれてましたよと何故か得意げに自慢された。前言撤回、撤回多いな。どうりで、ラブだのフォーエバーだのだの妙な言葉をオシュトルが使いだした訳だ。チューやキスは教えてるから使われるのは別にいい。問題は閨に限ってそういう微妙な単語を使うから最中に言われて吹くのを我慢したりたまに失敗して相手の不興を買いがちで困っている。情報の出所はハクと見当をつけ往来で出くわした際に抓り上げて教えるなと圧を掛けたけど濡れ衣は正しかったと証明されてしまった。今度会ったら謝っとこう。
 物知らずと小馬鹿にしてほくそ笑むウォシスを抓り上げハクにしたように叱責し謝罪を要求する。ポカンとウォシスは呆けたが意図は伝わったのか最後にはちゃんと謝ってくれた。
「まるで本当の叔母みたいですね。叱られるとは思いませんでした」
 いい年した大人だもんねお互いに。でも仲いいやつが良くないことしてたらちゃんんと止めるべきだよ。
「何言ってんの、叔母だよ? 亜人よりは近いでしょ。それに仲いいじゃん、こういうのは近い人が注意するべきでしょ。見過ごしたら本人のためにならないし」
 それもそうですね。納得した風のウォシスと別れた後、詫び代わりに用意した酒を白楼閣に届け、後日礼を言いに来たハクがついでとばかりにオシュトルと二人で酒盛りに興じて私は大変ご不満だ。
 私の旦那だぞ、遊ぶのはいいけど待ちぼうけ食わされる私の気持ちを少しは思いやって欲しい。
「そう思うなら行けばいいじゃないですか」
 寝室の外で控えるマリカがまた心を読んでツッコんできた。冷えた布団の上で行儀悪く乙女書を読んでいた私はへそを曲げる。
「やだ。邪魔したくない」
 代わりに寝るときは独り占めしてやるからいいんだ。
 そう強がるとご主人様は意地っ張りですねと苦笑する。最近のマリカはすっかり落ち着いて年頃のお嬢さんみたいで面白くない。くすくす笑われて私はますますへそを曲げて乙女書をわきにやり布団に転がった。途端に静かになり時折別室で談笑する声が耳に入る。
 ……ごめん、面白くないってのは嘘なんだ。幸せすぎてケチ付けないとどこかでしっぺ返しが来そうで怖かったの。
「臆する気持ちは理解できます。大丈夫ですよナナコ様、ヤマトは泰安です。安らかにお眠り下さいませ」
 いや待つからね。寝てていいって言われたけどオシュトルと床に着くの楽しみだし。舌打ちされた。意味がわからん……
 そう、私の毎日は幸せが過ぎる。仲良しの人たちがいて夫がいて敵になる予定の同族は私を気にして頻繁に訪ねてくれもする。満ち足りているのに不安を感じるのはこの生活がいつか終わるって知ってるからだ。クオンは国に帰るし隠密衆は残ったとしても仲良しの姫様方は遊学が終われば国に戻る。ネコネちゃんはほぼキウルとの縁談が確定していて、いずれ離れ離れになる。わかってたけどさ、体がつらいときは考えても仕方ない予見に心が飛んでしまう。
「ご主人様、お腹が痛いならもう寝た方がいいですよ」
「寝ると余計辛い。何か考えてると気がまぎれるの」
 最近どうにもお腹が痛い私はこうして床に就くようになった。いつもじゃない、偶に強烈に痛くなるんだ。発疹もないし出血もないが痛みだけが頻発する状況に私よりも周りの反応がすごかった。会う人会う人寝ろ休め滋養にいいものはこれだから食べろいや食べないでどうこう……困ってしまう。
 だから芝居に立つ頻度も減らしてるしせっかくハクが訪ねてくれても飲みに同伴するのを皆が渋るからこうして大人しく寝付いているわけですよ。
 夜のお誘いだってめっきり減ったし。体調が回復するまではせぬってお預け宣言も食らってる。クオンに見てもらっても特に異常はないし薬を飲んでも痛みは引かない。心労かもとの言葉は見当違い甚だしいから抗議したけど、ネコネちゃんが厳しくしすぎたですと凹むのも辛かった。なので行儀見習いはお休みすることになったがついでに畑仕事も厳禁でこもりきりなのがきつい。一人でいても痛ければ好きなことだって楽しめないし。
 宣言したオシュトルの方が音を上げてむやみやたらにべたべた触るのもちょっと応える。押し倒したり煽ったりの成功率は三割を切っているし。


 酒盛りを終えた翌日出仕したオシュトルを見送りへべれけになったハクを屋敷から土産付きで叩き出した後、寝室で床につき控えるマリカに何とはなしに零す。
「生理なら良かったんだけどね」
 ずっとずっと待ってるのに、今日もお腹は薄いままだ。
 まどろむ寝入りばなオシュトルは脂肪しかない腹を撫でて出仕した。寂しく思うのも仕方ないだろう。責められなくてほっとして色々踏ん切りがつかず悶々としている。
 ……子供が出来た兆候でもあれば嬉々として待てた。つわりもなくただ腹痛だけだと筋腫の類(たぐい)かと不安になる。病気に馴染みはないが薬師に直せる病気とも思えない。とくれば聖廟に頼るほかないだろう。
「出血もないとなると逆に不安です。そろそろ聖廟内も落ち着いた頃だと思うので内内の参内の折に治療ポッドを使うのをお勧めします。未知の病気なら早急の対処が必要でしょうし」
 落ち着いた頃って何があったんだ。聞く前にマリカはご子息と聖上の距離感が難しくてと言い淀んだ。
「間に入った方がいいかな?」
 入れる余地があるか知らないけど恐る恐る申し出ればマリカは苦笑いで内内の話を教えてくれた。
「仲直りはされたようですから心配は無用かと。単に距離を推し量っているとマリカが勝手にお見立てしただけですので」
 なら良いんだけどね。てかいつのまに聖上と子息の距離測れるぐらい接触してたの?日中いつも一緒なのに、術?
「術を行使すればとうにこの身は果てていたでしょう。オシュトル様と同衾される折に手持無沙汰で里帰りをしていました」
「いつもごめんね!休みたければいつでも休んでいいからね!」
 睡眠時間を確保してくれ!寝る時間短いと色々弊害出るから!ヤマトさんで体験済みだわ。
「お気遣い有難く。ですが休めるときにマリカも休んでおりますよ。里帰りしているのは今後のために遺物の操作方法や術を学ぶためですから気にしないでください」
 ……マリカ、知らないところで私のために色々頑張ってくれていたんだな。
「マリカ、いつもありがとう」
「そのお言葉だけでマリカの努力は報われます」
 微笑まれずっと悩んでいた私は勢いづき再三提示された今更の話に乗ろうと声を上げる。
「もし、もし問題がなければね。その……人工授精でオシュトルの子が欲しいなあ、なんて」
 今更かなあ図々しいかなあなんて語尾は尻すぼみになる。だがマリカは顔をほころばせよくご決心下さりましたと手を取り歓迎してくれた。
「幾らでもご用意できますよ!自然派のご主人様のお望み通りなるだけ手は加えず生産は可能ですとも!」
 蹴(け)った話しを蒸し返すなんて不興を買うと踏んだのにマリカは喜んでくれた。嬉しいと半泣きで頷くが続く言葉に別の意味で泣きそうになる。
「十人でも百人でもお二方の御子息をご用意致します。なんなら今からでも、オシュトル様に精子を提供して貰いに右近衛府まで赴(おもむ)くのでご主人様は枕を高く」「待った、さすがにそれはない」
 今にも飛び出る勢いで懐から見覚えのある注射器やら透明の器を取り出し(理科の実験で使ったシーラーだのビーカーだのどこに隠し持ってたんだ、怖い)いそいそとどこかに向かおうとするマリカを押し留める。
 年頃の娘が簡単に隠語(いんご)を口にして、しかも仕(つか)える主人の夫の種を搾(しぼ)り取るなど政敵に聞かれでもしたらオシュトルの評判は地に落ちる。懇々(こんこん)と良くない理由を説明したが、マリカは明後日の解答を示すばかり。皮脂から細胞分裂で人工精子作るよりは確実かと、 性的に搾り取らない、手段も陰部に針を刺して徴収するだけで後は用済みだの物騒極まりなかった。ちなみに私はと言うと寝てるだけでいいらしい。針で採取した卵子を受精させて培養液にぶち込みますので寝てる間に量産できますと鼻高々に言われてさすがに断った。
 絶対痛いし多分夫の名誉は存分に損なわれる。途中良からぬアクシデントで男性側の遺伝子取り違えれば不義の子の誕生だ。
 なので、私の知らない間に勝手に動かないことと落胆するマリカに言い含め、私に確認を取り協力してくれるなら文句はないと付け加えた。マリカは喜び勇んでまた飛び出ようとするのを押しとどめ、オシュトルと寝た後に私から徴収すれば良いと説明すると頭になかったのか私の頭の出来を褒めそやし、早速聖廟に連絡を入れ急な仕事でオシュトルが家に帰らないことがないよう連絡を入れてくれたと教えてくれた。念話便利、プライバシーをくれ。筒抜けやん。
 子も量産したいから房事(ぼうじ)に励むよう上から焚きつけて欲しいと私が仰(おっしゃ)っていたとも念押ししたそうで、内心で少しだけ早まったかもと苦笑いで礼を言う。
 腹痛は良いのかと尋ねれば精子の採取と治療同時に行えば合理的だと思ったのですがと当惑するので確かにそうだよねと流しておいた。
 できた人達に恵(めぐ)まれているなあと私はしみじみし、体調を回復させるべく床(とこ)につき目を閉じた。
「早く元気になるね。聖廟に呼ばれるまでには治すつもりだけど、もしもの時はポッドの操作お願い」 
「お任せあれ」
 とりあえず子供は一人ずつで良いから大変だしと言い含めると不満そうなのが怖い。大量生産やめて、軍隊作る気ないし。

 夜半、帰参したオシュトルが躊躇(ためら)いがちに閨(ねや)の誘いを伏せる私に掛けてきて頷くと実はと打ち明けられた。朝議の後でオシュトルに、帝直々に其方は相手がおらぬのか、強きオシュトルの子を近々見てみたいのうと声を掛けられたらしい。それを皮切りにお近づきになりたい面々プラス弱みを握りたい政敵共がお見合いの申し込みを聖上に訴え始めた所を、出仕していたオーゼン皇が一喝。体が弱く秘匿していた娘と実は懇(ねんご)ろな関係になりましてと聖上に打ち明けいたく喜ばれたところで騒動が治まったそうだ。ちなみにオシュトルも時期が来ればいずれと流したのに政敵共には相手にされず、オーゼン皇の一声は大変ありがたい助け船だったと結ばれる。
 運よく、オシュトルを応援してくれる人達に婚姻を公にする根回しも済んでいたから後は帝にお目通りする日取りを決めるだけだったそうで、オーゼン皇の気遣いに感謝せねばと嬉しげに綻ぶ表情に機嫌を損ねていないとみて私は胸をなで下ろした。
 オーゼン皇との直截なやりとりはない。オシュトルは職務上関わりがあるから直接会い礼を損なわない程度の親睦は深めているそうだ。わたしはしてもしなくてもどちらでもよいと言うので、養子の件で世話になったお礼の文(ふみ)やそのお返事、季節の挨拶程度の親睦を交わしている。お優しい方だ、平民出の娘にも情けを掛けるなんて。正しくは目を掛けた人材の困窮を見かねてだろうが伏魔殿の宮中であからさまに手助けする好々爺が私にも好ましく感じられた。
 それにしても驚いた、マリカの話しどこまで行ってんだ、帝にまで伝わるなんてさすがにそこまで思い至らなかった。精々ウォシスに嫌味言われる程度だと思ったのに。
 体調を気にする言動に申し訳なくなり、今回の騒動は子が出来ず悩む私の話しが漏れたせいと支障のない範囲で打ち明けると幾つかの慰めと定型句の気にしなくて良いとの言葉が返る。無理はせずとも良いと気遣われたが子が欲しいのは本当で、マリカとの目論見(もくろみ)通り躊躇(ためら)うオシュトルに縋れば簡単に事は成された。
 翌日聖廟を訪れる目処(めど)がついたと連絡を受け、オシュトルが不在の時に控えるマリカから、数日ならば注(そそ)がれた種を体内で保有するのも可能だと教えられる。
「私が採取して預かるよりご自分の身のうちに留めた方がご主人様も安心していれるでしょう?」
 一語一句その通りです。でも語弊が一つ、オシュトルはかなり乗り気だったから多分鮮度気にしなくてもいいかもとの呟きは照れる胸の内に隠しておく。


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風と行く