27話 後追い未遂
関わりが薄いのにそのヒトの内情を知っているからか、時折殿下と呼びかけたくなる時がある。相手への感情は尊敬や敬意憧れがほとんどだがその中には私しか知らない情報への自負心や選民思想があるのも確かで、決して喜ばしい感情でないのも知っていた。少しの優越感は虎の威を借る狐そのもので自分でも宜しくないなあと感じるたびに反省している。聞かれれば不信感しか招かないから呼びかけはいつも通り今の名前を徹底していた。
でも殿下、今際の際なら良いですよね?どこまでもお供させて下さいませ。貴方様がどう望もうとこの身は貴方様のいない世界で生きていたくはないのです。
そうして、極まった悲劇のヒロイン感情そのままに身を翻(ひるがえ)し空を舞ったというのに、何故貴方は眼下で夫と連れ立つのか意味が分からない。ああ、でも良かった。貴方が生きて笑っているならそれに超したことはない。
歓喜に身を震わせながら、そうして私は白楼閣の欄干から地面に落ち息絶えた、筈だった。
今日は運が悪かった。それなりに悪いことが多々あった。
一、時間も出来たからとウコンと久久のデートに洒落込む筈が、急な用事で白楼閣前で急遽お別れとなった。
二、通り雨でずぶ濡れ。宿に着いたら着替えて暖まってしっぽりなと日中嘯(うそぶ)いた夫の魂胆がハクの歓談優先で私の相手は夜と脳内で決めていたとお見通しな点。
三、ネコネちゃん不在。ウコンといちゃいちゃするの見せつけながらきーきー喚(わめ)かれて往来を歩くの楽しみだったのに、クオンが珍しい学術書見せてくれると言うから先に行くとさっさと置いてかれたこと。お姉様方は適当にいちゃついて往来の迷惑で検非違使に注意されれば良いのですと憎まれ口を叩いて可愛かった。口にすれば分剥れて置いてかれて悲しかったっけ。
内々でオシュトルの妻になりしばらく経つがネコネちゃんが思うほど私達はいちゃついてはいないのが実情である。や、そりゃ仲は良いよ?夜になり時間があれば閨を共にどうか?だの風呂に入るとなれば共に汗を流そうだのせっせと交流しているし、体調が悪ければ直すのを優先して無理のないよう労(いたわ)ってくれるけど、ぶっちゃけオシュトルからの矢印の方が大きいんですよね。大きすぎて最近は少々圧倒されているのが実情です。
私もほら、オシュトルが好きだから、おはようからおやすみまで一緒に入れて嬉しいなあとは思うけど多分オシュトルほどの矢印は出せてない。だってあの精錬とした顔に間近でだよ、前みたいに好きっ!だの抱いてっ!だの叫ぶのが恥ずかしくなってきた訳なのさ。前してたじゃんっていうのはなし。だって死ぬの見えてたから体面かなぐり捨てて本心ぶつけてた訳よ。それが急に、有難いことではあるけれど当面生きれるよとなれば羞恥心も多少は復活してくるわけでして。思い返せば床転がるような言動しかしてなくて恩人になんて事をだの、迷惑でしかなかっただろうと思うともの凄い罪悪感で手放しでは喜べずウダウダしてるんですわ。
何か誘われるたびにお願いしますだのそうですかだの、あれこれ妻というだけじゃなくて恋人としてもどうなの?って態度しかとれてないのが現状なんですよ。こんなに良くしてくれてるのに相応に良い思いさせたいのにって躍起になるのも仕方ないと思わない?私だってオシュトルに何かしてあげたいの!役に立ちたいし癒やされて欲しい。基本マグロですからね、や、頑張る日もあるけど、ウコンみたいに今日はどうでえ?なんて言えたためしがない。言っても良いかな? 閨毎で浮かされて夢現(ゆめうつつ)じゃなくて、酒も飲んでない素面(しらふ)で一緒に寝ようって言って引かれないかな?
「引きはしないけど怒るんじゃないかな、私なら絶対怒ると思うよこの現状に」
やっぱりやっぱり?今更だとかでドン引きされちゃう?ネコネちゃんにも愛想尽かされるかな、ほら見たことかって笑われたら私立ち直れないよ。どうしよう。
「ネコネはそこまで性格悪くないのです、ちゃんとこっちを見るですよお姉様……」
見てる見てるよ、あれ?どうしてネコネちゃんが見えるの?クオンがいて天井が見えて私もしかして仰向けで寝てたの。ねえ何でルルティエちゃんが泣いてるの?私一人でうだうだ考えてただけなんだけど、はっ!もしかして気持ちがダダ漏れだった!私術者の才能に目覚めちゃったのっ!?
「お姉様は馬鹿です、大馬鹿者なのです〜」
「そうです、ご主人様は大馬鹿です。どうして私を待てなかったですか、どうして……うわ〜ん!」
なんでマリカも泣いてるの?訳が分からない。
「記憶障害かな。幸い大きい外傷もないし後遺症はないと思うけど今日一日大事を取って休むこと。前後の流れは、まあ思い出せなくても良いかな」
や、それ大事なことじゃないですか?思い出した方が良いあれそれが前後にあるんじゃないですかね。えっとえっと確か。
「忘れとけ。禄なもんじゃねえだろ」
ハ、ク。壁により掛かって茫洋とこちらを見るのはハクだ。足もある。もしかして死んでない?
「ぼんやりしてて悪かったな」
あれ思考がダダ漏れになってる?もしかしなくても私術者の才能に本気で目覚めちゃった?!
「なわけないのです!」
ですよねー。
「でも一度謝りはすべきだと思うかな。思い出さなくても私達が悪いのは事実なんだし」
「そりゃそうえ。うちも騙(だま)された口やけどこうなると分かってたらナナコはんには仕掛けんかったもん。あのなナナコはん、うちらナナコはんに悪戯(いたずら)してん」
悪戯。
「そう、タチの悪いやつよ。騙して引っかからなくても反応が見たくてな、一人一人騙したん。怒る人や引っかからない人もいて泣く人もおったけど、楽しい悪戯のつもりやってん。お兄はんは関わってへんよ。別室でだらけとるところ勝手に始めたんや」
えっと、どういう事?
「ごめんナナコ私たち貴方をからかったの。それでこんな事になってしまって何とお詫びを言えば良いのかわからないかな。怒るのも当然だし顔も見たくないと言われるのも仕方ないことだと思う。悪意はなかったけどそう取られても仕様がない。本当に、ごめんかな」
お兄さんは関係ない?ハク……あ。
「ナナコ」
戸口に壁を背に佇む男に視線をやればなんとも言えない表情でこちらを見ていた。
「ウコン」
「アンちゃんは生きてるぜ」
だから大丈夫だ。続く言葉に頷いて頬を伝う涙を掌で隠した。
思い出した。詰め所に訪れて早々異様な雰囲気に呆気にとられたんだ。クオンが悲しそうに布巾で顔を覆いルルティエが顔を描くししゃくり上げネコネちゃんは頬を膨らまして握りこぶしを作っていた。アトゥイの泣きっぷりが凄くて私はこれはよほどの何かがあったと息を呑んだ。何があったの?と尋ねると、ハクが死んだのとクオンが答える。呆気にとられたとしか言いようがない。ここで命を落とす理由がないと瞬時に回る脳内で隠密ならばどこで命を落としてもおかしくないと帰結する思考に愕然とした。
どうしようとクオンが呻く。ルルティエがどうしてハク様がと顔を隠す。膨らました頬を怒りに震わせているように見えたネコネちゃん。アトゥイが肩を震わせたところで、身を守るため指した腰の懐刀を抜いてもいざという時止められると伸びる手に制止を掛けた。冷静になれば笑い話だと気づけたろうに私の思考は大混乱。帝にどう言い訳をだのヤマトは今後どうなるんだろうと色々悩んだのに脳内は後を追う一色に染まった。
ハクがいたから物語は始まった。ハクがいなければ遅かれ早かれヤマトは滅亡する。滅亡せず全てが上手くいったとしても皆別れ別れだ。オシュトルは仮面の宿命で早死には確定してるし妹はヤマトのために消した。おそらくそんなことを考えたんだろう。端的に言えばその時の私は絶望して自棄になったんだ。
ハクのいないヤマトで生き残っても意味などない。そう考えたのだけは覚えてる。
私は身を翻し走った。目指す場所は襖の向こうだ。開けた先後ろで楽しげに嘘という単語が聞こえるがハクがここにいないならそれは死んだも同義。逆にクオン達の方が嘘をついてる可能性もあったから止める手立てを経つために走った。
視界の向こう遮る欄干に足を掛けて宙を舞う。背後で聞こえる絶叫は無視した。詰め所は相当高いからきっと一撃で仕舞いに出来る。宿泊客にかかる迷惑や片付けの手間を関係者に押しつけっぱなしなのは申し訳ないがそれは私の手当からきっとオシュトルが出してくれると信じたい。
足下が宙を切り身が傾いたところで下の階廊下を行く二人連れと目が合った。直撃は免れる位置だ良かった。ウコンとハク、酒瓶片手に歩いてて私の方をまん丸に開いた目で見ててあれっと不思議に思ったっけ。なんだ生きてた。死に損じゃん。でもいい、生きてくれるなら。
「良かった!ハク生きてたんだね」
脳内で回想を終えて破顔するがハクの顔は浮かないままだ。ひとまず謝罪が先かと身を起こそうとするが全身が痛くて起き上がれない。動きを察したんだろう、控えていたクオンが全身打撲で骨は折れてないから寝れば直るよと青筋を立てて教えてくれた、ちなみに頭に包帯を巻いているのは落下時太い血管を切り止血のため巻いたそうだ。どうりで頭が痛いわけですね、ついでに目の前で微笑みながら無言の圧を加えるクオンさんだけ都合よく見えないようにならないかなと思ってもなるわけがなかった、怖い。
「目覚めて最初の一声がそれか」
「あーごめんね、皆びっくりしたでしょう?私もびっくりだけど、心配掛けてごめんなさいでした」
今更沈痛な雰囲気に気づきおどけて場の空気を変えようとするけれどお見通しのようだ。
「そんな答えで納得できると本気で思ってるのかな?」
出来るわけないですよねごめんなさい。
「なんで後なんか追った?」
目の前で知人落下したハクは相当お怒りのご様子。でも私も確たる言葉が出なくてひたすら謝るしかない。
「なんかごめん」
「答えになってないぞ。質問には答えろよ」
答えたいけど、同胞だの一方的な思い込みだのを語るわけには行かない。帝を出し彼の素姓に繋がる点を滲ませてドン引きさせたくもないから、明かせる範囲でこういう理由で後を追ったのですよとお茶を濁した。
「ほら私達ずっと一緒だったでしょ?だからなんて言うかな、死んだって聞いた瞬間後追わなきゃ一色で、事の真意を確かめるとか後のこと考える余力全部吹っ飛びました。ぶっちゃけ衝動的に身投げした訳でして深い理由は特にないです、マジで」
お手上げと両手を上げて降参の意思を示すけどやはり納得はいかない様子、ハクは眉根を寄せウコンは腕を組みじっとこっちを見ていた。気まずい。
「今の説明で納得できると思うのか?」
「納得して欲しいけど、やっぱ無理?」
「馬鹿野郎!出来るわけあるかっ!」
ひゃあ怖い。限界点突破したのかハクが怒鳴る。珍しいご立腹に皆二の句を告げれず場がしんと静まった。
どう言えば納得できるか悩む間にウコンが口火を切る。
「死にてえほど辛かったのか?」
何がとはウコンは言わない。答えようによっては誤解を生みそうな問いに私は少し考えてううんと首を振った。
「死にたいって思うこと皆にはなかったよ。だから、ごめんね。自分のせいって思う人いるかもだけど、今回は本気で衝動的に跳んじゃったんだ」
ウコンの眼差しに憤りとか咎めるものはない。ウコンはそうかと呟き皆に目を向ける。
「俺はよ、嬢ちゃんがアンちゃんに相当思い入れがあるのは知ってるぜ。でもこればかりは少しばかり早とちりが過ぎやしねえかと思いもする。肝も冷えたし、なんでそこまで慕うのか理解できねえ節が嬢ちゃんにあるのは確かだろうよ」
ウコンの弁は最もだ。妻が目の前で身を投げてその原因が徴用する義理の弟というのは腑に落ちないだろう。心配掛けて本当にごめんと口を開くのを被せる形で今更だがクオンが疑問を口にする。
「ハクの素姓に関することで何か聞いてるのかな?」
「いんや、アンちゃん関係で嬢ちゃんが口を割ったことは一度もねえ」
あらかた知っていても実はこうでしてなんて当人を前に明かす愚行は私でもしないわ。当然知らないと嘘をついた。
「だから知らないっての。気がついたら近くに居たから頼らせて貰ってる。いつもお世話になってまーす」
「頼られてないし頼られたくもない、何が
どうしてこうなった……」
ハクの嘆きももうお馴染みで何人か苦笑するのもいつもの見慣れた光景だろう。ちょっとばかり場が和みようやく目元を細めたウコンが話を続ける。
「自分の身に置き換えても入れ込むのも無理はねえ。嬢ちゃんはアンちゃんを身内みたいに扱ってたしそれが死んだと来りゃ取り乱すのも道理だ。状況も悪かった、その場に俺かマロロでもいりゃおかしいって突っ込むなり自分以上に取り乱す誰かさんを見て冷静になれただろうよ」
想像できるわ。状況を確かめようと聞き込みを始めるウコンと対照的に当惑し絶叫滂沱の涙をこぼすマロロ、後者なら泣きっぷりに困惑して逆に違和感から嘘という可能性に気づけただろう。
「なあ嬢ちゃん、飛び降りたの勢いでって言ったよな?」
頷く私を確認した後ウコンは少し目を伏せて、私の行動がおかしいものではないと釈明してくれた。
「一息で終わらせるには腰の獲物が一番だ。他に確実に終わらせるにはもっと高い橋だとかそういうとこか身を投げる。それも考えつかねえぐらい取り乱したってんなら嬢ちゃんを責めるのは酷じゃねえかな」
「なんで庇うんだ、おまえの嫁だろ。弟代わりのために身を投げるなんてどうかしてる」
そうですね。肩入れしすぎですよね。
「だからこそだよ。突っついて責めても嬢ちゃんが苦しいだけだ。衝動で動いたっつーなら今後はそうならないよう気を付けた方が良い。アンちゃん関係は嬢ちゃんの鬼門だ、それが皆に知れただけ良かったと思うほか無いだろ」
「良かったって、自分は別にこいつに思い入れなんて、あんまりない。知らないところで動かれて気を付けろと言われてもなあ……」
「だとしてもだ、あってもなくても目にすれば実感が湧く。アンちゃん関係でからかえば後追いしかねないと知ればそういう話題は控えるし振りもしなくなるだろ。皆はどうなんだ?」
「ナナコにハクの話題振るのは止めにしとくかな、次も助かるとは限らないし。二度とハク関係でナナコをからかうのはしないと誓うよ」
口々に隠密集の面々が話を軽く考えて浅はかだった、改めると謝意と共に誓ってくれた。突発的に動いた自分が悪いのに皆優しい。自分せいでこんな事態を招いてしまった訳でして、皆が謝る必要はない大丈夫だからと慌てる内に落ち着きを取り戻したんだろう。ハクが深く溜息を付いたのを皮切りにウコンが畳み掛ける。
「大体責めてもっとアンちゃんに入れ込まれれば意味がねえ。嬢ちゃんの危うさに気づけたし嬢ちゃんも軽率な判断を反省した。こんな所で仕舞いにしておこうや」
「こいつがまたやらかしたらどうするんだよ」
「そん時はそん時だ……そんな目で見るなよ。安心しな、二度目は起こさないよう努力するしさせる気もねえ。仮に俺の目が届かなければ別の奴が何とかするさ。主に、自称護衛どのがな!」
そこは気を付けてみておくと言って欲しかったな。話を振られたマリカは嘔吐(えづ)くのを止めて頬を拭うと拳を握り力強く肯定した。
「必ず阻止いたしますとも!兆候が見えれば四肢を拘束してでもお止め致します。生命活動維持を最優先にご主人様を守ると誓います!」
貴方は拘束どころか監禁しそうな意気込みで別の意味で怖い。
諸々対策を取ると意気込んだのもありいい加減疲れてもいたんだろう。軽く溜息を付いてハクは結論付ける。
「おまえがいいなら、自分はそれでいい」
や〜良かった良かった、仲直りできて万事解決ですなあとうんうん頷いていると壁に身を任せていたウコンが枕元にやってきて座った。微妙な圧を感じる。布団に引っ込んでしまいたいが平坦な瞳でじっと真摯に見つめられては潜る真似は出来なかった。ちょっとだけ視線をさまよわせ何かな?と伺えば嬢ちゃんと呼びかけられた。
「何ですかね?」
「責めてるわけじゃないが一応言っとくぜ」
「色々遠慮させてるのも承知してるし早々頼れと言われてもそう簡単にあけすけにできねえっつうのも分かる。俺個人としては遠慮なく頼ってもらたいが他に入れ込むのも仕方ねえし我慢する必要もねえ。そっちが楽ならそれでもいい、ただよ」
「辛いときは誰かに縋っても良いんだぜ?」
頼りまくりですが?何故気遣うような文言をと思い返し意識が戻ってからは内面がダダ漏れだったと今更の事実を思い出した。どうやら気を遣わせてしまったらしい。申し訳ない。しんみり聞き入る内に諭すようにウコンは淡々と語る。
「嬢ちゃんは皆の仲間だ。気の合う合わないはそれぞれだが、愚痴りてえほど辛いなら言いやすいやつにぶちまけちまえばいい。こいつらもそうするししてるだろう」
「昨日また振られたえ。お兄さんお酒の付き合いありがとうな〜」
「今それは良いだろ、静かにしろ」
通常運転のアトゥイに思わず小さく笑ってしまうが、ウコンは気を悪くもせず同じように微笑んでくれた。
「嬢ちゃんにはそれが許される。だって皆同じ釜の飯を食う仲間なんだからよ。問題がありゃ誰かが言うしなけりゃ嬢ちゃんを皆が庇う。何度も言ってるが気負う必要はねえんだぜ?
誰かに話せば何かしらの悩みを解くとっかかりにでもなる。そうすりゃ思い詰めて後を追う前にアンちゃんのために何をするのが一番か考えれるじゃねえか。嬢ちゃんはもう少しばかり周りを見た方がいい。そうすりゃ多少は楽になるんじゃねえかな」
「……お墓をつくって菩提を弔うべきだったって事?」
「自分生きてる、死んでない」
「それが最良ならそうすべきだろうな。だがその答えも人それぞれだ。話して別の道を選べりゃ良いがそうでないのもいるだろうよ。俺が言いたかったのはよ、衝動的に動く前に一考してからっつーのも悪くねえって言いたかったんだよ。皆が怒って嬢ちゃんを責めるのは心配してるからだ。俺だって肝が冷えた。二度とこんな思いはごめんだぜ」
苦笑いを浮かべるウコン、彼は軽率な道を選ぶのを非難はしてもその道を否定しなかった。後追いするほど大事なら残された者のことも考えてるべきと忠告しているようにも聞こえる。皆に視線をやれば気遣うような目線を向けていて……そっか、そうだよね。心配ぐらいするよね普通……悪かったなと、改めて思う。
私は身を起こそうとして走る痛みに体を強ばらせた。そのままでいいと言うウコンの勧めに甘えて精一杯の謝罪を口にした。
「特と反省しています。今後自棄になりそうなときは立ち止まり考えて動こうと思いました」
「そうであるよう願ってるぜ」
ウコンが頷いたところで静観に務めていたクオンが手を叩いた。
「はい、皆!今回の騒動はナナコに寄るものだけど私達の動きも大きいと思うかな。ケジメとしてもう一度ちゃんと皆で謝罪しよう、こっちに来てかな……ハクもだよ」
「自分は関係ない」
「ハクが書類仕事さぼってぶらつかなければこんなことにならなかったかな。ナナコも迷惑掛けた自覚はあるよね」
「もちろんです」
大ありです。後サボってたって言うけど納期まで余裕あったから見回りや張り込み優先してこんな事になったんじゃと思わないでもない。けど、多分クオンは分かった上で口にしなかったと思うから黙っておく。
「ウコンはこれで良いって流しちゃったけど形は大事かな。ちゃんとお互い謝罪して両成敗でお終い、どうかな?」
「だから自分巻き込むなっての。目の前で落ちるの見ただけで十分だし」
「ハクは今後は溜め込んだ仕事を片付けてから休憩すると雇用主の前で誓うべきと私は進言するかな。あと一言多い。目の前で落ちてきた奥さん受け止められなかったウコンの心労も考えてあげるべきかな」
「理不尽だ〜、てか理由に心当たりがあるんじゃないかってクオンだってウコン責める理由は」
「ハ〜ク〜?」
「う、何でもありませ、ぐえ!」
ハクは逃げようとしたのだろう。少し後ろに尻込みしたところをクオンの足払いで地面に昏倒、首根っこを捕まれてウコンに差し出され誓わない限り下ろさないと宣言され仕方なく片手を上げて誓わされる。ウコンは苦笑いだ。皆苦笑してさっきまでの悲惨な雰囲気はどっかに言ったかのようだけど、言葉は簡単に頭から消えない。
目の前に落ちた、責められたウコン。なのに彼は穏やかな眼差しを周囲に向けていて申し訳ないやら有難いやら謝りたくて仕方なくなるが雰囲気を壊したくなくて私は黙った。
ハクの嘆きをきっかに安堵したのかおのおのが持ち場に戻り散っていく。今私が休んでいるのは今日泊まる予定でウコンが取ってくれた一室だ。痛み止めを処方するためクオンは自室に取りに行っていて、食事や勉学に皆が席を立つと必然的に暇人三人が取り残された。マリカは部屋の外に控えている。二度とこんな事がないよう外の見張りを自ら買い飛び出ていった。主人は満身創痍で歩けもしないんだけど、いると世話を焼きたがって五月蠅いから渡りに船と見送ったのだが。
広い部屋にハクとウコンと私、あんな騒動の後にこのメンバーは実に気まずい。五月蠅いなんて思って悪かった、マリカ戻ってきてと願っても距離があれば読心術は通じないのか外は静かだ。もしかしたら意図的に無視してるのかも、勝手に動いた抗議の意味で……まさかね。
こちらの戸惑いも何のその、二人はおもむろに次に行く飲み屋がどこが良いか歓談し初めて、ほっとするやら妬ましいやらで私の心は気もそぞろです。あんまり楽しそうに話しているから私が居なければきっと二人で楽しく飲み屋で食い道楽してたのかな、なんて思うと居たたまれなさに拍車が掛かる。
「ごめんなさい……」
謝罪が足りない気がして何となしに呟けば、
「カミさんが無事で何より、もうそれでいいじゃねえか。この話はここで仕舞いにしようぜ」
なんてウコンが謝るのだ。もう色々と本気で申し訳なくて気を遣わせてごめんなさいと謝れば、だんまりだったハクがキレた。
「おまえ人の話聞いてないだろ。仕舞いっつーんだから蒸し返すなよ。気を遣わせて悪いと思うならちゃんと流しとけ」
「でもさ」
「でももだってもない。こっちが気を遣って触れないようにしてやってんだから見ない振りをするのが一番だって忠告してるんだろ」
うわーん!更に気を遣わせてただけだったっ!気付かなかったよ、馬鹿でごめんね!ハク、皆。
私は溜まらず顔を覆い啜り泣く。困らせているとわかるのに罪悪感から生じた涙は意思に反し溢れ出るばかり。
「だから、泣くなよ……」
止めたいのに止まらないのと嗚咽混じりに釈明すれば溜息が振ってきて余計悲しくなる。
「アンちゃん今日は失言だらけだな。口八丁手八丁はお休みかい?」
「いつも上手くいくわけないだろ。てか口は分かるが手ってなんだ。褒めてもらってなんだが自分は万能じゃない。何でも出来ると思ったら大間違いだ」
「ハクは何だって出来るよ……羨ましいぐらい」
「アホか。そんでこき使われてちゃ世話ねえだろ。自分を見ろ、右に左に厄介事持ち込む連中ばかりで疲れるぞ。ウコンは面倒毎にクオンは勤労意欲って具合にな。後者は圧と財布を握ってる。おかげで禄に飲み歩けねえ」
「俺が上手いもん持ってくるし連れてくっつってのに」
「お前は自分のカミさん大事にしろよ」
「飲み歩く邪魔してごめんよ!うわあああん……」
「アンちゃん……」
「そんな目で見るな、自分は悪くないだろ」
「そうだよハクは悪くない。勝手に泣いて謝って暴走する私が悪いの」
「なら泣くなって。涙止めろ」
「止まらないの、五月蠅かったらでてくれて良いから、ごめん」
そしてまたも溜息。溜息を付きたいのはこちらの方だがそんな真情吐露されても向こうが困るだけだ。
「お前さ、そんなんでこいつの妻としてやってけるのか?」
「アンちゃん、何も今言わなくても良いだろ……」
「どう考えても大丈夫じゃないから言ってんだろ。足下引っ張る真似だけはこいつのためにもするなよな。今まさに引っ張ってるけどさ。勝手に飛び降りて怪我するわ初っ端から付きまとって雇用主の足引っ張りまくるわ」
「俺が好きでしてることさね。嬢ちゃんは毎日頑張ってるよ」
「手習いに常識の学習だろ、そんなんヤマトの民なら育つ過程で誰もが習得する普通のことだ。威張れるほどじゃない。そんなのお前だってわかるだろ」
「いやアンちゃん言ってる意味は分かるけど、嬢ちゃんはヤマトに来て日が浅いんだし、アンちゃんもだけど努力ぐらい認めてやっても良いだろ?」
「それで適当に甘えさせて今度は自分達にお鉢が回るのか?仕事しにくいのは自分でも勘弁だわ」
「アンちゃん訂正する。今日は相当口が回ってる、悪い意味で。ちょっと抑えた方が」
「誰かが言わなきゃ気づけないだろ。大体こいつが気軽に出歩けるのだって護衛付きでついでに隠密集のところだから大目に見てやってるからだろ。クオンやアトゥイは例外だとしてもだ、良家の子女は鍛錬こそしても引っ込んで亭主の帰り待つのが普通だってこいつもそろそろ知るべき段階じゃないんじゃないか。やってる劇でも散々演じてたし歌ってたぞ。こいつのためにもだ、毎度毎度くっついて面倒見るのはいい加減にした方がっ、っと」
私は手元の枕を投げた。完全に逆ギレである。痛いのはガン無視で投げたのに悲しいかなコントロール力皆無の私では目標から反れハクの隣の柱に当たって落ちた。調度品に当たらなくて幸いなのにハクはまるで一撃食らったかのように呻き硬直している。停滞し上手くいかない現状を現すような流れに私は沸騰して激情のままに叫ぶ。
「分かってるよそんなの、十分分かっているんだよそんなこと!初めから身分違いで身の程知らずなのも十分よく分かってるの。努力したって最初から努力してた人には追いつけない、釣り合わないし、相手を思うならさっさと離れるべきってわかってたよ本当はさ。でも役に立ちたかった。私の手を取ってくれたこの人の役に立ちたかったんだ。わかってるよ役に立ててない事も。それでも良かったんだ、一緒に入れるならどんな形でも、それで良かったんだよ。なのにどうして私は」
ハクを追ってしまったのか。二人を尊ぶくせに迷惑を承知で傍を離れようとしないのか。答えはとうに知っている。言わないけどさ。
叫ぶのに集中過ぎて堪えきれない痛み呻き、体を抱き締め蹲(うずくま)るとウコンが後ろから支えてくれる。大丈夫か?と掛ける声に労りを感じて頷き軽率な言動を反省し布団に戻った。ハクはそっと寄ってきて悪いと反省した風だ。だから私も心配してくれてるのは分かっていると何でもない風に言い捨てて力なく微笑んだ。
「ハクの間の悪さは相当だよね」
優しいウコンは話に乗ってくれていつもの軽口に応じてくれた。
「嬢ちゃんは苦労性で弟分は間が悪いと、アンちゃん見習えばうちのカミさんも少しは思いとどまってくれるのかねえ」
「そんでその分の仕事が自分に回るのか?勘弁だわ。働けるやつに任せて自分は楽したい」
いつもの調子が戻ってきた。私はほっとして話を続ける。
「同感。適当にだらけたいよね〜」
「お前は万年食っちゃ寝生活だろ。羨ましい、愛想尽かされんなよ。上手い酒にたかれなくなるからな」
「そりゃ無いな。アンちゃんは出来たお人だしカミさんは可愛い。嬢ちゃんはこれからも安心して甘えてくれて良いんだぜ。逆に俺の方が愛想尽かされそうで怖いぐらいさ」
「それこそ無い無い。私はずっと貴方が大好きだよ!」
茶化せば響くのがウコンだ。たちまち破顔して図に乗ってくれる。
「そりゃ嬉しいねえ。んじゃ心配掛けた詫びに体調治ってから一つどうでえ、と聞いてもか?」
「いつでもウェルカム!」
ハクはすぐ顔をうんざり萎ませるから分かりやすくて実に助かる。
「惚気は自分の居ないところで頼む。雇用主と姉代わりのどうこうなんて気まずすぎて無理」
「アンちゃん初(うぶ)だよなあ。童貞なら今度いい妓楼を紹介っいててて」
近くの膝を抓(つね)った。体は痛いけど妓楼遊びなんて覚えられたら女性陣からハクの評価が下がりかねないので危険を冒すなと態度で示す。誰かを意図的に抓るなんて初めてだから加減を間違えたかと内心で焦ったけど、しかめたウコンの顔が嬉しげで本心から痛がってないのを見て取りほっとする。ちょっとだけ調子に乗り圧を掛けた。
「行ってないよね?行かないし今後もないよね?」
「たたた、無い無い。カミさん放っといて行く訳ねえ。行ったとしても仕事でだしおまえ以外そういうことしねえよ」
結局行くんじゃないか馬鹿!
「腹立つけど仕事なら大目に見てやらんでもない」
「心の広えカミさんで助かってます」
手を重ねて拝まないで。
「ならまあ良し!それで、ハク?」
「何故そこで自分に振るっ!?」
「ルルティエちゃん以外ないよね?裏切ったりしないよね?」
ネコネちゃんは可だよ!オシュトルの内心は知らないし遊びなら張り手食らわせるけどね。
「だから、自分らはそんな関係でもないし相手に押しつけてもいい身分じゃないんだっての。無い無い、枯れてはないがそういう興味自分は周りに一切持ってない」
なーんだ残念。でもいいか、可能性はゼロじゃないと知れただけ義利渡航。
「結構結構、一途で何よりだわ」
「お前人の言うこと聞いてないな?特定の相手がいないだけって何度言えばわかるんだ」
「お姉さんは心配ですけどね。独り身気取ってそのまま終わりそうなハクがさ。ハクの甥っ子か姪っ子、抱っこするの楽しみにしてるんだけどな〜」
「ウコンに叶えて貰え」
私は会話を区切る糸口を見つけてウコンに歓喜の視線を投げた。
「聞いたウコン!楽しみにしてくれるんだって」
「そりゃ嬉しいねえ。名ばかりの弟とはいえ期待されちゃ堪えないわけには行かねえ。でもよ、俺としちゃすぐにでもと言いてえ所だがこればかりは運だかんな。嬢ちゃんも体壊したしひとまずは体調回復してからさね」
マジレスである。てっきりおうよだとか今夜辺りどうだい?なんてお茶を濁すと思っていたから冷静な反応に返す言葉が見つからず呆気にとられてしまった。
「お?頬が赤くなった。さては嬢ちゃん照れたな?」
うっ。窮すると見て取ったウコンはからから笑い顔を近づけて抵抗しない私にますます調子に乗ったようだ。
「抓(つね)るのにも一々びくびくして可愛いなあナナコ、もっと照れてくれてもいいんだぜ?」
「もっと抓られたい?」
あえて吐いた憎まれ口を涼しげに聞き流し元の定位置に戻った。美形に至近距離で迫られると正直未だに緊張するから安堵半分残念半分微妙な感情である。
「や、痛いのは趣味じゃねえし遠慮しとく。おい、どこ行くんだよアンちゃん」
見ればハクは席を立ち襖を開けて出る途中だった。不快な気分にさせたかと焦るが顔はうんざり気味、おまえ等いい加減にしろと書いている。
「当てつけが過ぎるんだよ。さっさと治して屋敷でイチャついてろ。酒はそん時で良いから。じゃあな」
片手を上げて出るハクにウコンはおうっと返して見送る。襖が閉まるとこっちを見て悪戯っぽく笑って見せた。横たわる私に近づき手が頭に伸びたところで緊張を悟られたんだろう、揶揄い混じりの微笑みが苦笑に変わった。
「アンちゃん照れ屋だよな。そんで嬢ちゃんも。なんだ、人前では平気でも二人きりだとそうじゃねえなんて、本当嬢ちゃん達は可愛いぜ」
撫でようとしたのだろう手は引っ込み元の膝に鎮座していた。私はウコンに呼びかける。
「ウコン」
「治ったらな、養生しとけ」
裾を引っ張ると窘(たしな)められるがならばと恐々尋ねる。
「撫でて。甘えたいの、だめ?」
「……ダメじゃねえよ」
ウコンは戻した手を私の頬に伸ばし柔らかく触れてくれる。恥ずかしいけど嬉しい。私が抵抗しないのを見て取るとそのまま頭を撫で続けた。目線を合わせれば優しく微笑んでくれて、撫でるのを止めた手を追えば痛くないよう大きな掌で包み込んでくれる。言葉はない、たまに気まずさは感じたけど寄り添っていると暖かな感情に変わるのが不思議だと思う。嬉しい暖かい、気持ちが満たされていく。ウコンもそう感じていると良いけれど。
「死ぬなよナナコ」
「勿論そのつもり」
貴方とハクが死なない限りは。言わない言葉を飲み込んで、結局クオンが戻ってくるまで二人ずっと傍にいた。
一日を私は極力寝て過ごした。ウコンは適う限り傍にいて夜更けの仕事のために一時帰投、寂しさを感じるが再会もすぐだった。次の日起きたときは医者に診せる名目で双子が用意した車に乗り迎えに来たウコンと聖廟に直行。情緒がない、別にいいけど。
検査の結果クオンの見立て通り全身打撲と頭部の出血ですんだそうで少し入れば治りますと双子に勧められお言葉に甘えてポッドにちょっと入らせて貰った。ちょっとどころじゃなかった。途中車椅子に乗る聖上がやってきて相当圧を掛けられたけど、数少ない同胞が減るのは辛いだの、心配掛けるなだの、お主は馬鹿かに終始してたから機嫌を損ねてはいないはずだ。私はお払い箱ですかと尋ねれば阿呆と言われて嘆息、同胞を捨てはせぬよ馬鹿よのうと話は振り出しに戻った。
聖上が去り入れ替わりに現れたウォシスにも散々嫌味を言われた。裸でも気にされず異性だからそこは配慮してと訴えるが人間とクローン同列に見る方がおかしいとまともに相手にされず、ガン見される私の方が体を隠すために蹲(うずくま)らなければいけなくなった。聞きたくないと訴える私の言葉は丸っと無視され、神としての振る舞いがなってないだの短慮は損愚か極まりないだのこけにされ、最後に残される者のことも考えなさいと釘を刺された。心配してくれたらしい。妙に顔が沈んでたからもう元気だよありがとうと礼を言うが、何かを言いかけた口は無難な相槌(あいづち)に変わり表情は終始晴れなかった。
数時間を経て完治したと合図がなる。治療ポッドから出るとオシュトルの格好をした両人に出迎えられた。ちゃんと寝たか心配だけど尋ねればどうせ折をみてだの休めるときに休んでおりまするの定型句しか返らないのは経験済み、なのでお疲れ様と労(ねぎら)いオシュトルを連れて屋敷に帰ればまたも夫は職場にとんぼ返りである。
「子は天からの授かり物である故そう気負わずとも良い。其方との閨毎は大変嬉しいがまずは治療を先決すべきだろう。ゆるりと休まれよ」
そういって私室を後にする夫に完治したよと私は宣言、いぶかしむ彼に頭の包帯を取り傷跡が消えた箇所を見せれば納得したのか、今日は急いで仕事を終わらせて励もうと意気込まれ恥ずかしいやら嬉しいやらで私の感情は今日もなかなか安定しない。
行って参ると背を向けるオシュトルに行ってらっしゃいませと私は声を掛けたる。
強くて優しい旦那様だ、私にはもったいない過ぎたヒトだ。一生を掛けて大切にしたいと願うのに、ハクが消える未来を過程するたび諸共にと血迷う私は、やっぱりどこかおかしいんだと思う。
夕刻を過ぎ夜になり、配下の方がオシュトルからの文を届けてくれた。珍しい、公の部下の方と対面するのは初めてだ。いよいよ表に出す基盤が出来たか、それとも単に信頼できる部下に明かす気になったかだけかと考えても当人出ないのだから分かるわけがない。
文から視線を上げて見る部下の方はなんだか申し訳なさそうな表情をしていてまるで主がこんな顔してましたよと教えてくれ照るみたいだ。なんだかおかしくて笑いを堪えるのに苦労した。
書に綴られた文面はこうだ。仕事が立て込み帰れない旨をわびていて今度埋め合わせをする、もうとうになじみの文句に浮かぶ感情は生真面目やらよく飽きないなだの苦笑交じりの達観しかない。嬉しいけどさ。
一度落とした視線を再度上げ、オシュトル様にお伝え下さいと伝言をお願いした。慣れているから大丈夫こちらはゆっくりしますからどうぞ気兼ねなく職務に励んでくださいと伝えて送り返す。
いらない心配なんて掛けたくない。壁の隙間から護衛と共にそっとこちらを伺うネコネちゃんに気を遣わせるのも申し訳ない。寂しくても我慢だ。大事なのは本当だし。
なので今日も私は気持ちに蓋をして、ネコネちゃんで遊ぼうと息巻き悲鳴を上げる彼女に抱きつき引っ掻かれた。
風と行く