32話 八柱と顔合わせ


 子を処置した後は聖廟を進み双子に案内された部屋に入る。今日からここが私の部屋になると説明を受けた。私の部屋はアンジュ姫殿下が住む内裏ではなく聖廟内にあると聞いたから無機質なものを予想したが、白が基調で爽やかな洋風の内装に統一されていた。指し色に水色や青が使われており冷たさは感じず所々置かれた観葉植物が心を慰めてくれる。あらかじめ用意してくれていたのだろう、広すぎず狭すぎない良い部屋だった。
 双子から自由行動の許可を得てひとまず休もうと寝台に横たわる。ふかふかの布団でしばらく泣きぬれていると、双子が顔をのぞかせ聖上が夕食を共に望んでいるがどうかと尋ねてきた。双子が携えた荷の確認もお願いしますと言われたので中を改めれば、今後任される業務内容に関して記載された巻物、あと緊急の際もちいよと伝言付きで双子から印籠も受け取った。帝室の紋付で怖い。
 原作でハクが遺跡探索を任された際帝直々に頂いた品だ。となると私もいずれはそういう任に付くのだろう、遺跡調査とか名代だとか。想定の範囲内、覚悟はしていたが荷が重すぎてちょっとしんどい。
 控える風情の双子に少し待ってもらえないか、分からない点もあるから確認したいと恐々内容を検分し少し肩を落とす。タタリ殲滅だけじゃなかった。環境整備と聖廟の維持管理、仕事増えてる、重圧凄すぎ。許容範囲超えてるけど実子見逃す宣言してくれたからやりきるけどさ。子供は最後にしたい。
 双子に礼を言い、事前に右近衛邸から持ってきてくれた(用意がいいな)放り投げていたスマホを手に取った。了承と夕食は用事があるため先に食べていてくれていいとメールを送る。ついでに八柱に挨拶がしたいと送信すると電話が返り、体に障らないか随分心配された。謝罪込みの挨拶がしたいだけだから気にしないでと呼び掛ければ、渋りはしたものの許可を得て提供された場に向かおうと身支度に取り掛かった。早くて明日との予想は外れた。即断即決過ぎて大助かりだが現状についていく私には一杯いっぱいで心構えも出来ていない。辛くても仕方ない、身から出た錆我慢が肝心。
 そう言い聞かせ箪笥から気に入った服を選び(ウォシスがチョイスしてくれたそうだ。どれも贅を凝らした服ばかりで有難いのだが華美すぎて客観的に考えても馬子にも衣裳にしか見えずおまけに服の大半が洋装なのもよろしくない。悪目立ちしたくないからシンプルなチャイナ風を選んだ。黒字にズボンを合わせれば男装風に見えてマシ、だと思いたい)、双子に着つけられ賛辞を送られ照れる。身内びいきなのも分かっている。
 女官に出くわし似合わないと陰口叩かれないかとびくつき断りなく付いてくる双子を従え暗い廊下を歩く。


 謁見の間には八柱のみが並び明朝の私のように跪き待機していた。いつから待っていたのか、もしや朝議の後からかと、階上から見て気圧された私はやっぱ無理と引き返したくなったが留めた側がとんぼ返りするのも失礼だ。振った形の元夫が何事もなく平伏してるのも怖いが私の後ろには双子もいる、だから大丈夫。そう内心で言い聞かせ手早く済まし休んで貰おうと気を取り直し、勢いよく御簾を払いのけ並ぶ八柱の前に現れる。
「やあやあ皆の者、此度は私のためによく集まってくれた」
 芝居めかした態度の私に腹の内で様々な思惑を抱えているに違いない八柱は朝の件を指摘せず、一斉に平伏し口々に労いの言葉をかけ始める。
 殿下、お体の具合はいかがでしょうか、この度は大変ご心痛であらせられましょう、重々お休みになりますよう進言申し上げる、似合いの出で立ちですがお辛いなら明日でも構いませぬ等々。たまにデコポンポがオシュトルを詰りつつこちらを気に掛けるのに苛立つが、間違いはライコウが切り捨てるからこれ幸いと流し聞いた。
 ……言葉の意味は分かるが距離が遠くてはっきり聞こえない。労いの言葉があらかた納まったところで途中階上から降り近くによれば近づきすぎではと当惑する声があがり始めたところで礼を言い話しを切り上げた。
「おまえ達の気遣い大変嬉しく思う。階段の上からだとよく聞こえなくてな、だから降りた」
「お手数おかけし申し訳ありません」
 ウォシス……
「よい、時間のあるものばかりでもないだろう、手短に話そう」
 視線を暗い天井に数秒あげて予習していた回答を脳内で復唱する。気合を入れて視線を下に戻し一拍の間の後で宣言した。
「聖廟に上がりこそしたがおまえ達の仕事に口出しする気はない。皆己の部署で存分に采配を振るうといい」
 恐れながらとライコウが発言の許可を申し出て、思うまま口にしていいと許可を出す。
 どの程度で済まされる御積もりかと伏したまま問われ顔あげればいいのにと考え上の許可ないと顔上げれないんだと焦った。おもてを上げていいと声を掛ければ皆顔を上げてほっと胸をなで下ろす。言動には注意しようと心に留め、許しなく発言するのは無礼にゃもと怒るデコポンに構わぬと片手で制し疑問に答えた。
「帝は私に遺物の管理を託された。殿学士でも無理そうな物の維持管理、および秘匿破壊一切を一任したと、帝より賜った書面に記(しる)されている。遺物関連でお前たちの仕事に口出すこともあるだろう、だが遺物を除いて積極的に関与する気はない。帝もそう書面に記された、見て確認してもいいぞ」
 宛がわれた部屋で目覚めたとき双子から貰った書面は万一の為に持参している。私の知識がどの程度通じるかはわからないが一々神代文字解読するよりは時間の短縮にはなるはずだ。そう思って帝も私に任じたと文に書いてあったしと内心で言い訳して、巻物を取り出そうと懐に手をやるが、耳が鷹羽の武人、トキフサから制止が入る。
「恐れながら殿下、その件に関しては殿下が謁見の間を退席したのち聖上直々にご説明を頂いております」
 あらそうなんだ。原作では常に静観に勤め保身を図る男の口出しに私は驚く。事前に帝から説明があったと言うが、侮られないよう事前通達してくれたのかもしれない。有難いことだ。いきなり敬えと言われて抵抗感あるのに進言してくれるなんて帝様様だわ。
「聖上の弟君に関してもご説明頂きました。自ら申し出ない限り秘匿すると、探るなとも我らは聞き及んでおりまする」
 オーゼン殿の、以前義父であった方の注釈に私は多少動揺しつつそうかと何とか流せた。良かったと思う。ハクを引っ張り出す展開を避けられたならそれでいい。
 臣下の補足に動揺しては周囲に不安を与え連動して帝室まで見くびられると私は気を張り、せめてらしく振舞いたいと胸を張る。
「えと……なら何も問題はない!ついでだが面と向かい話し合う機会もそうないだろう。聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてくれ」
 忠臣たちが沈黙を徹するのに期待し掛けた言葉は空気を読まない七光りに拾われて速攻問いだたされた。
「妹君はどこでお生まれになったかお聞きしたいにゃも」
「それは聞くなと聖上直々に御声が掛けられたのを忘れたか貴様ぁ!」
 ミカヅチさんの激高に内心で縮こまるがさすが将に付くだけありデコポンは悲鳴を上げつつも己の主張を貫いた。
「にゃ、にゃも!お育ちになった土地を聞くなとは明言されてないにゃも。尋ねる機会ぐらいあってもいいにゃも」
 屁理屈だ。周囲もそう感じたのか渋い表情を皆浮かべている。しかし新参が頭ごなしに切り捨てるのも反感を買うかと私は譲歩案を提示した。
「聖上の意に反する行為は私も許されていない。なので障りのない範囲で良ければ答えよう」
 静かになる周囲に簡単に明かす。
「私の生まれはヤマトではない。自然豊かな土地で育ち聖上の招きで滞在を許された。妹と呼ばれはするが帝室を次ぐ権利はないよ。だから安心してくれ、私の所作一つでヤマトがどうにかなりはしないから」
 許されれば遺物バンバン使うけどそこは反感買わずにいてくれると願いたいな☆ 語る内容全て信じてもらえる、とはさすがに思ってはいないが多少納得はしたのか、デコポンポは答えて頂き感謝致しますにゃもと頭を下げた。
「御子息が帝室を継ぐ権利を有するか、お聞かせ願いたい」
 話を切り上げたいこちらの意図は通じず、ライコウの問いで聖廟奥に引っ込みたい私の期待はもろくも霧散する。遠慮のない質問に周囲が顔を顰めるが私は苦笑し咎めはしない。驚き過ぎただけだ。そして文言の奔放さに思わず敬語も吹っ飛び素で答えてしまう。
「あるわけないじゃん何言ってんの?」
「半分のみ」
「ございます。最も遺物に関してのみ妹君の血族に一任すると我々は承っております」
 妙な言い方してごめんね、誤解させる振る舞いちゃんと直すし聖上に確認して今後の憂いも払っておくから機嫌損ねないで、なんて言い訳は途中挟まれた双子の応答に被せられ喉元に引っ込む。
「聞いてないんだけど!?」
 目を見張る私に双子は太々(ふてぶて)しく聞かれませんでしたからとすっとぼけた。また私だけ蚊帳の外かいっ!との憤懣(ふんまん)を飲み込み、眩暈のする頭に手をやり道理を正そうと訴える。
「本来は弟君がだねっ……」
「不在」
「未だお上りになられない方の御意思を確認なさるのは不毛と聖上は仰いました。しかし帝妹殿下の進言で断りなく押しつけるのは不興を買われるとも検討しご決断なされたのです。異を唱えるのは不忠故聞き流せとも承っております」
 鼻から聞く気はないと。私の意志確認怠りまくりでがっかりなんだけど。そのくせ文句も受け付けず苦言申し出ればどうなるかもわからんぞと今私は脅されたわけだ。ウォシスはどうするんだウォシスは、あの人原作だと聖廟継ぎたがってたじゃんと内心で文句をつけると双子は前後の説明もせず答えてくれる。
「霧散」
「この決定は内々で話し合いお決めになられたことです。異論はどなたからも出ませんでした。むしろ彼の方に強く推薦されナナコ様が抜擢されたのです」
 内々とは八柱を除いた重鎮、ホノカさんに双子とウォシス込みの数名程度と見た。証拠に八柱の何人かが両隣で顔を見合わせてるし。何のことやらって顔だね。誤解を招く文言に訂正をかけたいが秘匿したいウォシスの不興を買うと考えれば指摘は無粋と訂正する言葉を喉元で飲み込んだ。私も流すことにしよう。ウォシスも一体何のことですかとすっとぼけない。何で押した怖いぞ魂胆、どうせ私の方が御せそうだからでしょ。いいけどさ、ヤマトに徒なさない限り掌で踊る気だったし。
 でもさあ、ハクに下賜予定の双子奪うのは原作改善厨の私でも嫌なんだよなあ。
「貴方達の主になんてなりたくない、恩人だし」
 原作死亡キャラの改変を望みはしても原作キャラの立ち位置に意図せず成り代わるのは勘弁願いたい。あまりに渋面だったのか、並ぶ八柱の何人かが眉をひそめた。おっと平常心平常心。嘆息しなんとか笑顔を繕うが我が道を進む双子は今日も周囲の反応を顧みず思うままに言葉を発する。
「御配慮に感謝」
「過ぎた言葉です。しかし見当違いと申し上げます」
 どういう意味か分からず視線をやれば双子は間違いを正してくれた。
「前提が変わった」
「傀儡だそうです。表面上は裏の帝都を牛耳る振る舞いをさせて、万一弟君が損なわれないよう保険を掛けたと伺いました」
 よっしゃなら問題ないと私は内心で喜んだ。同じような息をのむ反応がそこかしこで聞こえたがおそらく真逆の感慨を抱いたのかもしれない。早く答えが知りたくてほころんだまま問いかける。
「主は違うんだよね?」
「陳謝」
「ご期待に添えず申し訳なく思います」
「いいよ、逆に安心した。貴方達の主が私でないならそれでいい」
 ライコウに向き直り答える。
「そういうことだ」
「何がでしょうか」
「我が一族は聖廟の管理に努め表舞台、アンジュ姫殿下に次ぐ立場ではないと先ほど鎖の巫が明言なされた。安心して政務に励んでくれ」
 軽く息をつき、私用で待たせてしまった将達に労いの言葉をかける。
「この度は私事に付き合わせ悪かった。謝意と今後の懸念を払いたくておまえ達を引き留めたんだ。待ってくれてありがとう、是非持ち場に戻り仕事に邁進してくれ」
 さあこれで怖い面々としばらくおさらばだと内心で安堵しつつ退席していいと表明したが、一瞬立ち上がりかけたデコポンポ以外何故か皆跪づいたままで当惑する。デコポンは周囲の反応を見てにゃもっと小さく叫び膝をついた。悪の親玉でもそこは空気を読むのね。
「恐れながら殿下、お聞きしたい用件が他にもございます。よろしいでしょうか?」
 白い装束に身を包み髪先をカールさせた美人さんが発言の許可を申し出る、鎮守のムネチカさんだね。仮面を賜る四人の将の一人でアンジュ姫殿下の教育係をホノカさんと兼任されている方だ。多忙のところ待機させて申し訳ない。原作だと二度目の戦の折、トゥスクル討伐を任じられ撤退する部隊を守るためにしんがりを務め捕縛されたんだっけ。でも後に解放されて以降はオシュトルに扮したハクを持ち前の武勇で支えた女傑……になる予定の人だ。
 思わぬ人からの声掛けに私は気圧されつつ怖気づく心中を抑えて了承する。ムネチカさんは深々と頭を下げて名乗りを上げた。
「面と向かってお会いするのは初めてかと思います、まずは名乗らせていただきたい。お初にお目に掛かり光栄に存じます。小生はムネチカと言う者、以後お見知りおきを」
「噂はかねがね伺っている。武名高き女傑に会えて嬉しく思う」
「お褒め頂き光栄の至り」
「して、何用か?」
「殿下は姫殿下にお会いになられましたか?」
 姫殿下とは後継のアンジュ姫殿下に他ならない。帝が、没したあと国の行く末を憂い作られた後継で戦闘に秀でたギリギヤナ種と記憶している。ちぃちゃんそっくりの亜人だが性格までは似ていないとも。後の作品でハクをふいに叔父と呼び転生体の可能性が描写された可愛いお子様だ。
 知ってはいるがまだ会えていないと私は首を振り否定する。
「いやまだだ。この後帝と食事をするからその際に会おうと思っていたのだが、同伴するのは不味かったか?」
「御身内の同席を厭う方でありませぬ。ただ懸念が一つありまして」
 言いにくそうに淀む口調に、一つどころかあの振る舞いを見れば山とあるだろう、との言葉は飲み込んでおく。原作知識からだが世事に疎すぎるのが欠点の一つだ。わがまま放題世間知らず、だが道理を説けば納得する素直な子だということも私は知っている。作法までは知らないがぱっとみ殿中の行事は抜かりなかったはず。
 まだ会えてないが何が問題なのか首をひねる間に、帝室の権利を貶めると思案でもしていたのか、言わぬ方が不味いと吹っ切れたのか、アンジュ姫殿下に振り回されっぱなしのムネチカは数秒硬く目を閉じた後に強く言い切った。
「年の割にお力が強く難儀するやもと。その、御体が弱いと伺ったもので」
「ああ心配してくれてありがとう、気をつける。何も掴んでぶん回しはしないと思うから大丈夫だ」
「いえ、そうではなく……」
 それで今度は視線を落とすし。何を迷っているのかと視線を追い下に目をやれば腹が目に入り合点がいった。
「御子に障ってはなりませぬゆえお話で済ませるよう小生からもよく言い聞かせます。しかし万一も考えられますので十分お気を付け下さいませ」
「有難い申し出だが心配は無用だ。二人とももう腹から出した。私に何があろうと傷つけは」
「で、殿下っ……!?」
 ムネチカが目を大きく開く。
「お一人ならいざ知らず何故二人も……」
 戸惑う姿勢に私は驚き並ぶ八柱を見れば皆同じような反応をしていた。ソヤンケクルは嫌そうに視線を落としオーゼンはムネチカと同じ反応でヴライはずっと下を向いている以外の違いはない。ミカヅチとトキフサは驚きのあまり口がちょっとだけ開いているしデコポンは何とと顔を覆う。ライコウは苛立たし気に酷薄に微笑んでオシュトルは床に拳をつき頭をたれ切っていた。ウォシスは目をつぶり耐える姿勢を見せる、意図がわからなくて怖い。
 異常な反応に私は狼狽え、考えても分からない事態に困窮しきり教えてくれと周囲に懇願した。
「どうした?な、何か変なことでも私は言ったのか?」
「これで気づけぬなら余程の阿呆であろう。帝が断言するのも頷けるというものだ」
 吐き捨てるライコウにウォシスが待ったをかけた。
「ライコウ殿、相手は神です。我らの道理が通じると思う方がおかしいのでは?」
「何故狼狽える、意味がわからない……」
 矮小な振る舞いをなじるのはわかるが原因に心当たりがない。当惑する私に、何かを耐えていたオシュトルが床に両手をつき平伏したまま悲痛極まりない声を絞りだし訴えた。
「殿下っ、一つだけお聞かせ願いたい。何故そうも平然といられるのか、愚かな某にもわかるよう、どうか、どうか説明をお願い致したく」
「?」
「某は御名をまだ知りませぬ。せめて、せめて名をお教え頂きたく……っ」
「??」
 いやマジで皆何に狼狽(ろうばい)してるのか分からないんだけど。謁見の間で身分を明かされてからまだ一日もたってない私が察せる訳ないじゃん、名付けどころか事態についていくのに一杯一杯なんだけど。
 首をひねる私を見かねてか、苦笑気味にウォシスから助け舟が出される。
「妹君、我らはこう言いたいのです……お二方はすでに浄土に旅立たれたのかと、あるいは旅立たせたのかとも、ね」
「何を言ってるんだ?そんなことあるわけ無いじゃないか……」
 よく考えず口にした答えにやっと事態が飲み込めてきた。ムネチカは話で済ませると言った。アンジュ姫殿下は暴力を好む方ではないが大事を取り諫める心づもりだったんだろう。腹に宿る子を心配する言葉に私は何と返したか?
「待って、え、堕ろしたと?守るために聖廟に上がった私が消えろと?か、可愛い子供を?」
 ふらつき、双子の手に支えられて額に手をやりなんとか耐える。
 遺物に理解がなければ亜人は言葉通りの解釈をしてしまうと考えて、腹から引きずりだした子を亜人がどう連想したか想像し血の気が引いた。気遣う言葉を口々に上げ始めた八柱にたまらず叫ぶ。
「ば、馬鹿を言うなっ!なんで殺さなきゃいけないんだ、あんなに、あんなに望んだ子をどうして私がっ、くっ……」
 わななく声を押し殺し、万一私が知らぬ間に子が損なわれてはと生じた疑問から空中を指で斬りキーボードを出した。感嘆か驚嘆かは知らない。あがる声を無視して盤面を叩き隔離している部屋とポッド内部の映像を空中のスクリーンに展開する。横に並ぶもう一人は視認されては困るからスクリーンの映像をずらして映(うつ)す。見られるのは構わないが指摘されて障りのない返事を返せる自信がない。大丈夫、二人とも脈も脳波も見た目も別れた時と変わらない。その小ささから目視で動いてるかまではわからないがデータは問題なく二人が生きていると指し示していた。現状維持に私はほっとして、言葉を吟味せず早口で思うままを口にしてしまう。
「はら見ろちゃんと生きてる、豆粒みたいだけど尾も耳もちゃんとある。このままポットに入れてしばらくすれば立派な赤ちゃんになるんだよ。だから大丈夫だ、大丈夫なはずなんだ!そうだよね、ウルウル、サラアナ!」
 傍らに侍る双子に振り返り不安から叫べば深く頷き懸念を晴らしてくれた。
「理由がない」
「損ねる理由はありません。守りはしても殺(あや)めるなど聖上はけっしてお許しにはならないでしょう」
「大丈夫だよね、ちゃんと私の子は生きてるよね。そのために、そのためだけに出したんだしっ」
「ご健在」
「御子息を損ねれば帝は激怒なさいます。後でお確かめ下されば杞憂も晴れましょう」
「良かった、本当に良かった……」
 もうその言葉だけで大分杞憂は晴れたわ。胸に手をやり得心したところで我に返る。今の私客観的に見てもやばくなかった?臣下の言葉に取り乱すわ断りなく遺物を披露し錯乱するわでいいとこないじゃん。こんなんが帝の妹とか臣下が不安を感じるのも当然だ。口元に手をやり私は慌てて映像を消し、平常心を取り戻した八柱にごめんねと叫んだ。
「ちゃんと説明しないとわからないよねこういうのは。私動揺して取り乱してさ、確認しなきゃと焦ったのよ。いきなりこういうの出すのって不味いよねごめんね。不味いってのもよくないか。気を付けます、違う気を付ける、今後はらしい振る舞いを務める所存で、違う戻すだって、ああ……」
 もうぐだぐだ。叫んだところで不味い口調だったと慌てて言い訳じみた文言を偉そうに垂れ流したが最後には消沈してしまった。
「魚の尾が見えましたが御身は変化する特性でもあるのですか?」
 ライコ――――ウッ!知的探求心素晴らしいし助け舟かもしれないが、貴方の指摘で今の技術力では胎内の様子つぶさには見えないから不味い状況だとようやく思い至れました。ありがとうそしてごめん。帝室関係者に余計な誤解与えかねない映像に私は慌てて認識を正そうと口を開く。
「ないない!魚のまま出てくるわけじゃないって。これは進化の過程を腹の中で行うわけで変化どうこうじゃないから心配は無用だ。神だろうとヒトだろうと成育過程は同じだしちゃんとヒトの形になって出てくるから気にするほどでもない。他の動物も大体同じで、ほら鳥とか卵から孵るけどちゃんと雛の形になって出てくるだろう。それと同じだよ」
 ヤバい単語を口にして要点を隠そうと言い募るうちにドツボにはまる。目ざといライコウは聞き流さず青くなる私に的確に突っ込んできた。
「しんかが何か俺は知らぬが変化でないと言い切る根拠は何か、お聞かせ願いたい」
「え、えっと」
「神がヒトと同等とも」
 とんでもない事を言っちゃった〜〜! 江戸時代の文化体系に進化論の類はまだ導入されてなかったはず。ヤマトの民は帝によって生み出された俗説が一般的だったよね。
 不味い事態に私は青ざめ誤魔化すのが最善とわかっても妙に後ろ髪を引かれてしまう。双子はすまし顔だ。どうとでも出来るから何を言っても良しと解釈して腹をくくる。
 ライコウほどの高官なら誤魔化しても暗部の線引きと見て取り引いてくれるとわかっている。だが身分に驕らず努力で八柱の地位に立ち続けるこのヒトに、生じた疑問を切り捨てる真似したくなかった。知らぬ存ぜぬが最善でもそれも選び難く、これなら大丈夫かな?という範囲で打ち明け逃げの一手を打つ。
「これ以上成育過程を明かすのは、ゆ、許される範囲を超えている、と思う。神とヒトが同等というのに根拠はない、私から見た解釈を口にしたまでなんだ」
「憶測で並べ立てた根拠は明かせぬと?」
 ぐいぐい来るライコウ様に両手を合わせてこれ以上は勘弁してほしいと拝んだ。
「帝の許可を得てからでないとそういう知識は話せない。悪い」
 双子を流し見れば頷かれた。どうやら妥当な判断だったようでほっとする。ライコウも差し出がましい真似をお許し下さいと引いてくれたので許すと流し額の汗をぬぐった。これが後の致命的な一手になりませんように。神とヒトが同等と気づくのはアンジュ姫殿下が大成してからにしてほしい。
 これ以上の難題はもう嫌だなと気もそぞろでいると難しい顔をしたムネチカが恐れながらと申し出たので、遠慮なく尋ねよと水を向ける。
「なぜ、何故、御身内から出されたかお聞きしてもよろしいでしょうか?小生は女人ゆえ腹の内でお育てにならぬ理由が気になりまして。気負われるならば口にせずとも構いませぬ」
 ちょっとだけ迷う。口をつぐむ私の背をに双子が支えるように手をやる。余計な詮索でしたと辞退を申し出るムネチカに私は首を振り生じる疑問に答えた。
「よい、気になるのも当然だ。明かせる範囲で明かそう」
 おそらく心から心配してくれたんだろう労わるような眼差しに、真心に答えたくて私は一拍置き疑問を挟む余地もなく言い切った。
「神の腹は赤子には毒だ」
「正しく言おう、神である私の成分は子に強く影響が出る」
「男ならば問題ない私が女というのが不味すぎた。胎内に留めれば血流に含む神の要素で荒ぶりヒトの形を保てなくなる。だから出した」
 腹に目をやる。もうそこには誰もいない。聖廟内の施設を使えば生きられるが終生飼い殺しが決定済みで、可哀相ではあるがそれでも生きてほしいと私は切望している。
「私はこの子達にヒトとして生きて欲しいと願っている」
 一瞬の静けさ、問題を提示したムネチカは尚も深々頭を下げて謝意を表明する。
「傷を広げるような真似をしてしまい大変申し訳ありませぬ。納得がいきました。この身がどれほど御両人の役に立てるか見当もつきませぬが、せめてお守りできるよう励む所存にございます」
「良い、案じてくれて嬉しく思う」
 ムネチカの謝罪を皮切りに並ぶ八柱が口々に挨拶の言葉を述べ始めた。
「お労しやナナコ様。御子息がお生まれになった暁には家臣共々お力になれるよう全力を尽くしましょう」
「心強いぞオーゼン。気張らずゆっくり構えて子の力になってくれ」
 是非もなしと応答するオーゼンにソヤンケクルが似たような激励を送り国に来た際は帝より賜る船で大海を案内したいと申し出てくれたので是非にと応じた。
 トキフサは自己紹介をする際故国の植物が珍しく観光で訪れる貴人に美しいと評判だと申し出た。遠征の折に寄れる機会があれば紅葉する木々を見てほしいと豪語する。植物は好きだから喜ぶ素振りをすれば国に立ち寄った際にでも色づく葉を持ち帰り見せてくれると約束してくれた。色褪せはしても赤はすぐ黒くはならないそうだ。知ってるよそれ紅葉でしょ。学校帰りや庭掃除でよく見てた、綺麗だなあと感じる日もあれば邪魔でしかない日もあり今は唯々懐かしいだけだ。綻ぶトキフサに礼を言い、ヴライを見る。
 私は謝ったぞと口火を切れば聖上の妹御と身をもって思い知り異論はないとのこと。帝室をお守りするのは臣下の務めと平伏する様に今後もそうであるよう願っていると応答するに留めた。配下の件は我の横暴が過ぎたと窘める言葉にちょっとだけうるっと来たけど、マリカに伝えておくとだけ返し後は突っ込まなかった。ヴライは狂犬だが帝が御存命の内は大丈夫だと信じたい。
「帝都の守護は俺の使命。御子息共々この地におられる限り何人も御身を損なわないよう奮戦致しまする」
「ミカヅチの守護は効きそうだ。おかげで今日もゆっくり眠れる」
 守られる方が申し訳ない。左近衛大将が出張る事態に陥らないよう気を付けたいと心から思う。
「阿呆と蔑んだ非礼をお詫び致します。俺はライコウ、帝に代わり名大として各地を納めております」
 そのまま遠方に封ぜられて日よればいいのにな、との文句を飲み込み切れ長の美形の口上に答える。
「貴方の智謀は常々聞き及んでいる。凄まじいそうだな。その智謀で今後も変わりなくヤマトを支えてくれると願っているぞ」
「知力に長けた者が心意気も同じとは限りませぬが、殿下のご期待に添えるよう全力で挑みましょう」
「無理はするな、期待している」
 挑まれたくな――――いっ!育てた部下と身内だけで研鑽してくれ。このヒト怖すぎて関わりたくないんだって。御しきれる自信ないし現に目の前で減滅宣言撤回されてもどこで見限られるかわからんから適当に流すしかないのが辛すぎ。なんか弱みとかなかったっけと回想しても民の感情に鈍感程度のマイナス点しか見つからず、原作で大勢この人の読み通りに進んだよなと思い返せば弱みらしい弱みも見つけられない。あえて言うなら簡単に人を信頼しない程度の欠点しかない。原作で妹が幼少のころお亡くなりになったと見たが掘り返していい話題とも思えない。敵に回らなければ大丈夫と煩悩にケリをつけ、これ以上不興買わないよう務めねばと意気込んでも内心で項垂れるしかなかった。もうかなり不味い気がする。助けて神様オシュトルハク、と願っても自ら足蹴にしたも同然で助けなんか来るはずないだろと自嘲する。胸中のみでつらあ……と溜息をついた。
「失礼妹君、私は宮廷内外のまとめ役をしております。ウォシスというものです。ライコウ殿とデコポンポ殿共々名大として各地を……これはもう聞き飽きましたね」
 作り笑顔で微笑んでいると素敵な笑顔で大老様が割り込んでこられたぞ。内心はどうだか知らないが私の心中は複雑で、でも不興は誰からも買いたくないから務めて平静に微笑み返す。助け舟サンキュ〜。
「内容は聞いてないから、何を納め取り扱うかいずれ聞かせてくれ」
「やるべき事を山とこなしてから追々に致しましょう。ところで部屋の内装はお気に召したでしょうか?」
「ウォシス殿が用意してくれたのか。中々気に入った。落ち着く」
 嘘じゃない。指し色に思うところはあるが配色は私好みで文句もない。盗聴器の類はさすがにないよなと植木の影を除いたらあったから全部潰した。あの程度で怒る狭量でじゃないと思いたいが、こちらの精神は監視される事実に着実にダメージが降り積もる。全て彼の気遣いだと思っとくほうが今後楽になるとちくちく痛む胸を無視して表面のみの感想に落ち着かせた。
 腹の底を見せないウォシスは柔和な笑みを浮かべるばかり。
「私に敬称は要りません。呼び捨てでもおまえでも好きなようにお呼び立て下さい」
 ならそうさせて貰おう、ウォシス、と呼び捨てればやっとウォシスの眉が緩んだ。
「お褒めの言葉有り難く、帝の縁石を招くのですから御子息共々良いものを揃えるよう手配致しました。着るものだけでもせめて安らかに居られますように」
 最後の言葉は本心だと思いたい。私も深々と頭を下げる。
「ありがとう、頼りにしている」
 次にデコポンの言葉を聞き嫁取りを願う要請に杯もないし当面そういう考えはないと障りない言葉で返し区切りとした。憮然とする反応に大貴族に気にかけて頂き嬉しく思うとよいしょすればすぐ気分を持ち直したので腹いせに悪事を画策する芽を潰せたかなと浮かぶ希望的観測に失笑した。
 さて最後の挨拶はとオシュトルを見れば、当初動揺した反応は消え顔を上げた仮面越しの静かな目線と合う。
 口を開く男に私は首を振りいらぬ配慮だと否定する。
「名乗りは不用だ、知らぬ仲でもない」
「有難き幸せ、ですがけじめとして名乗らせて頂きたい」
 一礼したオシュトルは真正面から堂々と挨拶を述べた。
「某は右近衛大将オシュトルと申します。先ほどは醜態を晒し大変失礼致しました」
「無理もない、醜態と受け止めてはいないから楽にしてくれ」
「慈悲深き御言葉に返す言葉もございません。某は左近衛大将共々帝都の治安を守るのが務めにございます。帝室の方々が安らかに憩われるよう今後も精進致します」
「苦労である、体を壊さぬよう精進せよ……名はまだ決めかねている、明かせずすまない」
 私は目を伏せるが逆にオシュトルは増々平伏して謝られる道理はありませぬ、と援護してくれた。
「杯の件嬉しかった、今後もおまえの良いようにしてくれ。支障があれば私が出よう」
 オシュトルはひれ伏す姿勢を崩さず申し出る。
「もったいない御言葉重ね重ね有り難く、御名に恥じぬ振る舞いを務める所存です」
 従う姿勢を貫く様にただただ感心する……本当に立派なことだ。歯痒く感じる自分がどれほど矮小か思い知らされる。デコポンが苛立つのも無理はない。
「気もそぞろ」
「ナナコ様」
 双子の呼び掛けに我に返った。気を取り直し苦い胸中を隠して帝の妹として威厳ある振る舞いを見せねばと、迎え入れてくれた面々に感謝の言葉を述べる。
「内々ではあるが国の柱石を担う者達と話せてよかった。これからもヤマトのために頑張ってくれ」
 ここでさよならとんぼ返り、と行きたいがふと生じた疑問が口についた。
「そうだ、食事は済ませているか?」
 デコポンが食べてないと言いかけて済ませておりますとオシュトルが素知らぬ顔をした。私は驚いて固まった。当惑する心中を知らず、デコポンが帝妹殿の前でかっこつけるなにゃもと憤りそのままの勢いで夕刻からまたされてすっからかんにゃもと叫びライコウの鋭い一瞥で押し黙った。八柱は済ませておりますと口々に話を合わせたが私の内心は穏やかじゃなかった。何てことだ、折を見てつまみに行ってると期待したのに。
「な、何で誰も食べてないんだ!いやいいみなまで言うな。私のせいだな、気遣わせてすまない……」
 額に手をやり、そもそも私が留まるから行けないんだと思い立った。念のため私が退席して仕事に取り掛かりそうな面々に念押しをする。
「命令である、この後は食事を済まし英気を養え。適当なものをつまむのではなくバランス、栄養価を考えて好きなものを食すといい」
「それが、我らに下す命令か」
 ヴライさん怖すぎ〜〜。
「そ、そうだ、何か問題が?」
 食わずに働けと無茶言うよりマシだと思うんだが。もじもじしているとまたライコウ様に鼻で軽く笑われた。
「妹君が初めて出す命令がそれとはな」
「兄者! 害するならいざ知らず労いをそしるなど……」
 振りだろうが不仲な振る舞いに余計な勢力争いの火種になってはと私は慌てて理由を言い募る。
「健全な精神は健全な肉体に宿ると聞く。体を損ねて働き寝込めばその分業務も滞(とどこお)る。困るのは下々だ。存分に働いて貰わねば帝室も困るんだ。公私の別はきっちり付けて大いに休み働いてくれと言いたかった。不興を買ったならば謝罪しよう」
 一礼し同時にここに来てから私頭下げ過ぎだよなあ、あれもしやコレのせいで臣下の不興買いまくってるんだろうかと今更湧いた考えにぞっとした。
 姫殿下をライコウが見限るのは幼すぎる振る舞いもあるが遊びで臣下を試す行動に減滅したか、あるいは過ちに気づけない狭量を嫌がり帝が没した後行動を起こしたと私は解釈していた。だからせめて私は平身低頭、アンジュがお子様でも表面上は同族の私がいなせば事足りると見たのだが、確かにヒトの上に立つ者が一々頭下げまくるのは宜しくなかったかと青ざめる。
「……謝罪は不用。貴方様は遺物の管理をなされると先ほど仰ったな」
 戸惑う私を憐れんだのか、話を切り替えるライコウの言葉に頭を上げて嬉々として飛びついた。
「ああ、許される範囲で全力を尽くすつもりだ」
 ついでに八柱が考えているだろう懸念を晴らすために補足をつける。
「遺物の管理や遺跡に行く途中でおまえ達が管理する分野に口出すときもあるだろう。粗をつつく気はないからその時が来れば見なり振りをしてくれ」
 ライコウがせっつく。どの分野か聞かれて遺跡関係としか答えられず晴れない渋面に余計な茶々入れないから見逃せば問題ないと胸を張る。
「おまえ達が何を考えているかは知らんがな、ここは兄さんが築いた国でおまえ達は兄を支える大切な忠臣だ。民も同様、無碍に扱う気はないから安心しろ。協力が必要ならば遠慮なく声を掛けてくれてもいい。悪事は無理でも内容を吟味して力になろう。帝の忠臣達を粗略に扱う気はないからいざという時は全力で頼ってくれ」
 支えられる宛はどこにもないけどさ。
「名をあげようとは思えぬと?」
「兄者!」
 それは私を皇として頂きたいとの宣言か、傀儡にするための宣告かは知らないが、兄を諫めるミカヅチの不安を晴らすべく幾らでも解釈できる言葉に私は明確な答えを返す。
「思えんな。あげたい奴は真っ当な方法で努力すれば良い。私に期待するのは止めておけ。たいした後ろ盾にはなれない。新参の私に思うところがあるのは承知している。何を思い動こうと其方等の勝手だが、公の場で敬う振りさえしてくれれば特に文句はない」
 帝室に徒なさなければ、と付ける補足にムネチカが異を唱えた。帝の係累を侮る民などヤマトにはいないと荒ぶる声に諭すような真似はせず、同意を返し、だが心は誰にも縛れないと含む物言いをしてしまう。返答に迷ってか、八柱の間に沈黙が訪れた。私は失言を悟り恥じるより先に雰囲気の転換を試みる。
「帝は寛容だがヤマトに徒なす者共を見逃せる度量私にはないしな。楽できるのが一番だわ」
 両手を上げてヤマトに徒名す行為はしないと示す軽い宣言はライコウの求める答えと違ったのか渋面のままだ。再度沈黙する周囲に気安すぎたかと手を下ろすが、横道にそれた忠告をライコウは寄こしてくる。
「遺物を扱える者の到来を高官共は歓迎しないだろう。それも妹君だ、正式な離縁でなくとも手込めにすればどうとでもなると考える者も出るやもしれん」
 現にデコポンポから求愛されたもんね。いなしたし切り捨てたけど。ライコウの言葉に八柱のほとんどが苛立つ気配を感じた。おかしなことにデコポンも含んでいるのが笑える。私は端で笑い飛ばし平気だと啖呵を切る。
「はっ! 帝の威光効きまくりのこの地でか。それほど度胸あるものがいたなら私がしゃしゃり出るまでもないのだがな」
「歓迎すると?」
「まさか。手を出した瞬間に首を切り取らせ身内に謝罪に来させるわ。私はいい生餌だろう? アンジュ姫殿下に並ぶ立場を狙う者には格好の餌にしか見えないだろうな」
 続けて酷薄な台詞を吐き警告牽制虚勢込みに強がってみせた。
「餌で終わる気は毛頭ない。心配は無用だ。被りつく雑魚事釣り上げ逆に食ってやる」
 くすくす笑った後でこの答えは失敗だったと気づく。気まずい雰囲気を切り替えるためにライコウにまた頭を下げた。忠告感謝する。危険は織り込み済みだ。子供もいる、犠牲になる気は端からないが子を守れるなら生餌にでもなんでもなれると胸を張った。
「殿下、とくとご注意を」
 たまらず申し出た風のオシュトルに頷くとライコウは何某か思う点でもあるのか話を続けた。
「……たった一日で、勢力図が変わったのだ」
 時勢を嘆いてか、帝の血縁の到来でころころ変わる民の性根を嘆いてのものかはわからない。少しだけ見せた嫌悪感をライコウは引っ込めてまた別の提案をしてきた。
「弟君を狙う者も出るやもしれんがそれはどうするお積りか」
「殿下を損ねる者は何人であろうと許さない」
 おっと素が出てしまった。私は内心で平常心を言い聞かせ平静を保とうとするが、続く言葉に頭が沸騰する。
「市井に居れば運悪く命を落とす可能性も考えられる」
「その時は、原因になったものの四肢を引きちぎり帝都中に血の雨を降らせてやろう、一族も同罪だ、血縁の、文字通り血染めの雨只中で後悔するといい。帝の御血縁に手を出せばどうなるか、末端にまで知らしめてやるっ! ……っと」
 早口で言い切り我に返る。思わず低音で喋っちゃったけどなんか私めっちゃ怖い事言ってなかった?! 怖っ!
「たとえ話だ、臆するな」
 苦笑して、護衛の類は知らずとも付く性根の方だと誤魔化すが、絶句する八柱は思うところもあるだろうに皆一様に頷くだけで流してくれた。
「ライコウ、殿下を思いやってくれてありがとう」
 ライコウは軽く頭を下げ当然のことを申したまでと遜(へりくだ)る。
「危険は織り込み済みだ。市政に身を隠されているがただお一人というわけでもない。御身をお守りする手練れが傍に控えているからな。まあ絶対の保証はないから今後も損なわないよう私も気を配るつもりだ」
 お守りする手練れとはクオン達のことだ。素性は明かしてないが世話を焼こうとせっつく現状から心配は要らないと判断してる。隠密という危うい立場に居ても顔役を損ねる真似は彼等が許さないだろう。
 口が滑りすぎたなと内情で反省し大事なことを付け加える。
「アンジュ姫殿下が後継というのに変わりはない。私は太平の世に甘えてお気楽のんびり自分に出来る事を全(まっと)うするさ」
 飄々とした態度を区切りに、私はではまたと手を上げて恐らく頭を伏せた八柱に見送られ静々階上を上り謁見の間を後にした。双子もついでに付いてきた、守ってくれるらしい、その配慮が有難かった。

 疲れた〜〜と廊下で嘆息し大事なことをオシュトルに伝えていないと思い出す。着て来た晴れ着はどうしよう、簪も返さないと。マリカがいれば言付けれたのにと後悔してももう遅い。
「いつでも可」
「文でも何でも御用があればお呼び立て致します。如何なさいます?」
 有難い申し出だが私は断った。明朝から付き合わせっぱなしで休む時間もなかったんだ。お互い考える時間も必要だろう。ひとまずはマリカの様子を見て夕食に向かうとしよう。
 心を読んだ二人は了承し、その足でマリカがいる医療施設に向かった。

 幸いマリカは完治に近く動いても大丈夫だと双子のお墨付きもあり、ポッド内で早く出してと騒ぐマリカを解放すると土下座されて驚いた。物凄く色々喚いていたが要約すると謝罪ばかり。放っておくと一生動かなさそうな彼女に、生きてくれてよかったよ、マリカがいてくれて私とても助かってると微笑めば泣き伏せるからこっちまでもらい泣きをしてしまった。
「お子様もお守りいたします。せめてこの命に代えてでも誠心誠意お仕えいたしますね」
 着替える最中ずっとがなり立てるから命代えられたらお仕えできないじゃんとキーボードを叩き壁際に並ぶポッドを目視とデータで確認する。よし、異常はない。杞憂でよかったと額の汗を拭い聖上が待つ食堂に向かった。

 聖廟内の扉をノックしていいものか扉の前で迷っていると中から声が掛けられる。失礼いたしますと声をかけ扉に近づくと自動ドアだった。勝手に開閉し室内の様子が見えたので粗相のないよう慎重に部屋に入った。
 帝が食す場としては小振りだが内装は華美で紅白に分けられている。壁際に数名の女官が並び立ち控える態勢を取っていた。配膳や雑事を行わせるためだろうが、右近衛邸での食事は極力家人の手を取らないよう気を付けていたから妙な圧を感じて気後れしてしまった。視線をやり気づかれると軽く会釈してくれたので気にしない方がいいと思っておく。自然な流れでマリカもそっちに行っちゃったし。微笑んで軽く手を振るな目立つから。
 気を取り直し入室した中央に意識を戻す。部屋の中央に置かれたのは朱塗りの卓で主賓がにこやかに真ん中に鎮座し横に並ぶのはアンジュ姫殿下だ。跳ねる髪に白虎の耳、大きな瞳はどこから見ても愛らしい娘にしか見えない。挨拶をせねばと膝をつき頭を下げお招きありがとうございますと申し出れば帝が堅苦しい挨拶はよいと宣言してくれたので立ち上がり近づいた。
 視線に入る所狭しと並ぶ料理の数々は見ただけでも分かる洗練されたものだ。山海の幸の数々に圧倒されて歓迎されている事実が嬉しくて綻ぶ。
 気を取り直し、堂々と立つ少女の前に歩み出て膝をついた。帝は堅苦しい挨拶はよいと遠慮されたが彼女は公言していない。
「はじめまして姫殿下、私はナナコと申します」
 頭を下げると見た目通りの可愛らしい返事が返る。
「其方が父上が言っていた妹君か。堅苦しい挨拶は不要と父も申しただろう。存分にくつろぐといい」
「余はアンジュ、聖上の後継であり娘である。妹君の御帰還に驚きはしたが余もそちを歓迎しよう」
 顔を上げると微笑み手を差し出された。ありがとうございますとその手を取ると痛い。なるほど、ムネチカが力が強いと注意するわけだ。ぎりぎりと強まる握力と反対に妙に朗らかな笑顔に、あ、歓迎されてないと思い立ったところで壁に立つマリカが睨む気配に気づく。お願い落ち着いて、主大事は有難いけどうっかり後継傷つければこっちが痛い目に合うと祈るのが甲を制したのか、帝が食事にしようと呼びかけたところで解放された。痛かった。

 身分を明かした後の歓談はあまり上手くはいかない。アンジュの熱い歓待を受けた点もあり上手く相槌を打てなかった。天気の話から始まり町の様子に関する雑談は上手くできたと思う。ただ庭園で語らうようなおふざけ交じりの歓談は初対面のアンジュがいる気負いもありできなかった。それでも帝は顔をほころばせ楽しいのうと喜んでくれたのが救いだ。
 帝はあまり食さない。年のせいと言うが、もしかしたら本当に体が衰えてきたのかもしれない。精々ご自愛くださいませと本心から言えば膳の半分を食えぬ其方に言われたくはないのうと軽口に興じられる。
 ホノカさんの呼びかけで帝は歓談の途中で退席した。このあと聖廟内の管理をする仕事だそうで腹が一杯なら其方も寝所で休めばいいと促される。ありがとうございますと応じせめて聖上を見送ろうと席を立ち車いすを押し退席する二人を三人並んで見送った。帝が壁の向こうに隠れたあと、ニコニコ笑顔で雑談に興じてくれたアンジュが真顔でぽつりとこぼす。
「……オシュトルと連れ添うたというのは本当か」
 あ、そっちが本心ですか。歓迎されてないのはひしひし感じてたけど、顔は無表情なのに嫉妬心丸出しで目を欄々と輝かせるその態度おばちゃん怖すぎて取り繕うことしかできません。
「聖廟に上がるまで情けをかけて頂いたのは本当です。しかしもう互いに無いものとしました。アンジュ姫殿下が懸念されるような関係ではありませぬ」
 内心でビビっていると顔に何かが掛かりびっくり仰天。冷たい。手をやれば水分を含む液体が掛けられていて少女漫画かなと再度びっくりする。アンジュに視線をやれば憤怒の表情でこちらを睨み手には彼女が先ほどまで飲んでいたコップが握られていた。姫殿下直々にお掛けになられたらしい。いいのか、誰かに見咎められれば臣下に責がいくぞとドン引くが口にしない限りこちらの心中がお子様に伝わるわけもない。女官たちも多少は動揺して……ダメだ、眉を顰めはするけど文句を言いに行けないのか顔を俯き私と目線を合わせようともしない。身分制度の弊害極まれりで下につく方々も大変っすね。
「なんじゃ、神と聞いたからすり抜けると思うたが掛かってしまわれた」
 ふふんと鼻を鳴らす姿に私は絶句し固まるしかなかった。皆にこんな態度取ってたら大問題だよなと気が遠くなる。大丈夫、原作にそんな描写はない。だからこれは、私が来たせいでこんな振る舞いをさせてしまっているのかもと別の意味で気が遠くなった。マリカが体が冷えてはと私の体を拭こうとしてか自分の上着を脱ぎ駆け寄ろうとするのを慌てて止める。マリカは命令には逆らえないのか憤りを飲み込み服を着なおし壁際に戻った。私の動揺も知らずアンジュは自論を鼻高々に披露した。
「どうせ怪しの技でも用いて篭絡したのじゃろう?太陽たる父君と違いずっと市井に隠れておったと聞いたぞ。下々の呪いに通じる其方ならば清廉潔白と名高い男を手玉に取るのも容易いであろう」
 酷い物言いと私が感じるのだから傍で聞いてたマリカは怒髪天かもとおずおず並ぶ女官の端を見れば、眉根を寄せきり両手を重ね何かの術を今まさに構築しようと呟く真っ最中だった。ブチ切れているマリカに私は慌てて命令する。
「マリカいい引けっ」
 でもあまりにと苛立ちをみせるマリカに、お願いだからほら服もさほど濡れてないから大したことないと手を振り言い含めれば不承不承の体で両手を下ろし、術の中止に成功してほっと息をつく。
「それは誰が仰られたのです?」
 謝りもしないアンジュに誰の入れ知恵か優しい声音で尋ねれば真正面から反発して明かしてくれた。
「誰であろうと其方には関係のない事じゃ。下々にしかわからぬ分野もあるというに思いつきもせぬとは妹君の頭は相当耄碌したと見える」
 女官の誰かだな。民の前で妹が現れたなんて発表、その日の内にするわけがない。身内に甘い帝のこと、家族が見つかったと発表するなら関係者各位に根回しして大々的に発表すると見て取ったが、ごくごく親しい関係者には通達したと。身の回りを世話する使用人が無礼を働かないよう明かしたのかもしれないけど逆効果だよなあと尊大な態度のアンジュを改めて見る。何にも考えず、傍仕えに色々話したのかもしれない。下々とアンジュは口にしたが市井の者ではないのは明白、とくればお付きの誰かしか考えられない。
 おそらく妹の帰還に驚いたアンジュが素性を聞き、思い人の婚姻にショックを受けたところをお優しい誰かが御慰め遊ばせたと。まさか当人も妹君に直接話がいくとは考えてなかったんだろう。注意するか見ぬ振りか、幸い並び立つ女官の中に発案者はいないのか、それか誤魔化すのが上手いのか、これという動きも見せない。全員ブルブル震えていて可哀相だ。迷う私の心中も知らずアンジュはビッと私を指さして宣言する。
「よいか、オシュトルは余のものじゃ!新参風情が手を出すと痛い目にあうと肝に銘じよ!」
「心得てございまする。矮小な身で叶うはずもない夢を見た。ただそれだけにございます」
 少女漫画的展開かな?この年で年頃の三角関係に放り込まれるとは思わなかったなと気を飛ばしつつ心配いりませんよと胸に手をやり道理を説けば、何故かアンジュは顔を苦々しく歪ませる。
「っ、……どうしておまえは!」
 流すこともできたのに、立場のわりに素直な少女は憤る理由を明かしてくれた。
「オシュトルと連れ添うたのであろう!? 抵抗せよ、文句を飛ばせ、何故横暴を許す。神ならば全てを捨てでも心寄せたものに準じる気概くらい見せてみよ!」
「世の中には抗えぬ理もあるのです、姫殿下」
 憤りを飲み込み微笑んでみれば抗議しかけた口を閉じ辛そうにアンジュは下を向いた。神の妹が反発すれば国が真っ二つに割れかねない、ってのは彼女にもわかるんだろう。でも納得できなくて同じ男を好いた者だからこそ、別れを受け入れる恋敵が憎らしいやらかわいそうやらで心中穏やかじゃない、と言うところかな?
「余にはわからぬ。何もかもさっぱりだ……」
 頭を振りすでに食事を終えていたアンジュが廊下を走りだす。行儀が悪いと声をかけるか迷う私に中ほどで立ち止まり背を向けたまま呟いた。
「父君が言うておった。生まれた子が男で気に入るならば、余の連れにすればいいと」
 帝の愛娘溺愛も酷いな、せめてオシュトルの意思を問えとむっとするがすぐにオシュトルを指してはいないと気づく。気にいる男ならばとの言葉に、宮中の新参は私と子供以外いないと察した。子の性別はすでに確定している。だが生まれてはいない。だから帝は従姉妹になるアンジュにもしもの可能性を示したんだろう。
「余は好かん!生まれもしないうちからどうこう決めとうはない」
 優しい子だ。生まれてすぐ人生が決まりかねない赤子を憐れんでくれている。振りかどうかは知らないが、どういう扱いを受けるか明かしてくれた子の思いに答えたくて一礼した。
「御温情有難く、叶うならば当人の意に沿う人と想いが通じたあかつきに番いさせたいと思います。叶えばですが」
 振り返るアンジュは仏頂面でこちらに近づき手を中ほどに構えお腹に触れようとした。自然身動ぎしてしまったのか、固まるアンジュは私に視線を合わせると手を下ろしふんと鼻を鳴らす。
「水を掛ける気はなかったが結果論にすぎぬ。一応謝罪しておこう、すまなんだ。子を傷つける気は余にもはない」
「案じて頂き嬉しく思います」
 撫でられても腹の内に子はいないから傷つける恐れはないと言い含めるのは無粋と判断しアンジュの謝罪に礼を返す。
「……ふん、精々晒し者にされて泣き暮らすがいいわ」
 ぶすくれた王女は捨て台詞を吐き走り去った。オシュトルを未だ思う皇女の心を私は否定しない。だが身分を盾に一方的な関係を押し付ければ私も黙ってはいない、との牽制が通じたかは分からない。傷つける意図はないと謝意を表明してくれたのは大変有難いくその背を見送った。
 途中ムネチカにでも出くわしたのか、余は謝らぬとの声と何かを叩く音と悲鳴が聞こえて尻を叩かれたのかと少しだけ溜飲を下げる。ムネチカが存分に休憩できたなら何よりだ。
 部屋に戻ろうとそのまま食堂を出たところで控えていた女官達がタオル(手拭い)を持ってきてくれた。マリカはアンジュが消えたと見ると怒りまくっていて、彼女の激高ぶりに大変なことをしでかしてしまったと女官一同青ざめたようだ。御止めできず申し訳ありませんと震える声で口々に謝るので気遣う言葉をかけると逆に泣かれてしまった。優しさに感謝します、なのでどうか私達に呪いをかけないでくださいと怯えるのでもう尾ひれはひれがつく宮中の情報網の速さに内心でドンびいた。よくしてくれる者たちを害しはしないと明言すれば納得がいったのだろう、ありがとうございますと深々頭を下げて見送ってくれた。


 ご飯の後はお風呂に入りたいが風邪を引くのを危ぶむマリカの薦めで自室に戻り着替えた。マリカは心配性だなあでも気にかけてくれて嬉しいなあと風呂に入るため廊下を進む。自室にも風呂付のシャワー室を用意してくれていたのだが、原作知識で聖廟の皇族用の風呂は大きいと聞いていたから一度ぐらい入ってみたいとマリカに頼めば快く頷いてくれてマリカの後を付いて回った。うきうき(嘘、本当はびくびく)アンジュや女官に出くわさないよう祈りつつ訪れた風呂は白楼閣ほどではないが大浴場の名に相応しい檜風呂だった。
 素敵な風呂に感嘆の溜息を洩らし、早速マリカとルンルンで湯舟を堪能するが、一日の疲れがぶり返したのか、のぼせたマリカが静かに溺れた。気づいた私は慌てて背に回り昏倒するマリカを湯船から引きずり出し鍵に呼び掛け窮状を帝に訴えればすぐに双子が飛んできて適切な指示を出し心配いらないと不安から狼狽える私を優しく宥(なだ)めてくれた。
 疲労で昏倒したから寝れば治る。ポッドにいれるまでもないとのことで、用意されたマリカの部屋で寝かせる算段をつける双子に提案する。一人起きるのは寂しい、今日だけでいいからひとまず私のベッドで休ませてもいいかと伺えば了承されて運ばれるマリカに付いていく。
 寝台でマリカを寝かせ退席する双子を見送り自室に戻った。横たわるマリカの顔は安らかとは言いがたい。疲れを感じさせる顔に布団を胸元まで引き上げて頼りすぎるのもよくないなと自戒した。
 しんどい時は泣き伏せて慰める手段もあるとは知っている。否定はしないが私は私にできる手を少しでも打っておきたい。

 せっかく寝付いたマリカの横に身を滑らせ起こすのも可哀相。とはいえ宮中に趣味の乙女書なんてあるわけないし、することもないから(嘘、本当は聖廟関係の書類仕事をデータで山と貰っている)治療ポッドがある部屋を訪ねようと自室を後にした。
 深部に近づくほど趣ある和風建築は減り徐々に無機質な壁が周囲に張り巡らされ、足下を照らす光源が進む速度に応じて灯る。


 ほどなくして目的の部屋の扉が開き、隅に並ぶ二つのポッドに近づく。スクリーンを展開し目視とデータからなんの異変もないのを見て安堵した。なんとなく去りがたくて、隅に置かれたヤマト製の椅子を持ってきて近くに座った。もう一度別のデータを空中に展開し、今後のために覚えていた方がいいと送られていたファイルにアクセスして膨大な資料に目を通した。
 各地の環境と人口比、個人の戸籍はないが屋号や寺の帳簿を代々の巫がコンピュータに落とし込んでいると帝の書類から知識を得た。試しに該当箇所をクリックすれば、文字通りボタン一つで簡単に見れて便利だなあとしみじみするが問題は山積みだ。
 神代文字を読める私は、帝達が組んだプログラムなんて簡単に扱える、といかないのが現実って訳でして。
 マップを表示して遺跡の確認や人口比、年代ごとの気温差や異常気象の出没で起きた災害なんかは確認出来ても、そういうプログラムを組むだの出たエラー直して正常な状態に戻すなんてのは無理。今後を考えてそういう知識を得て、ついでに双子の代理になる程度の技術を身につけろと聖上から頂いたメールの指示で動き始めたという訳ですよ。
 弟君が見つかったことでホノカとしての役割は終わり、双子は自由を得たと原作知識から学んでいる。保護し権利を与える代わりにヤマトに徒なすものが出たとき双子に代わり対処せよ、との予見と見立て私は粛々データ整理に明け暮れ始めたが、予想通り進みが悪い。幾ら読んでも文字は頭をすり抜け説明書を開いても何が何やらチンプンカンプンだ。
 数字苦手なんだけどな〜、要領悪くて事務作業も勤まらないポンコツに何を要求しますかねと脳内で愚痴っても時間の無駄でしかない。泣き言はやるべきことをやり出来ないときは泣きつけばいいと決めて忘れている知識の復習に頑張った。

 スクリーンに展開する文字列から帝都近くの遺跡に危険な遺物やタタリが眠っているとの情報はない。ではと遠方の属国をタップすればぽろぽろそういうデータが出てきた。よほど危険なものは代々の双子に処理させたから今遺跡に眠るのは使われると不味い程度の遺物しかないと聖上は八柱に会う前電話で教えてくれた。
 上空の衛星機構は例外らしい。後回しにするうちに家が建ち帝も聖廟から出れなくなり放置せざる終えなかったと結ばれた。
 指を動かし映像を拡大さえ謁見の間で見た映像を展開すれば膨大な数に頭が痛くなる。町一つ飲み込む規模の巨大な基地が見え、帝が情深き人で良かったと思う。タタリ回収率最優先で動いていれば今頃衛星軌道上の町は跡形も残っていなかっただろう。
 ……遺跡探索の勅命はまだ出されていない。私がいよいよ知識を得るか、それか子が無事に生まれれば来るかもなと確認していたデータを閉じる。
 今度はパソコンのモニター程度の大きさにスクリーンを展開させ、そこに遺跡の入室から遺物に関しての知識が網羅されたデータを開いて確認作業に励んだ。覚える知識が多すぎるが狼狽えても何も始まらない。千里の道も一歩からだ。
 途中休憩する際並ぶ二つのポットに呼びかける。
「お母さんちゃんと帰ってくるからね、それまで元気でいてね」
 返事はないとわかっても語らずにはいられない。
「貴方達の名前も考えないとね。私センスないから素敵なのは難しいけどさ、お父さんみたいな立派な人になるといいなあ」
 片方無理なのは承知の上だ。それでも落差を付けたくなくて、緑の溶液で満たされた亜人と同等のポッドに凍らせ浮かぶもう片方に語ってしまう。
「アレは止めた方がいいですよ、早死にします」
 自責の念に苛まれる私の耳に思いもしない言葉が届く。振り返り、ここに来ることはないと思っていた人物が扉の開閉音とともに現れた。柔和な笑みを浮かべ一瞬ポッドに視線をやるがすぐこちらに戻り近寄ると一礼した。
「ウォシス……」
「こんばんは叔母上、精が出ますね。遺物を意のままに扱った気分はどうですか」
「まるで神様になった気分だよ。吐きそう」
「ならばキリのいいところでお休みになって下さい。今にも死にそうな顔をしています」
 ポッドに視線を戻しガラス面に映る自分を見たがよくわからない。いつもと変わらない気がする。忠告を頭ごなしに否定するのもなんだから礼を言う。どうもと応答するウォシスは私の横に並びポッドを見上げた。無事な方を見ている。私も手元のスクリーンに視線を落とす。室内にはポッドが循環するあぶくの音だけが微かに響いていた。沈黙が満ちる室内で彼との邂逅から諸々まで思い返して、無視もなんだから気遣いに報いたくて声をかけた。
「……せっかく声をかけてくれたのにごめん」
「気負わなくてもいいですよ、余計なお節介は承知の上です」
 手元から顔を上げて意図を察したウォシスを見るが彼は依然ポッドを見上げたままだ。いや、視線はタタリの方に移している。
「むしろ驚いています。さすがに詰られると思ったので」
「?」
「理由を明かしませんでしたから。先に打ち明ければ考えたのにと泣かれるかと」
 以前予告なく深夜に来訪した時のことを指していると私は解釈し恨んでいないと窘(たしな)める。
「親切を怒る方がおかしいよ。言えないことがあるの私でも分かるし」
「そうですか」
 ウォシスはポッドから視線を離さない。無言の間に何か言いたいことでもあるのでは予測を立てたが下手に声をかけて消沈させてもいけない。
 知らぬふりで途中止めになっていた、遺物の情報にアクセスし使い方に目を通していると呟きが落とされる。
「何故怒らないんですか?」
 顔を上げてウォシスを見れば視線がかち合った。何故かは知らないが顔を歪ませる表情に少し狼狽え、聞かれたことを脳内で反芻し答えた。
「優しくしてくれる人を怒る理由がない」
「責める権利が貴方方にはあるはずです」
 帝の謀を黙っていた件か、子の状態を明かさずにいた件かは知らない。
「分かっていて口にしないのは何故ですか。謁見の間で仔細を明かし責任の追及も出来たはず、どうして好きにさせるんです」
 まるで叱られたくて怒ってるみたいだ。口にすれば分かってるなら流してくださいと目をつぶる姿に、私は瞬きをして思わぬ反応に驚いた。憤ってくれたんだろうか、だとしたら嬉しい。悪ぶる素振りのウォシスの意をくみ望みをかなえてやれるほど私は聖人でもない。
 責任の追及もできたと訴える声に口を閉ざした理由を私は微笑んで打ち明ける。
「可愛い甥っ子だからだよ。巻き添えは嫌でしょ。直接傷つけられた訳でもないし」
「またそれですか……」
 納得する返事を返せず申し訳ない。ウォシスは嘆息し俯いたまま不満を零した。
「血縁でないものを家族として扱うなんて気が狂ってるとしか思えませんね」
「貴方の言うとおりだ。私は狂ってる。まともだった時の方が珍しいんじゃないかな」
「……貴方が狂人なら世の中皆狂ってますよ」
 ウォシスの本心が見えない。嘲るのに時たま零す言葉には擁護が多くてどう答えれば正解かわからずちょっとだけ押し黙ってしまった。
 沈黙が下りた室内で不遜ながらウォシスを家族扱いした理由をあえて口にする。
「……心やすかったんだ」
「古の御業に通じていて理解がある。内輪の話もしやすくて趣味も合う。頻繁に訪ねて気遣いもする、そんな人を邪険にする理由はないよ」
 もう何回もしたやり取りはやはり相手の納得するものではないのか、また深く溜め息を付かれてしまった。
「貴方は、ちょろすぎます」
「ははっ、よく言われる」
 笑い捨てればうんざりした顔でこちらを見ていたウォシスの目じりが下がった。けれど真面目な表情に戻りもう一つ忠告を落としてくれる。
「ライコウが急いています」
「実力行使に出る気はまだないようですが確かな保証はありません。あの者の前では十分気を付けてください。帝の妹として誇り高く、そして目立たないよう極力注意してください」
 ああやっぱり警戒されたかと嘆息するが仕方ないことだとも分かっていた。民が帝に頼らず自立する意識改革を行いたいライコウと保守派の私じゃ敵視されるのも当然の流れだと思う。
 内情も探ってくれてありがとう。忠告に従い誇り高く日陰にこもりがちな妹君を演じるね、って太鼓判を打てればいいんだが。
「無理って言いたいなあ〜」
 傲慢わがままに振舞って余計反感買って反逆される未来しか浮かばない。
「完璧に振舞えとは言ってません。意識的に動けば誤魔化せる確率もあがると忠告したまでです」
 項垂れる私に何を買ったか知らないが発破をかけるウォシスのためにも諦めず最後までやり抜かねばと決意を新たにし、体をウォシスに向けて深々と頭を下げた。
「心がけるよう努力しよう、進言感謝申し上げる」
 真摯に対応したつもりなのにウォシスはもう口角を上げて軽薄に言い切る。
「やだなあ、帝妹ごっこまだ継続するんですか? 似合いませんよ、貴方は私の掌で踊らされて騒ぐ方がお似合いです」
 酷い評価だ。でもその通りだから否定せずに頷く。
「似合わないのは承知だけど何となくそう振舞っただけだから、あんま深く考えないでくれると嬉しい」
「付け焼刃が通じるほど宮中は甘くありませんよ?」
「痛いほど思い知らされている真っ最中です、今も」
 辛辣にふるまっても死体蹴りは趣味じゃないのか、しんみりした雰囲気にウォシスは引く姿勢を見せる。
「まあ、貴方の努力も無駄ではないかもしれませんね」
 ……どういうこと?
「妹君の到来で覇権を得ようと目論む俗物達は大慌て、文を飛ばし誰につくかで会議は進まず、はたで見る分には面白い」
 組する勢力図の会合にでも呼ばれたのかな? ウォシスって人当たりよさそうだし緩和剤としてイイ感じ使われてそうだもんな、腹の内は真っ黒だけど。八方美人でい続けるのも大変そうだと気の毒になり労いの言葉を掛けてみる。
「お疲れ様」
「まったく疲れました。足下をすくう材料になるかと参加したら媚び諂いその裏で腹の探り合いに終始して、疲れるったらありません」
 本気で疲労を感じたのか、頭を傾け首を振る。相当鬱憤も溜まっているのか、でもすぐに気を取り直しにっと微笑んでくれた。
「精々お山の大将頑張ってください。貴方を生餌にして私はますますのし上がりますから」
「頑張って大老。それで私に入れ込んで楽させてよ」
 ウォシスは横目で私を流し見てはっと嘲る。
「魅力が足りませんね、オシュトル付きでない貴方なんて月がすっぽんに落ちたも同然ですし」
「反論できないのが残念だわ―」
 失笑すると唐突に片手を差し出された。見上げるとにこやかな笑みで迎えられる。
「共にこの世の高みで悪漢を払うのはどうでしょう?」
 何とでも受け取れる言葉に、少し考えて条件を提示する。
「……子息の安全と姫殿下の御代に協力するなら考えてもいいかなあ」
 あとオシュトルと弟殿下を見逃すなら付くよと補足をつける。内容に言及しないのは藪蛇つついて竜を出したくないからだ。伏魔殿の宮中で助力なく生きるのは難しい。帝が生きてる間は大丈夫でも、崩御すれば途端に孤立するのは目に見えている。今という状況が続く保証はない。前帝の妹がありがたられるのは平時だけだ。世が乱れたとき時真っ先に見捨てられるのが誰かなんて分かりきっている。
 オシュトルは、多分情があるからと匿(かくま)おうとするかもだけど、連座で原作通り難癖付けられて死にそうだし頼るのは互いに酷だ。顔を合わせづらいだけなのは自覚してる。
 身の安全のためにウォシスと組むのが最善と踏んだけど、当のウォシスはこちらの妥協に気づいているだろうにのんきに嬉しいですと綻んでくれた。

 ウォシスにとっても私と組むのは利になる面があるのかな?それもそうかと一人納得して片手を差し出した。ウォシスは一見含みのない笑みで答えてくれる。握る感触が強くて視線を合わせれば嬉しげに目を細め、これは自分の長所がわかった上でここぞと言うときに繰り出す笑みだと何となく悟る。オシュトルにもそういう面がある、いやあの人もわかった上で振る舞ってたなと意図せず浮かぶ思考に胸が痛んだ。美形共は罪作りだと内心で嘆息し、ウォシスと手を組んだ後の懸念に頭を巡らせた。

 ウォシスは控えめだ。旧人類の技術を独学で身に着けても帝の許容範囲からしゃしゃり出ない範囲で動くのを良しとする性分だ。でもそれは帝が御存命の内だけと私は辺りをつけている。私と語らう時は遺物の話を振るは平気でカタカナ語使いまくるから、本心では過去の遺物を大っぴらに仕えない現状に不満があると私は見て取った。
 私と手を組む理由の一つに帝妹をありがたがる民衆の支持を得て一大勢力を作ろうとの思惑もあるんだろう。強力な後ろ盾があれば異を唱える者もなくなる。遺物を行使してひけらかす治世に反発するヒトも結構いそうだし確実にライコウとは敵対するよね。ハクも嫌がりそう。アンジュを傀儡にして穏便な治世を敷いても反発する周囲をいなすのに帝妹殿がいい露払いにもなるよなあ。彼の御方が望まれたのです、の一声で万事解決だ。帝の血縁本当便利。
 アンジュをおなざりにすれば忠臣オシュトルを筆頭に一丸となり互いの足を引っ張り合って世が乱れそう。そう考えると、元妻を同盟相手に囲い込み心理的に抵抗しにくくするってのは定石だと私でも思う。
 ハクもオシュトルが無事で今の治世が続くなら不満は感じても身分を逸脱した選択はしないから現状維持に務めると算段をつけて、どのような統治を行うかは言及しなかった。殿下とオシュトルと子息、そしてヤマトが無事なら私に口出しする気はない。大切な者が増えすぎて身動きできない現状が笑えるやら呆れるやら。でも悪くない感傷だよなあとこっそり思う。

「欲しいものがあるなら対価に差し出してもいい、でも裏切りは絶対に許さない、それでもいいならどうぞご存分に?」
 と色々諦めて握る手を両手で覆うがウォシスは仕方ないなあと言いたげに眉を下げて両手を重ね私の手を取ってくれた。硬く、だが痛くはない柔らかい感触に労わりを感じてしまう。
「結構ですよ、今更貴方を望みはしません。断りなく杯打ち捨てる方の連れ合いを浚えばどんな恨みを買うかわかりませんからね」
 優しい子だ。無体を強いてもいいと捨て鉢になった同胞の意を汲んで見逃してくれるなんて。帝の無事を口にしない意図も察したろうに、思うところがあるのか指摘もせず話を続ける。
「交渉は成立、ということでよろしいですね」
 頷くと手を引かれて立ち上がる。近い距離で見つめあい戸惑うがウォシスは何も言わない。
「オシュトルは格好いいよね」
「もう聞き飽きました」
 おどければ鼻で笑い手を離された。意図が読めず困惑するがウォシスの関心は別に移ったのか、上の子を内包するポッドを見上げて手を伸ばしガラス状の筒を撫でた。警戒する私に気づいているだろうに、こちらの焦りを気にもとめず穏やかな視線をポッドに向けたまま口にする。
「これは内々の話ですが、男ならば姫殿下に女性ならば有力者に宛がう話が出ています」
 それはアンジュからも聞いた話だ。手近なポッド内部に浮かぶ下の子に視線をやる。科学文明が発達しないヤマトでは産み落とすまで性別はわからない。だが遺物を使えば数える程の週数でも胎児の性別は簡単にわかる。見上げる子に物はなかった。解析した遺伝子もY染色体遺伝子だけが不在で、確実に男じゃないのは判明している。
「許嫁に私が立候補してもよろしいでしょうか、叔母上」
 これ以上似ないでくれよと祈りつつ、こちらを向くウォシスの問いに答える。
「もう決まってんでしょ、一々聞かなくてもいいって」
「それでも、義母になる方の許可は得るべきかと。不興は買いたくありません」
 買おうと買うまいと脅し付ければ済む話なのに、ウォシスは私を目上として敬ってくれるらしい。有難いことだがオシュトルには話してるのかな?私に話が来るってことはまだっぽい気もする。ひとまずウォシスの懸念を晴らそうと笑みを作り同意した。
「いいよ、ちゃんと愛してくれるなら外野がどうこう言う話じゃない」
「おや、乗るんですか?」
「大勢いる妻の一人に加えるなら断固反対だけどさ、ウォシス独り身でしょ?」
「童貞ではありませんが妻帯は確かにしていません。乙女書描くのに邪魔なので」
「なら何も問題ないわ。子供が嫌がれば別だけどさ、両想いと思わせる内は口出ししない」
 外の世界に出るにはまだ掛かる。最悪引き離され知らないところで養育されると付けた予想は外れで私としては一安心だ。帝は御血縁共々苛烈だが身内認定した者にはとことん甘い性分なのか、素直に配慮が有り難かった。ウォシスの、趣味を邪魔するものは端から要らない宣言に引きはするが乙女書を好む子に育つよう上手く誘導してくれると信じている。受け入れなくても蔑ろにすれば怨むけどさ。そう内心で私はエールを送るが、自分から許可を願い出たくせにウォシスは眉をひそめた。正気か聞かれてしまう。
「……貴方の娘ですよ、心配じゃないんですか?」
「だからこそだよ、ウォシスなら御し方ぐらいわかるでしょ。下手に反抗して反感買って子供が酷い目に合う可能性、母親としては潰しておきたいじゃん。最後の最後でポカ踏みがちなのは貴方も知ってるでしょ」
 思わずという風情で、ふっとウォシスは失笑した。
「確かに、帝を激高させるは不出来な子息を庇って死にかけるは、トドメに聖廟でお色気シーン流す無謀、貴方以外なさらないでしょうね」
 でしょ〜と相槌ちを打ち下の子を見上げる。遺物でスクリーンに表示させた画像を拡大させ顔を見てもまだ人外に近く両親のどちらにも似ていない。
 私の評判最悪だった?と尋ねれば同情の声が多かったらしい。私が生きた時代より倫理観緩いので問題にもならず映像に圧倒されるばかりだったとウォシスは結ぶ。
 良かったと感想をもらし、娘に意識を戻した。性別だけは私に似てしまったが、それ以外はオシュトルに似てほしいなあと願う。
「ああでも」
 呟き脳裏に描く思い人は、子供の様子をつぶさに知りたかった筈だと胸が痛んだ。
「オシュトルは嫌がりそうなのが辛いなあ……」
 しんみりする私に反しウォシスは小さく鼻で笑い無駄な感傷ですよと釘をさす。
「國の柱石ですから飲むと思いますよ。少なくとも態度に出しはしないでしょう」
 オシュトルにもまだ未通達の情報なのねこれ。だんまりは辛いと嘆息すればと私の方から声を掛けますとウォシスは面倒な仕事を買ってくれる。礼を言いだが断った。元妻が勝手に頷いた話を上司兼義理の息子予定から聞くのは酷だろう。そう伝えるとウォシスも納得する節があるのか叔母上がそれで良いのでしたらと引く姿勢を見せてくれる。
 私は腹をくくり飄々と応じるウォシスに大事にしてやってくれと声をかけた。
「愛してあげてね。何企んでるかは知らないけどさ、謀に気づかせないよう大切にして」
「もちろん抜かりなく、オシュトル殿以上に大切になさいましょう」
 それなら問題ないか、ないといいなぁと祈りつつ中断していた資料に目を落とした。時間は有限だから勉学に励もうと気合を入れる。ウォシスはとくに何かするでもなくポッドを撫でて両方のポッドに視線を交互にやっていた。暇つぶし?と聞けばモデルの確認ですと答えてくれる。
「可愛そうな状況に陥る受けの反応がどのようなものが知りたくて。ネタになるの期待したんですけどどちらも同じ反応でがっかりです。もっとこう、怒ったり泣いたり自棄になって遺物ぶっぱして危険視される状況が見たかったですね」
「思うままに振舞ってたら今頃私は海の藻屑になってたよ」
「一度としてなかったんですか?」
 むっとして、失敬な、私だって我慢の一つや二つと思い返すが肝心要で爆発してたなと思えば何も言えず押し黙るほかなかった。
 でしょうねえと呆れるウォシスも苦笑い、だがまた視線をポッドに戻す。用件はもう済んだだろうに留まるのはなぜか考えて無言の間がしばらく続いたあと耐えられなくなり呼びかけた。
「ねえ」
 はいと応じる言葉に尋ねる。
「いいの?」
「……何がですか?」
「今って絶好の機会なんじゃないの?」
 護衛のマリカは不在で周囲に人気もない。監視カメラの類はあるだろうが、身内に甘い聖上だ。相手がウォシスなら何とでも誤魔化せる。いつ殺されたっておかしくない状況、それなのに、ウォシスは私を殺めようともせず適度な距離に立ちポッドに視線をやったまま話してくれた。
「御子息に手を出せばさすがの貴方も抵抗なさるでしょう。聖上の不興も確実に買います。私は、無謀な掛けはしない主義なんです」
「……惜しんでくれて嬉しいよ」
 私を討たないのかという疑問は飲み込む。まだ価値があるからか、彼の言う様に親切かは知らないが配慮が有難かった。有難いついでに頼みごとを申し出る。
「もしさ、私に何かあったらこの子たちを」
「聞きませんよ。なぜ邪魔ばかりする方の子息を助けねばならないんですか。もしもの時は喜んで見捨てますとも」
「……ふふっ、そうだね。なら私は頑張って長生きしないとね」
「ええ、その意気ですよ」
 見降ろす暖かな視線に企みの色はない。本心だと嬉しいが鵜呑みにするのもまた危険かと優しげな眼差しを向けるウォシスに口角を上げて軽口を叩いた。
「貴方も長生きしてね。同胞がいないと寂しいし」
「勝手な共感気持ち悪いので止めてください」
 ですよねーと私は返し、まだ留まるつもりなのかポッドを見上げるウォシスの視線を辿り、見える子供の姿に痛ましさを覚えた。同時に謁見の間で宣言した言葉が脳裏に甦る。
 弟君を守りタタリを殺すのが使命と勝手に宣言した。難事を買って出た者が我が子とはいえタタリをかくまい保護する様は、さぞ滑稽に見えただろう。
「タタリを殺すと明言してこれだ。減滅したでしょ」
 嘲られる前に自嘲すればウォシスは気の毒そうに眉根を下げて気遣ってくれる。
「まさか。付け入るスキのある方で僕はとても助かってますよ、叔母上」
 いつかは足下すくうと解釈できる言葉に、私は怖い怖いと苦笑して肘を抱く。
「あの方も安堵なされたんじゃないですかね。問答無用で奪わず放置するのはそういうことだと思いますよ」
 許すような発言に少しうるっとして涙を飲み込みありがとうと顔を上げた。上げた先で今度は何を狙っているのかウォシスは上の子が漂うポッドをこんこんノックし、叩く仕草に私は驚く。割れるほどの強さがないのにすぐほっとしたけれど万一があってはいけない。私はウォシスを睨み軽くこらと声をかける。
「許嫁の兄弟だぞ、もっと丁寧に扱って」
 ウォシスは首をかしげ困った風に微笑み手を放した。ポッドを叩いた理由を説明する。
「だったら紹介してくださいよ、話しかけづらいじゃないですか。さっきから紹介されるの私ずっと待っていたんですよ。大老の時間無駄にしないでください」
 だからって強行が過ぎる。親に一言言ってよ、寝てる子の家揺らすような真似やめて。いや寝てるかどうかもわかんないけどさ。
 私はもうっ!と鼻を鳴らして席を立ち、下の子が揺れるポッドに大きな声で密かに内向していた名を呼んで叔父の到来を告げる。
「シンジュー聞こえるー?この人が将来あなたのお婿さんになる人だよ。口悪いけど顔はいいから辛いときは笑顔見て癒されなよ―。でも騙されないでねー、中身陰険で腹黒だから手綱しっかり握っとこうねー」
 私は従兄弟ですとの指摘にごめんねと謝る。特に反応せずウォシスは下の子に向けてにこやかな笑みを作ると片手を振り挨拶した。
「こんにちは従姉妹殿、私はウォシスという者です。優しい面しか見せませんから安心してお嫁に来てくださいね」
 馬鹿にすると構えていたのに真摯な言葉にちょっとだけ動揺してしまった。下の子で終わりにしてはいけない、上の子も紹介しないとともう一つのポッドに近寄り声を掛ける。
「っ、……スバル、この人があなたの従兄弟で弟になる人です。従兄弟ってのは家族の親族って意味だよ。血縁でもないのに笑っちゃうよね。信頼できる方だけど油断しないでね、お母さんと一緒に馬鹿やらかさないかしっかり見張っていこうね」
「やだなあ、貴方以上の馬鹿はしませんよ。兄にあたる方を粗略にもしません。こほん、始めまして従兄弟殿、貴方の妹君の婿になるもの、ウォシスです。成人を迎えたあかつきには祝い酒をポッド内に投入してどんな騒動起きるか画策しますから多少の暴挙はお見逃しください……ナナコさん」
「うっ、うぇ、ひっぐ……」
 胸を張り上の子について語り始めたウォシスに涙腺が決壊し私は顔を覆う。
「成人か、ふっふふ、楽しみだなあ……そんなこと考えもしなかったから、ふっ、う、ううぅぅっ……」
 生存を容認し成長を望む言葉が只々嬉しかった。従兄弟と、タタリでも身内認定してくれたウォシスの優しさが嬉しかった。下の子の無事な出産そして成長を願いはしたが、二人そろって大人になる姿なんて私は考えもしなかった。特に上の子は処分すべきと罵倒されてもおかしくないと身構えていたものだから。上の子がかわいそう、下の子もかわいそう。子の無事を願いながら未来を考えもしない私は偏見にまみれた母親だった。
 狭量を恥じ泣き濡れる私の背を横に並ぶウォシスが撫でる。
「……奮発しますよ。なにせ現人神の御血縁です。國一番の銘酒をご家族で味わってくださいね。上の御子息がわからずとも御息女がその分ご賞味なされるでしょう」
「ありがとう……」
 オシュトルもその時は一緒に祝えるといいのに。少しだけここにはいない人に心を飛ばす。数える程度の短い時間、肩に手をやっていたウォシスはまた何かを言い淀む素振りを見せた。離れる彼に視線をやれば自分の中で蹴りがついたんだろう。はっきりと宣言した。
「今でなくてもいいんです。成人、いえ婚約が発表された暁には貴方を母と呼ばせてください」
 育ての母は別にいるじゃんと思うが流れから娘と縁石を結ぶのだからお母さん呼ばわりも当然かと思い直した。頷き了承の意を示すとウォシスは嬉し気に綻んでくれる。私相手でも多少緊張したらしい、対等に見られたようで嬉しかった。
「お二方とも良い名ですね」
「ありがとう……」
「オシュトル殿には後ほどお教えに?」
「うん、今やっと決められたんだ。早く教えたいけど昨日の今日で呼び出すのは不味いでしょう、だから次ぎ会う機会に言うつもり」
「そうですか、私が一番……」
 嬉しそうにしみじみしないでよ。私は頬を膨らませて釘をさす。
「ばらしたら酷いからね。私から言うんだから黙っといてよ」
「もちろん、叔母上を怒らせれば後が怖いですからね。公表されるまで触れ周りは致しませんよ」
 今一信用できないんだよなぁと飄々とするウォシスをねめつければついで余計な事まで思い出した。まだ私が右近衛低にいたとき帰参したオシュトルを出迎えると何やら苦々しく打ち明けられたっけ。
「オシュトルが前言ってた。内々の酒の席で叔父上と言われて困るって」
「そんなこともありましたね。あの困り顔は傑作でしたよ、貴方にも見せて差し上げたい」
「凄かった?」
 ふふっとウォシスは綻び脳裏に描いたのかおかしそうにオシュトルの振る舞いを教えてくれる。
「凄まじく動揺されてましたよ。すぐに取りすまして止めるよう苦言を言う程度の反応しか見せませんでしたが。もっとも、袴(はかま)の後ろの部分がちょっと持ち上がってましたから隠した尻尾が飛び上がるぐらい驚かれはしたみたいですけど」
 ウォシスの言葉に想像してみる、すまし顔で止めて頂きたいと窘(なだ)めるオシュトルの袴が持ち上がるさまを。可哀相だけどちょっとだけ面白いなって思ってしまったのは不可抗力ということにしておきたい。
 ウォシスはその後もオシュトルを二人きりの時にからかったそうだが、続ければ慣れもするのだろう、流されるようになりつまらなくなり辞めたそうだ。憮然として堅物は冗談が通じないからいけないと誹るのでそこがいいんじゃんとフォローしといた。続けて、今後はあまり揶揄(からか)わないであげてね気の毒だしと注意すると肩をすくめ、もう致しませんよ気の毒ですしと視線を落とした。縁は切れたということか、そう解釈して仕方ないことだとも思う。すぐには割り切れず項垂れる素振りを見せてしまったのか、顔を上げたウォシスは真面目な顔で慰めてくれた。
「母と呼べるようになれば名実ともに御子息の父君も明かせます。私と父の関係もその時明かすつもりですので今しばらく御辛抱願います」
「辛抱なんて……私のことは気にしなくてもいいよ。気にかけてくれてありがとう」
 ウォシスの方が辛いんじゃないかとも思う。原作では公の場で帝を父と仰ぐことは一度としてなかった。放逐を父からの試練と考えまっとうに、時には謀もあったろうが真面目に大老まで上り詰めた人だ。内々で父子の関係を築きはしても帝が崩御しハクが彼の前に行きつくまでけして身分を明かしはしなかった。私という新参が現れいよいよ第三勢力として名乗りをあげると構えていたのに……
「それまでは大変心苦しいですが、私との関係も秘匿ということでお願いしたい」
 昨日まで市井では叔母叔母言ってたじゃん、ばれてると思うけど?と水を向ければ、オシュトルの弱みを探るために単身乗り込んだ程度の解釈しかされていませんと公言されて驚いてしまう。他の人にもそんな振る舞いしてんの?と尋ねれば私達だけだと胸を張られた。張る要素がどこにある、意味が分からないと困れば、趣味的な琴線に触れてネタを得るために上役権限で入り浸っていると解釈されたと説明された。とくると、関係の秘匿とはどういうことだろう?
 首をひねる私にウォシスは楽し気に手招きする。疑問に思いつつ顔を寄せれば耳打ちで教えてくれた。曰く、妻君に横恋慕の末、右近衛夫人と不倫関係になったとか。
「ありえないっ!」
 たまらず叫ぶ。上流の倫理どうなってんだ。続ける言葉にウォシスも苦笑いで肩をすくめる。
「噂話の好きな方ばかりですから。私は真実でも構いませんが」
「ごめん……」
「わかってますよ叔母上、今更望まないと言ったではありませんか、貴方よりも御息女を御す方が楽しそうですからお気になさらず」
「気に掛けてくれてありがとうね。でもさ、そうなると私は貴方にどんな風に振る舞えばいいのかな?」
 今までのように気安く声を掛け合うのは無理だろう。バレる想定で動いた方が互いのためになると見越して問えばウォシスは簡単に言ってのける。
「バレやしませんから今まで通りでいいですよ」
 さすがにそれは楽観視しすぎじゃない?困惑を見て取ったのかウォシスは肩をすくめて理由を教えてくれた。
「実は叔母上に会う前にですね、ライコウ殿の内情を探るために私が子息だと打ち明けまして」
「⋯⋯よく思い切れたな」
 結構な弱点じゃない? 帝の子息ってのはさ。意図するところが伝わったのかウォシスも頷き同意の言葉を口にした。
「隠れて化学実験なされていたので、不穏分子の信用を得るにはこちらも袂を広げないと頑張りました」
 成人男子がえへんと胸を張るな。流すのも気の毒だから偉い偉いと褒めれば嬉しそうに目元下げるし。思い切り凄すぎて私には無理ですわとドンびくが二度目にウォシスと邂逅したさい自分も色々明かしたなと思い返せば窘めるは気が引けて、とりあえず結果の仔細を尋ねる。
「結果は上乗?」
「ええ、お陰様で。信頼までは行かずとも帝の保護脱却を目指す同士、とまではいかずともパトロンとして信用されました。本心は知りませんがね」
 自慢げに鼻高々のウォシスだが私と出会う前のことだから子息と明言した手前実は違ったと打ち明けるのは不信を買うから許嫁の話が確定するまでは黙っていてくれと頼まれてしまった。断る理由はないから頷くと安心したのか私達の態度に関しても一言注釈が付けられた。
「ナナコさんは帝の妹君であらせられます。しかし表面では従う振りに徹し裏で手駒にしようと画策する者もいるでしょう」
 デコポンポがまさにそれっぽい言動してたよね。周りの八柱が苛ついててヒヤヒヤしたなあ。
「私が裏にいると態度で表せば貴方をはめようとする動きは無くなります。でもそれは、裏を返せば帝室に不忠を抱く者が分かりづらくなりやりづらいんですよ」
「つまり生き餌になれって事?」
 端的に要約すればウォシスが手を叩き破顔した。
「ご名答です! ナナコさんが八柱に挨拶なされたときに名案だなと思いまして逆輸入致しました。ですから私の後ろ盾は期待しないで下さい。私は右近衛大将の弱みを探るために近づいたものの、本懐叶わず仕方なく今度は帝妹に取り入り宮中を掌握しようしている」
 ウォシスは笑みを浮かべたまま手を掲げ人差し指を作ると私を指し示す。
「そして貴方は、身内と引き離された不安から知己の私には多少打打ち解けた振る舞いをする……まではいかずとも、して頂ければ周囲の油断も誘えて一石二鳥なので是非ご一考くださいませ」
「二重スパイ大丈夫?」
「慣れてます、ボロは出しません」
 そうじゃなくてだね……と私は顔を歪ませた。心配する言葉は大老の不興を買うだろうか、自尊心を傷つけはしないか、指摘していいものか頭を悩ませるとウォシスは苦笑し心配は無用ですよと首を振った。ウォシスが明言したんだ、案じる言葉は逆に失礼かと思い直しそうかと話を切り上げる。
「わかった、気を付けてやるよ。偽る必要なくてやりやすいし」
 元より異論はないよと頷けば調子に乗ったウォシスが要らぬ注釈を付けてきた。
「ついでに言うなら、近づく男に喜んで媚びを売る受け気質の子猫ちゃん的な振る舞いも一つよろしくお願いします、ネタがなくて困ってるんです」
「却下、ネタないからって身近なところで解決しようとしないで」
 切り捨てればそんな叔母上〜と情けない顔で手まで握るんだから作家の鏡だよなとその手を振り払った。殺生なとおどけるウォシスに何も全部嫌なわけじゃないと指摘する。
「生き餌にはなるよ。貴方の好意を無碍にもしない。確かに隙を見せて国賊を釣れるならうまい話だし。ただ、子猫ちゃんは、ちょっと⋯⋯」
 さして美形でもない者が要人に媚を売る光景は中々にシュールだ。周りで見てる官僚が可哀相。子猫ちゃん呼びに私の心もすり切れそうだわ。オシュトルに見られでもしたら申し分けなさすぎて引きこもる自分が目に見えたし。
 不安を明かせば冗談の一環だったのか、媚びを売るのがキツいならしなくてもいいですとウォシスは引いてくれた。ネタにしてもいいかとは念押しされたのでオシュハクならと了承しておく。ホクホク顔で了承し早速懐から雑紙を取り出しボールペンで書き連ねるウォシスが逞しくて心底羨ましいなと思った。
「つまり関係性を特に偽る必要はないってことね。叔母甥伏せて挨拶する程度の認識でいい?」
「ええ、私は今まで以上に媚びへつらいますが周囲との兼ね合わせもあるので時には辛辣にふるまうことを念頭に応じて動いて下さい。貴方は保身第一で振舞うこと、いいですね?」
 同意を促されて了承するがそれっていつも通りじゃんと思わないでもない。
 ついでに、保護するにしてもウォシスへの私たちの扱いが過剰だなとも脳裏によぎる考えに疑問符が浮かぶ。帝の血縁でなくとも義妹と縁石になればそりゃ鼻高々だ。害されないよう配慮するのも分かる。でもどうして手札がばれないよう動くのか考えて、先々で必要だからだとの考えに至った。
「……ライコウはやはり手強いか」
 話を代えれば多少思うところもあるのだろう。メモを取る手が止まり懐にしまわれる。柔和な表情を苦々しげなものに変えて、ウォシスは苛立ちの混じる微笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、やり手の大貴族の縁は固い。つまらないしがらみで固まりがちで瓦解させる手を打てないんです。本人の気概もありますが貴方の到来で危機感を焚きつけたみたいで。下手に動けばこちらの足下がすくわれるので公的な扶助はないと思ってください」
「ヤマトを揺るがす画策さえなきゃ放置を決め込みたいんだが、オッケー、今のままでも私は十分だよ」
 そうですかと応答した大老はもう私への関心は薄れたのかまたポッドに視線を戻した。上の子を見上げる表情に他意もなさそうだから、私は遺物の情報や帝都から一番近いタタリはどこかの確認作業に戻る。
 しばらく位置関係や処理するのにどうするか、聖廟からミサイルでも飛ばすかその場合被害がどの程度で事前に兵を配置させて落ちてきたタタリが帝都に行かないようどう動くべきか、そもそも帝は許してくれるのか、確認のメールを打とうと文を打ち送信したところすぐ許可されて、仕事の速さと本当に私あらゆる権限許されちゃったんだなと実感が湧きドン引きした。
 ドン引くだけで終わりにしてはいけないとヤマトの気象情報を表示させチェック。昔懐かしいお天気お姉さんが説明してた詳細な気象情報を流し見て雨が降っていない箇所を目視で確認。アイコンの近くに前回雨降ったのが何日前か詳細が表示されているから見るだけで分かるのって便利だよねとしみじみする。確認すると一月近く、帝都から離れた南西部は日照りが続いているようだ。人差し指を画面近くにやれば接触センサーが感知してマウスポイントが緑に光る。よしよしこれを振ってない箇所のアイコンに近づけて押す動作をすれば……選択範囲に入れたっと。後は周囲の土地に影響がないよう気圧配置と降水雨量整えて雨ボタンをクリック! 三日後設定通りの雨量が降雨予定と出たところで知識の理解を示すワードに思わず拳を握ってしまった。任せられた課題の成功にほっとするが、実地で体現する仕事の突飛さに冷や汗をかく。どこが簡単な仕事だ、神の領域に突っ込んだ業務内容に寒気しかしないわ。とんでもない仕事を寄こしてきた帝に胸中のみで文句を飛ばした。

 さて横で観察してるウォシスさんからの突っ込みを待っていたが特に言葉を掛けられる気配はない。
 嘲笑もこない現状に傍で佇むウォシスが気になり視線をやれば、なんかこっち見てて視線が合うし。
「課題クリアおめでとうございます」
「あ、ありがとう?」
 それだけ? 嘲笑も侮蔑も来ず首を捻るが、まだこちらを注視する様子に少しだけ気圧されて視線を外してしまった。臆されてどうすると目線を戻せばもうこっち見てもいないし。しかも勝手に遺物使い始めてるし、キーボード空中に展開させて何してんだろ。スクリーンの文字は……ええっ!?いいなあ、亜人の文字をプログラムに組んでるのかスクリーンにヤマト文字が映っている。
「作ったの!? 凄いね! 私にもその文字データ使わせて! 滅茶苦茶便利じゃん」
「お断りします。うっかり知識ある方に見られて内々で繋がっていると知られては事ですから。貴方オンヴィタイカヤンでしょう?これぐらいご自分で構築して下さい」
 それが出来れば苦労しないっての〜。
「今日は時間あるの?」
 断られてムッとしたからか浮かぶ思考は物騒だ。まだいるのだの大老って暇な職業なんだねだの、本当ここで何してるの?なんて質問はイヤミにしか感じられないから曖昧に問いかけたが、ウォシスはいいえとしか返さない。
「何してるの? 原稿書いてるの?」
「そんな所です」
「大老の職ちゃんとこなしてるならいいよ、せっかくだから私がいる時ぐらい遠慮せず好きなことに没頭してね」
 原稿なら家で書けよ、私仕事してるんですけど、気が散ってちょっと邪魔なんだけど。なんて文句は脳内に留めたが、そ知らぬ振りもいい加減疲れたのかウォシスは溜息をつき留まる理由を明かした。
「……仕事ですよ、これでもね。貴方放っておいたら泣き通しでしょう? 鬱陶しいんですよ、監視カメラ確認すれば至る所で泣き通し。警備確認するこちらの身にもなって下さい」
 心配して来てくれたんだ……
「私がいれば多少下がるやもと思ったんですがね」
 涙腺はすでに爆発している。ぐずぐず鼻をすすると横からチリ紙が差し出された。用意のいいことで。鼻をかみゴミ箱もないので袂にしまえば汚いですと指摘されて、また涙腺が爆発する。
「面倒掛けてごめんね! うわあああぁああんんっ……」
「だから、泣かないで下さいってば……」
 嘆息するウォシスを横目に台に伏せて私は泣いたり取り繕って笑ったり節操がない振る舞いでお茶を濁した。皮肉屋を気取るウォシスだが見捨てるには後ろめたいらしく傍で突っ立っている。取り乱しはしたものの仕事に勤しめば自然と涙腺も落ちついた。
 涙が引いたのを見てウォシスは多少安心したのか、眠いから帰りますと背を向ける。結構遅い時間まで居てくれたんだなとスクリーンの右端に表示する数字を見て思う。時計機能を残してくれるなんて帝さすが、寝ぼけ眼の体感時間と同じく正確な時刻にゆっくり休んでねと片手をあげた。深夜回ってるし相当お疲れだろう。ウォシスは同行してくれないんですかと残念そうだ。一人でも帰れるでしょ、仕事終わったら私も自室に戻るよと応じて、付き合ってくれてありがとうとよろよろ帰る背に手を振った。
「自分をいじめても自己満足でしかない。早く休んで元気になって下さいね」
「貴方もね。罪悪感感じなくても私はウォシスが助けようとしてくれた、それだけでも嬉しかったよ」
「……赤子は腹に宿る間から外界の音を聞くと文献で読みました。言動には重々お気を付け下さい」
「昔からそう言うよね。気をつける」
「ではおやすみなさい」
「おやすみ〜」
 昨日を指す単語に返事はなかった。気に掛けてくれただけ有り難いとその背を見送った。

 静かになったところで仕事に従事し切りの良いところで横に指を切りスクリーンを消した。宛がわれた部屋に戻るのも億劫で、ここで寝るかと背伸びをして、掛ける布はないかと辺りを探った。室内は閑散としていたが部屋の隅に目的のものを見つけ、いそいそと先ほどまで自分がいた椅子に戻り腰掛け布を肩まで引き上げる。機材を保護するカバーだろうがないよりマシだ。自然視界に入るポッドに親子で対面して寝るのは初めてだなとふと思った。ウォシスも言ってたな、腹の内から赤子は外の音を聞くって。そう考えると酷い会話しか聞かせてないなと心がはやりたまらず呼び掛けた。
「酷いこと沢山言って悪かったね、ごめんよ。でも安心して、皆優しいから大丈夫だよ。大切にするからすくすく育ってね」
 語りかける内に欺瞞に気づき反吐が出そうになる。皆優しいは正解だ。正しくは優しくても必要なら殺せる人達だと子の前で言えないのはもしもの可能性を考えたくないからだ。子が、残ったもう一人がタタリにならば今度こそ手を掛けなくてはならない。帝はきっと許すだろう。でも私は後顧の憂い絶つべきだと今もずっと迷っている。
 殺そうと思ったくせに、帝やウォシスの件がなきゃ自分でトドメをなんて物わかりのいい顔して結局出来なかったくせに今更母親づらか。
 憤る心中に蓋をしてヒトの形をたもつ子に呼び掛ける。
「さっきのさ、嘘なんだ。立派な人になるといいなあって言うの」
「元気で優しい人になってほしい。辛いことがないように……ってのはたぶん無理でも、少ないといいよねそういうの。幸せ一杯で生き抜いてほしいな。ごめんね、勝手な希望押しつけちゃって……」
 ここにいない、居られない父親もきっと同じ事を思っている、筈だ。私と違ってあの人は本当に優しいから、タタリに変じた子の安寧もきっと祈ってくれるだろう。
 ぷかぷか浮かぶ赤黒い液体に手を伸ばす。ずぅとお腹の中で一緒だった双子を引き離すのは忍びがたく、こうして二つ並べている。筒には沈静化の薬剤が投入されている。痛みで狂い暴れないようにと。意味ないのを承知でポッドに取りすがり涙をこぼした。
 片方は羊水と同じ成分で満たされてるのにもう一人は、私が人間のせいで……
「丈夫な体で、ヒトの体で生んであげられなくて、うっ、ごめんね。私は、せめてお母さんはさ、仕事で、たまには居ないかもだけど、か、必ず帰ってくるからね。それで、それでずっとここにいる、安心してね……う、ううぅ……」
 優しく呼び掛けたいのにまた泣いてしまった。泣き虫とハクからもよく呆れられたが直したいのに中々治らないのがもどかしい。嗚呼ハクは今頃どうしているんだろうか。帰ったら宴会と息巻いてたけどこんなことになって本当に申し訳ないな。お通夜確実かな、目の上のタンコブなくなって喜んでたら嫌だなあ、なんて思考が飛んでも現実は変わらない。双子の片方はタタリで私は帝妹様となってしまった。
 嘆くのなんていつでも出来る、今は最良の未来を掴むためにも最善を尽くそうと、可哀相な子供達の前に座り歌を口ずさむ。
 母の第一印象が泣き虫だなんてあんまりだ。なので私は鼻を噛み精一杯の笑顔を作り子供が喜びそうな歌をチョイスして寝るまで歌った。弟たちが見ていた教育番組から始まり赤ちゃんはもっと幼いのが良いだろうと童謡や子守歌を椅子に腰掛け歌ううちいつの間にか私の方が寝付いてしまった。


 明朝すっかり元気になったマリカに叩き起こされ懇々ちゃんと寝台で寝ろと説教を食らう羽目になってしまった。立場逆転してない?
「私がご主人様なんだけど?」
「自室にも戻らず卓に伏せりよだれ垂らして寝こけるご主人様なんてマリカは知りません!」
 そう分剥(ぶんむく)れても早くご飯を食べに行きましょうご主人様と引っ張ってくるマリカのおかげで私は随分救われている。
 いややめて腰に取りすがるな。重くて動けない。これなら知らないうちに引きはがされないから安心だって? 帝妹の体面悪くなるからやめて。
 狼狽えてばかりの妹君の体面これ以上悪くはならない? 泣くぞ、結局泣いたけどさ。



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風と行く